レジー著「夏フェス革命」(blueprint)はP148から大笑いしながら読め!

kenzee「音楽ライターのレジーさんが本を出された」

司会者「「夏フェス革命ー音楽が変わる、社会が変わる」(blueprint)」

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kenzee「4年ぐらい前、彼が大阪に来られた際にメシ食ったことがある。その時はちょうどクイックジャパンやMUSICAなどの音楽誌にコラムを寄稿されはじめた頃だ。オイラもその時は多少、偉そうに先輩ヅラしていたものだが」

司会者「エライ水開けられましたナ~、センパ~イ(葉巻をくゆらせながら)」

kenzee「今、この夏フェス革命を読み終わって、静かな興奮を噛みしめている。夏フェス弱者のボクでもこんな面白いんだからたぶん、コレ面白い本なのだろう。この本の骨子はこうだ。著者のレジーさんは高校時代にフジロックでフェス初体験をしたが、まだまだフェス黎明期のこの時代、今ほどフェス環境が整備されていなかった時代の初体験はボロボロになったそうだ。そして2年後、大学生になっていた彼はロックインジャパンのドラゴンアッシュに感動し、それからというもの彼の人生は音楽フェスとともにある。今30代半ばでそういう人は多いのではないだろうか。で、ここ20年ぐらいのフェスを振り返ってみて、いろいろ変化がある、というところからスタートしている。そしてフェスの変化は社会の変化を先取りしているところがある、フェスの変容を知るということは社会、メディア環境の変容を知ることナリ、といった論旨」

司会者「コレ、そこらの新書のレーベルだったら「フェス化する社会」ってタイトル無理やりつけられたりしそうですが、編集者は理解がある人にちがいない」

kenzee「この一件ひとつとっても著者が計画的に物事を進めていく「デキる社会人」タイプの人なのだとわかる。このコンセプチュアルな論考に的確なキャッチフレーズを次々に投下していくのだ。「夏フェス革命」という多少乱暴なタイトリングも素晴らしいし、その中で「協奏」という著者が考案したフレーズも的確なのだ。で、この20年の変化てナニって言うと、主役がバンドの「出演者」ではなくなって、オーディエンスが主役に変わってきた。それはSNSの普及とパラレルな関係にあって、誰が出演するかということより「フェスに行くことが目的化されていった、という話。これはフェスに限らず、SNS以降の「祝祭の感覚」の変化を先取りしていた。たとえば渋谷のハロウィン騒ぎとかワールドカップの時のスクランブル交差点とかいった。また、音楽を供給する側もCDビジネスが短期間で恐ろしい勢いで縮小するなかでフェスビジネスに一気に傾くことになる。畢竟、ミュージシャンの側もこの変化に対応を余儀なくされる。つまりフェス中心のスケジュールを組むようになる。「あのフェスで新曲を発表」「あのフェスのあのステージのあの時間帯にゼヒ出演したい!」といったような競争が起こるようになる。また、フェスが変容するなかで「音楽がもともとそれほど好きじゃない層」が拡大していくなかで起こる軋轢や問題、ダイブ、モッシュ問題、恋愛ネタとしてのフェスなど、日本にフェスが根付いてからの諸問題を過不足なく取り上げてゆく。ブロガーがだした本ってオイラやっぱり気になるんで、一応立ち読みぐらいはするんですよ。したら、「ネットでは面白いのに紙になったとたんツマンナイ人」っていうパターン多いわけです」

司会者「キミがそうなのでは?(葉巻をくゆらせながら)」
kenzee「ところがこの「夏フェス革命」初の単著なのに、もう3冊ぐらい新書だしてる作家みたいな不思議な貫禄がある。偉そうに言うと「よく書けている」のだ。なんだか「スゴイよくまとまったパワポのプレゼン」を聴いたような読後感がある、とか皮肉のひとつも言いたくなるぐらいキチンとしている。揚げ足とり専門のオイラがあまり言うことがないタイプの本なのだ。しかし、やっぱり著者の人生とともに伴走してきたフェスについての文章だ。そこはガチガチのビジネス書とは違う、わりと青春タッチの匂いもあって、アツさがある。と、思ってフンフン読んでたら急に面白い箇所にでくわして大笑いしてしまった場面があった。具体的に言うとP148の「雑誌」から「フェス」へ、という項のところなんだけど「ロックインジャパン」の総売り上げを限られたデータから推計するトコで、それまでの青春語りが急にコンサル口調みたいに具体的な数字をたたき出すトコがムチャクチャ面白いのでそこだけでも立ち読みしてみよう! あの、「逃げ恥」のなかでわりと恋愛っぽいトーンの場面から急に星野源が「恋愛とか夫婦生活のコスト計算」みたいなこと言い始める時の面白い感じによく似ているのだ。だが、数字の出し方が現実的で「アナタ、青春のフェス話が急に普段のコンサル業務になっとるガナ」などとツッコむ楽しさなども含まれている」

司会者「まとめると「音源が売れないんだから興業で稼ぐしかないだろう」の20年間の音楽ビジネスの軌跡、ということかな?」

kenzee「最後のほうででてくる定額制配信サービスの登場ともフェス文化を下支えしたのでは?という話も頷ける。今、初めて観たバンドをすぐアップルミュージックなどでチェックする、といった聴取スタイルもあるのだろう。これは「所有」ということがどんどん無価値になっている、ていうことでもあるんだよね。それより自分で撮った思い出の瞬間をSNSに流す、その画像のほうに今の子たちは価値があると思っているのではないだろうか。ボクは未だにフェス弱者のうえに定額サービスを使っていない人なのだが、この数年の世の中見てると「所有」はどうなっていくのか、と思うのだ。映画やドラマはネットフリックスで観るし、音楽はスポティファイで十分、フェスのような「体験」こそが自分の財産だ、という思想は大げさに言うと資本主義をハッキングしていると言える。そんな時代にどうやってお金を稼いでいくのか、とか。とにかくいろんな議論を誘発しそうな面白い本です」

司会者「生きてるか死んでるかよくわからないキミは今、ナニしてるの?(葉巻をくゆらせながら)」

kenzee「今年は10月までなにも書く気がしなかった。先月から急に日本の流行歌史についての原稿を書き始めている。去年の冬に100枚ぐらい書いて頓挫していたものなのだが、正岡容「定本・日本浪曲史」というのを読んだら、自分が何が言いたかったのか一気に全貌が見えたのだ。なので来年には形にしたいのだ」

司会者「水開けられたからネ~(葉巻を二本、くゆらせながら)

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部屋とYシャツとAV(90年代私的AV史)

kenzee「レジーさんがnoteでやっている90年代の私的音楽史がめっぽう評判だ」

司会者「「レジーが観た90年代プロジェクト・エッセイ部屋とYシャツと90年代」40000字エッセイ(有料)ですな」

kenzee「レジーさんのような、結構もう名前のある音楽ライターの人なのにとても素直なタイトル、アーティストばかりが登場する。これはとても挑戦的なエッセイだと思うのだ。たとえば従来的な90年代J-POP語りなら絶対外すことのないコーネリアス、電気グルーヴの名が登場しない。だから無論、ECDや藤原ヒロシや高木完なども登場しない。キングギドラやブッダもだ。しかし、ドラゴンアッシュは最重要バンドなのだ。でも、この時代の郊外育ちの少年が正直に語るとこうなるはずなのだ。ビーイングのアーティスト名まででてくるのは衝撃的だ。そんな誰も彼もがギドラやブッダやペイジャーにガツンとヤラれたわけはないのだ。最初にグリーンデイでスタートした例は稀なはずだ。最初はドラゴンアッシュ、そしてハイスタだろう。それでいいじゃないか。正直で。昔、達郎大滝の新春放談(これも90年代だったと思う)で達郎「最近の若手のロック歌手ときたら、影響を受けた音楽で60年代のマイナーなバンド名を挙げるのがオオハヤリだが、嘘ツケって言うの。今の20代がみんなツエッペリンとかドアーズのわけないジャン。なんで素直にオフコースとかRCとか言わないのかねえ」大滝「ボクは素直に小林旭とクレイジーって言ってますからね」達郎「ボクだって三波春夫って正直に言ってますよ」と憤っていたのだ。ボクもアレですよ、渡辺美里とか小室の話しますからね」

司会者「で、そうやってレジーさんを持ち上げといてAVの話するんでしょ?」

kenzee「この前こんなサイトを見つけたのだ。お宝プレミアアダルトビデオ館。80年代~90年代にかけて大量生産され、レンタルビデオ屋の棚に鎮座ましましていたビデオのAVたち。このサイトでは今より明らかにお金をかけて製作されていたAVたちが当時のレンタルビデオの状態で大量にストックされている。で、このサイトのスゴイところは女優名のみならずメーカー名でも検索できるところで、しかも検索すると年代順に羅列されるのだ。単なる通販業者で終わらない一種の歴史化が行われているのだ。どんだけ手間かかってるんだろう。で、懐かしい懐かしいとか言いながら検索しているうちに大変なことに気づいてしまったのだ。それは「ジャケを見ただけで「当時借りたことあるタイトル」と「結局、借りなかったタイトル」が明確に今でも判別できるということだ。男性の(30代~40代の)読者の皆さんも試してみてください。かなりの精度で「ア、オレこれ絶対観た!しかしコレは確実に観てない」ってなるはずだから」

司会者「観たから憶えてるんじゃないの?」

kenzee「イヤ、映画のビデオなんて観たことあっても20年以上も前となると結構記憶もアヤフヤだが、AVに関してはかなりちゃんと憶えてるのだ。それもパッケージ自体、20年ぶりに見るようなものばかりなのに。それが・・・男というものなのだろうか・・・。もっと言うと、90年代にはどこの駅前にも雨後のタケノコのようにポコポコあった、そんな個人営業のレンタルビデオ屋のアダルトコーナーの風景までセットで脳裏に蘇ってくるのだ。そういうビデオ屋は大抵雑居ビルの一室でやっていて、昼間でも薄暗くて、黴臭くて、禁煙のはずなのにどういうわけかタバコ臭いのだった。BGMも本来は有線のJ-POPなどをかけないといけないのだろうが、店番の店員の趣味で勝手にメタリカだったりするのだった。しかし、当時20代で一応若者だったボクはナゼかそういうグズグズのビデオ屋にいると異常に落ち着くのだった。ツタヤじゃない、ツタヤじゃないんだ・・・」

司会者「新曲? ソレ」

kenzee「そんなAVコーナーにはオイラみたいなテンプラ学生もいればナゼかスーツ姿の営業マン風のオヤジが数十分パッケージを眺め回していることもあった。しかし。AVコーナーにおいて人は皆、紳士なのだった。そんな古きよき90年代のノンキなビデオ屋の風景を思い出していたらもひとつ気づいたことがあって、ボクが当時、借りていたビデオのパッケージデザインってどうも同じ人が手掛けてるようなのね。こんなデザインなのよ」

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司会者「要するにキミ、ロリ系だったんだな」

kenzee「共通したテイストがあるのがおわかりいただけるだろうか。このデザイナーが得意とするのはいわゆるロリ系とかお菓子系とかいわれるタイプの女優のようだが、字のフォントに特徴がある。タイトル文字や女優名は頑なに明朝体なのだ。それも今や使われなくなったような昔の教科書とかにでてくるような硬いフォントだ。エヴァの影響か?とか思うが、彼のAVデザインはエヴァより数年早い。また、「女学生通信」シリーズに顕著なのが英文でゴチャゴチャ、コピーがあるところだ。なにかCCCPというか渋谷系的な背景も感じさせる。

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このデザイナーの最高傑作は「中原美佑・全身痙攣」だろう。赤系でまとめたストレートなデザインの中に得意の明朝体で「全身痙攣 中原美佑」と8文字の並びが最高だ。そして英文のコピーや日本語のキャッチの配列が見事だ。ボクは美術やデザインについては門外漢だが、素人のボクでもわかる。この人のデザインはAVなのにひとつのポップアートとして成立している。言い方を変えれば「たかがAVごときにナゼ、そこまで」と言われても仕方ないほどの完成度だ。しかし、「全身痙攣」クラスの傑作は探せばまだあるかも知れない。かえすがえすも残念なのはこのデザイナーが何者なのか、パッケージ画像をいくら拡大してもわからないことだ。「女学生通信」シリーズ、「柏木綾・れもん白書」「松田ちゆり・アリス発熱」「彩瀬みく・悪戯ざかり」「河合美奈・純露ロマンス」などどう考えても同一人物の手によるデザインだ。宇宙企画の作品が多いのでてっきり宇宙企画専属のデザイナーなのかな?とか思ったが別のメーカーでもこの人らしきパッケージを発見できるのでフリーのデザイナーだったのだろうか。ボクの観測範囲では1992年頃から1999年あたりまで、VHSビデオのパッケージデザインを手掛けていたようだ。2000年代に入り、AVがDVDにメディアが変わり、そしてインディーメーカーと企画単体女優の時代の到来とともにこのデザイナーの作品を見なくなる。確かにこのデザイナーの真価は、VHSのあのサイズのなかで生きる資質なのだ。DVDでは生きない。このデザイナーの功績は「AVデザインを「タダのインパクト勝負のエロ実話誌レベルのやっつけ仕事」から「鑑賞に耐える、また90年代的なオタク感覚を取り込んだもの」に昇華した点にある。従来のもののようないかにも胡散臭い、暴力団の会社と水商売の女優が作っているような雰囲気をぶち壊し、ウソでも「その辺の学生さん」のような雰囲気をデザインの面から演出した点にあると思う。そして「女学生通信」「全身痙攣」に見られるような「作品」の意識をもって取り組んでいたことにつきる。ボクは今、猛烈にこのデザイナーのことが知りたい。もしかしたら画集とか作品集のようなものがあるのだろうか。この広いネット業界、どんな細かいことでもいいので教えて欲しいのだ。そしてボクはこのデザイナーに伝えたい。「女学生通信」シリーズのデザインは四半世紀も前のAVなのにまったく古びていない、むしろイマドキの女子高生モノより淫靡でイヤラしい。時代を越えた、愛のあるデザインだと。メジャー作品なのに強く手作り感を感じさせるものだったと。今のAVからはこのような手作り感が消失してしまった。今考えると、全然自分の趣味じゃない女優(松田ちゆりとか)をナゼ借りたんだろうと考えるとこのデザイナーのデザインに惹かれていたのだった」

司会者「レジーさんの力作がAV話のネタフリになってしまいマシタ!」

kenzee「以上、90年代、私的AV史。バクシーシ山下も平野勝之もカンパニー松尾も登場しない、超個人的AV史でした」

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関西ソーカルの歌詞トークからやっぱり韻について考えた

kenzee「神野龍一さんとオノマトペ大臣(tofubeatsの「水星」でラップしてる人)の二人でやっている「関西ソーカル」というジンがある」

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もうVol.3まででているのだが、ボクは3冊ともに寄稿させていただいている。ナゼか村上春樹の話ばかり書いていて、ミイラとりがミイラになるの要領で最近、村上春樹をよく読んでいる。そしてこの前(10月1日)に神野さんと大臣によるトークイベントがあったので観にいった。場所は梅田の隣町、中津のシカクさんというインディーマガジンなどを専門に扱う小さな書店だ。この2階のイベントスペースで行われた。イベントスペースといっても古い長屋の2階の8畳間で親戚の家にでも遊びに来たような感覚だ。中津は国内有数の大都会、梅田から歩いて10分ぐらいの隣町なのにビックリするぐらい庶民的な下町で、イケイケの梅田の中心地と対をなすように小ぢんまりした雑貨屋やカフェ、書店、レコードショップなどが点在するのだった。そんな場所で始まったイベントのテーマは「歌詞について。きっかけは大臣がツイッターで「音楽好きな人は歌詞聞いてなくて音楽たいして好きじゃない人は歌詞しか聴いてないんじゃないか」とつぶやいたところ、軽く炎上した、というもの。そこで神野さんの好きなリリックの曲をかけて解説するコーナー、(ピチカート「陽の当たる大通り」とキリンジカヴァーヴァージョンとの比較、真心ブラザーズ「エンドレスサマーヌード」、中谷美紀「MIND CICUS」、ブギーバック論など)と大臣の自身のリリック解説&レア音源公開など面白いもので文化系ダラダラトークなのにあとでイロイロ考えさせられるものがあったのだ。そして会場にはトーフビーツという人もいた」

