司会者「で、中田ヤスタカサウンドがホントにスカスカなのかの検証に入っていきたいんですけども」
kenzee「例の座談会でどういう流れで三輪祐也氏のスカスカ発言が登場したか。まず90年代のDJ文化以降、ロキノン型の「ロックという物語」の批評は無効となった。代わりにキャラクターベースの自分語りが台頭している、と。それが現在のPerfume、相対性理論の消費に繋がっていると。だが、実際のPerfumeの受容のされ方とは30代、40代のオッサン連中、つまり団塊ジュニアのありがちな「あえてベタに」って回路であって世間で話題になってるほど若者は飛びついていない、という宇野さんの指摘がでてくる。で、事実Perfumeのサウンドは従来のアイドルポップのサウンドとは明らかに一線を画す、個性的なものなのでオッサン連中としても「これだけうまく自分を萌えさせる中田の手腕にうなる」とかメタ視線をちらつかせられる」
司会者「宇野さんももう30過ぎなんだからもっと広い心を持ったらどうですかね」
kenzee「イヤ別に宇野さんはズーっとギスギスしたままでいて欲しいけどね。その流れで中田さんの作業工程にまで話はふくらんでいくのだ。三輪さんによると中田サウンドは本来専門のマスタリングエンジニアに任せるべきマスタリングの工程まで自身のスタジオで自分の手でやってしまう。んで、スカスカだ、という話なんだけど」
司会者「ふーん。良いステレオで聴くと低音域がスカスカ。三輪さんは普段、良いステレオで音楽を聴いているんですね」
kenzee「ちなみにロキノン編集長山崎洋一郎なんか19800円のCDラジカセでヒップホップ批評とか書くぞ」
司会者「kenzeeって普段どんなオーディオで音楽聴いてるんですか?」
kenzee「パソコン。なんせ15000曲のデータが入っとるもんでねー」
司会者「反論するほどエラソーな環境じゃないじゃん! どうやって反論する気なんだよ! 三輪さんのオーディオだとやっぱりホントに」スカスカなのかも知れないじゃないか!」
kenzee「あ、でもヘッドフォンはいいヤツなんですよ。SONYのMDR-CD900STという実際にレコーディングでスタジオモニターとして使われる逸品だ。で、オレの環境で聴くとPerfumeはすごく低音が強調されたブリブリの音楽に聴こえるんだ。「LOVEマシーン」と「ポリリズム」を聴きくらべてみましょうか」
司会者「明らかにポリリズムのほうがズンドコ言ってるように聴こえますがね。You Tube音質じゃわからないぐらい細かい話なのかも」
kenzee「ウ~ン。大体マスタリングって工程は「低音域がスカスカ」とか「高音がキンキン」とかいう次元の作業じゃないんですよ。それはむしろミックス段階で決まってしまうものでね。そもそも昔はマスタリングなんていう工程はなかったの。CD制作の現場において」
司会者「ヘエ」
kenzee「むかしむかし。かつて音楽メディアはCD,レコード、カセットテープと三種類のメディアが同発だったということを記憶されてる方はいるだろうか。どうもウチの読者、最近若い人が多いみたいなんでビックリするかもしれないが。おんなじタイトルが三種類でてたのね。で、それぞれ構造はまったく違うワケ。CDは言うまでもなくデジタルデータをレーザーで読み取るというものだ。カセットテープは磁気テープに録音する、アナログレコードは溝に音を刻むという原始的なものだ。で、昔はレコード用のアナログマスターをそのまま事務的にアナデジしたデジタルマスターをCDのマスターにしていた。レコーディング業界用語で「いってこい」というヤツだ。で、これは全体的に音圧が低くてガッツのない、ショボーンとした音なのね。なぜならレコードに刻まれたときに威力を発揮するようにつくられたマスターを元にしているためだ。それでもCDの黎明期は「CDの音はイイ! ノイズがないし」と歓迎された。80年代のCDなんて今聴くとヒドイ音なのだが。ちなみに村上春樹は80年代から一貫して「CDは音が良くない。冷たい。アナログしか聴きたくない」と主張していた。モチロン、「頑迷なノスタルジーに過ぎない」とタモリとかにバカにされたりしてたが。だが、今振り返ってみると村上氏の耳が正しかったのだ。CD向けのマスタリングすらなされていないCDの音が当時のアナログに敵うワケないのだ。さすが元ジャズ喫茶のオヤジだ」
司会者「で、いつからCD用のマスタリングするようになったんですか」
