2009年11月 7日 (土)

kenzeeの夢(J-POPのリアリティは幻想の巻)

kenzee「でまあ私ももう35なんですが」

司会者「いいトシですよねえ。結婚とかしないんですかアナタ」

kenzee「これからボクはどう生きていったらいいんだろう。もうJ-POPがどうたらとか言ってるトシじゃないしなあ」

司会者「J-POP評論家とかどうですか?」

kenzee「このトシになってわかったことがある。つまり世の中とは「イス取りゲーム」なのだと。今、なんらかの位置にいる人たちはゼロからその地位を築いたのではない。以前、誰かがそのイスに座っていたところに、うまいことネジこんだイス取りゲームの勝者なのだ。例えばEXILEのイスには昔、一世風靡セピアが座っていた」

司会者「ああそうかもしれないですね」

kenzee「Perfumeのイスには昔、スターボーが座っていたのだ」

司会者「誰も知らないですよそんなの!」

kenzee「東浩紀さんのイスは昔、伊集院光が座っていたものだ」

司会者「それ、単に「よくしゃべるおもしろいデブ」ってトコだけだろ! 怒られるぞ」

kenzee「鈴木謙介さんが今座ってるイスは昔、兵頭ゆきが座っていたものだ」

司会者「アレ、それって関西人以外に通じるのかな?」

kenzee「ティーンの悩み相談といえば兵頭ゆきですよ」

司会者「たぶん鈴木さんは昔の糸井重里だと思いますよ」

kenzee「だからね、「人生に目標を持つ」とか「夢を持つ」っていうのは翻訳すると「自分は誰のイスに座りたいか」という問題に還元されるのだ。無論、なかにはE.YAZAWAのように自分でイスごと作ってしまう偉人もいるが。で、オレがこれからJ-POP評論家としてやっていくとして、どのイスを狙うか考えた。そしてでた結論が「富澤一誠のイス」だ」

司会者「ふうん」

kenzee「富澤といえば典型的なワイドショー御用ライターだ。とにかくのりピーが捕まったといえばコメントし、加藤和彦が死んだといえばコメントする、便利ライターなのだ。そして大した著書もないのになんだか金まわりがよさそうな雰囲気だ。ボクはあの位置に行きたい。「ワイドショー御用達」これが最も、老後の問題も含めてアンパイなイスだ。どうやったらああなれるんだろう」

司会者「富澤一誠になりたいの? アンタ」

kenzee「だって加藤和彦が死んでも渋谷陽一とかに誰もコメント求めないだろう? 所詮サブカルなんてその程度の地位なの。世間からはナメられてるんですよ。やっぱ富澤。テレビ。ワイドショー。夢」

司会者「中身のないブログだなあ」

kenzee「でね、評論家を名乗るからにはテーマが必要なのですよ。で、デッチあげた。「J-POPにおけるリアリティは幻想だった」というのがオレのテーマなのだ」

司会者「ふうん」

kenzee「J-POPにおけるリアル。それはロキノンなどが長年看板掲げてきたテーマだ。だがハナっからそんなものはない、と科学的に実証されてしまう、という論だ」

司会者「イヤガラセじゃないですかそんなの」

kenzee「リアリティとは音楽性、つまり歌詞やサウンド、ジャンル性に還元されるものと長年考えられてきた。だがそれは大間違いでもっと単純なものだったという話だ。日本人の歌手には大きくわけて二つのタイプがある。シャープ系の歌手とフラット系の歌手だ。もうちょっと詳しく説明すると歌手には本来のトーンより若干低め(フラット)に歌うタイプと高めにいくタイプがいるという話。例えば女性ボーカリストでいえば中島美嘉、渡辺美里、竹内まりや、美空ひばりといった歌手はフラットタイプの系譜だ。逆に日本のアニソンの多くはシャープする歌唱であることが多い。実際に聴いていただこう。

              渡辺美里「恋したっていいじゃない」

こういうものはライブ音源のが如実に表れるのだ。本来のトーンより低めの歌唱だということがおわかりいただけただろうか。逆にアニソンはどうか。代表的な作品を2曲続けてどうぞ。

 涼宮ハルヒの憂鬱エンディング・テーマ「ハレ晴ユカイ」、けいおん!オープニング・テーマ「Cagayake!GIRLS」

ね、キャンキャンキンキンとシャープしかかっているのがわかる。で、我々はフラットした歌に「なんとなくリアルな印象」を抱き、シャープした歌には「なんとなくおちゃらけた、空想的な雰囲気」を感じとるのではないか。少なくとも日本人の耳には。大塚愛という典型的なシャープ系の歌手がいる。歌詞の内容そのものは中島美嘉や渡辺美里と大差ないように私には思える。だが、聴き手はなんとなく中島や美里を「若者の心情を代弁した、リアルな歌」と感じるだろう。そして大塚にはとくにそのような印象を抱かないだろう。ナゼか。それは単に歌がフラットしてるかシャープしてるかの違いだったのだ。我々は低めの歌にリアリティを感じてしまうのだ。因みに「ロキノン系」と呼ばれるアーティスト、Cocco、サンボマスター、Dragon Ash、チャットモンチーといった歌手は皆フラット気味なのだ。(例外的に中村一義はシャープ系だ)それではシャープ系はどうか。アニソン以前のシャープの系譜はどうなっているか。戦後歌謡史において代表的なシャープ歌手といえば小林旭と三並春夫ではないだろうか。

 小林旭「ダイナマイトが百五十屯」('58)、三並春夫「俵星玄蕃」

実に、シャープですね。ここに小田和正を加えるとシャープ系男性歌手の系譜ができあがる。そこで、ふと立ち止まってしまう。さっき、アニソンのほとんどはシャープだと言った。で、元祖シャープは小林旭なんだけど、アキラといえば日活無国籍映画だ。ギターを持った渡り鳥である。つまり、リアリティのない、フィクションの世界の住人なのだ。このアキラ映画の持つフィクション的想像力はもしやのちのジャパニメーションの源流だったのではないか。そしてこの想像力を繋ぐのは「シャープする歌」なのだ。三並春夫も同様、声だけでフィクションを現出させる天賦の声の持ち主だ。「俵星玄蕃」の「サークサークサクサクサクサク、センセイー! おお、蕎麦屋かァ~!」っていう甲高い声でデフォルメした感じが、アニメの声優さんの会話を連想させるのだ」

司会者「ていうかちゃんと三並春夫のパフォーマンス観たら、歌謡浪曲ってファンキーグラマー系のラッパーのフロウに近いものがありますね。でも三並さんはなにを言ってるのか明瞭に聴こえるのがスゴイ」

kenzee「翻ってフラット歌手なら浜崎あゆみがいる。サウンドはあんな感じなのに浜崎はリアリズム表現として受け入れられている。それは歌詞の内容がどうとかいう以前に浜崎がフラット歌手だったからだ」

司会者「なんというミもフタもない」

kenzee「大変な発見をしてしまった。神話的構造を発見した故・レヴィ・ストロースもこんな思いだったのだろうか」

司会者「スケールが違いすぎるわドアホウ」

kenzee「で、ボクはこの現象を肯定的に捉えたいんだ。極端にいえばシャープ声は人を高揚させ、フラット声は人を覚醒させるとでもいえるだろう。そんな効果があるのに、現状のJ-POPではオートチューンでギッチリトーン補正してしまうのが通例だ。で、多くの聴き手はそういったヴォーカル処理をされた歌を総じて「平板で冷たい」などと評するわけだ。そこで提案なのですがもっと積極的にフラットやシャープに補正してもいいんじゃないかと思うのです。例えば「この曲は現代の若者のリアルな心情を歌ったものなのでフラット気味に補正しといて」とか。「これはチャラチャラしたダンスミュージックなのでシャープで」とか。マーケットにあわせてトーン補正するんです」

司会者「なんか、「感動」まで機械でコントロールされてるみたいでヤだなあ」

kenzee「で、次回は渡辺美里と左翼運動とロスジェネって話をするからね。えーとテーマは「革命闘争とマイレボリューション」

司会者「果たしてkenzeeは富澤一誠になれるのか!?」

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2009年9月15日 (火)

J-POP論 外伝

司会者「サア、やっとJ-POP論も一段落したのでやっと文芸誌の話ができますね。ナニナニ、今月の群像は「戦後文学を読む」。コリャ、ウチ的にもぜひ絡みたい企画ですよ! kenzeeさんは戦後の作家だとどの辺が好きなんですか?」

kenzee「やっぱ第三の新人かなって違うんだよバカ。前回のエントリーが大変なことになった。一日で10,000アクセスを越えてしまったのだ。一体今までの苦労はなんだったんだ。kenzee賞とか。アレ実はスゴイ大変な労力を伴う企画なんだぞ」

司会者「プッ。kenzeeもいよいよアルファブロガーってヤツですかい? ヨッ、ネット界の有名人!」

kenzee「前回のエントリーってこのブログの歴史からみたらかなり異色な回なんですよ。普段は一応文芸評論とかやっててですね、本来なら今の時期、芥川賞とかにチャチャ入れてる時期なんですよ」

司会者「そういや磯崎さんにはなにもメッセージなしですか。せっかくコメントとかいただいたのに」

kenzee「終の住処」には大変共感した。スゴイ仕事とかで疲れてるときにデブな女とかにチンコがビーンとなる感覚はとてもよく理解できる」

外回りの営業と寝不足の日々のなかで、彼が本来持っていた美的感覚が麻痺してしまっていたか、もしくは反対に過敏になっていた、そんな理由もあったかもしれない。女は肉感的だった。少しばかり太っていたのだが、太っていることは服の上からでは誰からもわからなかった。(中略)ところが彼だけがどういう拍子にか、女がじつは太っていることを見破ってしまった。(中略)問題はその秘密を知ったことによって、女と付き合うことはもはや避けがたい義務であるかのように彼には感じられた、そっちのほうだった。女と会った翌朝には彼は必ず後悔した。(「終の住処」磯崎憲一郎)

kenzee「さも当然の成り行きのようにヤッてしまうところがニクイ。かのノーベル賞作家大江健三郎でもスカートの中に手ェ入れてゴソゴソするとかその程度なのに(性的人間)。もう三行目ぐらいでホテル行ってしまうのが磯崎文学のニクイところだ」

司会者「イヤ、たぶん……もっと深い話だと思うんですよ、人生とか、家族ってナニ?とか。「終の住処」って」

kenzee「男ならわかるだろう。例えば仕事やスポーツなどで疲れているとき。カラダさえ肉感的ならどんなブッサイクでもオッケー! そんな瞬間がある。そう、男なら……」

司会者「男なら……じゃないよバカ」

kenzee「ちなみにそんな男の心理をかつて「松本紳助」において島田紳助が解説していた。ナゼ、男は疲れているとスグにビンビンになりどんなブサイクでも桶になるのか。(疲れマラとはなにか?)もともと生物には、生殖し、種を保存しよう、という本能が備わっている。疲れている状態というのはつまり「死」に近い状態なので「種を残そう」という本能が働いて、「45歳のオバハンでもオッケー! そんな夕方4時半」みたいな魔の時刻となる、ということらしい」