司会者「アハハ、キミのクイックジャパン「夢の中まで」コラムをちゃんと読んで「読んだツイート」までしてくださった人だ。だが、キミは「ネット上で軽く交流した有名人」苦手人間だろう」

kenzee「まったく交流がなければ「まったくの初対面のテイで「どうもどうも」的な挨拶に終始できるが、「お互いやってること知ってる(しかもコッチは一方的にファン)」というこの関係性はベリー苦手なのよね! 一番なんの話していいかわからないですヨ! とにかくスゴイ背の高い好青年だったナ!」

司会者「観光客かよ!」

kenzee「そんな楽しいイベントだったのだがボクもこの1年ぐらい日本の流行歌の歌詞について考えていたのでとても刺激を受けたのだった。そこでイベントの最後のほうで大臣の「スピーカーノイズ」という未発表曲を聴いて本人解説を聴くというコーナーがあったわけね。「スピーカーノイズ」はトラックは2000年代以降よくある「展開のない、1つのテーマをひたすら繰り返す」系の感じだったんだけどリリックは自伝的な内容で、つまり高校時代ラジオで音楽を聴くところから始まって大人になって、今、社会人になって閉店間際の梅田のタワーの試聴機で音楽を探す、みたいな成長とか焦燥が描かれる、という内容で、泣けるラップなのだ。ラップのバックインザデイもの、ということでスリック・リックの「Teenage Love」とかキングギドラの「行方不明」とかキックザカンクルーの一連の青春モノを想起するが、大臣てあんまりそういう日本のラップのメインストリーム感のない人だけに新鮮だったんだよね。これはトーフさんにも言えることだが」

司会者「そこで大臣がポロっと気になる一言を」

kenzee「大臣てラップのリリックに「引用」をするのがイヤなんだって。いわゆる「One for tha Money,Two for Tha Show~」的な」

司会者「Yes,Yes, Yo! You Don't Stop Yo! Rockin' To Tha Beats~」のような定型文のことですかな」

kenzee「日本語でもライムスターが「B-BOYイズム」で「「自分が自分であることを誇る」by Kダブシャイン」みたいな引用をやるけど、そういうのがダメなのだそうだ。なるべく自分の言葉で構成したいっていうね。これは理解できる。あと「スピーカーノイズ」に見られるのは「マドキ風の固い押韻がないってことだね。イマドキっていうのはMCバトルに見られるような3音節以上の韻をいかに多く踏むか、みたいなことなんだけど、「大臣」「ライミン」とか。そういうのではなくてホント、語尾だけ、という。古きよき初期のスチャダラとかライムスターの1stを思わせるラップなのだ。そこで、オイラはちょいとイジワルな質問をしたワケさ」

「引用しない」「固い韻を踏まない」というスタイルは今のMCバトルなどに象徴される現在のシーンのトレンドから逆行しているように見えるが、現代的なラップと自身のスタイルとはどう折り合いがついているのか?」

大臣としては「まず、今、流行のラップ手法はすでに結構な歴史がある。しかしゲーム的なラップにもともと興味がない。ラップがゲームに近づくと意味の部分が薄れる。自分が表現したいのは主張とかじゃなくて風景なのだ。またキングギドラ的なラップより自分の原点はイルリメの鴨田潤さんの活動だ、」という回答で、ナルホドナーと思った次第。この答えがこの1週間、自分にとっては結構大きなテーマになっててさ。つまり、大臣の音楽って「トラックはループと引用でできててヨシ、でも歌詞はそうでないもの」という考え方なワケでこれは新しいと思ったのだ。別に矛盾してるとかじゃなくて。それは無機質な団地で育っても濃いい人間ドラマが生まれたりするのに似てるな、と。それともひとつ面白いのはイルリメの鴨田さんの言葉はわりと抽象的でアブストラクトアートみたいなところがある。それはあの人の立ち位置からして必然的にそうなるんだけど大臣の歌詞には古きよき日本の歌謡曲感があるじゃない? まだJ-POPという言葉が生まれる前、この国のポップスには「邦楽」という名称があったのだが、大臣の歌詞には「邦楽」感があるのだ。非常に感覚的な話で申し訳ない。だが、宇多田ヒカルを「邦楽」とは言わない。やはりアレはJ-POPなのだ。しかし槇原敬之の歌には強く「邦楽」の匂いがある。こういうとわかってもらえるかな?」

司会者「でも大臣みたいな「シーンの傍流」にいる人のほうが「邦楽」を掴んでいるって不思議な感じがしますね」

kenzee「そこまで考えたときにだね、またもや「韻ってなんだろう」という疑問が湧きあがってきたのだ。というのも「スピーカーノイズ」はいい曲なんだけどもメインストリームのラップに慣れた耳にはちょっと「生々しく」聴こえたんだよね。すごく具象性が高いというか。それは固い韻を踏んでいないからではないかと思ったのだ。最近のラップ・・・・・・AKLOやSALUやKOHHのラップは抽象的だ。大筋で「ア、コレは人生論だな」とか「メイクマネーものだな」とかわかるわけだけど、結構遠回りな表現なのだ。これは韻の効果ではないかと思うのだ。「韻を踏む」とはつまるところ「手近な言葉を避けて遠くにある言葉をムリヤリ使うことになる」作業である。この遠くにある言葉との距離感が結果、抽象性に繋がっているハズだ。これがなにが効果的かというと「直接的に言う(手近な言葉を使う)とハズカシイメッセージ(オマエを愛してる、とかオレは絶対夢をあきらめない、とか)を韻を踏んで抽象化するとスンナリ言えたりする、ということがある」これを便宜的に「韻のマイルド効果」と呼んでみたい」

司会者「「韻のマイルド効果」の最初の方の成果がもしかしたら三木道三「Lifetime Respect」だったのかもしれませんね!」

kenzee「J-POPのラブソングの言葉が手詰まりになった(つまりハズカシクなった)ところでいいタイミングででてきたのだ。でも、これって日本語の韻特有の現象のような気がする。だって、アメリカ人に「コテコテの愛情表現ハズイワ~」って感覚ないでしょうし」

司会者「ギャツラ道端でチューしたりダンスしたりするような連中だしね」

kenzee「前に、ライムスターのMUMMY-Dさんが「韻を踏むのはリズムを作るのに効果的だからだ。リズムが構築できるのならば韻は別に踏まなくてもよい(ラップにとって必須条件ではない)」との発言を引用したが、こういうマイルド化効果もあると思うのだ。ところが逆の効果もある。「言葉の強調効果」だ。これは韻を踏むと紙を重ねるように言葉がドンドン分厚くなっていくのね。これは数多く踏めば踏むほど厚くなっていくように思う。これはやはりバトルの場面でもっとも期待される効果だろう。つまり韻とは矢沢語でいうところの「ヨロシク」が理論化したものと考えられる。そういう効果もある。これを「韻のヨロシク効果」と呼んでみたい」

Two-O-One-O新たな感動 奇跡の誕生 HIPHOPは万能 次々賛同 また化学反応が 反響し進化する産業と環境
Yeah こいつは生きた文化 瞬く瞬間に全て循環 まるで活火山 今にも噴火 はじめようぜカウントダウン3-2-1(Zeebra「One Hip Hop」2010年)

この歌詞は「ヒップホップは凄い」ぐらいのことしか言っていないのだが、なにか本当にスゴイ気がしてくるのは見事に「ヨロシク効果」が効いているためだろう。このヨロシク効果はバカにできないもので、どうしてケンカ上等な荒くれ連中がラップのような地味なレジャーに夢中になるのかといえば、このヨロシク効果抜きには考えられないのだ」

司会者「韻にはいろんな効果があって、日本語表現を豊かにしているのはわかった。ではなんで、90年代に入るまで歌の表現にこのような韻が存在しなかったのだろう。別に「One Hip Hop」だって特に新しい言葉を使用しているわけではない。ビックリするぐらい普通の言葉ばかりだ」

kenzee「たとえばこういう答えが返ってきそうだ。「日本語ラップの韻はUSのラップを輸入してできたものだから、昔の歌謡曲とかになくて当たり前」。そうだろうか。たとえば70年代初頭に勃興した日本のフォークムーブメントがあった。岡林信康や友部正人や遠藤賢司といった人々によって盛り上がったブームである。彼らの多くはボブディランやピートシーガーといったアメリカのフォークシンガー、プロテストシンガーの影響を受けていたハズで、特にボブディランの韻フェチは有名なのだが、それを当時の日本のフォークは誰も取り入れようとしなかったのか。ジョンレノンの韻フェチぶりも有名だが、「日本のビートルズ」たとえばチューリップやゴダイゴは日本語の韻に取り組もうとしなかったのか。洋楽を輸入する際に英語のライミングの楽しさに多くのミュージシャンは気付いていたハズなのに。今さら「日本語ロック論争」とか持ちだすのもアレだが、そういう実験はあったのだろう。(はっぴいえんどの大滝曲「台風」「いらいら」などに数少ない実験の形跡が見られる)だが、ある時点から日本のポップは韻を捨てて、独自の進化を遂げていったのである。たぶん大臣のリリックは「韻を捨てて、独自進化した」日本のポップスの系譜に属している。どこか私小説風なのはその末裔であることを示している」

司会者「モノスゴイ素朴な疑問なんですけど・・・。90年代後半に日本語ラップ盛り上がったじゃないですか。そこに隣接するジャンルでメロコア勢がいたじゃないですか。奇しくも先週、16年ぶりに新曲だしたハイスタを代表とする「英語でパンクを演奏する」バンド群。彼らは英語だったんですよね。ラップ勢が必死で日本語と戦ってるヨコで涼しい顔で英語。これはなんでですか」

kenzee「いい質問かもしれない! でもボク、あの時代にCD屋で働いてたのに、「Angry Fist」とか「Making The Road」とかサンザン自分で売っといてちゃんと聴いたことないんだよね! ハイスタなんて「Stay Gold」ぐらいしか知らないヨ~ン。スネイルランプとかポットショットとか結構売ったのに全然知らないや。アハハ~。でもコレ結構重大なテーマかもしれない。「日本語ラップは日本語なのにメロコアはどうして英語?」問題。コレ、当時の音楽ライターで疑問に思ったヤツいないのか? だってドラゴンアッシュの「Vi Va La Revolution」なんてかなり売れた(ていうか自分でも結構売った)ハズなのにアレ、「日本語ラップと英語メロコア、英語スカコアが混在する奇妙なアルバム」なんだよ? 世界的に見ても奇妙なレコードだよ。マア当時、オイラもソレを不思議に思わなかったけどネ!」

司会者「時間が経たないと疑問もでてこない」

kenzee「でもコレ、「日本の流行歌における歌詞表現」というボクの今のテーマから鑑みても重要だ。でも今さらツタヤで「Making The Road」とか「Vi Va La Revolution」とか借りるのは40ヅラ下げてとてもハズイのであった。ア、でもついでにハイスタ新曲買ってみるかナー」

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最近読んだフォン(最後に告知アリ)

kenzee「最近読んだフォン」

その1「ストリートダンサー列伝黒く踊れ!」江守藹(銀河出版)

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60年代半ばから現在に至るまでのソウルダンスシーンを見つめ続けたイラストレーターの自伝。それがそのまま日本のブラックミュージック・ダンス史となっている。中古レコ好きなら一度はこの人のイラストを目にしたことがあるはずだ。こんなの。

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小西康陽さんもこの特徴的な黒人のイラストのレコードジャケットについてコメントしている。

小西「ところでさ、このイラストレーターの方って江守藹さんという人?」

MURO「そうですよね。そうですね。すごくいろんなジャケでイラストを描いていますよね」

小西「昔はこのイラストが嫌いだったんだけどなあ(笑)今は全く違って見える」

MURO「その価値観の変化、わかります。カタカナにしてもそうだし」(「ドーナツ盤ジャケット美術館by MURO」リットーミュージック)

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物語は1966年、新宿3丁目のディスコ「ジ・アザー」から始まる。もっともまだこの時代、「ディスコ」という呼称はなく、踊り場、とかゴーゴー喫茶と呼ばれていたようだ。「ジ・アザー」の特徴は狭いながらもダンス・スペースがあり、それを取り囲むようにテーブル、椅子が配置されていたということ。そして従来のゴーゴークラブのように客がジュークボックスで選曲するのではなく、店側が選曲するシステムだったこと。そしてその選曲がリズム&ブルース主体であったことだ。驚いたことにレコードプレイヤーは1台で、曲が終わるごとに取り替えていたようだ。ノンキな話である。その後、同タイプの店舗が新宿に次々現れ、足しげく通ううちに美大受験はやめ、一人暮らしを始めるのである。そして新宿のジャズ喫茶、ゴーゴー喫茶漬けの日々を過ごすことになる。68年になるといよいよ新宿歌舞伎町に「サンダーバード」、赤坂に「ムゲン」「ビブロス」がオープンする。ようやく「ディスコティック」の登場である。彼の初仕事は新宿「サンダーバード」の開店に際して店内の壁画を描く、というものだった。このエピソードだけでも充分、ダンス史の生き証人である。この店で彼は日本ダンス史の重要人物、ドン勝本に出会う。新宿の不良少年だった勝本は店の用心棒だったのだ」

司会者「ハ! ドン勝本ってZeebraの「Last Song」の歌詞に登場する人だ!」

kenzee「イラストレーターとしても順調にキャリアをスタートさせた江守氏はやがて伝説の六本木のディスコ「アフロレイキ」の経営に関わるようになる。この本で一番ワクワクするのがこのあたりのエピソードである。ダンスシーンに詳しいとすでに有名だった彼は友人に店舗出店にあたって力を貸して欲しいと頼まれる。引き受けてから彼は驚く。「アフロレイキ」はこれまでのディスコやゴーゴー喫茶とはケタの違う規模の事業であった。この事業にには数名の出資者がいた。名家の子息、代議士の息子、大企業の役員、歯科医などなど。場所は六本木ロアビル。

 六本木交差点近くの一等地のそれ相当の規模の店舗。どれだけの金がかかるなって考えてもみなかった。ましてや億の単位が動くなって思いもしない。無知な素人ぶりを見透かされないように振る舞いつつ、発想・感性で向かった。(中略)「アフロレイキ」との関わりはボクの生活も一変させる。新宿・新田裏の風呂のないアパート住まいから、設備の整った西麻布のアパートに移っていた。それは、六本木の店まで歩いても行ける距離を毎日タクシーで通勤するような生活に変えていた。(黒く踊れ!)