kenzee「90年前後に米ライノに代表されるオールディーズ音源のリマスター専門のレーベルが登場する。彼らはインディーレーベルのクセにメジャーレーベルから発売されているCDより格段に音が良かった。なんで!? ということでメジャーもこぞってマスタリング技術を研究するようになったのだ。そうしてCDはCD向けにデジタルマスタリングする、という工程が常識となった。だが、それもここ10年ぐらいの話だ。そしてここ数年のマスタリング業界でもっとも問題になっているのがJ-POPCDのレベル競争の問題だ」
司会者「レベル競争」
kenzee「いわゆる録音レベルの問題だ。要はラジオや有線などから流れてきたときにインパクトのある音圧がほしい。そんなレコード会社のA&Rマンの要求に応えてマスタリングエンジニアはとにかくCDという箱にブチこめるだけ音圧をブチこもうとする。そうすると当然、出音はドカンとでます。他の製品より目立ちます。だが、音圧を上げると失われるものがあるのだ。空間構成の問題だ。録音レベルを上げると早い話が全部の楽器が前にでてくるのね。もうヘタすると横一列縦隊で演奏してるような音像になる。ていうかハッキリ言ってPerfumeサウンドはそうなってます。昔のロックのように「ドラムは後ろ、ベースは下、ギターは右、ストリングスはフワーっとリバーブで…」というような空間をつくる余裕がなくなる。ゼロ年代以降のポップス系の音楽は基本、この一列で目の前で顔殴られるようなサウンドなのだ。私に言わせればPerfumeのマスタリングはスカスカなのではなく、ギチギチなのだ。とにかくiPodなどでシャッフル再生してるとPerfumeだけドーン前にでてきますからね」
司会者「フーン。じゃあスカスカじゃなくてギチギチだったということで芥川賞の話でもしましょうかね」
kenzee「イヤ、ゼロ年代の音楽語るにはまだ足りないんだよ。ハッキリ言ってPerfume語るのにマスタリング技術なんてどうでもいいんだよ。嵐のCDも最近サンザン聴いたけど嵐なんてレベル競争の権化みたいな製品だ。もう「Believe」とかギッチギチですからね。つまり三輪さんへの反論としては「それは中田マスタリングに限らずゼロ年代の製品のマスタリングは多かれ少なかれそんな感じだ」という答えになる。ゼロ年代のJ-POPを語るうえで制作環境の変化を見落とすわけにはいかない。21世紀に入ったあたりから録音を記録する媒体はそれまでの磁気テープからハードディスクへと移行してきた。このことによりレコーディングの手順や方法もザックリと変化することとなった。もっとも大きな変化は音楽製作の現場において限りなくプロとアマの差がなくなったということだ。ハードディスクレコーディングはプロ用の何千万もするゴッツイ機材など必要なく、家庭用の汎用パソコンを使用するものなので、防音のしっかりした6畳ぐらいのマンション借りればプロ同様のレコーディングが可能なのだ。これが今インディーズ音源の氾濫の原因のひとつだ。現在、ハードディスクレコーディングシステムとしてもっとも普及しているのはDigiDesign社のPro Toolsだ。そしてPro Toolsは従来の磁気テープによる録音と決定的に違う点があるのだ」
司会者「それは!?(ってもう文芸誌のブログなのかなんなのかわかんないよ!)」
kenzee「ムチャクチャ音がいいということだ。いや、良くなりすぎたというべきか」
司会者「イイジャン。じゃあ」
kenzee「ちっともよくないんだ。コレが。メディアが変わるということは従来のノウハウが通用しなくなるということなのだ。例えば今までWindowsマシンを使ってきたオフィスでいきなりMacに総替えしたら現場は大混乱するだろう。同じようなことが21世紀初頭のレコーディング現場で起こった。その混乱をワリと率直にアーティスト自身が語ってくれてる文献があります。
インタビュアー「新作(註 2005年発表の「SONORITE」のこと)はこれまでのアルバムと違い、音数の少ないアレンジ曲が多かったと思うのですが。
山下達郎「それはレコーダーがSONY PCM-3348からPro Toolsに変わったから。僕みたいな音楽スタイルではPro Toolだと今までの音像が構築できないものがでてくる。だからPro Toolsの特性に合わせて、楽器編成やアレンジをこれまでとは違うものにした結果、そうなったんです。(中略)最初はデジタルだからPro ToolsもPCM-3348も同じだろうと始めたんだけど、とんでもなかった。