司会者「そうそう、こういうなんにも「終の住処」の解説にも批評にもなってないムダ話がウチの真骨頂でしたね。久しぶりだワー」

kenzee「あえてマルケスの話とかしないのが、いいんじゃない!この作品は。っていうようなトーンなんですよ、普段。ウチのブログは。ダラトークで。前回はホント番外編みたいなエントリーだったんですよ」

司会者「10,000ってどっから聞きつけてくるんですかね」

kenzee「最初ココログがおかしくなったのかと思った。たぶん……こうリンクとか……インターネット的な技術を駆使してワラワラと集まってくるのだ」

司会者「インターネットスゲー」

kenzee「どこがそんな面白かったんだろう。浜崎論とかリアリズム革命のときの広末論のときのほうが絶対ネタとしてまとまってたし、書き手としてのキャラも打ち出していた。それが、納戸から引っ張り出した昔のサンレコとか使って突貫工事で突っ切った記事で10,000アクセスとは。人生ってなんだろう。大体、オレ、プロトゥールズとかそんな機械、見たこともないし」

司会者「ホンット、文芸評論もインチキ、音楽評論もインチキ。つーかプロトゥールズはサンレコに載ってるじゃないか!」」

kenzee「どうしよう、はてなとかのコメ見てたらマジのエンジニアの人とか見にきてるっぽいし。ゴメンネ。実はコントのネタブログなんだ」

司会者「バカ」

kenzee「でもそんなサンレコ読者みたいな人々にとっておきの驚き話を披露しよう。前回のエントリーで取り上げた2005年10月号山下達郎インタビューにおいての「お家でのプリプロ作業はどんな感じですか」という質問に対する彼の答えだ。

(打ち込み作業は)昔ながらのCOME ON MUSICのシーケンスソフトを使う。家でやる作業なんて小節192分割で充分だもの。大昔、COME ON MUSICにお願いして、僕専用にNEC PC-98 MS-DOS6.1のハードディスク対応のものを作ってもらっていてスタンダードMIDI出力とかいろいろと付帯機能を加えてもらってある。そのソフトでこれも私の愛機だったROLAND D-110っていう音源で鳴らしています。(サンレコ2005年10月号)

スゴイでしょ。クオンタイズもヘチマもないのよ。カモンミュージックだよ? 数値入力ですよ? 2005年に」

司会者「……前回の「レコーディング環境の大変化話」だけど、どうにも腑に落ちない点があるんです」

kenzee「なにかね」

司会者「ロックンロール、いわゆるバンドサウンドとPro Toolsは相性が悪いとみんなウスウス感じながらナゼそっちにみんな移っていったんですか。たしかにPro Toolsは従来のレコーディングシステムの構築を考えればビックリするぐらい廉価で済むし、音は良いし、コストパフォーマンスはムチャクチャいい。それでもあえてPCM録音にこだわるスタジオが1コぐらいあっても良かったんじゃないでしょうか。なんで一人残らずハードディスクレコーディングに移行してしまったんでしょう。結果的にゼロ年代のJ-POPからバンドサウンドがスッポリ抜け落ちてしまった」

kenzee「それはビックリするくらいしょうもない理由だ。長年、レコーディング業界において標準機とされていたマルチトラックレコーダーPCM-3348と2チャンネルUマチックレコーダーPCM-1630。とくにPCM-1630はCDの誕生以来日本のCDのマスターテープはほとんど1630で作成されてきた。で、2004年、メーカーであるSONYがこれらの業務用レコーダーの生産中止、そしてメンテナンスの終了を発表した。これはなにを意味するか。つまりミスチルとか浜崎とかモーニング娘とかなんでもいいがとにかく1630でマスターされている音源は今後、再生できなくなるかもしれないってことだ。そしてメーカーとしては「日本の文化遺産が聴けなくなってもウチは知りません」という態度なのだ。部品が一個でもオカシクなったらその時点でパーだ。ヒドイ話でしょう。好き嫌い言ってる場合ではなくなったのだ。否応なくハードディスクレコーディングに駆りだされていったのだ。ゼロ年代のミュージシャンたちは。そして各レコードメーカーはこの事の重大さに未だ気付いていない。過去四半世紀に亘る膨大なカタログ。メシの種。これらが再生できなくなるという事実に。一部では保管している1630のマスターテープをハードディスクなどのメディアに必死で移行している。しかしそれはいつ終わるとも知れぬ大変な作業だ。しかも途中で1630がボーン言うたらそこでゲームオーバーという過酷なレースだ。こういうとき、矢沢さんのように自分とこの会社で原盤管理してるミュージシャンは強い。誰に断ることもなく、自分の手で新しいメディアにアーカイヴできる」

司会者「ナルホドね。あー外伝長かった」

kenzee「それではJ-POP批評を締めくくるにあたっていっぺんやってみたかったことがある。参考文献の列挙だ!

 速水健朗「自分探しがとまらない」(ソフトバンク新書)、「ケータイ小説的」(原書房)、烏賀陽弘道「Jポップとはなにか-巨大化する音楽産業-」(岩波新書)、「Jポップの心象風景」(文春新書)、宇野常寛「ゼロ年代の想像力」(早川書房)、「母性のディストピア-ポスト戦後の想像力-」(新潮2008年11月号~)、江藤淳「成熟と喪失-母の崩壊-」(講談社学芸文庫)、「東浩紀のゼロアカ道場 伝説の「文学フリマ」決戦」(講談社BOX)、イアン・コンドリー「日本のヒップホップ-文化グローバリゼーションの現場」(NTT出版)、ロッキンオンジャパン1991年7月号(ロッキング・オン)、山崎洋一郎「激刊! 山崎」(ロッキング・オン)、「音楽誌が書かないJ-POP批評25フリッパーズギターと渋谷系の時代」(宝島社)「音楽誌が書かないJ-POP批評10-浜崎あゆみをめぐる大疑問-」(宝島社)、「ユリイカ4月増刊号」(青土社)「ZEEBRA自伝」(ぴあ)、「ライムスター宇多丸のマブ論」(白夜書房)「思想地図Vol.3」(NHKブックス)「PLANETS Vol.6」(第二次惑星委員会)「Sound&Recording Magazine」2005年10月号、2009年9月号(リットーミュージック)、マルティン・ハイデッガー「存在と時間」、「ヒューマニズムについて-パリのジャン・ポーフレに宛てた書簡」(ちくま学芸文庫)、スガシカオ「731(+1095)」(角川書店)、綿矢りさ「蹴りたい背中」(河出書房新社)、金原ひとみ「蛇にピアス」(河出書房新社)、モブ・ノリオ「介護入門」(文藝春秋)、山下達郎ファンクラブ会報「TATSURO MANIA」No.23,1997Autumn,No.54,2005Spring,No.55,2005Summer、「Quick Japan Vol.74-Perfume「アイドル」の意味を回復する3人」(太田出版)

こんなトコかなあ」

司会者「クッダラナイ本ばっかり読んでるなあアンタは。ボンクラ大学生の本棚じゃないか。タダの」

kenzee「文学とか読んだほうがいいのかなあ。ま、10,000アクセスにはビビッたね。こんな機械のの話がみんな好きだったのか!? 前回のエントリーでウチ知った人はゼヒコムロ論ぐらいから読み返してほしいね。いわゆる「そういう趣旨のブログ」じゃないということがわかっていただけるだろう」

司会者「次からホントに文芸誌に戻りますよ!」

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2009年9月14日 (月)

ゼロ年代、製作現場ではなにがおこっていたか?(J-POP論最終回)

司会者「で、中田ヤスタカサウンドがホントにスカスカなのかの検証に入っていきたいんですけども」

kenzee「例の座談会でどういう流れで三輪祐也氏のスカスカ発言が登場したか。まず90年代のDJ文化以降、ロキノン型の「ロックという物語」の批評は無効となった。代わりにキャラクターベースの自分語りが台頭している、と。それが現在のPerfume、相対性理論の消費に繋がっていると。だが、実際のPerfumeの受容のされ方とは30代、40代のオッサン連中、つまり団塊ジュニアのありがちな「あえてベタに」って回路であって世間で話題になってるほど若者は飛びついていない、という宇野さんの指摘がでてくる。で、事実Perfumeのサウンドは従来のアイドルポップのサウンドとは明らかに一線を画す、個性的なものなのでオッサン連中としても「これだけうまく自分を萌えさせる中田の手腕にうなる」とかメタ視線をちらつかせられる」

司会者「宇野さんももう30過ぎなんだからもっと広い心を持ったらどうですかね」

kenzee「イヤ別に宇野さんはズーっとギスギスしたままでいて欲しいけどね。その流れで中田さんの作業工程にまで話はふくらんでいくのだ。三輪さんによると中田サウンドは本来専門のマスタリングエンジニアに任せるべきマスタリングの工程まで自身のスタジオで自分の手でやってしまう。んで、スカスカだ、という話なんだけど」

司会者「ふーん。良いステレオで聴くと低音域がスカスカ。三輪さんは普段、良いステレオで音楽を聴いているんですね」

kenzee「ちなみにロキノン編集長山崎洋一郎なんか19800円のCDラジカセでヒップホップ批評とか書くぞ」

司会者「kenzeeって普段どんなオーディオで音楽聴いてるんですか?」

kenzee「パソコン。なんせ15000曲のデータが入っとるもんでねー」

司会者「反論するほどエラソーな環境じゃないじゃん! どうやって反論する気なんだよ! 三輪さんのオーディオだとやっぱりホントに」スカスカなのかも知れないじゃないか!」

kenzee「あ、でもヘッドフォンはいいヤツなんですよ。SONYのMDR-CD900STという実際にレコーディングでスタジオモニターとして使われる逸品だ。で、オレの環境で聴くとPerfumeはすごく低音が強調されたブリブリの音楽に聴こえるんだ。「LOVEマシーン」「ポリリズム」を聴きくらべてみましょうか」

司会者「明らかにポリリズムのほうがズンドコ言ってるように聴こえますがね。You Tube音質じゃわからないぐらい細かい話なのかも」

kenzee「ウ~ン。大体マスタリングって工程は「低音域がスカスカ」とか「高音がキンキン」とかいう次元の作業じゃないんですよ。それはむしろミックス段階で決まってしまうものでね。そもそも昔はマスタリングなんていう工程はなかったの。CD制作の現場において」