肩書は彼が企画課長、友人が営業部長。こんなマンガみたいなことが70年代には実際に起こったのである。その後、ディスコ協会の発足、ダンス・コンテスト主宰、などダンス文化に尽力していく。また、金もうけ主義のアフロレイキを突然辞める、といった名場面もある。その後、九州・熊本や博多などを拠点に活動し、変化の激しいダンスシーンをヒップホップの登場まで伴走し続ける。この本にはダンスに関わった多くの人名が登場するが、シレーっとSAMやエツ(TRFの人たち)や、渋谷「HIP HOP」のDJ YUTAKAといった名前が登場するとアガるのだった」

司会者「とにかく「オモシロ人生本、ていうカテゴリーだけでも充分モトとれる本ですね」

kenzee「80年代にはすでに「店舗プロデューサー」としての地位を築いていた人なので、原宿ホコ天に代表されるストリートダンス文化についてはほとんど記述はない。それでこの厚みである。なにより考えこんでしまうのは、ダンスという文化には文章やレコードと言う形であとから追認できる資料がほとんど残らないため、歴史化されにくいという事実である。ロックや歌謡曲のような、あるいは渋谷系や日本語ラップのような言語化を得意とする人種の集まりやすいジャンルは自然と歴史化が進んでいくが、もし江守さんがいなかったらここまで豊かなダンス史は記録されずに埋もれていったかもしれないのだ」

司会者「ヒップホップの4大要素のうち、日本語ラップと日本のDJイングについてはかなり歴史化が進んでいるといえるが、日本のブレイクダンスとグラフィティについては未だにわからないことばかりだ。言語化を苦手とする人々の多いジャンルだからだろう」

kenzee「とにかくオモシロエピードばかり。「神戸ディスコフェスティバル」にゲストで呼ばれた江守氏のグループ。主催者の田岡由伎氏にふたつ返事で快諾し、旅行気分で新幹線に乗っているとドン勝本氏から「田岡由伎って山口組3代目の娘だヨ」という話をシレっと聞かされ、神戸に着くと全員固まっていた、という話とか。「そういえば田岡さんの背後にはいっつもカイジにでてくるみたいな男たちがついてきたナー」みたいなオモシロ話満載なのだ」

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その2「ポンタ、70年代名盤を語る・俺が叩いた」(村上”ポンタ”秀一)リットーミュージック

kenzee「日本のロック、ジャズ、歌謡曲、数え切れないほど多くのレコーディングに参加したドラマー。その数ゆうに14000曲を超えると言われている。65歳の現在も現役ドラマーである。元々中学、高校の吹奏楽部の強豪校出身だった。ティンパニ担当で打楽器のセンスは10代のうちに鍛えられた。しかし将来音楽の道に進むつもりはなく、大阪教育大学に進学する。

「大学紛争の真っ最中で、教師になろうって連中が授業をボイコットしてるのを目の当たりにして、それはおかしいって3日でトンズラよ」(俺が叩いた)

そしてホテルのバンド・ボーイとなる。下積み時代を経て、赤い鳥のオーディションを受け、セッションドラマーに。目的はギタリスト大村憲司と演奏するためだった。赤い鳥でLAレコーディングに参加し、向こうのリズム・セクション、たとえばハル・ブレイン、ジョー・オズボーンコンビなどに衝撃を受ける。その後、この時代の最先端、ニューヨークのクロスオーヴァー、つまりスタッフのリズムにも影響を受ける。やがてポンタ特有の「呼吸をするような、歌うような16ビート世界」が完成する。ボク的にポンタというドラマーのドラム史的な位置づけは当時の歌謡曲とか日本のロックのドラムといえばGS出身者かジャズ出身かで圧倒的にロックの8ビートかジャズの4ビートの世界であった。ポンタの登場はそこにクロスオーヴァー、フュージョン的な16ビートの感覚を持ち込んだところがウリとなった。日本人のドラマーの中でもポンタはどうも「ヒップホップの耳」を惹きつけるところがある。たとえばMUROはDJの際、必ず吉田美奈子「恋は流星Part.2」の7インチを持ち込むと証言しているし、山下達郎「DANCER」のイントロはそのままNicole Wray feat. Beanie Sigel「Can't Get Out The Game」で使用されている。この時代のドラマー、たとえば林立夫や高橋幸宏の名がヒップホップ界隈では重要視されていないことを考えるとポンタの特徴が理解できる。ボクはポンタのドラムとは「隙間」と「揺れ」に集約できると考えている。実に70年代的なドラムなのだ。80年代に入ると「まるで機械ソックリなドラムが新しい」というニューウェーブの時代が訪れる。「軽さ」が命のポストパンクの80年代、ポンタの「生き物のような、人間的な」ドラムは敬遠されるフシもあった。しかしヒップホップを通過した耳にはスティーブ・ガットやポンタのドラムは馴染みやすい。ヒップホップ業界でも人気の高い山下達郎だが、特に人気があるのはRCA~Air時代。なかでもセカンド「SPACY」であるのもうなづける。つまり、ポンタのドラムに反応しているわけだ。この本では70年代に残した12枚の参加アルバムについてポンタ自身が解説しているが、ボク的には「SPACY」の話が最重要なのでこの盤に特化したいと思う。

Spacy1

「SPACY」のなかでも重要曲は「Love Space」「素敵な午後は」「DANCER」の3曲である。である。この3曲はすべてドラム・ポンタ、ベース・細野晴臣コンビである。この時代を代表するスタジオミュージシャン両巨頭だが、両者がセッションしたのはこのアルバムのみである。まず、「Love Space」、典型的なポンタ流16ビートでこの時代の他のセッションのようにほとんどでしゃばることがない。とくに歌の間は堅実にパターンを刻んでいく。ブレイクする箇所のフィルで「ア、ポンタだ」とハッキリわかるが、それ以外では岡崎資夫アルトサックスソロで多少饒舌になるくらいでスタジオミュージシャン然としたドラムである。これは現行のCDではボートラにカラオケが収録されているのでのメリハリがハッキリ聴き取れる。これはやはり細野さんのベースから触発されたものだという。空間を生かした口数の少ないベース。この曲は基本のパターンとコード進行を繰り返すだけなのだが、細野さんは同じフレーズを二度と弾かないのだった。毎回どこかが違う。パターンを繰り返すたびに少しずつ、崩れていく、後半にいくと少しだけ饒舌になってくる。エンディングになると高いところへも行く。木の音がする。

「細野さんはチャック・レイニーが昔使っていたジャズベのショート・スケールタイプだったって記憶してるけど、音色もフレーズもチャック・レイニーそのもので俺にとっては余計に新鮮だったんだ」(前掲書)

そんな細野さんの呼吸にあわせるようなドラム。とにかく緊張感のあるセッションである。「素敵な午後は」「DANCER」いずれもキックが前小節にクッて入る。「素敵な午後は」のようなミディアムテンポの曲ではより、ポンタらしさがでる。いずれも内省的な暗い音色。これがポンタのニューヨークっぽさでもあった。(つまりヒップホップ成分)この秘訣についても語られている。「シンバルを割る」とか。その割り方にも秘密があるのだった。ところで達郎さんのポンタの評価はこのようなものである。

「ポンタはジャズ・テイストを持ったロックンロール系ドラマーの中で、表現力という点では、おそらく日本で最高だと思う。ドラマーとしての基礎的な体力と言う点ではもっと上手い人がいるかもしれないけど、表現力や曲の解釈力という点ではポンタを超える人は未だにいないと思うよ。(中略)ポンタというのは不思議なドラマーで得手不得手がはっきりしている。だからまずポンタにはどういう曲がいいだろうということを考えた」(TATSURO MANIA No.3 1995SPRING)

kenzee「ボクもポンタが不思議なのはクロスオーヴァー~AOR、つまりポリリズムと16ビートの世界でしか本領を発揮できないのかといえばそうでもなくて泉谷しげるのバックで単純な8ビートのロックを叩いていても彼らしいということだ。彼らしいというのは「どこか暗い」ということなんだけど、今の若いドラマーで「暗いドラム」を叩く人っているのかな?

宣伝

kenzee「神野龍一さんとオノマトペ大臣のお二人でやっている同人「カンサイソーカル」のVol.3が完成したとのこと。

Ks3


今回もボクが寄稿していて村上春樹と田中康夫の話しているよ。ナゼかカンサイソーカルに書くときはボクは村上春樹の話するのだった。新書版 124P 1000円とリッパなものです。今、予約すると電子版が配布されるそうです。ヨロシクネ!」

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あったはずの日本語ラップの可能性(ギドラメソッドで失われたもの)

kenzee「最近読んだ本」

Eureka1    Twigy1



司会者「日本語ラップ関係ね」

kenzee「ユリイカ6月号は「日本語ラップ特集」テレ朝「フリースタイルダンジョン」以降のラップブーム再燃が背景と思われる特集。とはいえ、KOHHのような新世代のアーティストやSEALDsのメンバーとKダブシャインの「ラップと社会運動」の対談もある。ラップの今のジャーナルだ。もうひとつはツイギーの自伝「十六小節」(ele-king books)マイクロフォン・ペイジャー、カミナリといった日本語ラップの黎明期からシーンを支える重要人物の半生の語りおろし。どちらも一気に読んでしまった。とくにツイギーのほうは上質な青春小説のような一冊。ラップに興味ない人でも充分に楽しめるハズだ。多数の若かりし日の秘蔵写真が掲載されているが、20歳ぐらいですでに超然としたオーラが漂っている。特別、ギャングスタ的にキメまくっているワケでもないのに、ていうか若い頃の写真はさすがに服装も安っぽいのに雰囲気があるという。はじめからアーティストというタイプだったのだ。この本で心に刺さるのは「証言」や「さんぴんCAMP」(結局出演しなかった理由も語られる)前後の日本語ラップブームのさなか、この世界の重鎮と目されていた彼が、

 そうは言っても日本のヒップホップバブルとは裏腹に、俺はマネージャーもいなければ金もなかった。どん底の状態だった。(前掲書)

といった、「とはいえ俺は金はなかった」話が何度も登場するところだ。エ? ツイギークラスが? ダメなラッパーなのに食えてる人、当時いっぱいいたと思うけど? と考えてしまう。音楽ビジネスの難しさも描かれている」

司会者「結構、ラップの技術的な話もたくさんでてきますね」

kenzee「この時代のラッパー、つまりムロやツイギーやユウザロックなどの世代のラッパーは日本語のラップの手法を独自に編み出していった世代なんだよね。なのでペイジャーやカミナリの音源を聴くとホントにバラバラなのだ。「証言」を聴けば7人のラッパーがみんな独自手法なのがわかるだろう。ジブラ以外、現在のようなガチガチの韻ではない。むしろフロウやイントネーションで勝負するスタイルなのだ。まさにツイギーがそのタイプだ。ユウザロックなどはラップというより演説に近い。ムロにしてもペイジャー時代のラップはこの時代にしかない独特のスタイルがある。「Don't Turn Off Your Light(89Tec9 Mix)」などだ。ところがラップバブル時代に突入するとこのような独自スタイルはどんどん影を潜めるようになる。1998年ごろになると日本語ラップの多くは音節単位の韻を強く意識したキングギドラタイプのラップが大勢を占めるようになる。現在のフリースタイルダンジョンに見られるようなラップのスタイルも基本、強いて言えば「ギドラ以降」と呼んでよいものだ。なにしろツイギーのようなタイプのラッパーがフリースタイルバトルに登場することはありえない。で、この記事のテーマはコレです」

・ナゼ、ある時期(たぶん1996年ごろを境に)まで自由だった日本語ラップは「ギドラメソッド」に縛られるようになったのか?

司会者「質問。ギドラメソッドってなんですか?」

Kg1


kenzee「Zeebra、Kダブシャインの在籍したグループ、キングギドラが95年に発表した日本語ラップの歴史的重要作「空からの力」で提示された日本語ラップの手法。それまでの日本語ラップがRUN DMCタイプの小節の最後だけ響きを合わせるスタイルのものがほとんどだったところにラキムやNasタイプの音節や単語単位での韻を「日本語で踏む」ということを示した。ギドラの「韻フェチ」思想はどのように培われたのだろうか。

 韻ってさ、ラップの楽しみ方の中で結構大きな部分なワケじゃん? (中略)韻を踏んで言いたいことを言うっていうのは「ルール」じゃん? で、それに縛られたくないって思う人の気持ちもよくわかるんだけど、ルールじゃなくて「遊び」なんだよ、と。そういう考えも俺の中にはあったからね。(Zeebra)「ラップのことば」(P-Vine Books)

Zeebraによればギドラメソッドの到達点が1998年発表のファーストソロアルバム「Rhyme Animal」収録の「Original Rhyme Animal」ということだ。

「空からの力」で俺はスキルを証明するみたいなところを試みてたわけで、れのある種の到達点が「Original Rhyme Animal」なんだ。(中略)今思い浮かべても、韻のパターンとかもかなり非の打ちどころがないな。「韻を踏む」っていうことに対して一番本気になった曲だよね。ライムがどうのって話を訊かれると、大体この曲を挙げてるね。(前掲書)

面白いことに「フリースタイルダンジョン」のモンスターで、これまでかなりの戦績をあげてきたR指定もフェイバリットにこのCDを挙げている。やはり「空からの力」~「Rhyme Animal」が現在のフリースタイルバトルのシーンを用意したと言ってもよさそうだ。無論、例の自伝でツイギーは「ギドラメソッド」にラップの趨勢が傾いていくことに嫌悪感を抱いていた。

 俺がラップを始めた87年ごろはお手本は外国人だけだし、英語もわからなかったから韻については正直あまり深く考えていなかった。それが90年代半ばから、ここで脚韻を踏んでいるから次は何小節目で踏むだとか、韻を踏まなきゃラップじゃないといった理論的なことが言われはじめた。俺も言わんとするところはわかるけど、どこか心から賛成できないというところもあった。そこに囚われた時点で、それはそれになってしまう。創作に関しては形式に固執した時点で、もっと大事な自由度が損なわれてしまうし、別に韻を踏まなくても関係ないんだ。と思っているところはあった。(中略)韻を踏む意味? それは・・・俺は答えに近づくために韻を踏んでいるんだと思うよ。他の人が韻をどう使っているかは知らないけどね。韻を踏みたくない時もあるけど、踏めるんだったら踏んだほうが気持ちいいというか、韻を踏むことで答え・・・本質に近づくみたいな感覚はあるよね。(十六小節)

ボクは「ギドラメソッド」は「ラップの教則本」の役割を果たしたのではないかと思うのだ。フォークギターにおけるコードフォームのような。こうすれば一応人様にお聞かせできる演奏が可能ですよというメソッド。実際は「日本語ラップは韻を踏まなくてはならない」というようなルールなどない。実際、いとうせいこう& TINY PUNX「東京ブロンクス」(1986年)は、ほとんど韻を踏んでいない。だが未だ日本語ラップの重要作であるのは間違いない。近田春夫の「NASU-KYURI」や「MASSCOMMUNICATION BREAKDOWN」でもいわゆる日本語ラップらしい韻は踏まれていない。だがフリースタイルバトルにおいて「東京ブロンクス」や「NASU-KYURI」タイプのラップで戦ったなら「ライムが甘い」と罵倒され、高確率で敗北を喫するはずだ。フリースタイルダンジョンにおいても観客の歓声が起こるのは長い音節の韻を踏んだ時だ。(「フリースタイルダンジョン そこのギャルも 振り向かす ちゃんと」(T-PABLOW))のような。韻を巡る解釈はプロのラッパー間でもさまざまだ。なんとなく「ギドラメソッド」派のイメージのあるライムスターのMummy-Dも実は韻に懐疑的な一人である。

 これはねえ、ラッパーすら誤解していることで・・・大事なことは、いかに前の音節から長く韻を踏んだかではなくてリズムを作るために韻を踏むのであってさ、ラップというのはメロディの要素が弱くてリズムの要素が強い音楽で、結局リズムがでればいいワケで韻を踏むのはリズムを作るのに有効な手段だから韻を踏んでいるだけで・・・別に韻なんか踏まなくてもいいんだよ。(Mummy-D)(2012年3月22日TBSラジオTOP5「ラッパーにまつわる誤解TOP5」)

司会者「単にいろんな意見があるってだけジャン」

kenzee「ボクが不思議なのは「ギドラメソッド」の伝播力なのだよ。「俺はギドラメソッドなんか使わねえ。俺流でいくぜ」で別にいいわけだ。ところが98年ごろを境にそれまで俺流タイプだったMUROやGAKU-MCやワーナー移籍後のスチャダラパーまでギドラ的な「音節単位韻」、伴って頻出する「体言どめ」を多用するようになる。とくにスチャダラなどはコントのような演芸的な要素も大きな魅力だったはずだが、

 開けるドアは今日も手動 刻々と変わる気候 移動 移動また移動 South West East North 左脳 右脳 フル稼働 そして時に呼び起こすフォース 二の腕見えない季節だろうと 飄々とOn And On And On (スチャダラパー「Where ya ot(TYO)」)('00)

毎度愉快なる理想 HIPHOP工場から一身上の都合 FUN-KEY FLOW 黙々と吐き出すB O 見もフタニュースを一掃 一部上々目指し一部再利用 ビートとライムがキモ ヒント多めにTo The Beat YO(スチャダラパー「more fun-key word」)('98)

なにかスチャダラらしくない窮屈な印象のワーナー時代である。また、ギドラメソッドのわりにギドラほど徹底していないところもツライ。

ペイジャー時代のMUROももっとコミカルで自由なスタイルだったものが

PAN RHYTHM 準備万端 PAN RHYTHM 向かうリズム探検 PAN RHYTHM さらにスリル満点 完全なる~?を上空から観戦 断然 弾道弾丸のごとく 翼拡げて旅立つ母国 覗く窓から見える世界の楽譜 与えられた十六小節を歌に託す (MURO「PAN RHYTHM」)('00)

大ヒット曲「DA・YO・NE」とは、初期のスチャダラとも通じる「コントラップ」としての面白さがあったはずなのだがこの頃のGAKU-MCもやはりギドラメソッドを意識する。

思い描く理想像 あの頃見てた夢と希望を 本日は思い出してみようよ ということでこの記憶をリロード その場所は頂点を 目指すヤツなら知ってて当然の 言ってみりゃ聖地 アンドザモーメント 望遠鏡じゃ見えない桃源郷(EAST END「チョコレートシティfeaturingライムスター」)('03)