インタビュアー「なぜPro Toolsだと音数が少ないアレンジが合うのですか?」
山下「Pro Toolsは解像度が良すぎてマルチトラックレコーダーとして使うと、音同士が混ざりにくい。立体感が作りづらい。今までのアナログやPCM-3348だとリバーブかけたり卓でボリュームを下げたりすることで音の立体感を作ってきた……にじんでくれたのね。だけどPro Toolsだとボリュームを下げても音がにじまないので結局、同定位にある音同士がケンカを始める。音の置き方を根本から改めないといけないと感じたんです。(中略)今流行している音楽が音数少ないっていうのは、それなりに必然性があるんだと思う」(Sound&Recording Magazine2005年10月号山下達郎巻頭インタビュー)
kenzee「インタビューにもあるようにスタジオイクイップメントの大変化によって音楽の組み立て方まで変えざるを得なかったという事実。しかもこれはJ-POPシーン全体に起こったことなのだ。例えば90年代のいわゆる「渋谷系」と呼ばれた音楽のことを思い出してみよう。コーネリアスのファーストや小沢健二の「LIFE」などに顕著だが、渋谷系とはワリと大編成の音楽だったのね。全盛期の小沢のステージの編成などドラム、パーカッション、ベース、ギター2本、キーボード、ホーンセクション3管、ストリングス、コーラスシンガープラス小沢という豪華な編成だ。こういった大編成は従来のPCM録音との相性が良かった。この傾向は98年ごろ、MISIAのファーストあたりまで続く。ところがゼロ年代に突入すると急に音数の少ない、内省的な音像がトレンドになっていく。それはこういった制作の環境の変化と密接に関わっているのだ。次の発言などは三輪さんのスカスカ論への回答になっているんじゃないかな。
例えば今のやり方(現行のPro Tools環境)だと、まだ厚い音が作れない。「ヘロン」みたいなのが作れない。音をいくら重ねてもああいう厚みがでないんだよ。音が渾然一体にならないんだ。アナログの時代の音がCDよりよく聴こえる場合があるのはアナログ時代は入れられる音の情報量が今より少なかったために音が圧縮されたり歪んだりしたの。でもその歪みが音のガッツとして良い効果を生んでたわけ。ところがデジタルにはそういうアナログ的な歪み感がないから、どんなに音量があっても音にアナログ的な疾走感がでないんだ。だからアナログ時代には誰にでもできた音像が今はもうできない。我々の時代のロックンロールのグルーヴは今の尺度からみれば劣悪な機材を使った情報量の少ない音だった故に、すごく凝縮されて爆発して生まれたものなんだよね。それがデジタルではつくれないの。とくにハイエンド(高品位オーディオ)になるほどね。(山下達郎ファンクラブ会報「TATSURO MANIA」No.542005Summer)
kenzee「ポリリズム」にせよ、「ワンルーム・ディスコ」にせよ、中田サウンドが目指してるのは「デジタルによる音の爆発」だと思うんだ。本来歪まない、潰れない、そういうものをいかに爆発させるか。今回のアルバム「Triangle」だと「The Best Thing」や「願い」などがひとつの到達点だったのだと思うがどうか」
司会者「ボク、ちょっと思ったんですが中田さんてはじめからmp3に圧縮されてiPodで聴かれることを念頭において音作りしてるような気がするんですよ。そういう意図で作られたサウンドを三輪さんのようなハイエンドオーディオで聴いたら、やっぱり「スカスカ」になるんじゃないんですか?」
kenzee「中田さんの意見だ。
ちなみにエレクトロってデジタル的にヤバイ音してるじゃないですか。だから圧縮された音楽全盛の時代に言うことじゃないんですけど、エレクトロは音がチープなくせに実は圧縮には向いていない(笑)。デジタル的にギリギリのヤバさで作られているからちょっとでもいじるとバランスが変わって別物になるんです。高域の歪み方とかデジタル・クリップ的なものは圧縮すると全然違う音になるんですよね。(中略)僕は世の中のトレンドとは全く関係ない環境で音楽を作っていますね。プロとしてそれでいいのかと思うときもあって、たくさんの人に受ける音楽を作るなら、携帯で聴いても良い音楽にすべきなんですよ。そこを想定して仕上げるプロも結構多いと思うんですけど僕は全然無視しているというか。みんなiPod的なものか携帯か、良くてコンピュータのスピーカーで音楽を聴いていると思うんですがそういうライフスタイルが僕にはないんです。(Sound&Recording Magazine2009年9月号中田ヤスタカインタビュー)