司会者「ヘエ」

kenzee「むかしむかし。かつて音楽メディアはCD,レコード、カセットテープと三種類のメディアが同発だったということを記憶されてる方はいるだろうか。どうもウチの読者、最近若い人が多いみたいなんでビックリするかもしれないが。おんなじタイトルが三種類でてたのね。で、それぞれ構造はまったく違うワケ。CDは言うまでもなくデジタルデータをレーザーで読み取るというものだ。カセットテープは磁気テープに録音する、アナログレコードは溝に音を刻むという原始的なものだ。で、昔はレコード用のアナログマスターをそのまま事務的にアナデジしたデジタルマスターをCDのマスターにしていた。レコーディング業界用語で「いってこい」というヤツだ。で、これは全体的に音圧が低くてガッツのない、ショボーンとした音なのね。なぜならレコードに刻まれたときに威力を発揮するようにつくられたマスターを元にしているためだ。それでもCDの黎明期は「CDの音はイイ! ノイズがないし」と歓迎された。80年代のCDなんて今聴くとヒドイ音なのだが。ちなみに村上春樹は80年代から一貫して「CDは音が良くない。冷たい。アナログしか聴きたくない」と主張していた。モチロン、「頑迷なノスタルジーに過ぎない」とタモリとかにバカにされたりしてたが。だが、今振り返ってみると村上氏の耳が正しかったのだ。CD向けのマスタリングすらなされていないCDの音が当時のアナログに敵うワケないのだ。さすが元ジャズ喫茶のオヤジだ」

司会者「で、いつからCD用のマスタリングするようになったんですか」

kenzee「90年前後に米ライノに代表されるオールディーズ音源のリマスター専門のレーベルが登場する。彼らはインディーレーベルのクセにメジャーレーベルから発売されているCDより格段に音が良かった。なんで!? ということでメジャーもこぞってマスタリング技術を研究するようになったのだ。そうしてCDはCD向けにデジタルマスタリングする、という工程が常識となった。だが、それもここ10年ぐらいの話だ。そしてここ数年のマスタリング業界でもっとも問題になっているのがJ-POPCDのレベル競争の問題だ」

司会者「レベル競争」

kenzee「いわゆる録音レベルの問題だ。要はラジオや有線などから流れてきたときにインパクトのある音圧がほしい。そんなレコード会社のA&Rマンの要求に応えてマスタリングエンジニアはとにかくCDという箱にブチこめるだけ音圧をブチこもうとする。そうすると当然、出音はドカンとでます。他の製品より目立ちます。だが、音圧を上げると失われるものがあるのだ。空間構成の問題だ。録音レベルを上げると早い話が全部の楽器が前にでてくるのね。もうヘタすると横一列縦隊で演奏してるような音像になる。ていうかハッキリ言ってPerfumeサウンドはそうなってます。昔のロックのように「ドラムは後ろ、ベースは下、ギターは右、ストリングスはフワーっとリバーブで…」というような空間をつくる余裕がなくなる。ゼロ年代以降のポップス系の音楽は基本、この一列で目の前で顔殴られるようなサウンドなのだ。私に言わせればPerfumeのマスタリングはスカスカなのではなく、ギチギチなのだ。とにかくiPodなどでシャッフル再生してるとPerfumeだけドーン前にでてきますからね」

司会者「フーン。じゃあスカスカじゃなくてギチギチだったということで芥川賞の話でもしましょうかね」

kenzee「イヤ、ゼロ年代の音楽語るにはまだ足りないんだよ。ハッキリ言ってPerfume語るのにマスタリング技術なんてどうでもいいんだよ。嵐のCDも最近サンザン聴いたけど嵐なんてレベル競争の権化みたいな製品だ。もう「Believe」とかギッチギチですからね。つまり三輪さんへの反論としては「それは中田マスタリングに限らずゼロ年代の製品のマスタリングは多かれ少なかれそんな感じだ」という答えになる。ゼロ年代のJ-POPを語るうえで制作環境の変化を見落とすわけにはいかない。21世紀に入ったあたりから録音を記録する媒体はそれまでの磁気テープからハードディスクへと移行してきた。このことによりレコーディングの手順や方法もザックリと変化することとなった。もっとも大きな変化は音楽製作の現場において限りなくプロとアマの差がなくなったということだ。ハードディスクレコーディングはプロ用の何千万もするゴッツイ機材など必要なく、家庭用の汎用パソコンを使用するものなので、防音のしっかりした6畳ぐらいのマンション借りればプロ同様のレコーディングが可能なのだ。これが今インディーズ音源の氾濫の原因のひとつだ。現在、ハードディスクレコーディングシステムとしてもっとも普及しているのはDigiDesign社のPro Toolsだ。そしてPro Toolsは従来の磁気テープによる録音と決定的に違う点があるのだ」

司会者「それは!?(ってもう文芸誌のブログなのかなんなのかわかんないよ!)」

kenzee「ムチャクチャ音がいいということだ。いや、良くなりすぎたというべきか」

司会者「イイジャン。じゃあ」

kenzee「ちっともよくないんだ。コレが。メディアが変わるということは従来のノウハウが通用しなくなるということなのだ。例えば今までWindowsマシンを使ってきたオフィスでいきなりMacに総替えしたら現場は大混乱するだろう。同じようなことが21世紀初頭のレコーディング現場で起こった。その混乱をワリと率直にアーティスト自身が語ってくれてる文献があります。

インタビュアー「新作(註 2005年発表の「SONORITE」のこと)はこれまでのアルバムと違い、音数の少ないアレンジ曲が多かったと思うのですが。

山下達郎「それはレコーダーがSONY PCM-3348からPro Toolsに変わったから。僕みたいな音楽スタイルではPro Toolだと今までの音像が構築できないものがでてくる。だからPro Toolsの特性に合わせて、楽器編成やアレンジをこれまでとは違うものにした結果、そうなったんです。(中略)最初はデジタルだからPro ToolsもPCM-3348も同じだろうと始めたんだけど、とんでもなかった。

インタビュアー「なぜPro Toolsだと音数が少ないアレンジが合うのですか?」

山下「Pro Toolsは解像度が良すぎてマルチトラックレコーダーとして使うと、音同士が混ざりにくい。立体感が作りづらい。今までのアナログやPCM-3348だとリバーブかけたり卓でボリュームを下げたりすることで音の立体感を作ってきた……にじんでくれたのね。だけどPro Toolsだとボリュームを下げても音がにじまないので結局、同定位にある音同士がケンカを始める。音の置き方を根本から改めないといけないと感じたんです。(中略)今流行している音楽が音数少ないっていうのは、それなりに必然性があるんだと思う」(Sound&Recording Magazine2005年10月号山下達郎巻頭インタビュー)

kenzee「インタビューにもあるようにスタジオイクイップメントの大変化によって音楽の組み立て方まで変えざるを得なかったという事実。しかもこれはJ-POPシーン全体に起こったことなのだ。例えば90年代のいわゆる「渋谷系」と呼ばれた音楽のことを思い出してみよう。コーネリアスのファーストや小沢健二の「LIFE」などに顕著だが、渋谷系とはワリと大編成の音楽だったのね。全盛期の小沢のステージの編成などドラム、パーカッション、ベース、ギター2本、キーボード、ホーンセクション3管、ストリングス、コーラスシンガープラス小沢という豪華な編成だ。こういった大編成は従来のPCM録音との相性が良かった。この傾向は98年ごろ、MISIAのファーストあたりまで続く。ところがゼロ年代に突入すると急に音数の少ない、内省的な音像がトレンドになっていく。それはこういった制作の環境の変化と密接に関わっているのだ。次の発言などは三輪さんのスカスカ論への回答になっているんじゃないかな。

例えば今のやり方(現行のPro Tools環境)だと、まだ厚い音が作れない。「ヘロン」みたいなのが作れない。音をいくら重ねてもああいう厚みがでないんだよ。音が渾然一体にならないんだ。アナログの時代の音がCDよりよく聴こえる場合があるのはアナログ時代は入れられる音の情報量が今より少なかったために音が圧縮されたり歪んだりしたの。でもその歪みが音のガッツとして良い効果を生んでたわけ。ところがデジタルにはそういうアナログ的な歪み感がないから、どんなに音量があっても音にアナログ的な疾走感がでないんだ。だからアナログ時代には誰にでもできた音像が今はもうできない。我々の時代のロックンロールのグルーヴは今の尺度からみれば劣悪な機材を使った情報量の少ない音だった故に、すごく凝縮されて爆発して生まれたものなんだよね。それがデジタルではつくれないの。とくにハイエンド(高品位オーディオ)になるほどね。(山下達郎ファンクラブ会報「TATSURO MANIA」No.542005Summer)

kenzee「ポリリズム」にせよ、「ワンルーム・ディスコ」にせよ、中田サウンドが目指してるのは「デジタルによる音の爆発」だと思うんだ。本来歪まない、潰れない、そういうものをいかに爆発させるか。今回のアルバム「Triangle」だと「The Best Thing」や「願い」などがひとつの到達点だったのだと思うがどうか」

司会者「ボク、ちょっと思ったんですが中田さんてはじめからmp3に圧縮されてiPodで聴かれることを念頭において音作りしてるような気がするんですよ。そういう意図で作られたサウンドを三輪さんのようなハイエンドオーディオで聴いたら、やっぱり「スカスカ」になるんじゃないんですか?」

kenzee「中田さんの意見だ。

 ちなみにエレクトロってデジタル的にヤバイ音してるじゃないですか。だから圧縮された音楽全盛の時代に言うことじゃないんですけど、エレクトロは音がチープなくせに実は圧縮には向いていない(笑)。デジタル的にギリギリのヤバさで作られているからちょっとでもいじるとバランスが変わって別物になるんです。高域の歪み方とかデジタル・クリップ的なものは圧縮すると全然違う音になるんですよね。(中略)僕は世の中のトレンドとは全く関係ない環境で音楽を作っていますね。プロとしてそれでいいのかと思うときもあって、たくさんの人に受ける音楽を作るなら、携帯で聴いても良い音楽にすべきなんですよ。そこを想定して仕上げるプロも結構多いと思うんですけど僕は全然無視しているというか。みんなiPod的なものか携帯か、良くてコンピュータのスピーカーで音楽を聴いていると思うんですがそういうライフスタイルが僕にはないんです。(Sound&Recording Magazine2009年9月号中田ヤスタカインタビュー)