気持ちはわかるがイーストエンドやスチャダラが本来もっていた良さが損なわれているのは確かだ。かつて確かにあったはずのコント的なラップはギドラ以降見かけなくなる。そして日本語ラップギドラ化のこの傾向はSALUのようなフロウで聞かせるタイプの潮流が生まれるまで続いたように思う。あるいはKOHHのような「奇声とワンフレーズイシュー」のような新しいタイプのラップの登場まで。そしてギドラメソッドの流れは完全にフリースタイルバトルのルールに組み込まれたように見える。「フリースタイルダンジョン」が元々ギドラ曲で、R指定が「Rhyme Animal」でラップに目覚めたということからZeebraという人物がいかに良くも悪くもラップの美意識に影響を与えてきたかわかる。それはたとえばダウンタウンがいなかったら現在のお笑いシーンはまったく違ったものだっただろうというような意味合いでZeebraがいなかったらもっと日本語ラップはファンキーグラマー、LB寄りだっただろうと想像できる」

司会者「年上のプロのラッパーにも伝播してしまう「ギドラメソッド」ってなんなんでしょう?」

kenzee「かくいうボクもギドラメソッドにはやられたクチだ。ギドラメソッドのウイルス性とは「マネしたくなる」ということだ。ボクは今でも「未確認飛行物体接近中」や「大掃除」「Original Rhyme Animal」をソラで歌うことができる。若い頃に覚えたのでそう簡単に忘れないのだ。そしてスチャダラや初期のライムスターを「1曲丸ごと覚えよう」とはまったく思わなかった。やはり徹底的に韻を踏んでいこうとするギドラ期のZeebraのリリックはなにかマネしたくなるマジックがあるのだ」

司会者「こういうことではないでしょうか。「ギドラメソッド」って「アレ?コレ俺でもできるんじゃないか?」って勘違いさせる力がスゴイ強いんだと思うんですよ。ツイギーの個性的なラップをマネしようとは誰も思わない。また、ユウザロックも技術的というより属人的、あの人柄に強く依存したラップなのでマネのしようがない。「ギドラメソッド」は技術なので「技術を盗めばオイラもラッパー?」という人を動かす力があったのだと思う。無論、簡単にZeebraやKダブになれるワケはないのだが、勘違いを引き起こさせる力が異常あったのだろう。これはダウンタウンのフリートークにも言えることだが」

kenzee「それにしてもボクは毎週「フリースタイルダンジョン」を観ているけど、どうしてあんなことが即興でできるのかまったくわからない。たとえば倍速の早口フロウでディスられた人がその早口フロウでやり返す場面とかあるじゃないですか。メソッドを作ったZeebraにもあそこまではできないと思うんだ」

司会者「じゃあ、これからバトルがもっともっと盛り上がって、普通の格闘技みたいになったら面白いですね!」

kenzee「イヤ、たぶんそうはならない。これは誰かがちゃんと統計をとると面白いと思うんだけど、特に音楽とかサブカルチャーに興味のない40代以上の男女は「ギドラメソッド」が理解できないんですよ。30歳以下のヤツは普通のコンサバ人間でもメソッドは理解できている」

司会者「なんでそんなことが言えるんですか! なにを根拠に!」

kenzee「去年、会社に石橋という名の新入社員が入ってきた。典型的なイマドキの若者風だったので「コレは鍛えないとな」とオイラは思った。と、思ったら「コレはラップで教育すればいいのかナ?」と思った。そこで

Hey Yo イシバシ オマエを鍛える ビシバシ 文句あんならブッ飛ばす イキナシ ツベコベ言ったって イミナシ キチガイ じゃないこれは説教 つまり耳に痛い 

って教育することにしよう、と40代の同僚に言ったところ、ホントにキョトンとされたのだ。結構固い韻なのに。でも20代の若手社員は「アー、ナルホド」みたいなリアクションなのだ。これはナカナカ難しい問題ですよ! 40代以上は「よくなくなくな~い」とかじゃないとわからないのだ。これを文化的断絶といわずなんというのか。文化的断絶。 韻ならば完全。Bじゃなきゃ全然。理解されず残念」

司会者「ギドラメソッドっていうか・・・FGっぽいなア、キミ」

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新しいビジネス始めるために20万部売ろうと思う(kenzee社長40代の野望)

kenzee「今さら「定本・風俗営業取締りー風営法と性・ダンス・カジノを規制するこの国のありかた」永井良和(河出ブックス)を読んだ。日本の風俗営業を取り締る風営法、正しくは「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」を巡る歴史と問題系を一冊にまとめたもの。無論、近年の「クラブ規制」問題にも触れている。法律にはマッタク無知はボクだけど、普通に「ラブホテルとシティホテルを分類する基準」とか近年、爆発的に増殖している無店舗型風俗、ホテヘルやデリヘルはナゼ認可制ではなく届出制なのかとか2015年の風営法改正で「ダンス」が法律の条文から消えたってんで音楽関係者快哉をあげたワケだけど、その代わり「遊興」というそれまで風俗取締りになかった概念がでてきて余計にどうなの的な状況のクラブ規制問題とかいろいろ面白い本でした。そこでね、ボク、新しいビジネスを考えたの! 聞いてくれる?」

司会者「(ハ、ウサンくさそうなイントロ!)」

kenzee「カフェなんだけど、コスプレみたいな格好の女の子がいっぱいいて給仕してくれるカフェなの!」

司会者「それタダのメイド喫茶じゃねえか!」

kenzee「それがタダのメイド喫茶とは違うのだ。ホットコーヒー(一杯1000円)を注文すると好みのバイトの女の子が給仕をしてくれて、握手できます。そして3分間お喋りできるのデス! 「握手カフェ」! なんで誰もやってないんだろう? 無論、3分間で満足できずに何杯もコーヒーおかわりするヤツが続出すること間違いナシ。この商売のキモは酒類は提供しなってことなの。「酒類の提供」と「深夜営業」「ダンス」が絡むと風営法に引っかかるからネ! そして「握手」という接触に金銭が発生するのではないということだ。1000円というのは飽くまでコーヒー代だからね。10杯9500円の回数券も飛ぶように売れます」

司会者「メイド喫茶をより雑にした感じだな」

kenzee「コスプレ衣装に関しては各々バイトの女の子にまかせるよ。露出が多めならなんでもいいヨ! この商売のいいところは適当な雑居ビルのテナントとバリスタの機械と10人ぐらいのバイトの女の子がいればすぐ始められるということだ。風俗ですらないので食品衛生管理者の届出だけだしとけば(ビデオ観るだけで誰でもだせる届)すぐにでも始めれるヨ! 一応、カレーとかオムライスとかケーキ(不二家のショートケーキ)とかもだしますよ」

男性客「ハナコちゃん、はじめまして・・・。いつもツイッター見てるよ。甘いもの好きなんでしょ? ケーキおごってあげるよ」

ハナコ「エー! 嬉しい。ハナコ不二家のショートケーキ超好きなんだ!」

kenzee「1000円でございます」

司会者「そこでもボッタくるのかよ!」

kenzee「当店がそこらのアイドル商売と決定的に違うのははじめにバーンと看板とかサイトのトップページにコンセプトを掲げてるトコやね」

 当店のアルバイトの女の子はみんな彼氏がいます。ご了承ください。店主

kenzee「これで炎上対策もバッチリ! バイトの子には最初にこう言います。「バンバン恋愛はしてください。(無論、客とデキちゃダメだよ)そしてツイッターやインスタにもアツアツ画像をアップしまくってください。

ハナコのツイッター「今日わぁ、カレとお、USJに来ちゃいマシタ!ピ~ス(パシャ)」

kenzee「全然アリです」

ハナコのツイッター「今日わぁ、ハナコの誕生日デ~ス! カレとラブホ来ちゃいマシタ! もう5回もイカされたヨ!!!」

kenzee「全然アリです。そこでノコギリ持って襲ってくるようなヤツはウチの客の資格は無いネ。とにかく簡単に始められてバンバン儲かるのでドンドン地方にも進出するヨ! 今はどこの地方の繁華街も空きテナントだらけだからネ! ボクは実業家になるよ!」

司会者「kenzee社長、質問がたくさん寄せられています」

Q1「ぼくはコーヒーが苦手なのですが・・・」

kenzee社長の回答「コーラ(一杯1000円)もあります」

Q2「好みの女の子とツーショットチェキは撮れますか・・・?」

kenzee社長の回答「スペシャルブレンドコーヒー(2000円)をご注文いただいたお客様のみの特典となっております」

Q3「だからコーヒー苦手なんですが・・・」

kenzee社長の回答「スペシャルブレンドコーラ(2000円)という手もあります」

Q4「ヲイヲイ、それタダのコカコーラじゃないのwww」

kenzee社長の回答「いえ、スペシャルブレンドコーラ(2000円)です(キリッ)」

Q5「あの・・・何度も通ってるウチに本気でハナコさんのことが好きになってしまったんですが・・・どうすればいいですか・・・」

kenzee社長の回答「だから彼氏いるって言ってるだろ!(ガチャ)」

司会者「大変な商売だなあ」

kenzee社長「定期的に常連客を集めてフォークダンス大会などの接触イベントも行います」

司会者「ダンスさせたら風営法的にマズかったんじゃなかったのかよ!」

kenzee「ざっとボク的な計算だと取り急ぎ1000万あれば梅田で10坪ぐらいの物件でスタートできるのではないかと雑に算段」

司会者「その初期費用とどうして工面するかだね」

kenzee「その金策もすでに考えてある。ボクは作家なので本をだすのだ。新書で20万部売る。これで1500万ぐらい印税が手元に残る。これを元手に開店資金、そしてハナコとかの人件費にあてる。CDもだすのでレコーディング代と(作詞・作曲・編曲はkenzee社長がジキジキに行うのでここは大幅にコスト削減!)プレス代も含めるとこのぐらいいるのだ。これはマキシシングルで店頭のみでの販売。アマゾンやタワーの通販には卸さない。ハナコとかのサインいりで2800円で販売予定! これがボクの40代の人生計画」

司会者「20万部売れる新書ってどんな内容なのよ」

kenzee「前からチョイチョイ「イカツイ雰囲気の男性歌手が女々しい女の気持ちを女言葉で歌う歌謡曲についての論考を書くといっていたが、いろんなことがわかってきた。この、パンチパーマなどのコワそうなオヤジが「アナタなしでは、ワタシ、生きていけないのよ~」とか歌う文化とはなんなのか、という疑問だが、ちゃんと先行研究がある。富山大学、関西大学で教鞭をとる中河伸俊に「転身歌唱の近代」という論考がある。中河は上記のようなジェンダー交差歌唱のことをクロス・ジェンダード・パフォーマンス(CGP)と名付け、比較文化的な視点からみれば、日本のポピュラー音楽の際立った特徴だと指摘している。通常、小林旭「昔の名前ででています」とかロス・プリモスの「ラブユー東京」ぴんからトリオ「女のみち」のような演歌、ムード歌謡特有の現象だと読者は思うだろう。いわゆる若者向けのJ-POPにCGPなどないと思い込んでいるだろう。しかし、このCGPは演歌を特徴づける歌唱スタイルにも関わらず、連綿とイマドキのポップスにも受け継がれているのだ。たとえば長渕剛「巡恋歌」チャゲアス「ひとり咲き」「男と女」やしきたかじん「やっぱ好きやねん」「あんた」「一途」「大阪恋物語」上田正樹「悲しい色やね」徳永英明「レイニーブルー」山下達郎「エンドレス・ゲーム」「忘れないで」「甘く危険な香り」福山雅治「Squall」「milk tea」エグザイル「Ti Amo」などなど。なかなか根の深い文化だとわかる。中河によれば海外のポピュラー音楽には見られない日本固有のものだということだ。ジャズやポップスの定番曲の場合、もともと女性歌唱でヒットした曲を男性歌手がカヴァーして再ヒット、といったパターンは多数あるが、日本語のような「だわ、のよ、かしら」といった女性を表す助詞が英語にはないことからそのままカヴァーして成立するケースが多いのだ。また、CGPの特徴として「女々しく、弱々しい女の姿を描く」という伝統があるが、英語圏の場合、大前提としてクリスチャニティが横たわっているからか、そこまでそこまでどうしようもない女の姿が描かれることもない。また、黒人のブルースのどうしようもなさというのはまた別件のものである。さらに先行研究を探ると寿岳章子という国語学者にブチ当たる。1979年に発表された「日本語と女」(岩波新書)のなかに「うたの中の女」という章が登場する。この中でスゴイ調査があった。日本の歌謡曲、演歌、フォークなどから844曲を抽出し、歌のなかの女たちの振る舞いやどのような状況に置かれているかを教えている学生をバイトに使って詳細な身の上調査書を作成したのだ。なにしろ79年だ。レンタル屋などない時代である。全部レコードを研究費で購入したのか。人文系の黄金時代かもしれない。とにかくオイラの論考にとってはありがたい資料だ。さらに寿岳の弟子筋にあたるらしい金秀容(キム・スヨン)は「ことばとジェンダーの未来図」(明石書店)のなかの論考「歌に見る女性像・男性像」のなかで2000年以降のJ-POPを使って同じ身の上調査を行っている。金の調査ではV系などまで射程に入っており、興味深い。また、ボクはもうひとつ、CGPで気になったことがある。「だわ、のよ、かしら」といった女言葉の多用である。女性が主人公の歌なのだから当然だろうと読者は思うかもしれない。しかし、女性シンガーソングライターの歌詞には驚くほどそのような女言葉は登場しない。たとえば98年組の宇多田ヒカル、aiko、椎名林檎の歌詞にはまず登場しない。ユーミンさんや中島みゆきですらほとんど見られない。同じように女性の恋愛を描いているのにだ。もしやCGPに登場する女性とは極端に記号化されたカッコつきの「女性」なのではないか。男の脳内にしか存在しない幻想の女、そういう存在なのでは。そこでまったく別筋の先行研究にブチ当たる。大阪大学で教える金水敏の「役割語」の研究だ。「ヴァーチャル日本語・役割語の謎」(岩波書店)によれば日本語のマンガや小説などのサブカルチャーには特定のキャラに特有の語尾、助詞を使用させることでキャラ説明を効率よくする風習がある。たとえば老博士は「~じゃよ(含蓄に富んだ老人)」、関西人は「~でんねん、まんねん(竹を割ったような明るい性格)」お嬢様「アラ、よくってよ」、中国人「~アルヨ」これらはまったく現実を反映していないのにドラマやマンガを消費するうえで誰も疑問を挟むことはない。なんだコレ?という研究を金水氏は90年代から続けている。ボクはCGPにおける「だわ、のよ、かしら」は「役割語」なのではないかと考える。つまり、なにかの効率化が図られたのではないか、と。他にも寿岳の弟子筋の遠藤織枝「女ことばの文化史」、中村桃子「女ことばと日本語」などにも重要な示唆を受けた」

司会者「ところでイカツイオッサンが女々しい歌を歌う、という構図はなんでそうなるんですか。確かにひよわそうなスピッツの草野マサムネのような歌手がCGPを歌うことはなさそうだ。なんでだろう」

kenze「実は上記の話は所詮、先行研究でこっからがボクの論考のキモだ。日本の男性ポピュラー歌手の歴史とは長渕剛や松山千春やチャゲアスや福山やエグザイルのような「CGP上等」という暴力的な背景を感じさせる人々による「CGP派」と小田和正や尾崎豊やミスチルや小沢健二や草野マサムネのような比較的文科系で、「あなたしか、いないのよ~」のような歌詞を自分では絶対に歌わない「ノンCGP派」に分類することができる」

司会者「すると、ヤクザ感、ヤンキー感のある男性歌手はCGPいけるけど、小沢健二さんのような文科系の歌手はCGPムリってだけの話? それで20万部は難しいなア」

kenzee「ここから大変なことが起こる。「CGP上等」と「CGPムリ」の違いとはつまり、人間観の違いなのだ。でね、音楽ジャーナリズムにおいて日本のポピュラー音楽の歴史の記述の仕方というのは基本、サウンド中心に編まれてきたのだよ。たとえば、吉田拓郎の後輩フォーク歌手として登場した長渕剛、どちらも反骨のフォーク歌手、という。あるいは山下達郎のブレイク以降、登場したシティポップ、男性AOR歌手といえば村田和人や濱田金吾、のような。小沢健二やカジヒデキの渋谷系の源流にあたる元祖渋谷系、山下達郎、といった記述の仕方だ。確かにサウンドを追いかけるとそうなのかもしれない。しかし現代においてサウンド基準でジャンルを分類することは果たして有効か? たとえばボカロPの多くはV系も渋谷系もテクノポップも演歌もヘヴィメタも同列、どうせ初音ミクが歌うんだから、といった姿勢の作家は多い。そうなると「サウンドが音楽的思想を決定する」という考え方自体が無効となっている気がするのだ。ならばどうする? もはや作家の人間観しか歴史を記述する手がかりはないのではないか? そのようなCGP基準で歴史を記述しようとすると従来のものとは違うまったく新しい音楽史が現れることになる。このCGP史観は画期的なものだ」