中田さんは意外と「iPodを想定した音作りはしていない、ということだ。となるとだよ、三輪さんのスカスカ論は中田さんのマスタリング技術の問題じゃなくて「エレクトロ」というジャンルが抱えてる問題なのかも。中田さんが普段使用しているスピーカーはYAMAHA NS-10Mという伝統的なスタジオ用ラージスピーカーだ。レコーディングに特化したスピーカーなので要は粗探し専門スピーカーなのだ。三輪さんの使用しているハイエンドオーディオがドイツ製あたりの色のついた音作りがなされたスピーカーだったら「エレクトロはデジタル的にヤバイ」問題で、低音域が歪む、ということはあるかもしれないね。だが、ゼロ年代、Pro Toolsの時代に特有の「空間を生かす、遠近感のない、音数の少ないサウンド」を指して「スカスカ」と評しているなら見当違いだと言わざるをえない。それは中田さんのみならずこの10年、レコーディング現場ではみんな悩んできたことなのだ。このような大変化の波に独り果敢に立ち向かった男がいる。矢沢永吉だ。矢沢はやはりPro Toolsの、異常にクオリティの高い音にロックンロールを感じなかったようだ。ちなみに矢沢は97年のアルバム「YES」以来、自身の手でデータを打ち込み、コンピュータミュージックに挑戦している。使用しているシーケンス・ソフトはCubase VSTだ。これは石野卓球も使っている、テクノやハウスなどでオナジミのソフトなのだ。通常J-POP、歌もので使用されるシーケンスソフトといえばDigital Performerが一般的だ。(中田ヤスタカ、山下達郎が使用)つまり矢沢は自身の音楽を歌ものの歌謡曲ではなく、ダンスミュージックと捉えているんだね。使用機材でその音楽的思想がみえてくる。で、そんな矢沢はPro Toolsを前にして理解した。ロックンロールは「アナログレコーディングと同義である」と。そして部下に命じる。なんとしてもSTUDERのアナログのテレコをゲットしてこい!(とっくの昔に生産中止)世界中探して来い! カネならだす! そして数日後、部下から連絡が入るのだ。「ボス、メキシコのド田舎のスタジオでSTUDER発見しました! しかもやたら状態がいいです!」 ボス「よし、5万ドルで交渉しろ」そして彼はSTUDERのテレコをてに入れるのだ。アナログ特有の歪み、圧縮、爆発、それは新作「ROCK'N ROLL」でも鳴り響いている。矢沢といえば「成り上がり」の矢沢の文脈で語られることが多いが、実は相当スタジオ・イクイップメントに精通したレコーディングアーティストでもあるのだ」
司会者「で、エンエン引っ張ってきたJ-POP論。これで終わっていいんですか?」
kenzee「まあ、いいんじゃないですかね。とにかくゼロ年代が難しかったのは制作の側の環境の大変化、そして受容の側の大変化、ネットの普及、デジタルオーディオプレーヤーの普及、配信、You TubeやMy Spaceといったサービス……。こういた変化で作るほうも聴くほうも右往左往していた。ところがゼロ年代もあと4ヶ月たらずで終わりという時期ですが」
司会者「エ?ホントだ! ガーン!」
kenzee「ついこないだ2000年になったばっかりのような気がするんだけどなあ。ロキノンとかパラパラ見てたらまたバンドの時代が来てるようなのね。これはどういうことかな? 「けいおん!」とかいうアニメも人気のようだし。いわゆるバンドサウンドはPro Toolsともっとも相性の悪い編成なのだが」
司会者「2010年代はバンドの時代ですかね」
kenzee「そんな単純にはいかないと思うけど…。とにかくPerfumeは難しかったな。「語った」って感じがしないもん。リアリズム革命とか浜崎論、ヒップホップ論のときは結構「語った!」って手ごたえがあったんですけど。とにかく「PLANETS」みたいな後だしジャンケン批評はつまらないと思って色々試行錯誤した結果です」
司会者「やっと文芸誌に戻れますね!」
最近のコメント