中田さんは意外と「iPodを想定した音作りはしていない、ということだ。となるとだよ、三輪さんのスカスカ論は中田さんのマスタリング技術の問題じゃなくて「エレクトロ」というジャンルが抱えてる問題なのかも。中田さんが普段使用しているスピーカーはYAMAHA NS-10Mという伝統的なスタジオ用ラージスピーカーだ。レコーディングに特化したスピーカーなので要は粗探し専門スピーカーなのだ。三輪さんの使用しているハイエンドオーディオがドイツ製あたりの色のついた音作りがなされたスピーカーだったら「エレクトロはデジタル的にヤバイ」問題で、低音域が歪む、ということはあるかもしれないね。だが、ゼロ年代、Pro Toolsの時代に特有の「空間を生かす、遠近感のない、音数の少ないサウンド」を指して「スカスカ」と評しているなら見当違いだと言わざるをえない。それは中田さんのみならずこの10年、レコーディング現場ではみんな悩んできたことなのだ。このような大変化の波に独り果敢に立ち向かった男がいる。矢沢永吉だ。矢沢はやはりPro Toolsの、異常にクオリティの高い音にロックンロールを感じなかったようだ。ちなみに矢沢は97年のアルバム「YES」以来、自身の手でデータを打ち込み、コンピュータミュージックに挑戦している。使用しているシーケンス・ソフトはCubase VSTだ。これは石野卓球も使っている、テクノやハウスなどでオナジミのソフトなのだ。通常J-POP、歌もので使用されるシーケンスソフトといえばDigital Performerが一般的だ。(中田ヤスタカ、山下達郎が使用)つまり矢沢は自身の音楽を歌ものの歌謡曲ではなく、ダンスミュージックと捉えているんだね。使用機材でその音楽的思想がみえてくる。で、そんな矢沢はPro Toolsを前にして理解した。ロックンロールは「アナログレコーディングと同義である」と。そして部下に命じる。なんとしてもSTUDERのアナログのテレコをゲットしてこい!(とっくの昔に生産中止)世界中探して来い! カネならだす! そして数日後、部下から連絡が入るのだ。「ボス、メキシコのド田舎のスタジオでSTUDER発見しました! しかもやたら状態がいいです!」 ボス「よし、5万ドルで交渉しろ」そして彼はSTUDERのテレコをてに入れるのだ。アナログ特有の歪み、圧縮、爆発、それは新作「ROCK'N ROLL」でも鳴り響いている。矢沢といえば「成り上がり」の矢沢の文脈で語られることが多いが、実は相当スタジオ・イクイップメントに精通したレコーディングアーティストでもあるのだ」

司会者「で、エンエン引っ張ってきたJ-POP論。これで終わっていいんですか?」

kenzee「まあ、いいんじゃないですかね。とにかくゼロ年代が難しかったのは制作の側の環境の大変化、そして受容の側の大変化、ネットの普及、デジタルオーディオプレーヤーの普及、配信、You TubeやMy Spaceといったサービス……。こういた変化で作るほうも聴くほうも右往左往していた。ところがゼロ年代もあと4ヶ月たらずで終わりという時期ですが」

司会者「エ?ホントだ! ガーン!」

kenzee「ついこないだ2000年になったばっかりのような気がするんだけどなあ。ロキノンとかパラパラ見てたらまたバンドの時代が来てるようなのね。これはどういうことかな? 「けいおん!」とかいうアニメも人気のようだし。いわゆるバンドサウンドはPro Toolsともっとも相性の悪い編成なのだが」

司会者「2010年代はバンドの時代ですかね」

kenzee「そんな単純にはいかないと思うけど…。とにかくPerfumeは難しかったな。「語った」って感じがしないもん。リアリズム革命とか浜崎論、ヒップホップ論のときは結構「語った!」って手ごたえがあったんですけど。とにかく「PLANETS」みたいな後だしジャンケン批評はつまらないと思って色々試行錯誤した結果です」

司会者「やっと文芸誌に戻れますね!」

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2009年9月 9日 (水)

未来の音楽、新しい音楽(佐々木寛太郎さんへの返答Vol.3)

kenzee「えーっと前の話の続きなんだけど……」

司会者「前って何ヶ月前だよ!」

kenzee教授「キミは根気がないんだよ。結局、書くって行為はスポーツと一緒でコツコツ続けないと書き方も忘れちゃいますからね」

司会者「せっかく佐々木さんとの議論も盛り上がりかけてたのに」

kenzee「イヤアノ違うんですよ。佐々木さんの議論はイアン・コンドリーの議論を基本、踏襲するもので「現場」と呼ばれるメジャー、インディーズひっくるめた日本のヒップホップシーンの創作、批評の関係また表現者、受容者の関係が現代の批評を考えるうえで重要な装置だと主張する。私は佐々木さんのこの理解は大前提としてOKなんです。個々のアーティストへの評価は別にしてね。日本のヒップホップシーンが生成した「現場」は60年代以降の日本のロック、フォークの歴史を振り返っても独特の磁場を形成しているのは事実だ。おそらく「現場」を従来の、70年代初頭のフォーク、また東京ロッカーズに代表される日本のパンクとも重ならない部分を持っている。だがね、我々が「批評家」を名乗るならばイアンの議論を先へ進めなくてはならない。イアンの「ヒップホップジャパン」は厳密には音楽評論ではない。日本の若者の風俗をヒップホップカルチャーという側面から捉えた社会評論なのだ。そうすっと必然的に若者の雇用の問題だとか格差の問題とかと絡めざるをえなくなる。ヒップホップは言葉の要素の強いジャンルなのでどうしてもその辺と親和性が高いしね。佐々木さんは「日本のヒップホップ-「現場」とジャンル論の関係から」で「現場」を通した若者論を展開する予定だったのかもしれない。だが、私は純粋にこの「現場」というシーンが将来、どのような受容、聴取環境を生成していくのか。そのことに興味がある」

司会者「(kenzeeって前置きが長いんだよなあ。あとサンザン待たせといて佐々木さんにひとことも謝罪ナシかよ。せめてミニコントぐらいやってから本題に入れよ)」

kenzee「佐々木さんが主張するようにヒップホップにおける「現場」の特徴とは表現者と受容者の境界が極めて曖昧になったことだ。昨日のリスナーが今日はマイクを握っている、そんなロマンが「現場」にはある。また、これはラップ表現に限ったことではない。ターンテーブルとミキサーを手に入れれば今日からDJの真似事を始めることも可能だ。今ならSerato Scratch Liveだろうか。少なくともギターやピアノといった楽器より基本的な技能を修得するのは容易だろう。私はイアンも指摘しなかったこの事実について考えてみたい。例えばバンドのシーンというものがあるとして、そのオーディエンスが必ずしも楽器の奏法や録音の技術に精通しているとは限らない。多くの者は受容者であり、受容者としての批評がある。相当にディープなジャズ批評の現場においてもそうだ。高名なジャズ評論家が楽器の奏法などに詳しいわけではない。ロキノンなどは「受容者としての批評」を確立したといえる。結果、日本の音楽批評は「音楽を語らない」「音楽を通して社会、人生を論じる」という屈折した環境を形成してしまった。たとえばこの国の音楽評論のセオリーで尾崎豊を語ると「尾崎の音楽」ではなく尾崎の時代(管理教育とか)、尾崎の生い立ちといった話に収斂してしまう。これはサンザン語られた浜崎あゆみ論にも言える。浜崎の音楽ではなく、「浜崎の時代、浜崎の人生」について語ってしまう」

kenzee教授「(kenzeeの音楽の話聞いてると…眠くなってきちゃう…早くこないだの芥川賞の話とかしろよう)」

kenzee「確かに「人」「時代」に迫ることもその音楽を理解する一助とはなるだろう。だが、そんなジャーナリズムがどっから生まれたかというと60年代にボブ・ディランとビートルズが登場して「ローリングストーン」「クロウダディー」という雑誌が創刊されてからだ。だがそんなジャーナリズムも70年代には最早無効になったと思うのだ。だってPerfumeのメンバーに生い立ちとか聞いてもあんま意味ないでしょ。だがそうれをやってしまうのがロキノンジャーナリズムの怖いところだ。では「現場」はどのような受容の仕方を生成したか。「現場」における受容者とはラッパーであり、トラックメーカーである。つまり彼らは今、鳴らされてる音楽がどんな機材を使用し、どんな工程を経て制作されたかある程度わかっているだろう。そうすると彼らの批評とは「オレならそんな音色は使わない」「あの機材を使えばスネアのヌケはもっとよくなる」「そのコード進行にこだわるならあの曲のあのフレーズをサンプリングすればもっとカッコよくなるのに」といった純粋に音楽的、反ロキノン的な批評となるだろう。そしてそんな批評的な表現の代表的な例としてリミックスという行為がある」

kenzee教授「zzz…………」

kenzee「こっからなんですよ! ゼロアカ周辺の人たち、こっから注目して! 「思想地図Vol.3」のシンポジウム「アーキテクチャと思考の場所」において、磯崎新と濱野智史の間で議論されたプロセス・プランニング論と関わってくるんです! どんな議論だったかものすごく手短に説明すると、磯崎新は建築の専門家なのだが図書館の設計をどうするかという問題で、蔵書というのはドンドン増えていく。でも図書館という建物まで一緒に増殖することはできない。つまりどっかで結論をださなくては、切断しなくてはならない。建築の現場ではこのようなジレンマが起きる。無限の可能性のものをどこかで製作者が切断を迫られるのだ。だが濱野さんのニコ動論などで展開されているのはネットのようなヴァーチャル空間はリアルな空間と違い、基本、スペースは無限なので切断の必要がなく、永遠に増殖が可能なのだ、と。じゃあ、決定てナニ? 作品て誰が結論づけるのよ? という話になる。ひとつの建築物のコンセプトがある。そしてそのイメージは動くものとしてでてくる。だが建築はリアルのものなので誰かがストップをかけなきゃならない。切断しなくてはならないのだ。誰が切断するか? 設計者か。無限の可能性をひとつの形に押し込めるのは。という質問を磯崎氏はグレック・リンという新進建築家にした。彼の答えはこういうものだ。「変化する形態をこちらでひとつに決めるわけにはいかない。だからいくつものモデルをつくって並べる。建売住宅のカタログのように。それをマーケットにだす。もちろん人気のあるものとそうでないものがでてくるだろう。一番人気の高い物が一番売れるわけでそれが最適解なのだ、と。つまり、結論をだすのは創作者ではなくマーケットに丸投げすりゃイイジャン、という答えだ」

司会者「イイカゲンだにゃあ」

kenzee「要は自分で切断できないんだったら他人に切断させりゃいいじゃん、という思考だ。私は最近のラーメン屋を思い出した。やれ、麺は固めか、スープはどうか、ニンニクはいれるか、トッピングは、大か中か小か、とうるさく聞いてきますわな。あれはプロセス・プランニング論だったのかなあ」

kenzee教授「後期近代的なラーメン屋の風景だ」

kenzee「で、自分が切るのか、他人が切るのか、という問題に対して司会の東浩紀さんが第3の方法を提案する。それはすべてのログをとるということだ。建築は制約のなかでデザインされるかもしれないが、デジタルデータに関してはもはや無限といっていい容量があるわけで切断の必要がないという考え方。そこでヒップホップ論の方に戻りますけど、このゼロ年代において最早音楽をCDという前時代の物理的な制約のなかに落とし込む必要があるのか。そもそもマルチトラックを2チャンに落とす必然があるだろうか。マルチトラックとはグレック・リン言うところの「建売住宅のカタログ」だと思うんだよ」