司会者「そのCGP史観の音楽史はどんなことが書かれてるんですか?」

kenzee「まず、長渕さんと達郎さんが肩組んで酒飲んでますね。同じ人間観だから。そこにやしきたかじんさんが一升瓶持って乱入します」

司会者「楽しそうだなア」

kenzee「で、エラいことが起きます。その飲み会に偶然、矢沢永吉さんが通りかかるんですけど、まったく見向きもしないで通り過ぎちゃうんですね」

司会者「矢沢にCGPはないもんなア」

kenzee「彼らとは人間観が違う。同様に小沢さんやカジヒデキさんや草野さんも通り過ぎていきます。従来の音楽史だと達郎さんの後輩みたいに記述されていたのだけどもね。ところが円広志はサッサと輪に加わりました」

司会者「「夢想花」があるからネ」

kenzee「ところで長渕さんの先輩といえば拓郎さんだと思うでしょ? でも拓郎さんてノンCGP歌手なんだよね。なので人間観から鑑みると拓郎さんと小沢さんが先輩後輩なんだよ」

司会者「むしろ小田和正と小沢さんが先輩後輩のような気がするけどなア」

kenzee「とかフザけてきたけど不思議なのは達郎さんだ。あれほど「シティポップ」「元祖渋谷系」といわれる作家がドップリCGP歌手なのだ。それも自身で詞作をはじめた初期の「甘く危険な香り」あたりから連綿と達郎CGPは現在まで続いているのだ。「エンドレス・ゲーム」「世界の果てまで」「忘れないで」「コンポジション」「愛を教えて」まだあったかもしれない。あれほど「洋楽育ち」を自認するアーティストが当然のようにCGP表現を続けてきたのはどういうことか?」

司会者「2000部ぐらいは売れそうかなア」

kenzee「ここ最近、長渕さんの去年の富士山麓ライヴの5枚組CDばっかり聴いてるんだけど、モノスゴイ緊張感のあるパフォーマンスでスゴイんだけど、ふと、「これは中山晋平と野口雨情コンビの想像力を現代に翻訳すると長渕さんになるのではないか」と思ったのよ。そしたらCGPの正体がなんとなくわかってきたの。ここが20万部のキモの部分なんだな。そんなワケで近々、企画書を書くよ」

司会者「握手カフェのためにネ」

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2016年、素人ダンスがエロイと発見!(最近のAVの話)

この度の熊本地震により、被災された方々へ心よりお見舞い申し上げます。一刻も早く余震が収束し、復興することをお祈り申し上げます。ところで、ここからさきの記事はかなりどうでもいいくだらないAVの話ですので興味ない方は読み飛ばしていただきますようお願いいたします。

kenzee「ホレ、ボクAV大好きじゃないですかア。で、こないだいつものようにAV観てたら衝撃的なAVに出会ったのですよ。どういう内容かというといわゆる素人企画モノです。ボクはこういうAV界のジャンク品みたいな底辺の企画モノが大好物なんだけど、これはちょっと「現代におけるエロとはなにか」を問う問題作でしたね。このジャンク界には「全裸モノ」と呼ばれる一切セックス的なカラミナシ、単に服を脱がせてハダカを接写で撮影するだけ、というジャンルがあります。一応、その辺の道でスカウトしてきた素人というテイで(たぶんみんななにかの事務所に入ってる)、どこかのホテルの部屋で、

監督「エットー、ハナコちゃんはカメラの前でハダカになるのははじめて?」

ハナコちゃん(素人というテイ)「ハイ・・・はじめて・・・です」

監督「今、オッパイを撮ってるヨ~。どんな気持ち?」

ハナコ「ハ、ハズカシイです・・・」

みたいな三文芝居を繰り広げるだけで、あとはうしろ向いたり四つん這いになったりするだけ、で、「初体験はいくつ~」などと定番のユルユルなインタビューをするだけ、そんな5分ぐらいのミニコントみたいなやり取りが20人ぐらい続く、というユルユルのジャンルがあるのだ」

司会者「ソレ、昔からあるじゃない」

kenzee「そうなのだ。それでも「無名女優の女体フェチ」とでもいう人々が一定数いるのだろう。ホソボソとこの手のビデオは出続けている。ところがこの底辺の泡沫ジャンルに革命が起きた。シチュエーションはいつものようにホテルの一室。で、ミカン箱で作ったみたいなミニステージに女性を立たせる。文章に起こすとこんな感じだ。

監督「ハナコちゃーん、とってもキレイなハダカだね~」

ハナコ「ハ、ハズカシイです・・・」

監督「今、オッパイヲアップで撮ってるヨ~。ア~乳首が勃ってるヨ~」

ハナコ「イヤ~ン、ハズカシイ・・・」

監督「じゃあ、ハナコちゃん、ビートかけるんで、踊ってくれる?(ハウスみたいな音楽かける)」

ハナコ「エ?踊り?(ナニソレ、聞いてないケド)」

監督「軽くでいいから、リズムにあわせて踊ってヨ~」

ハナコ「ア、アア、こうですか・・・(適当に踊りだす)」

監督「いいねえ! 踊ってるハナコちゃん、すごくカワイイよ! いいよいいよ!」

ハナコ「エ・・・そうですか・・・ウフ(まんざらでもなくなってくる。わりとノリのいいダンスになってくる。ちょっと汗かくぐらいの)」

監督「ハイ、もういいよ、オツカレ。ほんとカワイイダンスでした」

ハナコ「(ちょっと息きれてるぐらい)ア、どうもりがとうございました・・・???(ヘ?事務所からは全裸撮影3万円、源泉徴収で2万7千円の撮りって聞いてたんだけど・・・ダンス?でもまあいいか)」

こんな感じで無名の企画女優たちが次々と唐突にダンスを踊らされるのだ。それが・・・猛烈にエロイということにボクは気付いたのだった!」

司会者「ハ?ソレなにがエロイの? 大体「ハダカダンス」というジャンルも昔からあるジャン。渋谷のギャルみたいな子をどっかのクラブとかに集めてTバック一丁で躍らせるみたいな」

kenzee「それらとはまったく違う、異次元エロ空間がそこに顕現したのだ。まず、このビデオに登場する女性たちは「ハダカ」に関してはセミプロなのだろう。ソツなく素人のフリをしてサクサクと三文芝居をこなしていく。(カラミもないし、ラクだワーこの仕事)ぐらいの感覚でいたところに唐突に

「じゃあ、踊ってくれるかな?」

といわれるのだ。これを考えた監督はエロ超人かもしれない。まず、彼女らはハダカに関してはそこそこプロでも、ダンスに関しては本物の素人のはずなのだ。なので、みんな踊りがぎこちない。この「ぎこちなさ」こそ我々が本来、「素人エロ」に求めていたものであって、もはや誰もがこのポスト近代社会において「素人エロ」など幻想だ、と諦めていたところにひょんなところから「素人エロ」エキスが抽出されたのである。ではナゼ、「素人エロ」が現出したか。ポイントをまとめるとこうなる。

1、彼女らはみな、まさかダンスを踊ることになるとは予想もしていない。(ここが前述の渋谷ギャルダンスのビデオとの相違である)

2、しかし、イマドキ、20代ぐらいの女性で「ビートにあわせて踊る」ということがまったくできない、という人もそういない。

3、確かに仕事の発注内容と話が違うといえば違うワケだが、「ダンスって、話が違うじゃないですか!」と目くじらを立てて怒るほどのことでもないので「しょうがないなあ」という感じでみんなシブシブ踊る。

4、では、通常のクラブで踊っている女性もエロイのか? 答えはノー。ナゼなら大人数で踊る空間では無意識の同調圧力が生じるからだ。特に女性は大多数の周りの女性の圧力に弱いので周囲を観察し、その場の適切な感じの踊り方をすることになる。そのような踊りにはなんのエロさもないのであるが、このビデオの優れた点は「このホテルの一室で踊る女性はその人だけ、という」点にある。つまり、同調すべき周囲というものがないのだ。あるのはビートだけ。つまり、「ダンス」本来の「自由に踊る」ということを求められる状況となっているという点だ。

5.しかも彼女達はダンスに関してはズブの素人なのである。するとどうなるか。たとえ同じビートであってもみんなバラバラのダンスを踊り始めるのだ。ホントに恥ずかしいのか、肩を揺らす程度の人もいるが、(それはそれでやっぱりイヤラシイ)どういうわけか、ミカン箱の上でジャンプするぐらいの勢いでノリノリになる人もいる。視聴者(つまりオレ)はここまでサンザン「無名の」とか「泡沫ジャンル」といった無個性を、哲学の言葉でいえば「郵便屋」を彼女たちに観ていたワケだが、それぞれが違うダンスを踊りはじめた瞬間、猛烈に彼女たちの「個」を観ることになる。形式的な「オシゴト」のハダカと圧倒的な「個」のダンスが結合した瞬間、とんでもないエロエキスが画面にスパークするのだ。

司会者「つまり、幼稚園児に「ドラえもん」を描け、と言ったらみんなバラバラのドラえもんを描きだす、というのに似た状況がでてくるワケだね」

kenzee「なにが面白いといって、「踊って」といわれるとみんな一瞬、「ハ?」て顔になるのに、踊ること自体にはほとんど抵抗はないみたいなのだ。それどころか、それまでの「全裸撮影」の場面までは「エ~ハズカシイです~」みたいな芝居をしていたのが踊りはじめて「カワイイよ!」とかおだてられると、どんなトンチキなダンスを踊ってる子でもちょっと得意げな顔になることだ。「わたしを見て~」みたいになるのだ。そして結構、一生懸命踊るのだ。ボクはここに「クラブ」だ、「ディスコ」だ、「ダンスミュージック」だというレッテルに囲い込まれ、圧殺されていた「本来のダンス」を観たような気持ちになる。そういえばこんな歌もあったではないか。

 ダンスナンバーで踊り続けよう くだらないことはたくさんあるけど 誰かが決めたステップなんて関係ないんだ デタラメでいいよ
 カッコ悪くたっていいよ そんなこと問題じゃない 君のことを笑うヤツは 豆腐にぶつかって 死んじまえ(ザ・ブルーハーツ「ダンスナンバー」('87)

kenzee「ボクがこの監督がソラ恐ろしいのは、まず、現代のAVにおける定型的なエロに絶望している点だ。たとえすごくスタイルのいい、美人な女優がテクニックのある男優とカラんでいてもそれはもはや当たり前の風景であり、スマホ片手に無料でどこででも視聴が可能な映像なのだ。現代のAV状況とはどのような偏執的なマニアックなジャンルであってもそれぞれ一定の市場を形成している。「エロイものを観て興奮する」という行為は本来、社会や共同体の規範から逸脱する欲望であるはずだ。「逸脱するからエロイ」。セーラー服モノや未亡人モノがイニシエより根強いジャンルとして鎮座しているのも我々が「ハダカ」より「逸脱」に欲望の矛先を向けている証左であろう。しかし。現代において真の逸脱など存在しない。近年まで「最後の規範」として我々のまえに立ちはだかっていた「モザイク」の問題も今や簡単にネットでいくらでも高画質の無修正動画が観れるようになり(無論、無料で)、「逸脱」の逃げ場は完全に塞がれた、思われた。もう、ぼくたちは管理され、社会から許容されたエロコンテンツにしか触れられないのだ。「なんでも観れる自由」を得た換わりに「逸脱」する自由は永遠に奪われた。こう考えていた。もはや我々はSMぐらいでは興奮しないし、局部のアップなどすぐに見飽きてしまった。数十年前、小中学生の頃には空き地の「スーパー写真塾」でもあれほど興奮していたのに。あらゆる富を手にした途端、虚無が我々を襲ったのだ。それが人生なのかもしれない。ひょっとすると中世ヨーロッパにおけるメディチ家やハプスブルク家の家主たちも同じ思いだったのかもしれない。しかし、人間はまた、創造する生き物でもあったのだ。ちょっとトンチをきかせただけで新たなるエロ興奮を我々は手にすることができた。しかも特段、美人でもない4流企画モノ女優たちからとくにハードなプレイなどを要求するわけでもなく、エロエキスだけを抽出することに成功したのだ。とにかくこのビデオで踊っている女の子たちは「楽しそう」な顔をして踊っている。これだけでも革命的ではないか。なかにたまたま、本格的なダンスを披露した子がいた。きっとホントのクラバーなのだ。この子だけ「つまらなそう」な顔をして踊っていた。ここに「ダンス」を取り巻く問題系が垣間見える」

司会者「コレ、ちょっと専門家の人に観てもらいたいですね」

kenzee「そう。ボクがテレビの放送作家なら宮台真司さん(若い女性の生態の研究)とエグザイルの古参のメンバーでこのビデオ観て貰って、対談とかしてほしいね。あと「エロと女性」の側から雨宮まみさんに入ってもらって」

司会者「ところで、ソレ、なんてビデオ?」

kenzee「それが・・・もうツタヤに返してしまって、ちゃんとしたタイトルも、監督の名前もわからないのだ。アハハハハー。確か、「素人がナンチャラで・・・ナントカで踊ってみた」みたいなタイトルあったような」

司会者「そんなの検索かけてもちゃんとでてこないよ!」

kenzee「ボクはAVの歴史は「バコバコバスツアーシリーズ」あたりが革命の最後かと思ってたんだけど、モノスゴイことを考えている人は常にいるということなんだ。真のエロクリエイターに乾杯!」

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10代の恋愛絡み事件で自分の10代で起こったことを考えるPart.2

kenzee「さて、前回の続きで「バス停の別れの場面」について考えてみる。「別れを切りだす」のは切りだす方も気が重いはずで、マジメなモー子らしく、そのシチュエーションには細心の注意を払っていたのだと今となってはわかる。たとえばネットには「恋愛指南サイト」とでもいうべき西野カナ的な若年女性向けの恋愛の疑問に答えるインターネットサイトが溢れている。今回、当時の現場を検証するにあたって「恋愛 別れ 場所」「恋愛 別れかた 安全」「恋愛 上手に別れる」などの検索ワードでどのような指南がなされているのか調べてみた。すると不思議なことに「告白の仕方」とか「上手なデート」などの項目だとライターの主観でわりと好き勝手なこと書かれているのだが、「別れ方」だけはほとんど言うことが似ているのである。つまり、一歩間違うと重大な結果を招きかねない行為だけに先人の知恵と経験が蓄積されているのだろう。あらゆる恋愛サイトで注意が促されているのは次のような点だ。

(1)別れ話は人目のある場所で・・・(当然、逆上した者が暴力行為に及ぶのを防ぐためである)

(2)できれば夜より午前中・・・(比較的、午前中のほうが精神が落ち着いているため。)

(3)二人の行動範囲(家の近く、学校ということになる)を避ける

(4)必ず顔をあわせて別れよう(LINE、メールでの別れなどナンセンス)←これは当時なら電話で、ということになる。

(5)誕生日やクリスマスなどのイベント時を避けてなんでもない時に・・・(なにか準備していた場合、それがさらにショックを増幅してしまう)

(6)言うべき必要事項をまとめ、余計なことを言わない・・・(キライになったわけじゃないの、など抽象的なフレーズを挟んでしまうと余計に相手を混乱させることになる。法律の条文の如き、なるべく誤読しにくい表現を心がけるべきである)

また、別れを決心するうえで、頭のなかだけで考えず、紙に理由を書き出してみる、ということを勧める者もいた。そして当然、クルマのような密室は避けろ、という箴言は多くのサイトでみられた。(どうなるかは想像に難くない)

このような知識、というか情報は1992年当時なら女性向けの雑誌のコラムページなどが担っていたのだろう。モー子も何らかの手段で情報を手にいれ、実践したと思われる。まとめてみて、感心するのは恋愛ドラマや少女マンガでは決して見かけることのなさそうな具体的、実践的な指南であるということだ。それまでの告白だのなんだのだと月9ドラマのごとき抽象的恋愛フレーズの飛び交うこの手のサイトの中で、この別れ方の項目のみ、「救命胴衣の使い方」のようなマジ文体となる。それほど、恋愛においてこの場面だけはヒドイ事件を引き起こす事例が多いためだろう。そして、改めてモー子のスゴイところはこれらの6項目すべてを踏まえて場面に臨んだということだ。この先人の知恵の結集のような6項目を遵守することによって、ボクはとんでもない事件を起こさずに済んだし、モー子も事件に巻き込まれずに済んだということになる。前回の記事でボクは「人目があって、恥ずかしいので逃げ帰った」と言ったが、もし、人目のない場所だったら「逃げる」という発想にでなかったはずなのだ。たとえばいつもの夜の公園などだったら大変危険だったとわかる。夜、という気が昂ぶりやすい時間帯と人目のないシチュエーションで、逃亡という発想がでてこなかったら・・・・・・結構、カジュアルにボクはモー子を殺害していたのではないかと思うのだ」

司会者「ソンナー、極端ナー、ナハハ(鼻毛を抜きながら)」

kenzee「昨今、この手の事件は刺殺事件が多い。今回の福岡の事件だとナイフ2本に斧が使用されたようだ。三鷹のチャールズトーマスの事件だと凶器はペティナイフ(刃渡り13センチ)ということだ。無論、ボクは当時も今も、ナイフや刃物を普段から持ち歩くということはない。ボクがこの場面で逆上していたら、絞殺という方法をとったに違いない。力の弱い10代の女性の首を絞めて失神させるのは意外なほど容易だ。事件モノのドラマ等でよく犯人が両手で相手のクビを包み込むように絞め殺すシーンがあるが、あのやり方では気管を圧迫しているだけで苦しいばかりで思うようにはいかないだろう。クビを締めるというのは要するに頚動脈を締め、頚動脈反射を起こす→気絶する、ということだ。柔道における締め技のことである。ボクは柔道をやっていたので締め技を使うことはあったし、実際に落とされたこともある。つまり、気絶したわけだが、痛さや苦しさというものはほとんど感じない。十数秒でスーッと意識を失うのである。無論、そのまま放置すれば死に至る。また、演劇やSMプレイなどで首を吊るパフォーマンスがあるが、あれは頚動脈を避けることで成立しているのである。昔、バンドの黒夢の清春はインディーズ時代、首吊りパフォーマンスをよくやっていたようだが、(ロキノンジャパン2万字インタビューで首吊りについて語っている)彼はそのあたりを熟知していたのである。格闘技の経験のないモー子を締め落とし、殺害するのは当時のボクなら容易だったはずだ。福岡や三鷹の事件だと刺殺時に悲鳴を聞いたという近所の人の証言が繰り返し報道されていたが、この方法ならそれすら起こらなかっただろう。思えば柔道というスポーツは危険だ。情緒不安定な10代の子供に簡単に素手で人を殺せる方法を実践的に教育するである。モー子は最悪の事態を想定して難を逃れた。ボクも、ハタから見れば、「彼女にフラれてションボリしている根暗な受験生」ぐらいの感じで収まったのである。一歩間違えれば大事件だったのが、若いモンがひっついて別れた、ぐらいのことで済んだのである。寺山修司は言う。「起こらなかったこともまた、歴史なのだ」と。無論、寺山らしい嘯いたポーズなのだが、このモー子との一件だけは自分に「起こらなかったもう一つの人生」を想起させるのだ」

司会者「話がエライ飛んでしまったけれども、そこでなんで逆上して殺そうと思った(はず)なの? 急に猛烈にハラが立ったの? 一瞬にして憎くなるということ? 世間が理解できないのは、そういうことだったらまず口ゲンカになるだろうし、せいぜい殴るとか蹴るといった暴力になりそうな気がするんだけど」

kenzee「世間がこの手の事件でもっとも理解できない部分がこの「殺害」の部分である。これは世間の「殺害」の認識が「相手が憎い」か「自己防衛」ぐらいしか動機がないと考えているからだ。ホントのところ、他の事件の容疑者の心理のことはボクにはわからない。なのでボクに限ったひとつの症例ぐらいにとらえてほしいのだが、今も昔もモー子が憎いと思ったことはないのだ。ではナゼ、「起こらなかった歴史」においてボクはモー子を絞殺しているのか。別れを告げられたボクの心理をもう少し覗いてみよう。よく、人は死ぬ瞬間、走馬灯のように人生を振り返る、という。事故に遭った人が数秒の間に数十年の人生を思い出す、と。これと同じようなことがフラれた10代男子の心理に現れる。フラれた→もうダメ→もう会ってくれない→やがてボクの知らないどこの馬の骨かわからない男と出会う→同じようにチューしたりする→セックスとかするかもしれない、いや、する→確実にそのような未来が訪れる→想像しただけで頭がおかしくなりそう→ボクにはその未来を阻止する力がない→なんと無力なのだろうか、あんなに幸せだったのに→いや、その未来を阻止する方法がある。今、ここで終わりになればいいのだ→一緒に死ねばいいのだ→待てよ、あのレンタルビデオ、まだ返却してなかったな」

司会者「そんな小ボケいいよ」

kenzee「このような心理である。つまり、憎悪とか痛めつけてやりたい、とかいう動機とはもっとも遠いものなのだ。なので、暴力で済まないのである。むしろ「痛めつけてやりたい」とはまったく思っていないのだ。とにかく全部「終わり」になることが最善の策なのだ、という結論に至る。逆上、という心理からは実際には遠いプロセスを経ている。無論、起こったファクトだけを追っていけば「逆上し、殺した」と看做されることになる」

古市憲寿さんのような若者「そんな、この先彼女が見知らぬ男とイチャイチャするのが耐えられないのなら、自分が別の女の子とイチャイチャすれば払拭できる問題なんじゃないですカー」

司会者「ホントだ、じゃあ他の子でも当たるカーって思わないの? それが世間では健全な発想とされているわけだが」

kenzee「ここがこの年代の子の難しいところで、本気で「この子しかいない」と思っているのだ。往年のアイドルの親衛隊と同じ病だ。ここからが自分でも不思議なのだが、モー子以降にも別れというものを何度か経験することになるのだが、いたってカジュアルに別れることができるようになっていた、ということだ。なんというか、もうエンターキー押すのと同等ぐらいに」

司会者「カジュアル過ぎだよ!」

kenzee「もっと不思議なのは、20歳あたりでモー子と出会っていたら、確実にボクはモー子に気付いていない、ということなんだ。たとえば高校の同級生とかじゃなくて、20歳ぐらいで合コンみたいなことでモー子とであっていたら・・・たぶん、記憶にすら残っていないと思う。そもそもモー子は「学校でも有名な美少女」とかそういうタイプではないのだ。地味な人で、そういう場では不利なタイプだ。「アー、キミは教職とかとってるんだダー。ヘー(この子は違うナー)」ぐらいで消去していたはずである。あの年齢でそういう環境で出会ったから、こういうことになった。あるいは職場で出会っても同様だっただろう。「ああいう、マジメで細かいタイプ、ダメなんだよネーボク」とか言って気にも留めなかった可能性が高い。しかし、別の歴史では殺していたかもしれない相手なのだ」

司会者「なんか、ゼロ年代のSFみたいな話になってきたな」

kenzee「実際、「時をかける少女」とはこういうテーマだと思うのだが・・・・・・出会いってなんだろうね」

司会者「西野カナファンのブログです(それは事実)」

kenzee「これでモー子との恋物語はオシマイなのだが、イマドキの若い婦女子は上記の6項目を頭に叩き込んで、別れの場面がきても最悪の事態を招かないように注意を払っていただきたいのでR」

司会者「モー子がいなくなって心にポッカリ穴が開いたようになってしまったワケだけども、どうやって穴埋めしていったの? 新しい彼女でもできたの?」

kenzee「当時、心にポッカリ穴が開いて、どうしていいのかわからなくなった。誰に、どう相談していいのかもわからなかった。それに、できればこういう話は見ず知らずの人に聞いてほしいものなのだが当時はYahoo!知恵袋みたいなモンもない時代で、なにかを大人に聞こうと思ったら親か学校の先生ぐらいしかいない時代で、現在の感覚から見れば人間関係で生じる情報の偏差が異常だ。当時ネットがあったら間違いなくボクは自分のコミュニティを作って、慰めてもらったりしていただろう。こういうことは見ず知らずの人の言葉のほうがありがたいものなのだ。ならばネットのない時代に思春期を生きたボクは不幸だったのだろうか。ボクは相談相手も相談の仕方もわからなかったのだが、「アレ、もしかしてこういうことってアレじゃね? 恋愛とか人生の悩み系って文学とかいうヤツが教えてくれるんじゃなかった? なんか現代文の先生がチラっとそんなこと言ってた希ガス」と思った。これが私の物書き人生のスタートラインである。ここから乱読が始まるのでイチイチ書名とか挙げると大変なことになるので割愛する。ひとつ、当時の印象的なエピソードを記すと同じ1974年生まれの高知の高校生の中脇初枝さんが「魚のように」でデビューしたことがある。ここでボクははじめて表現力とはなにか、ということを考えたのだ。「魚のように」はこの年齢の子が書く小説にしては抽象的な内容だ。主人公は男子高校生なのだが、ある日忽然と姿を消した姉と、その親友の女子生徒との濃密な人間関係を、あとを追うように家出した主人公が四万十川をエンエンと上りながらグルグル考え続けるという神経症みたいな話である。この中に「姉が失踪して、学校から姿を消しても、最初は学校中が騒ぎになったがやがてみんな飽きてしまった。まるでワイドショーネタのように消費されてしまった」というようなことをボヤくシーンがある。当時、ボクも「kenzeeとモー子別れたんだって。エ~、と噂が拡がったが、自分にとっての重大さとはウラハラに一瞬で噂は消費されてしまった」ということに苛立ちを覚えていたものだ。つまり、このとき脳内に浮かんだイマジネーション自体はボクと中脇さんでそれほど大差はなかったといえる。ただしそのイメージをアウトプットする時の表現力の底力がケタ違いだったのだ。ボヤきシーンを「魚のように」から抜粋してみる。

 けれど僕は納得できなかった。こんな思いは、この学校という狂熱的な世界においてのみ存在しうるものなのだとわかってはいても、それでは気は休まらなかった。理詰めに納得したって、そんなものはちっとも慰めにはならない。
 根がいなくなってから、落ちつかない自分の感情をもてあますようになった。そうして、情緒不安定な自分の精神が、かつての姉に似ていることに気付いた。
 僕はとうとうわかってしまった。
 僕は結局最後まで姉に愛されなかったのだ。(中略)僕たちの関係は終わってしまった。姉が自分に気付き、僕が姉を知ってしまえば鏡は砕けるしかない。終わりの前兆を僕は知らない。当然父も母も君子さんも知らなかった。知っていたのは姉ばかりだ。姉は一人で秒読みしていたのだ。けれどもし、一連の出来事を全てを前兆としてみるのなら、僕はこの終末を予感していたように思う。そしてこの終焉を急がせたのもきっと僕なのだろう。(中略)僕はぼんやりともう一つの可能性について考えていた。それは希望に近かった。姉は、一蓮托生に僕を破滅させようとしたのではなく、ただ僕に逃げ込む場所を求めていたかもしれないのだと。(「魚のように」新潮社)

とにかくイメージを具体的な文章にして出力する際のボキャブラリーの違いに圧倒された。なにしろ同い年なのだ。ボクは将来、どうしようという職業的なヴィジョンはまったくなかったが、「中脇さんみたいな文章が書きたい」とは思ったのだ。「中脇さんみたい」とはどう捉えていたかというと「複雑な心情をまるで複雑ではないようにシレーっという」みたいな感じだ。エモいこと言ってるはずなのに文章自体はエモくない、みたいな」

司会者「それがなんでこんなチンコの作家になっちゃったの? 夢、大失敗ジャンwww」

kenzee「ナゼ、自分がこんなチンコになったのかわからない。中脇さんは「ボッキンボッキンにボッキ」とかいわないからな。のちに「中脇さんのような文章」というものは一朝一夕にマネできるようなものではないとわかる。数年後、、まったく音沙汰のなかった中脇さんが珍しくメディアに登場した。SPA!の「ニュースな女たち」という巻頭グラビアページである。6年ぶりの新刊、「稲荷の家」(現在は「こんこんさま」と改題。河出文庫)のプロモーションだったのだが、その篠山紀信の手による和風なグラビアに付されたプロフィールに驚く。(おそらく同企画のコラムを担当した中森明夫の手によるもの)

 幼い頃から文学に親しみ、愛書家の父に買ってもらった世界文学全集を中学時代に読破する。夏目漱石と柳田國男が愛読書だった高校3年の1991年、「魚のように」で第2回坊ちゃん文学賞を受賞。(SPA!1997年12月24日 ニュースな女たち372)

司会者「アハハハ、世界文学全集読破とか、そんなヤツ、いまどきプロの文芸評論家でもあんまりいないヨ!」

kenzee「しかも、デビュー作の雰囲気だけ味わえば、どこか天然の人柄が感じられるが実際には確信犯の文学少女だったのだ。未だ高校在学中の1992年、サンデー毎日のインタビューでこう答えている」

サンデー「好きな作家は?」

中脇さん「はっきりいって乱読です。冒険のように、いろんな作家の作品を読むんですが、結局、柳田國男や夏目漱石、あとは古典なんかに戻ってきます」

サ「最近の若い作家の作品はどうですか」

中脇さん「ウーン・・・。表現とか、すごくあからさまで、私には生々しすぎる。別に今の出版界を憂いたり、批判するつもりはないんやけど、同世代の女の子たちは、みんな同じような本読んでて、その本の質が悪かったりするのをみとると、かわいそうになる。(中略)みんな「これいいよね」とか言っとるけど、本当にわかっとるっていうよりベストセラーっていう言葉に振り回されとるみたい」

サ「今年、女流作家としての活躍が期待されていますが」

中脇さん「そういわれると困るんです。私、まだ作家になるかどうかもわからんし。文学賞とか雑誌とかなんも知らないし。小説なんて何書いていいかわからんのです。自分に才能とかも感じんし。だって、作家とかって書きながら血吐くイメージとかあるでしょ。私、全然そんなんやないもん。ハハッ。やけん、そんなこといわれるとすごくはずかしい」(サンデー毎日 1992年 1月26日「今週の顔 「質の悪い本を読んでる友達はかわいそう」坊ちゃん文学大賞受賞中脇初枝さん(18)」)

司会者「アハハハ、「きみはいい子」でもはやモノホンのベストセラー作家になった今、「イマドキの本ってくだらないワ~」とか改めて言ってほしいもんですナ!」

kenzee「厚みが全然違かったのだ、とのちに気付く。とにかくボクはたくさん本を読むようになったのだ。しかも効率よく読むきっかけとなったのは三田誠広「書く前に読もう超明解文学史」で、タイトルは「どうなの?」という感じだが、これは三田先生の早稲田大学での講義をそのまま文字起こししたものだ。これとシリーズの「天気の好い日は小説を書こう」と「深くておいしい小説の書き方」を読めば、体系的な文学史の流れとポイントがつかめる。たとえば「構造」を解説するのに、レヴィ・ストロースの「婚姻規制」の話から始めるなどマジメで「これをわかってないとポスト構造主義もわからない」というところは丁寧な解説なのだが、「新人賞のとり方」のようなウサン臭い話も満載で、「南米文学って要するにどういうことか」みたいな話もでてくる。ここから大江健三郎や中上健次へ踏み出せたボクは幸せ者に違いない。「文芸誌をナナメに読むブログ」はこの時代の乱読がベースになっている。このように三田誠広さんの本には結構お世話になっているのだが、三田先生が連合赤軍事件を取り上げた「漂流記1972」はビックリするぐらい面白くなかったりした。とにかく本を読んだり音楽を聴いたりするのに忙しくなったのでモー子のことなどスッカリ忘れてしまって四半世紀たっていたというワケだ。しかもその間にボクもまさかの単著をだしていたりする。ホント、人生ってわからないネ。それもこれもあの時、モー子が大事に至らないようにちゃんと段取りして別れてくれたからなのではないかと、例の事件以降考えたのだ。中脇さんは長年、寡作の時代が続いた。ウィキペディアすら編集されない無名時代が続いたが、2012年にポプラ社からでた「きみはいい子」で大ブレイクを果たし、以降、精力的に新刊を発表しているは周知の通りだ。なんとデビューから20年経ってからだ。ボクも本をだした。40になったら急に人生が面白くなってきたのだ」

司会者「あの頃、ネットがあったら、こうはならなかったかもね」

kenzee「なので、今、彼女を殺そうと思って、アマゾンでサバイバルナイフなど購入してる若者よ、その金で風俗にでも行ったほうがいいヨ。
で、SNS的なものにはなるべく近づかないで本を読んだらいいと思うんダ」