司会者「オイ! CDの制作工程に詳しくない人の方が多いんですから」

kenzee「通常、レコードはそれぞれの楽器をバラバラに録音するのだ。ドラム→ベース→ギター→ボーカルといった順に。で、これらのバランスを調整したり、エフェクトをかけたりする作業がミックスダウンと呼ばれるものだ。そして右、左の2チャンネルにまとめられる。そしてマスタリングという最終工程を経て、製品マスターとなる。でね、ボクが問題にしているのはこの2チャンにまとめるという工程です。これはつまり、無限の可能性を秘めたマルチに決定を促す、切断するという工程です。もちろんCDやレコードといった物理的な容器に収められ流通していた時代には製作者の側で切断する必要があったでしょう。だが、もはや、プロトゥールズをはじめとするデジタル・プセッシングによりマルチトラックは無限に稼ぐことができ、そのデータをそのまま配信という形でユーザーに届けることも可能な現代、切断はユーザーに委ねられてもいいんじゃないかと思うのです」

司会者「フーン、それでなんかいいことあるんですか?」

kenzee「自分で好きなミックスが可能になる。早い話が現在流通しているPerfumeの音源はあくまで中田さんのイメージしたPerfumeであって、万人が支持したミックスではない。マルチを触れるのは今のところ中田さんだけなので仕方なくみんな中田ミックスを聴いているだけという言い方も可能だ。だが、マルチが公開されればみんな勝手に好きなリミックスを施して、ニコ動あたりで発表すると思うんだ。たとえばのっちファンならのっちのボーカルとキックとベースだけ、というような極端なミックスを制作するものも現れるだろう。だがそれもPerfumeの楽曲には違いないのだ」

司会者「勝手にデュエットするヤツとかでてきたりして」

kenzee「でもエヴァの二次創作なんてとっくにそれに近いことが起こってるし、そうやって何百というヴァージョン違いの「ポリリズム」が登場すればなかにはスゴイヤツもでてくると思うんだ。そんな聴取環境はモチロン中田さんの創作意欲にも影響を与えるだろう。マルチを再生するソフトとマルチデータを配信することは技術的には可能だと思うんだ。で、そんな環境が登場すれば「現場」の創作と批評の境界はますますなくなるだろう。そうすっと「作家」とは誰なのか「作品」とはなんなのかという問題に「現場」はでくわすことになる。だが、そんな「現場」のあり方とは決して最先端の技術と後期近代的環境によってもたらされたものではなく、ヒップホップの最初期、つまり、70年代のグラフィティカルチャーによく似ていることに気付くことになる。映画「ワイルドスタイル」に登場するブロンクスを走る落書きだらけの地下鉄。あのグラフィティは永遠のベータ版なのだよ」

司会者「単純に、マルチが公開されればカラオケつくり放題になるわけで需要は絶対ありますからね」

kenzee「マルチの配信は技術的には可能だ。私は単純に古い音源のベースだけ、とかドラムだけとか聴いてみたいんだよ。どうでしょう、イアン・コンドリーの議論を一歩先へ進めることはできただろうか? 次回はPerfume論でエンエン引っ張ったJ-POP論が終われると思う。やはりPerfumeはコムロとかミスチルを語るような文脈で語ることはムリだと思う。やっぱりオーディオ、つまりゼロ年代に起こった劇的なレコーディング環境の変化を押さえないとキチンと語るとこができない。「PLANETS Vol.5」におけるJ-POP座談会のようなグダグダの印象批評の社会論にしかならない。最大の問題点はここだ。

 中田ヤスタカはマスタリングの作業も自分でやっちゃうんだよね。これは専門的なプロセスだから、トラックづくりをミックスまで全部やりますよ、というミュージシャンでもマスタリングだけは専門のプロに委託するのがふつうなんだけど彼は自宅スタジオでマスタリングしてしまう。結果どうなってるかというと、いいステレオで聴くとわかるんだけど低音域がスカスカなんだよね。その点はインディーズくさいサウンドなわけ。(三輪祐也氏の発言)緊急座談会「Perfumeと相対性理論を語れば09年の音楽を語ったことになるなんて思わないよ絶対」(PLANETS Vol.5)

kenzee「ホントに中田サウンドがスカスカなのか、なにをもってスカスカなのかを検証してPerfume論のとっかかりにしたいと思います」

司会者「なんか、コメントで「5冊目がでる」とか仰ってる作家の方がいますよ」

kenzee「5冊目……多分、西村京太郎だろう」

司会者「その10倍はだしてるよ! キのつく人でしょ! きっと」

kenzee「文學界のヤツは読んだ。お年寄りの話だ」

司会者「おいおいちゃんとやりましょうか」

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2009年6月 8日 (月)

ナゼ我々はMCUをダサイと感じてしまうのか(佐々木寛太郎さんへの返答Part.2)

kenzee「イアン・コンドリーの「ヒップホップ・ジャパン」読みました」

司会者「エ? いつものようにクチだけでスルーするかと思われていたのに!」

kenzee「これは力作ですよ! 2800円の価値はあります。日本のヒップホップを扱った書物は過去にもイロイロあった。だが、ほとんどはインタビューとカタログでお茶を濁すようなものだった。悪名高き後藤明夫の「Jラップ以前」に始まり、陣野俊史さんのヒップホップ・ジャパンとか。BLAST誌はそういう意味でジャーナリズムの立場から日本のシーンを捉えた書物としてはかなりハイレベルだったんだと廃刊してから気付きます。そしてアカデミズムの立場から切り込んだのがこのイアン・コンドリーの大著だ」

司会者「全然評価変わっとるガナ」

kenzee「インタビューとかナシで論考だけでこの分厚さはスゴイです。そしてオレはどうやらイアンの言う「現場」の意味を誤解していたようだ。彼の言う「現場」とは単にクラブやレコーディング・スタジオのことではなくてもっと多面的なものだったんだ。80年代の原宿・ホコ天のブレイク・ダンサーに始まり、クラブ、レコード会社、雑誌を始めとするメディア、予備軍としてのファン、そしてクラバーと呼ばれる若者たちの社会的地位(イアンが実際に会った人々のほとんどがフリーターであり、そうでなければ学生だったという)まで含めたヒップホップを取り巻く社会全体のことだったんだ。モチロン現在の日本の音楽シーン全体までそれは視野に入っている。たとえばツタヤの会員カードはコンビニとかファミレスでポイントが付くのだが、そうやって集められた情報は他のメディアに売られる。そういう環境が音楽シーン、ひいてはヒップホップにどう影響を与えているかまで論じるのだ」

司会者「スゲエ。アメリカのエライ文化人類学者なのに、日本のボンクラ大学生のような視点までも兼ね備えたニクイ男だぜ!」

kenzee「そして現場の可能性を示唆しながらも、その閉鎖性にも言及していく。イアンは日本のサブカルチャーを理解する手がかりとして宮台真司のオタク論を参考にする。

 宮台は、島宇宙の特徴として、同じジャーゴン、同じ活動空間、同じ知識、同じメディアの使用を挙げている。ヒップホップ・ファンにあてはめるならば、私たちはこの現象をアメリカのヒップホップ・スラングの使用に見ることができるだろう。(イアン・コンドリー「ヒップホップ・ジャパン」)

そしてイアンは「真にヒップホップに関与したいなら、現場で演奏し、スキルを示し、生産者とならなければならない」と訴える」

司会者「でも、宮台さんや宇野さんなら、「島宇宙を乗り越えて人と人が繋がっていくのが批評だ」とかいいそうです。ただ、生産者になればいいという話ではないのでは」

kenzee「そこはさすがアメリカ人で、その閉鎖性を乗り越える方法として「商業的成功」を挙げる。「第7章、メイクマネー、日本式」では日本のレコード業界の複雑にしてドンブリ勘定な側面を指摘し、ヒップホップと親和することの難しさを述べている。イヤーとにかく面白かったです! ボクもいろんなJ-POP評論読んできたけどなかなかここまでの力作に出会うことはないよ! 大体日本のポップミュージック関連の書籍ってカタログかインタビューかのどっちかなんだよ。論考ってのがないんだな。もっとも気になったのは日本の若者文化がアンビバレンツな背景を背負ってるっていうトコね。これからこの国はアニメ、マンガ、音楽などのコンテンツ産業で輸出成長しようという計画があるよね。もう製造業で雇用も創出できないし。だからこそ麻生を始め、政府は「オタク」に新しい評価を与えている。だが、その担い手である若者、つまりクラバーやオタクたちのほとんどは低賃金の仕事に甘んじている。なんとも皮肉な状況なのだ。こういった日本の若者を覆う状況とキングギドラの歌詞などの反映とか論じてみせる。宇野さんみたいな外人だね」

司会者「で、佐々木さんのレスなのですが。MSCは批評的な表現ではないのかって」

kenzee「ああ…N.W.Aみたいだよねえ。ていうかこの文脈で佐々木さんて言うと佐々木士郎(a.k.aライムスター宇多丸)かと思うよな」

司会者「そんだけ!?」

kenzee「ただ、MSCの描く新宿も、フィクションなんじゃないかって思うんだよ。よく知らないけど。おなじフィクションならDABOのほうが好きかなーって」

司会者「じゃあ、我々はナゼ、MCUをダサイと感じてしまうのか問題について。聴いてみましょうか。MCU featuring浜崎貴司「幸せであるように」

kenzee「ダサイ。なぜ我々はMCUをダサイと感じるのか。例のZEEBRA自伝においてもZEEBRAは苦言を呈している。

 MCUはオレの想像から外れすぎちゃったんで、ちょっとよくわからない。「悪名」のMCUはおもしろいなと思ってたし、それなりにラップ、上手いなと思った。でも気がついたら「オレのルーツはJ-POPだ」みたいになってた。ちょっと狐につままれた気がする。実は双子の別のヤツがでてきたんじゃないかなっていうくらい、わからない。(ZEEBRA自伝)

 それでは作品に批評性が介入するとはどういうときなのか。それは歴史を読み替えたときに発生するのではないかと思うのだ。たとえばタランティーノの映画を観て、我々は純粋に映画として感動しているか。否。タランティーノは今も昔も演出家としては相変わらず二流なのだ。タランティーノの決定的な功績は「映画史を読み替えた」ことにある。たとえばタランティーノは日本映画を黒澤史観でなく深作史観で読み替えた。有名な「仁義なき戦い」のみならず、かなりマイナーな三隅研二の時代劇などまで日本映画史に含めた。また、カンフー映画においてもジャッキー史観やブルース・リー史観を読み替え、ショウブラザースなどのZ級映画の魅力を指摘した。タランティーノの仕事とは70年代の世界映画史を読み替え、その読み方が先進国の多くの「オタク」と呼ばれる若者に支持されたことにつきる。東浩紀がデビュー評論、「ソルジェニーツィン試論」で試みたのもロシア文学史の読み替えであった。おそらく東氏はフツーにソルジェニーツィンみたいなパッとしない作家よりドストエフスキーのほうが好みだろう。だが、そんな趣味性を一旦、カッコにいれる作業を経てソルジェニーツィンに光を当てることで文学史の見え方がどう変わるかの実験。これを彼は批評と読んだのだ。もっと卑近な例ではナゼ、フリッパーズギターの批評性は今も強度を失わないのか。それは彼らが80年代のニューウェイヴを読み替えたことによる。従来、日本のニューウェイヴといえばYMO、ムーンライダース、プラスティックスとその一派といったところに集約されていた。だが、フリッパーズはこれらの文脈とまったく無関係に登場した。彼らはニューウェイヴ史においては完全に傍流と見なされていたポストカードやエルといったイギリスのインディーレーベル、またトットテイラーのコンパクトオーガニゼーションやポール・ウェラーのレスポンドといったアーティストが立ち上げたレーベル(商業的には大失敗)を引き合いにだし、80年代のポップ史を読み替えた。モチロンこれは彼らの趣味性を反映したものだったが、戦略もあったに違いない。その証拠にフリッパーズのメンバー小沢健二はソロデビュー後、そういったフリッパーズ的記号を意識的に排し、サザンの曲のタイトルを自作につけたり、筒美京平とコラボしたりするのだ。そういったソロ活動には最早フリッパーズに見られたような戦略的に歴史を読み替えるような姿勢はない。ただ、自分のリスニング人生と戯れているだけだ。そして最早それは批評ではない」