司会者「ヒドイ終わり方」

kenzee「とにかくモー子でよかったよ。ほかの雑な女だったら殺してたかも知れないもんな。モー子。どうもありがとう」

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10代の恋愛絡み事件で自分の10代に起こったことを考えるPart.1(日記ブログです)

kenzee「福岡の予備校生の刺殺事件あったじゃないですか。とにかく痛ましい事件で。亡くなった子は本当に無念だと思うのだけれども」

司会者「今のところだと、容疑者の少年(19歳)は両手に重傷を負っていて、やはり恋愛感情がこじれての事件だったみたいですな」

kenzee「ウチはあんまり時事的な話題を扱わない、を方針にやってきたのだけど、10年目にして時事ネタを取り上げようと思うのだ。10代の少年の恋愛、というテーマに」

司会者「「10代の恋愛っていうと、ユルフワ女子の恋ブログみたいだけども」

kenzee「もうちょっと暗い話です。福岡の事件とか、チャールズトーマスの事件とかニュースで見るたびにボクは凄く複雑な気持ちになるのだよ。ボクは今でこそ40のオッサンでウンコとかチンコとかホテヘルとか風俗の話ばかりしているが」

司会者「(エ? 音楽評論家は?)」

kenzee「ボクにもかつて高校生の頃があった。そして当時、お付き合いしていた彼女がいたのだ。同級生だ。その子を仮にモー子ちゃんとしよう。モー子ちゃんとは高2から高3にかけて約1年ほどおつきあいをした。いろいろデートとかもした。無論、田舎の高校生カップルなので「サーテ、今日はドコ行く? SMバーで縛られてみる?」などといった大人のデートではない。できたばかりの地下鉄中央線に乗って海遊館まで来てみたものの、休館日だった、というトホホな思い出がある。あと、京都の六地蔵という田舎に当時、巨大迷路があって、結構マジな迷路でホントに迷ってパニクった、という思い出もある」

司会者「ダメな彼氏だなア、オイ」

kenzee「最近は映画デートはあまり流行らないらしいが、当時はまだ定番だった。いくら空気の読めない17歳のボクでも「オ、午前10時の映画祭、ジョン・ウォーターズ特集かア、「ピンク・フラミンゴ」でも観ますか?」などといった空気読めない男になる以前の、少年時代の話なので逆にちゃんと織田裕二映画をセレクトしたのだった。「就職戦線異常なし」というものだ。エンディングテーマが槇原どんなときも。ではじめてこの映画で槇原曲に出会い、ドギモを向かれた記憶がある。細かい話すると、「どんなときも。」は基本、クリシェ(ベースラインが階段進行でおりてゆくベタは技法。フォークソングなどに多い)でできている一見、ベタベタなポップスなのだが、サビの直前に教授バリの複雑な不協和音でサビに突入するのだが、一応、幼少のミギリにピアノとか習ってたボクはアカデミック視点のフォーク、と感じて感心したんだ。そしてサビは何重にもコーラスを重ねたうえ、アー、アーという黒人みたいなコーラスも登場する。このすべての声がヴォーカルのナニ原ナニ之という読み方もよくわからないシンガーソングライターのものだということはすぐわかったので、ちょっとスゴイ曲なんではないかと思ったのをよく覚えている」

司会者「四半世紀も昔のおぼろげなデートの思い出なのに、音楽の印象はハッキリと記憶に残ってるモンだな、キミは」

kenzee「モー子は茶道部で週に一度、部活があって、(四半世紀も前の話だが、これもよく覚えている。水曜日だ)この日は一緒に学校から帰るのだ。ボクはチャリ通でモー子は電車バス通学だったので、バス停の近くの公園のベンチで遅くまでお喋りしたのさ。茶道部ではお茶菓子がでるので残り物のクズモチやおまんじゅうをモー子はよくゲットしていて、公園で二人で食べたものだ。そこではじめてチューをしたのだ。ところでチューをするとチンコがボッキンボッキンにボッキするのだった。ベンチに座ってチューをしていたので非常に立ち上がるのが困難なことになった。「大人の恋人たちはどうやっているのだろう」でも、たぶんモー子は気付いてたと思うな」

司会者「甘酸っぱいのか下品なのかわからない話です」

kenzee「それにしても一体、なんの話をしていたのだろう。別に共通の趣味があったわけでもないのだ。高2の夏休みにモー子の家に遊びに行ったことがある。はじめて女の子の部屋に入ったのだった。勉強机とベッドと小さい折りたたみ式のテーブルがあって、そこでトマトプリッツとかサイダーとか飲んだ」

司会者「そして、次の展開は、ナニー!」

kenzee「たぶん1万円ぐらいだと思う、安物のエレキギターが立てかけてあって、ボクは一応ギターのコード弾きぐらいはできたので適当に弦をチューニングしてジャンジャカ弾いた。ブルーハーツとか。モー子がまったくボクのギタープレイに興味を持っていなかったことが印象的であった」

司会者「そのシチュエーションで弾くべきはギターじゃなかったからだよ!」

kenzee「そしてなにもせずに終電が近づいたので近鉄奈良駅まで送ってもらった。バイバーイって」

司会者「なんか、だんだんわかってきたよ。オマエが作家としてもパッとしないワケが」

kenzee「そもそもボクはモー子に告白されたのだった。共通の知人を介して。モー子は英語が得意でなんか、英語の弁論大会みたいなところでナントカ賞みたいなのをとったりしている子で、大学に行ったらアメリカに留学したいとか目標をもったキチンとした人だった」

司会者「アー、でも田舎の進学校にイガチなタイプでもあるがナ」

kenzee「将来は中学か高校の英語の教員になろうと考えていたようだ。実際には我々の世代で教員志望というのは、どこの地方でも絶望的な高倍率で現実には早々に諦めざるをえない状況だったようだ。これは現在、中学校の教員を勤める同世代の1974年生まれの小説家、瀬尾まいこさんのエッセイなどにもでてくる我々世代あるあるエピソードのようだ。(10年ほど前、私は瀬尾さんの小説の熱心な読者だった時期がある。それは瀬尾さんの小説の素晴らしさもさることながら、そこにモー子の影を見ていたのである)ボクはなにも考えていなかった。オレはアホなのか。本当になにも考えていなかった。物書きになりたいとも思っていなかった。今もあまり物書きだと思っていない。ボクは自分から原稿を売り込んだことは一度もない。商業原稿、出版物はすべて、依頼があって、引き受けたものである」

司会者「今年は作家らしく、ちゃんと営業とかしようと思ってます」

kenzee「お正月の3が日が明けてすぐ、モー子のお誕生日がやってきた。モー子は早生まれなので年が明けてようやく17歳となった。お誕生日にはやはりデートした。生駒山上遊園地にある、スケートリンクである。で、スケートを滑ったり、タコ焼きを食べたりしたのだ。有線の音楽が流れていたのだが、その前年にでたフリッパーズギターのアルバムから「世界塔よ永遠に」が流れたのを妙に覚えている。カップル向けのスケートリンクにはあまりに不釣合いな前衛的な音楽だったからだ。作者の小沢健二さんの自己顕示欲っぷりがよく表れた異色作だ。この音楽の作曲者は数年後に独創的なラブソングの王子様となる。そしてケーブルカーに乗って帰ってきた。そういえば生駒山上のケーブルカーなど、あれ以来、四半世紀乗っていない。しかし、四半世紀も脳内の底に沈殿していた記憶がこれほど鮮やかにポロポロ蘇るとは。先月のことすらほとんど思い出せないのに。また、その後の付き合った人の記憶もこれほど鮮明ではない。やはり10代の異性との記憶というものはなにか特別なフォルダに保管されるようだ。たとえば、当時どんな話をしたのか。その断片も拾い上げることができた。モー子は両目の視力に極端に差がある。片方が1.0で片方が0.5とかそんな感じだ。なのでコンタクトもそれぞれ全然違う度のものだ。ナゼ、そんなことになったか。モー子はテレビを観るとき、こう、ナナメに流し目みたいな感じで観るのだ。子供の頃からそうだったらしい。そんなテレビ視聴を10年以上続けるとそうなったようだ」

司会者「なんか、カップルらしいヘンテコエピソードだな」

kenzee「モー子はTMネットワークのファンであった。TMファンといえば、FANKSであって、いかに古いファンかを競い合う世界だが、モー子はTMが迷走し始めたTMNになってからのファンというドンくさいにも程があるタイミングでのファンであった。そこで木根さんのファンになったのならなかなか先見の明があることになるが、小室のファンであった。そのままだ。今のモー子から小室論を聞いてみたいところだが、ボクはモー子の現在の消息を知らない。なにしろボクは同窓会とか一切でない性分なのでね」

司会者「待てよ、モー子さんは今もどこかで生きているワケだろ? たぶん、当時の同級生とかはモー子が誰か特定できちゃうと思うけど、大丈夫なのか。ホレ、きっと結婚とかしてるだろうし」

kenzee「昔の同級生で、ボクがヘンなブロガーで本とかだしてるとか誰も知らないから大丈夫だ。ところでここから本題に入る。ナゼ、四半世紀も脳内に沈めていた記憶を今、書きとめているのか。福岡の予備校生の事件のニュースを聞いて、急に当時のことがマザマザと思い出されてきたのだ。こんなリア充で(当時こんな言葉なかったけど)ラブラブなエピソードと福岡の事件となにも関係なさそうだが、どういうこか。まず、先のモー子の17歳誕生日デートのあと、モー子は急速に気持ちが冷めてきたようなのだった。事実、生駒山上スケート以来、モー子とはデートしていない。なんとなく、冷たい態度も感じられるようになった。加えて、3学期が終わり(40も過ぎて「学期」とかいうとは思わなかった)3年生になりクラスが異動となった。モー子とは別のクラスになった。偶然か? これは、学校の先生の間でもボクとモー子カップルについては知られており、意図的に離すことになったのだと思われる。しかし、この措置は結果的にボクとモー子の人生を救ったともいえる。新学期になり、顔を合わせにくくなったこともあり、いよいよモー子はハッキリとボクを避けるようになった。また、冷たい態度をとるようになった。今思えばモー子はボクに嫌われるようにあえて冷たくふるまっていたように思う。そこはモー子も未熟であった。(モー子もまた、17歳になったばかりだったのだ)人は一度、好きになった人をちょっと冷たくされたぐらいで嫌いになどならないのである。無論、そこで怒り出すタイプの男もいるだろう。だが、ボクは違った。自分に非があるのだと思った。かようにモー子はしっかりした子で、将来の目標もキチンと定めているようなタイプだ。翻ってボクは、そんなモー子に依存していた。一緒にいる相手はモー子しか考えられない。モー子はボクのことが負担になってきたのだろう」

司会者「マ、一言でいうと、あまえんぼ彼氏やね」

kenzee「新学期そうそうのある日のモー子の部活の帰り。いつものようにバス停近くの公園のベンチで話し合っていたのだが、意識的にであろう、いつになくモー子はつれない態度であった。ボクの怒りを買おうとしていたのかもしれない」

司会者「オメー、なんなんだヨ、その態度! チョームカツク。もうしらネーよ!バーカ」

kenzee「ボクが↑このような性格の男子だったら、むしろ問題は単純だったかもしれない。しかしボクはこの時点で振られるかもしれないと予感していたのだと思う。そしてボクはモー子に「そのように冷たくされるのは自分に非があるのに違いない。悪いところは直す。今は触られたくないのであれば許してくれるまで触らない。どうか捨てないでほしい」と懇願したのだった。命乞いだ。さすがにモー子も、このやり方は間違っていると悟ったのだろう。困った表情をしていた。そのあとも、「こっちは好きなのだから、そっちの気持ちが冷めていてもいい」とか「よく話し合えばやり直せるはずだ」とか煮え切らないことをグズグズとボクは言っていたと思う。結局、「今日は用事がある」とかウヤムヤにされて話は終わったのだ」

司会者「えーと、読者の人に註釈をしとくと、この時代、LINEとかSNSはおろか、携帯すら高校生は持っていない時代です。つまり彼らは連絡を取り合うとき、直接学校で会うか、自宅に電話をかけるか、という原始的な方法しか持たなかったのです。なにか意図を伝えるならば、「会って、話す」しか方法がない時代と考えてください」

kenzee「その時点でモー子は「ボクに嫌われるように仕向ける作戦」の変更を余儀なくされたのだと思う。数日後、校外模試というのがあった。日曜日だ。高3なのでその手のテストが頻繁に行われるのだった。テストを3教科受けるだけなので午前中には終わってしまう。確か11時前には終わったはずだ。珍しくモー子がボクのクラスまでやってきて、一緒に帰ろうというのだった」

司会者「これは振られるんじゃないかと思わなかったんですか」

kenzee「常識的に考えてこれは死亡フラグだ。今思えば思モー子も思いつめたような表情をしていたように思う。不思議なのはボクはその時、1ミリたりとも死亡フラグだと感じなかったということだ。「今日はモー子は機嫌がいいのかな」ぐらいにしか思わなかった。そして珍しく誘ってくれたことがとても嬉しかったのだ。モー子の心中はどのようなものだったか。コチラがまだなにか察知している様子なら切り出しやすかっただろう。ところがこのアホ男子高校生は「今日のモー子は機嫌がいい。つまり今までのことは単に機嫌が悪かっただけなのだ。女の子ってホント、難しいナア」ぐらいにしか思っていない。いつ悲劇が起こってもおかしくない状況が徐々に設定されつつあったのだ。いつものようにバス停へ向かったが、公園には足を向けず、モー子はスタスタとバス停へ向かう。無論、バス停は今しがたテストを終えたばかりの生徒達でいっぱいだ。モー子は口数も少なかった。バス停から少し離れた場所で「手紙を渡したい」という。そこでもあまり不思議に感じなかった。付き合い始めの頃はよく手紙をもらっていたのだ。雨の日は本を読んで過ごすのが好きなの。みたいな他愛もない内容だ。そこでも死亡フラグを感じなかったボクは高3にもなってちょっとどうかしている。自分はきっと人より成長が遅かったのであろう。ボクはそんな場面になってもクダラナイ世間話をしていた。話がブレイクしたタイミングでようやくモー子が切り出した。一言でいうと、もう終わりにしよう。これから一緒にいてももっと嫌な面を見せることになるだろうし。といった内容だった。ここでわたしは人生ではじめての経験をした。本当に目の前が真っ暗になったのだ。正確に言うなら頭の中がパニックになった。パニックというのは頭の中に蓄積してきた経験と実際の出来事にあまりに多きな不整合が起こったときに脳内で適切な調整が行われず、バグを起こすような状態のことだ。巨大な災害に見舞われたときなどにパニックに陥る者がいるのはこのためだ。おそらくボクは今までのいい思い出とモー子が言ってることがあまりに乖離していて現実を受け入れるとか受け入れないとかいう判断自体が不能な状態になっていた。モー子はやがて泣き出していた」

司会者「辛い場面だけど、男が試される場面でもあるな」

kenzee「モー子はボクがまた、グズグズと引止めにかかると思っていたと思う。最低限、必要なことだけ言うと、ジっと黙っていた。ボクは自分が置かれている状態を未だよく把握できていなかった。数秒後にまず、認識できたのは「近くにいる、たくさんのバス待ちの生徒たちに今の自分たちが見つかるととても恥ずかしい」ということだった。結局、「そうか、わかった」とかゴニョゴニョ言って、チャリに乗って逃げるようにその場を離れたのだった。ボクは。モー子を置いて」

司会者「ヒドイ男だなあ。いろいろいい思い出とかあるんだろう? なんでもっといい終わり方ができなかったんだよ!」

kenzee「ヒドイのはそれからだ。ボクはモー子をその、「終わりにしたい」「ゴニョゴニョ」以来、モー子と話していない。卒業まで、とかじゃない。この四半世紀だ。それはしばらくボク自身、パニックみたいな状態が続いていたからでもある。あまりにも中途半端な終わり方である。ケンカ別れですらない。別れを切り出したモー子としてもこれは気持ち悪かったのだろう。ことあるごとに話しかけようとはしていたようなのだが、ボクは無視を続けた。そして卒業の日がやってきた。モー子はマジメな子だ。こんなヘンなワダカマリを残したまま卒業したくなかったのだろう。どうやらボクを待っていたようなのだった。ボクはそれも無視した。ボクの高校時代はそうして終わった。それから四半世紀経った」

司会者「実際にはなにも起こってはいないけど、なにかすごく陰惨な感じもするな」

kenzee「もしかして、今は卒業シーズンだったのではないだろうか。高校の卒業といえば普通は青春のイベントだ。元が根暗なボクはともかく、モー子に暗い記憶を刻んでしまったことが本当に申し訳ない。大変に気の毒なことをしたと思う。なにが恐ろしいかといって、今の今までそれほど気の毒なことをしたと思ってこなかったということだ。この四半世紀。なにが作家だ。アホなのかこの男は。むしろ「ボクはモー子の被害者」ぐらいに思っていたフシすらある。文章に起こすと本当に自分が許せなくなる。いくら10代の頃の話とはいえ」