司会者「MCUがダサく見えるのは……」

kenzee「つまり、MCUの活動(フライングキッズの浜崎、ブームの宮沢和史とのコラボ)がサブい理由は「歴史を読み替えようという意思」がまるっきり欠如しているからなんだ。MCU(オレとおない年なんだよ)ぐらいの世代の人間がフライングキッズやブームを10代の頃に好んで聴いていたのはちっとも珍しくないんだよ。単に「好きだから」じゃなんの価値もヒップホップに付与しない。なにもゲームのルールを変えたことにならないんだよ」

司会者「もしかしてkenzeeってJ-POPコラボは全部ダウトなんじゃないの?」

kenzee「いわゆるラッパーとJ-POP歌手とのコラボ。この世に無数にあるけども。そのなかでオレが「これは批評的だ」と思った一曲を紹介しよう。それは槇原敬之featuring KURO from HOMEMADE家族「ほんの少しだけ」だ。(2006年発表のアルバム「Life in Downtown」収録)おそらくこの曲は槇原がイニシアチブをとって制作された一曲だ。R&B歌手とラッパーがコラボする際、J-POPにおいてひとつのヒットパターンが完成されていた。手垢にまみれたといっていいほどのね。それはAメロをラップが担当し、Bメロで歌が登場、そしてサビで大合唱、大抵は歌に対してラップが後ろでヨーだのハーだの言うパターン。コムロのGlobeあたりから連綿と続くアレだ。こういうの大ゲサに言うとフォルマリズム(形式主義)というのさ」

司会者「とにかくこの形式にハメときゃオッケーでしょっていう」

kenzee「だが槇原はこの形式自体を疑った。この曲はまず、16ビートではない。つまりファンクミュージックではない。KUROのラップが不自然なのはこの曲がメローな8ビートで構成されているからだ。そしてまず、槇原の歌から始まる。そしてもっともコード進行がメロディアスに展開するBメロでラップが登場する。そして2コーラス目ではなんと、歌とラップがユニゾンになるのだ。つまり、どう考えても形式を壊すことを目的に作られてるとしか考えられないのだ。モチロン、槇原がラップミュージックを理解してないために生まれたトンデモ曲などではない。その証拠に2004年発表のアルバム「EXPLORER」に収録された「ハトマメ」は完全にブラックミュージックのマナーに則って作られている。そしてこの曲の間奏で槇原は達者なラップを披露しているのだ。J-POPにおけるヒップホップへの批評というテーマなら槇原作品のほうが一枚上手だと思うのだがどうか」

司会者「槇原相当R&B精通してますからねえ。アースそっくりな曲とかあるし。絶対アルバムに一曲、ブラコンの曲入ってるし」

kenzee「MCUは自分のことはおいといて、歴史を読み替えようという意思に欠けるところが決定的にダサイのだね。だが、「好き」がないとモチベーションが続かないのも事実だ」

司会者「そういえばなんでアナタこのブログ続けてるの? 一銭にもならんのに。やっぱり「書くこと」や「文学や批評について語ること」が好きなんですよね!」

kenzee「ていうか、フツーになんにも更新しなくても一日300アクセスとかいくようになるとね、もう「なんか面倒だから」とかそういう自分の意思でやめられなくなるんですよ。でね、たぶん自分の意思でやめられるものって大したものじゃないんですよ」

司会者「東浩紀って本気でエロゲーとか好きですよね」

kenzee「本気で好きだろう。でも「オレ、エロゲー超好き」だけでは編成通らないのでムリクリ現代思想とかと結び付けてるわけだ。これが批評のいいところだと思うのだが。たとえば宇野さんが心配なのは、あの人は本気で仮面ライダーが好きなのかな? オレは仮面ライダーをこよなく愛する人に仮面ライダーを論じて欲しいのだが。ケータイ小説が大好きな人にケータイ小説を論じて欲しいのだが」

司会者「アナタはホンットにJ-POPが好きですよねえ」

kenzee「ウ~ン、オレこんなに歌謡曲が好きだって自分でも気付かなかったよ。次はイアン・コンドリーの言う「現場」が果たして批評を生成しているか。2ちゃんねるで生成される批評とはどのようなものか。そのヒントは「思想地図Vol.3」収録のシンポジウム「アーキテクチャと思考の場所」にヒントが隠されている気がする。意外なことに磯崎新の建築論のなかにそれがある」

司会者「アレ? 文芸誌は?」

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2009年5月31日 (日)

kenzeeさん、アンタァ……Part.5ぐらい?(佐々木寛太郎さんへの回答)

司会者「えーと前のエントリーで引用させていただいた(「東浩紀のゼロアカ道場伝説の文学フリマ決戦」収録の「Xamoschi」掲載の佐々木寛太郎「日本のヒップホップ「現場」とジャンル論の関係から)佐々木さんから反論がありました」

kenzee「……」

司会者「ところでアナタ、そもそもこの佐々木論文で紹介されてるイアン・コンドリーの「ヒップホップ・ジャパン」読んだんですか?」

kenzee「モチロン、読んでないヨ」

司会者「なーんで、読みもせんとチョッカイだすかねえ、アナタは。円城さんときにもそんなことがあったでしょ?」

kenzee「でもオレ、このコンドリーとかいう外人の記事、昔BLASTで読んだような希ガス。でねえ、いろんなクラブとかフィールドワークしてたみたいで。で、ウサンくさいなあ、と思った記憶があるんだよね」

司会者「でも、ソレ最初のほうの囲み記事でしょ? 一応単著がでてるんだから読めよ!」

kenzee「で、佐々木さんの反論を整理してみよう。

①(「現場」に「批評」はない、というワタシの批判に対し)ヒップホップは他の表現形態と比べて消費者と表現者が反転しやすい環境にある。つまり、受容者が次の日には批評的な表現者になりうる、ということ。

②また、そういった批評を判断するのが「現場」であり、また、判断に必要な教養を供給する場としてクラブやレコ屋といった現場が機能していた。

③そもそも海外文化のヒップホップを日本に輸入し、翻訳するという行為自体にすでに「アメリカのヒップホップ」への批評がある。この時点ですべてのプレイヤーは批評家である。そのようなシーンに対して整理し、マッピングを施すことにどれほどの意味があるのか。

④「批評」を行う者が、「歴史」を踏まえていなければならないというルールはない。文化・ゲームの流れを変えることができれば批評たりうる。

司会者「現場に批評なんかあるカイ、というアナタの乱暴な批判に対し、真摯に回答いただいてると思うんですがねえ」

kenzee「フ~ン(流し目)」

司会者「まさか文章の流れ上、思いつきで書いた批判がこんなマジメにリアクションされると思ってなくてビクビクってトコでしょう? だが佐々木さんはマジだぜ。いつものようにコントで逃げようったってそうはいかないよ!」

kenzee「あのね、コレは佐々木さんのみならず、たとえばゼロアカ参加者にもに言えることなんだけど、みんな視野が狭いんだよ」

司会者「(ハッハ~ン、逆ギレに逃げる系?)」

kenzee「たとえば「最終批評神話」における峰尾俊彦さんのニコマス論とか。で、ニコマスのことはよくわかった。わかむらPさんの作品も見た。でね、ここまで追い込んでいながらなんでヒップホップを始めとするサンプリングミュージックとの類似性について論じないんだろう。ニコマス動画はサンプリングミュージックとよく似た歴史を歩んでいるように思うんだ。著作権侵害という違法性も含めてね。峰尾さんはニコマスに作家性は宿るか、ということを問題にしてるみたいだけどサンプリングミュージックの世界では元の著作権者に許諾を得ることで法律的に作家性をゲットしたりしている。また「WAKAMURA RECYCLE」という表記が示すようにリサイクルという概念がとてもヒップホップ的だよね。ニコマス作家とはつまりリミキサーだと思うんだ。例えば勝手に安室のリミックスの12インチをインディーズでだしてたダブマスターXのような人のキャリアをたどることでニコマスの今後もみえてくるかも知れない。機材やソフトが進化すればニコマスも進化するだろう。ニコマス界のDJプレミアのような人物も現れるかも知れない。ただ、決定的な違いはヒップホップにおいてはいかにありもののリサイクルアートであろうとも「One For The Money,Two For The Show」(まずは金だ)であるのに対し、ニコマスは視聴者からのプロップスが最大のモチベーションになりそうなところだろう。そしてそれは国、時代、人種の違いとしての表れとなる」

司会者「峰尾さんはカンケーないじゃん。佐々木さん問題は?」

kenzee「佐々木さんはヒップホップ文化について述べている。だがオレは「歌謡史におけるヒップホップ」という文脈で論じている。この時点ですれ違いが起こってしまうのはしょうがないんだよね。たとえば③なんだけど戦後歌謡史は輸入文化をいかに翻訳するかの歴史であったといえる。ヒップホップも例外ではない。この点については大滝詠一が「分母分子論」のなかで詳しく述べている。いわく、歌謡曲とは常に洋楽という分母の上に翻訳モノとしての日本的叙情という分子が乗っかったときに初めて成立する。フランク・シナトラという分母ありきでフランク永井は成立している。だが、やがて分母は小さくなってゆく。いわゆる「演歌」が登場したのは60年代に入ってからだけど演歌には洋楽という分母がほとんどない音楽なのだ。これはロックにも当てはまる。はっぴいえんどはバッファロー・スプリングフィールド、バンドといった分母を携え、日本の叙情へと翻訳した(風街ろまん)。CAROLも初期ビートルズという分母を持ちつつ日本のツッパリ文化という分子と接続したのだ。だが、やがてユーミンさんとか甲斐バンドとかツイストとかまでくると洋楽分母が減少していく。たぶん、ヒップホップもさんぴん世代までは海外との参照性、同時代性を意識していた。つまり分母を持っていた。でも、ゼロ年代、ケツメイシやKREVA、リップスライムなどの時代には分母は失われていった。アンダーグラウンドシーンにおいてもMSCや韻踏合組合などのサウンドやリリックに最早、海外との参照性はみられない。確かに、さんぴん世代までは佐々木さんの言うように「アメリカのヒップホップの批評」でありえたかも知れないが、その分母が守られていたのはせいぜい2000年までだ。むしろ、洋楽分母を失って久しい現代のドメスティックなヒップホップを論じるほうが今日的な批評となりえたかも知れない」

司会者「Perfumeってああ見えて海外との同時代性皆無ってとこが逆にコワイんですよね。あれほど特徴的なサウンドなのに「~の日本版」みたいに名指しできる海外のグループがいない」

kenzee「④の問題だけど、パフ・ダディがいみじくも言ってたのは「歴史をつくる者にだけルールを破ることが許される」と。現代の読者とコミュニケーションがとれれば歴史なんか知らなくても批評になるんだよ。今回の群像新人賞評論優秀作・伊東祐吏「批評論事始」はあざといまでにこの問題について思考した佳作だ。なにしろこんな人を食ったイントロで始まるのだ。

一、私が批評をしてみようと思ったわけ。

 論壇の人々のすなる批評というものを、私もしてみむとてするなり。しかし私は批評が何かを知らない。それどころか、有名な批評家たちが書いたものをほとんど読んだことがない。そんな私に批評ができるのか? むろん、できるのである。(伊東祐吏「批評論事始」群像6月号)

そしてこんな加藤典洋の文章を引用して「批評ってなに?」という佐々木さんや藤田さんが問題設定しているテーマについて答えてみせる。

批評が何か、そんなことは知らない。しかしお前にとっては、批評とは、本を一冊も読んでいなくても百冊読んだ相手とサシの勝負ができる、そういうゲームだ。(加藤典洋「僕が批評家になったわけ」)

そして伊東氏は知識ではなく、自身の感覚でもって、批評の古典中の古典、小林秀雄の「本居宣長」を読み解いていくのだ。2009年に「本居宣長」を読むためには確かにこんなアクロバティックな方法が有効だろう。「批評論事始」はストリート批評のひとつの成功例かもしれない」

司会者「しかし、まさか絲山秋子にあざといとか言われるとはね! アナタの「沖で待つ」も相当ですよ!」

kenzee「②の問題だけど。現場(クラブ・レコ屋)の人的ネットワークによって教養・価値観が養われるという機能を果たしていたというトコね。オレも必死でムロのミックステープとか買い漁ってたクチだから人のこと言えたアレではないんだが。ムロっていっつも「ホコリの被ったファンク」みたいなこと言うけど実際には中身は80年代のブラコンが多かった。キラキラした曲ばっか入ってたワ。ホンマ百円ぐらいで転がってそうな曲ばっかり入ってるんだけどムロが繋ぐと輝きだすんだな、コレが。確かにメディアとしての役割は果たしてたかもなあ。でも批評を生成するだけの力、場として機能してたかはナゾだなあ。オレが藤田さんの言う「2ちゃんねるの批評の生成力」という論にどうしても馴染めないのは、批評というものが…まあ表現一般にいえることなのだが、文学、批評、音楽。それらは個人的なイデアから出発するものだ、という定義があるからなんだよなあ、オレのなかで。だから音楽でも集団的なセッションでワーッといくタイプの……Pファンクとか韓国のサムルノリとかアフリカンドラムとかダメなんだよ。要は「計画性のない表現」がダメなんだと思う。ヒップホップでもフリースタイル合戦とかダメなの。ちゃんと家でリリック書いてきて、リハーサルしてっていう音楽じゃないと楽しめない。だから同様にジャズもダメなの」

司会者「エ! それ趣味の話じゃん!」

kenzee「で、ウチの文脈ってのが「歌謡史におけるヒップホップ」なので残念ながらグラフィティ、ブレイクダンスについてはバッサリ切らざるを得なかった。オレが佐々木さんの論文で違和感を持ったのは……佐々木さん自身気付いてると思うけど、コンドリーの本に引っ張られちゃったのかもしれないけど現代のヒップホップ論とするにはチト古い感じがする。冒頭で、今の日本のヒップホップを取り巻く環境についてかなり正確に把握してるのに本論に入ると10年ぐらい昔の感覚になる。今の問題は「現場」が横に繋がらなくなった、「現場」という全体性がなくなったってことだと思う。

ライムスター宇多丸「95年だったら「とりあえず現場行けよ」で済んだんだよ。でも今は現場っつっても東京にもいろんなクルーがいて、みんなそれぞれで盛り上がってるし。そんな状況で「現場行け」って言うことにどんだけ意味あるかっていう…(映画「DEAD NOISE」2008年)

最大の違和感はね、「今、現場なんてあんのか?」っていうことかな。クラブは潰れる、レコ屋も潰れる。レコ屋のサイトは試聴し放題で便利だけどそれは「現場」なのか? ヘイ、批評の現場ってドコにあるんだい?」

司会者「それは佐々木さんに聞いてもしょうがないですよ」

kenzee「でも佐々木さんの評論は本当に興味深く読ませていただきましたよ。コレでSerato Scratchって言葉初めて知りました」

司会者「そんなトコで感謝かよ!」

kenzee「批評ってなんだろうなあ。最近読んでガツーンとヤラレたのは大澤信亮さんの「柄谷行人論」なんだけど、あの人は全部自分の問題として引き受けていくんだよね。「ネタ的に、今コレがオイシイ!」とか戦略みたいなのがあの人にはなんもナシ。いかに柄谷と訣別していったかというドキュメントなのよ。実はオレ、柄谷行人って「日本近代文学の起源」一冊しか読んでないんだけど」

司会者「オイ!」

kenzee「でもこれは柄谷がどうとかじゃなくて大澤さんの心のドキュメントなんだな。批評ってなに?ってことだと当事者性ってポイントはこれからは必要かもしれない。ゼロアカ同人誌見てても自分語りする人が全然いないんでビックリだったよ。もっと自分探しして自分語りすればいいのに。批評って対象にかこつけた自分トークだもん。「ニコマスの現在」よりニコマスに夢中な峰尾さんの内面、のほうがじつはエンターテイメントだっていう。批評ってそういう恥ずかしいものだとボクは思うんですよ」

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2009年5月24日 (日)

レイプ・ファンタジーでもEE JUMP!(自分探しとJ-POP Part.10)

kenzee「で、前回の続きなんですけどね。98年問題と渋谷系の問題。童貞→ヤリチンとPerfumeの問題」

司会者「(もうイイカゲン終わろうゼ~。もう半年もJ-POP論引っ張ってるし)」

kenzee「最近、興味深いDVDを観ました。m-floのVERBAL監督作品「DEAD NOISE」2008年作品。「ノイズは死んだのか」と題されたこの作品、ノイズとは90年代の後半に盛り上がりを見せたあの日本のヒップホップのことだ。こんなイントロで始まる。

 日本のヒップホップは90年代、ピークを迎えた。(中略)しかし日本のヒップホップは突如、衰退を始めた。CDセールスの落ち込み。ヒップホップ音楽専門誌の廃刊。アーティストのメジャー契約解消。日本のヒップホップに何が起こったのだろうか。

こんな問題提起で実際のシーンの当事者たちに監督自らがインタビューを試みる。そのメンツがスゴイ。ZEEBRA、ライムスター宇多丸、MUMMY-D、DJ JIN、スチャダラパーBOSE、NIGO、DABO、KREVA、MURO、ILMARI、DJ KAORI、CRAZY-A、高木完などそのまま日本のヒップホップ史だ。そして現在の衰退した状況についてズバズバ聞き出すのだ。で、「ヒップホップの現状はヤバイ」という問題意識はみんな同様に抱えてるのだが、分析は人それぞれ違うところが面白い。たとえばZEEBRAは「メディアの問題」だという。アメリカでは新譜のプロモーションはFMラジオを通じて行われるが日本の場合はMTVやスペースシャワーTVといったテレビメディアとなる。するとPVを作れないアーティストは新曲を届けるとこもできないのか。(ZEEBRA)日本は驚くほど政治的でラジオで曲ひとつかけるにも会議で決まる。(DJ KAORI)宇多丸氏はジャーナリズムの不在を指摘する。「批評の場がネットに移ったというが、実際には批評として機能していない(宇多丸)」また、DABOはネットの功罪について述べる。「ネットの普及でタダで音楽が手に入るようになった。たとえばYou Tubeあたりでテキトーに10曲くらいチェキればもう今のシーンがわかった気になってしまう」。ZEEBRAはシーン内部の問題についても指摘する。「現場のDJたちがクラブで日本のヒップホップをプレイしない。一晩で2曲かかればいいほう。それじゃアウトプットはテレビしかなくなる」KREVAは言う。「日本のヤツはリリックとか言葉とか言う以前にサウンドがショボイ。ノリじゃなくて鳴り」と、メディア、シーン内部、ネットの普及など様々な問題点を指摘するのだ。あと、サクラップにもインタビューしてたら完璧だったんだけどねえ、VERBAL。個人的にはやっぱり宇多丸の「BLASTのようなオピニオン誌を失ったことによるジャーナリズムの不在がジャンルとしての全体性を空洞化させてしまった」という指摘が一番グッときたな。ヘッポコブロガーのオレが言うのもアレだけど「ブログ論壇」なんかないよ。どこまでいってもブログだの掲示板だのはアテにならないと思う。「紙」は違うよ。「紙」あってのオルタナティブなの。文芸誌が「権威」である内はウチもワケのワカランもんとして機能するんだよ。「ゼロアカ道場伝説のフリマ決戦」収録の「Xamoschi」に掲載された佐々木寛太郎「日本のヒップホップ現場とジャンル論の関係から」によると90年代、クラブやレコ屋といった「現場」においては良い表現と悪い表現が選別されていて、「批評」の場として機能していたという。つまり、クラブでのヘッズたちの雑談などが批評であったと」

司会者「文化人類学者イアン・コンドリーの「ヒップホップ・ジャパン」を参考に論じていますね。でも、彼らって(現場に集う若者たち)ほとんどが「ドラゴンアッシュクソだろ」とか「ジブラもセルアウトになったな」とか言い合うだけだったと思いますけど」

kenzee「ウーン。佐々木さんの議論は悪いけど楽観的にすぎると思う。批評と雑談は違う。いいたかないが夜な夜なクラブに集まる若者ほどプロパガンダの影響をマトモに受ける層もないよ。ボクはやっぱりFMラジオ(ナイトフライトなどのヒップホップ番組)などの電波やBLASTを始めとする「紙」だったと思うな。そういったジャーナリズムを失ったとたんに求心力を失った。と考えるのが自然だろう。でね、R&Bとヒップホップは98年前後、ほぼ同時に盛り上がりを見せた。入れ替わるようにコムロと渋谷系は失速した。まあ、ポップミュージックは流行り廃りのモンだからしょうがない。でも、ヒップホップは上記のような凋落を検証するような書物や映画がつくられるのに、渋谷系は落ちたら落ちたままだった。この違いはどういうわけか。おそらく渋谷系はデータベース理論によって成立していたので「渋谷系」というデータベースが失効したところで屁でもなかったのだろう。落ちたら落ちたで新しいネタを探せばそれでよかったのだ。だが、ヒップホップは違った。彼らにとってヒップホップはデータベースではなく、「物語」なので失効してしまえば彼らの存在そのものが問われ、アイデンティティの危機となる。それはヒップホップというジャンルが根源的に内包している要素ではなくて、たとえばヒップホップ第一世代、近田春夫やいとうせいこうなどはヒップホップを当初からネタとして捉えていたので、流行らないとわかるとサッサと別のネタへと移動していった。渋谷系の態度は彼らに近い。だが、さんぴん世代と言われる人々はヒップホップという「物語」を生きていたので、まあ上記の映画のように真剣に悩まざるをえなくなるのだ」