司会者「でもなんで福岡予備校生事件のニュースでマザマザと蘇ったのだろう。アレは確かに大変な事件だけど、キミの話とはずいぶん遠い話だぞ」

kenzee「わからない。大体、恋愛のもつれで女子高生とかが刺殺される事件とかこの四半世紀の間にも結構あったはずだ。それでも今までボクななんとも思わず生きてきたのだ。どうして福岡事件でモー子のフォルダが開いたのかわからない。でも、この1週間ぐらい、夜中に汗だくで眼が覚めることが何度もあった。モー子の亡霊が追いかけているようだった」

司会者「イヤ、だからモー子さん、どこかで幸せに暮らしてるって。とっくに子供とかもいるだろう」

kenzee「本当にボクはウンコみたいなクズみたいな男だが、唯一、救いがあるのは一応、プロの評論家なので物事を多面的にみて、考える力は人よりあるということだ。そして文章化して書き残す能力が人よりはあるということだ。無論、いくら考えて、書き残したところでモー子への罪を償ったことにはならない。ただ、自分には自分にできることしかできない。とにかくこの一連の出来事を40のオッサンの視点でもうちょっと検証してみたい。もしかしたら10代の悲惨な事件へのなにかヒントが与えられるかもしれない。この年になったらなにか社会の役に立ちたいと思うのものなのだ。次回は「バス停の別れの現場」まで戻って、モー子の真意を検証しよう。なにしろ四半世紀ぶりに開けたフォルダだ。記憶は断片的なうえにイヤな思い出のため、多くは意識的に消去されている。しかし、このまま年を取ったら本当になにもかも忘れてしまうだろう。本来なら、こんな話、ネットに発表する類のものではないのだろう。今回と次回だけはそこらの日記ブログと思ってほしい」

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歌の中の怒りの成分について(一応J-POP論)

kenzee「ボクは、世の中に怒ってるんだ!」

司会者「なんで?(メンドくさそうなイントロだなア)」

kenzee「この前ユーチューブをおすすめされるままにパラパラ観ていた。若手のバンドがイロイロでてきた。その中でね、20代ぐらいのワリと、V系なのかロックなのかわかりませんけど、コワイイメージがウリのようなバンドがコメントしていた。

リーダーさしきメンバー「今度、○月×日にニューシングルナニガシをリリースさせていただくことになりまして・・・・・・」

kenzee「オイラ(ワナワナワナ・・・)」

司会者「ハア、新曲の告知ね」

そのメンバー「iTunesさんでもイツイツから先行配信させていただくことになりまして・・・・・・」

kenzee「「新曲がでるんで、オマエラよくチェックしとけよ!」とかじゃダメなの? イヤ、だってロックでしょ? ナニ?そんな言い方したらSNSが炎上すんのか?」

司会者「アイドルとかでも、「自分レベルがこんな素晴らしいステージに立たせていただいて・・・」みたいなこと言いますな」

kenzee「「男子はみんな私のことが好きなんでしょ?」ぐらい勘違いするのがアイドルというものですよ! しかもソレをチョイブサぐらいの大根足の女の子が言うとかがエンターテインメントだと思うんだよね」

司会者「でもそういう人って定期的にでてきてはちゃんと炎上したりしてるのでは」

kenzee「もっとみんな世の中に怒ろう! ボクは毎日怒ってますよ。そうねえ、昨日でもクルマの信号待ちとかで何台か止まるじゃないですか。で、もう青になってるのに先頭車両なかなか発進しないでジーっとしてるヤツいますよね。で、よく見たらやっぱりスマホいじってますワ」

司会者「確かにそれはハラが立つ」

kenzee「でね、オイラがその先頭車両のヤツにハラ立ってると思うでしょ? 違うんですよ、そんなヤツに対する怒りはすでに通り越してるんですよ、それより後続の二台目のヤツはちゃんと青に気付いてるハズなのに全然クラクション鳴らさなかったりするじゃないですか!」

司会者「(なんだこのブログ)」

kenzee「ボクは二台目の立場だったらバンバンクラクション鳴らす派なんですよ! で、オイラが3台目だったとしよう。こうなると鳴らすのが難しくなるわけです。

・先頭車両の論理「自分に向けて鳴らしているのではないのでは(音が遠い)


・二台目の論理「青に変わっているのは気付いているが、先頭のヤツがヘンなヤツだったら面倒。クワバラクワバラ」


・三台目オイラ「ここでバンバン鳴らしたところで意図が正確に先頭車両に伝わるものか?」

kenzee「これを結構、混雑気味の交差点でなったりするからね。わかるんです。スマホいじりだす心理が。そういう交差点の信号って長いんですよ、でも先頭だけは信号見とく義務があるからね。二台目以降はケータイイジってても気配でわかるので」

司会者「小さい話だなあ」

kenzee「世の中ハラ立つことばっかりですよ」

司会者「思う存分ブチまけたら? どうせ無名のブログだし」

・(怒りの話その1)レッツダンスベイビーでクラッカー配る客

kenzee「山下達郎さんのライブの後半で必ずやる曲に「レッツダンスベイビー」という曲があります。で、2番の「心臓に指鉄砲」のところでクラッカーを鳴らすのが慣わしなのです。最初は70年代に自然発生的に生まれたそうです。で、別にクラッカーはいいんです。みんなで楽しめばいいじゃないですか」

司会者「なにがダメなの?」

kenzee「「レッツ」が始まると、おもむろに周囲にクラッカーを配る客というのがいるんですな。もう箱買いしておいて。キミは、オマエは、テマエは、アホなのか」

司会者「いいじゃない。配っても」

kenzee「チョット考えよう。達郎ライブ初めての人もいる。だったらレッツダンスベイビークラッカーなんて知るはずがない。そんなモン貰ってもどのタイミングで鳴らせばいいかわかるわけないじゃない。知ってて、持参しない客もいるだろう。最早説明不用。その人はクラッカーを鳴らしたくないのだ。でね、達郎ライブってそもそもそんなキャパ広いとこでやらないのですよ。大体2000人ぐらいのホールなのです。そういうトコで1番始まって各所でソワソワするヤツでてくると・・・緊張感なくなりますよね。あんなモンは鳴らしたい人だけが黙ってパーン鳴らしとけばいいのです。世の、アホばっかりや!」

・(怒りの話その2)リニューアル

kenzee「リニューアル死ね!」

司会者「うるっさいなあ」

kenzee「昨今のスーパーとか百均って、なんであんなしょっちゅう商品の置き場所変えるの? やっと「文房具はココで~箱ティッシュはこの辺かア」とか覚えたのもつかの間、そっくりヘンゲ! もうメロンパンがどこにあるのかなんて永遠にわかりまへんで!」

司会者「もうメロンパン食わなきゃいいじゃねえかヨ~」

・(怒りの話その3)職場の紙コップのコーヒー

kenzee「あのさア、職場でパソコンとか書類とか広げてる机の上にスタバ的なカップのコーヒーとかポーンと置いてるヤツ。アホなの?バカなの?死ぬの?」

司会者「ああ、こぼすだろってコト?」

kenzee「そんなモン、いつか倒すに決まってるじゃないですか、電話とったりもするんだし。アレ、なんで誰も怒らへんの? オイラが社長だったら「フタの閉まる容器以外厳禁」て張り紙しますよ。まあ、それで危機管理能力わかるってのもあるけどネー。なもんでボク、映画館でもカップのドリンク買わない派なんだ。ペットボトル持参派ですよ」

・(怒りの話その4)逆走女子高生

kenzee「イチイチ説明するまでもないです。道路逆走チャリンコ女子高生。もう問答無用で轢き殺していい法律作るネ。ボクが自民党なら」

・(怒りの話その5)3分間写真

司会者「なんのブログなんだよ!」

kenzee「マイナンバーを登録せえ、とお上からなんか通知がきたので必要事項記入し、送り返そうと思ったらアンタ、写真貼れっていうじゃなーい。しょうがないんで近所の3分間写真行きました。そしたら4枚綴りで800円でした。ヨ~ン~マ~イ~も~、いらんっちゅうねん! 1枚300円とかで売ってくれませんかねえ! 余った3枚コレどうするよ! オレが死んだ時の遺影用ぐらいしか思いつかんワ!」

司会者「マ、それでもまだ2枚余るんだけどネ(プッ)」

kenzee「自分の本のプロフィール欄に貼り付けて遊んだりしています」

司会者「しっかり活用してるじゃないか!」

・(怒りの話その6)クルマに貼ってあるステッカー

kenzee「あれはナニを目的としているの?」

司会者「「BABY in CAR」「赤ちゃん乗ってます」ってのは一応意味あるらしいですよ」

kenzee「「水曜どうでしょう」とか。ここ奈良県だし。「赤ちゃんをつくっています(赤ちゃん乗ってますに似たデザインで)」」イヤイヤ、オモロないから。「グリーン車」オモロないから。ペラッペラのスズキアルトじゃないですか。「少林寺拳法○×支部」威嚇・・・? それね、たとえウケたって、爆笑とったとしても(ありえないが)キミ自身がそれを知ることはないワケじゃない。目的がワカランよ」

・(怒りの話その7)「~ミステリーツアー」と「~をめぐる冒険」

kenzee「上記の文字列で検索かけてみてください。その手の本とか記事とかバンバンヒットします。コレは「オレって気が利いてるでしょムフ」のアホ発見機なのです。ウンザリです。こんなんで気が利いてると思ってるヤツが結構出版業界人だったりした日にゃ・・・。あとSEO対策としても最悪です」

・(怒りの話その8)図書館の奇声を発する知的障害者(に注意しない図書館)

kenzee「これは注意するべきなんじゃないですか。ナンボ障害者でも図書館まで来るぐらいなんだから幼児並みの理解力ぐらいあるんでしょ。コレなんで図書館注意しないの? で、ウルサイのでオイラ、ウォークマンしたのサ。そしたらしゃー。警備員がツカツカやってきて「ウォークマンはほかのお客様のご迷惑になりますのでご遠慮ください」イヤイヤイヤイヤ」

司会者「憤死しそうになっとるよ」

kenzee「どうしたらいいのかねコレ」

・(怒りの話その9)サークルKサンクスのホットスナック、「カレーパン」と「カレーまん」

kenzee「↑コレは店員さんが気の毒ですよ。絶対聞き間違えますって」

司会者「食わなきゃいいんだよ。そんなモン。医者にいろいろ言われてるクセに」

kenzee「このようにボクは日々、怒って生きている。そしてそれは正しいことだと思っている。みんな、物分りが良すぎるヨ! かの寺山修司も「家出のすすめ」のなかで「一日一回は怒れ」と激を飛ばしている」

 一日一回、怒りましょう。もし、怒るような腹立たしいことがあなたの身の回りになにもないというのなら、無理してさがしださなければならない。よく気をつけて見ると、かならず「怒るべきこと」があなたの周囲に何かあるはずです。(中略)怒りは自動車のガソリンのようなものです。怒りはようするに明日への活力です。
 日本人のなかにはながいあいだ、忍耐の美徳・・・・・・という不衛生な道徳的習慣がありました。人々はさまざまな不合理を我慢し、その我慢のなかに「無常感」といったムードを構成して生きながらえてきました。しかし、怒りというのは排泄物のようなもので、一定量おなかのなかにたまりとどうしても吐き出さざるをえなくなる。日本の女は忍耐の美徳を備えている、といわれながら、日本の女ほど自分の子供を殴る・・・・・・という例もあまり少なくないのは一つの排泄現象の現れだとみていいでしょう。(寺山修司「家出のすすめ」角川文庫)

司会者「これが60年代に書かれたとは信じられませんな。まるで50年以上も前に高嶋ちさ子問題に言及しているようにも読める」

kenzee「あと、都内の公衆便所(今、こうしゅうべんじょを変換したら「広州便所」と変換しやがった。そんな言葉あるか?ムカーッ)をくまなく巡って、便所の落書きを読破する話とか、軽く2ちゃんねる論みたいなことになってて面白いヨ。ホントに60年代に書かれたものなんだろうか。でね、ボクは歌ものの音楽が好きなワケなんだけども、どうやらボクは歌声のなかに怒りの成分がある音楽が好きらしいということが最近わかった。でも、怒りを前提とした音楽スタイルで怒ってるものは好きじゃないんだ」

司会者「? どういうこと?」

kenzee「つまり、パンクとかフォークとかで怒ってるのは面白くないんだ。ヒップホップも怒り関係はあんまり好きじゃない。ポップスのような商業的なスタイルの中で怒ってるものが好きなんだ。本来、怒るような音楽じゃないところで歌が怒ってるという状態がボクにとってのポップスだったのと気付いたのよ。たとえば山下達郎さんは「パレードがゆくよ~」とか「ダウンタウンへくりだそう」とかポップで明るい情景について歌うことが多い。でも、その声には怒気が込められているんだよ。というかボクにはそう聴こえるんだよ。とくにライブヴァージョンの怒気がスゴイ。なんかシックリこない人はライブ盤「JOY」を聴いていただきたい。

Joy1


今までナニに感動していたか。怒気だったんだ。コレ、自分のなかでは大きな発見で。たとえば「山下達郎のようなAOR系J-POP歌手」っていっぱいいるワケじゃない。杉山清貴とか」

司会者「チューブとか」

kenzee「濱田金吾とかいろいろいるのに、達郎とは決定的になにかが違う。アレンジか?プレイヤーの問題なのか?エンジニアか?楽曲そのものか? なにか言い切れていない。そういうことじゃないんだ。杉山清貴と山下達郎は全然違う音楽なんだ。ボクにとっては」

司会者「杉山清貴ファンの速水健朗さんがそろそろ怒ってくるゾ」

kenzee「ポップスでも声のなかに怒気のない歌手は納得いかないんだ。そう考えるとボクがナゼ、エグザイルに興味がないのかもわかる。エグザイルがやっているのは現行のR&B、ヒップホップなワケで、本来ボクの好きなものなんだ。でも、好きじゃない。彼らは見た目はイカツイけれども声に怒気がないんだ。ジャニーズソングも基本好きじゃない。イイ曲多いのは知ってるけど。声に怒気がないからだ。(ア、サクラップだけは別かな) 翻って、ボクは安室奈美恵が好きなのだが、どうしてそんな、ボクのようなオタク気質の人間が安室に惹かれるのか。彼女の声は一貫して怒気が込められているからなのだ。全然そんな怒りの歌じゃないのに。でも、多分その怒気に対して彼らは無自覚だ。なにしろ達郎さんは自分でも「ボクの音楽は喜怒哀楽のなかで怒が抜け落ちたものだ」と言っている」

司会者「パンクとかはなんでダメなんですか。もっと怒ってるよ」

kenzee「「怒り」が目的化されてるものは面白くないんだ。目的化された怒りの行き着く先は大体決まっている。せいぜい「安部政権反対」とか「NO WAR」とか「原発反対」とかあたりと相場が決まっている。いいことを言ってるのかも知れないけど、そんなの全然面白くないんだよ。もっと、無自覚で抽象的な怒りなんだ。ボクの共感するのは。そういう怒りこそ人間らしいと思える。パンクみたいな音楽にはまったく現れえないものなんだ。最近、バカ売れの星野源のアルバムをボクはよく聴いているけど、最初はよくできたポップソウルのレコードかと思ってたんだけど、繰り返して聴いていくと、これは(抽象的な)怒りの音楽だとわかってくる。「SUN」や「FRIEND SHIP」はなにかに怒っている。無論、怒りのカケラもないポップな歌詞だ。でも、そこに怒気を感じるんだ。そういう表現になにか人間味を感じてしまうんだね。ボクが長渕剛が好きなのも、長渕の怒りはどこか、抽象的なところがあるからだと思う」

司会者「aikoさんもそういうタイプじゃないでしょうか」

kenzee「そうだね。「花火」とかあんなポップな情景を描いて、声は怒っている。でも、そういう歌を「はしたない」という文化もあると思うんだ。日本の場合。下品だ、みたいな。とくに演歌の世界は許されない気がする。エグザイルは←この価値観に近いのだと思う。怒気の歌がイキイキとした人間味を感じるとしたら、そこにポップスの本質があるからなのかもしれない。でも、まだビートルズすらロクに浸透してない時期に寺山はそういうことに気付いてたとしたらやっぱりあの人は天才だったんだね」

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