司会者「アレ? 東浩紀のアレでは近代化が進行するにつれて人々は「物語」から「データベース」に読み方を移行するんじゃなかったでした? ナゼ、データベース理論の渋谷系から物語のR&B、ヒップホップへ逆に進行したのでしょう?」

kenzee「95年問題に対応しようとする動きが顕在化したのが多分、98年だ。この時代、まだネットはロクに普及してなかったし、ケータイはi-modeサービスがやっと始まった程度だ。つまり、ギリギリ「物語」が全体性を確保することが可能だった。その場その場で消費してオワリの「動物化」データベース消費がリアリティを失った。価値の比重が「物語」へ移行していった。必然的に渋谷系は凋落せざるをえなかった。つまり、渋谷系失速→ヒップホップ、R&Bの台頭とは「データベース消費」→「物語の復権」への移行である。そしてこの変化を宇野常寛なら「決断主義」と呼んだだろう」

司会者「決断主義」って言葉がうまくないですよね。たぶん、「物語の再帰的選択」とでも言い換えたほうが適切。でも、コムロはデータベース消費じゃないですよね。コムロ世界は速水さんも指摘するように徹底して「ベタ」だったじゃないですか。なんでコムロまで一緒に凋落しなきゃならんのですか」

kenzee「まず、ヒップホップのストーリーを確認しよう。

 常に奮戦、ヒップホップ文明とともに生き、ともに死ぬのが運命(ZEEBRA「Original Rhyme Animal」)

今年はヒップホップが旬、とかじゃなくて人生ヒップホップなのですよ。R&B歌手もそうだろう。ブラックネスとともに生きともに死ぬのが運命に違いない。ところがコムロのストーリーとは生き方の問題じゃなかったんだな。

 なにからなにまであなたがすべて私をどうにか輝かせるため 苦しんだり悩んだりしてがんばってる いつからかどこからか Hate tell a Lie 輝きたくて(華原朋美「Hate tell a Lie」

コムロのストーリーとは「無力で無名な田舎者のお嬢ちゃんをこのボクちゃんの力で輝かせてあげよう」というものだ。

(レイプ・ファンタジーとは)弱めの肉食恐竜たちのマチズモ=「自分より弱い女の子への所有欲」を、彼らの肥大したプライドを傷つけないように満たすため極めて周到な構造が提供されているのだ。(宇野常寛「ゼロ年代の想像力」早川書房)

司会者「……弱めの肉食恐竜、まさにコムロ! 「自分より弱い女の子」…トモちゃん! いろんな意味で! 極めて周到な構造! コムロ帝国! そうかコムロ世界が美少女ゲームさながらのレイプ・ファンタジーだったとは! 意外と誰も気がつきませんでしたね」

kenzee「オレは宇野さんみたいに「レイプ・ファンタジー」そのものを糾弾する気はない。大体、サブカルチャーってエゴイズムと欲望のコミュニケーションだし。歌謡曲ってもともと反社会的、反倫理的な要素を含むものだからそこで常識人ぶってもしょうがないと思うんだよ。しかも、97年まではホントに「無名の少女が一躍スターダム」というストーリーが支持されてたわけだから。以前、コムロソングとは「少女が(コムロと)出会うことによってアイデンティティを獲得する」「(コムロが)生きる意味と承認を与える」という二つのプロットで成立していると説明した。つまり、「モノ」はあっても「物語」がない90年代、自前で「承認」や「物語」をゲットするのは大変なコストがかかるのでコムロ先生に代わりの調達してもらおう、そのかわり、コムのレイプ・ファンタジー欲求はワタシが埋め合わせてあげるわ~ん」というコムと少女のギブアンドテイクの構造で成り立っている。それがナゼ、98年にR&B歌手たちに取って代わらねばならなかったか。ふたたび「ゼロ年代~」から引用しよう。

 国家も歴史も社会も(物語や承認を)与えてはくれない。だがこれは不幸な世の中を意味するだろうか。私はそうは思わない。確かに世界は冷たくなったかもしれないが、そのかわり「自由」になっている。佐藤青年(滝本竜彦「NHKへようこそ!」の主人公)のような「与えられたロマンをまっとうする」古いタイプの人間には生きづらい世の中かもしれないが、逆に「自分で立ち上げる」新しいタイプの人間には非常に生きやすい世の中である。そういう意味では、世界は変化しているだけで、トータルでは良くも悪くもなっていないと考えることができるのだ。(第14章「青春」はどこに存在するか)

そして、人々は宮藤官九郎ドラマのようにローカルな共同体のなかから自前で物語を調達するようになった、というのが宇野さんの話なんだけどヒップホップがなぜローカリティーにこだわるのかという問いへの答えにもなっている。要は、95年から3年が経って、「コムロに物語と承認を調達してもらうのはやめよう、多少、リスクやコストがかかってもそれは自前で調達しよう」という前向きな決断主義とR&B、ヒップホップの思想が合ってたんだね。そうしてコムロは凋落し、R&B、ヒップホップが台頭したのです」

司会者「この「ローカルな共同体から物語を立ち上げる、という方法論を一貫して続けている柴崎友香さんがデビューしたのは99年です」

kenzee「だが、そんなR&B、ヒップホップ的「前向きな決断主義」な価値観もゼロ年代初頭にはアッサリと無効になる。これは価値観ウンヌン以前に下部構造に大きな変化が訪れたのだ。早い話がCDが売れなくなった。

 98年は日本の音楽産業にとって記念碑的な年だった。オーディオレコード生産金額が未到の最高記録、6074億9400万円に達したからである。(中略)ところが、その成功も長くは続かなかった。この98年をピークに、オーディオレコード生産金額はまるで突然死したように急激に減り始めたのである。6年連続で減少は止まらず、2004年にはとうとう3773億690万円にまで落ち込んでしまった。率で言えばマイナス約38%、なんとレコード市場の三分の一以上が吹き飛んでしまった計算になる。(烏賀陽弘道「Jポップとはなにか」岩波書店)

 2008年の時点だとすでに半分が吹き飛んでます。そしてネットの普及とi-Podの普及。J-POPから全体性が失われ、音楽の価値は相対化された。R&B、ヒップホップのアーティストたちの多くが契約切りに遭い、むやみやたらとベストアルバムばかりが乱発されたゼロ年代。人々は音楽に物語を求めなくなったのか」

司会者「DABOの「You Tube観て、音楽聴いた気になるな」という発言は結構胸に突き刺さります」

kenzee「実際オレがそうだからなあ。You Tubeの最大の功罪は、音楽をふたたび、PV文化に戻してしまったことかな。ZEEBRAも言うようにPV作れないアーティスト、またはPVのない名曲もいっぱいあるわけですよ。You Tubeってあるようでないからなあ。あと、宇多丸の言うジャーナリズム不在の問題。もう音楽雑誌全部bounceかよっていう状況ですからねえ」

司会者「次は、そんなゼロ年代後半にナゼPerfumeが浮上したのか。もう大詰めってコトでね」

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2009年5月18日 (月)

童貞ミュージックとヤリチンミュージック(J-POPと自分探しPart.9)

司会者「速水さんから大変に愛のこもったトラックバックをいただきました」

kenzee「イヤー嬉しいですね。ていうか速水さんて「オレはミスターファスト風土」とか言うワリに都会モンだよね」

司会者「瀧見憲司とか神田朋樹のラブ・パレードにフツーに通っていたとは!」

kenzee「スチャダラのLBまつりの打ち上げなども目撃していたのだろう! イエローにおけるU.F.OのJazzin'、DJ BARインクスティックにおける小林径、荏開津広、田島貴男のミリオン・シークレッツ・オブ・ジャズ、橋本徹ののサバービア・パーティーなどにも通っていたに違いない。そしてオレはどれも実際に見たことない」

司会者「プッ。kenzeeって所詮田舎者だからなあ。奈良生まれ渋谷系育ちヒョロそうなヤツは大体友達だからなあ」

kenzee「で、そんな全身小説家ならぬ全身渋谷系の速水さんが「渋谷系はニューヨークの動きとのリンクだ」と。コレ、結構珍しい渋谷系論ですよ。だって基本、一般的には渋谷系はロンドンのレアグルーヴムーブメントとの連動ってことになってますから。確かにデ・ラ・ソウルの存在なくしてスチャダラはありえないですし。例えばピチカートン小西さんはデ・ラ・ソウルこのように激賞していたのさ。

 かなりアートなことをやっても、たとえばクリスチャン・マークレイなんかと違って印象がポップでユーモラスなデ・ラ・ソウルにいちばん近いのはゴダールかもしれない。(小西康陽「これは恋ではない」幻冬舎)

アーティストの側は当然当時のニューヨークのシーンを意識していただろう。ただ、受容する側(渋谷系女子)が圧倒的に支持したのはほとんどブラックミュージックのイディオムを使用しなかったフリッパーズだった。結局渋谷系史はフリッパーズ史観で形成されてしまったためにウィキのような語られ方をされてしまうのだ。もし、これがスチャダラ史観に基づいていれば速水さん的な渋谷系論が形成されていただろう。むしろ教授が「商業的なポップ」を狙って、コムロではなく渋谷系のイディオムを導入して作った「Sweet Revenge」(94年)が商業的には失敗したことがニューヨークと日本の渋谷系との温度差を物語っているのではないか」

司会者「で、ポップミュージックには「童貞ミュージック」と「ヤリチンミュージック」しかない、という論ですが具体的にどういうことなんでしょう?(くだらないオチになりそうだなア、オイ)」

kenzee「音楽には二種類しかない。童貞とヤリチンだ。そしてこれは送り手がどうかという問題ではなくてどう受容されたか、つまり受容理論なのだ。わかりやすい分類の仕方として「ヤンキーの痛車のウーファーでの爆音プレイに耐えられるか」というジャッジの方法がある。TMネットワークはそのプレイに耐えられないがtrfはOKだ。林原めぐみはムリだが浜崎あゆみは当然OK。他のジャッジの方法として夏の湘南や須磨海岸で流すことが可能か、またはゲレンデでのプレイに対応できるか、という判定の仕方がある」

司会者「ははあ。チューブはOKだけどキリンジはムリってことですね」

kenzee「そう。長渕は童貞ミュージックだが矢沢はヤリチンミュージックだ。ヒップホップもそう。服装やスタイルがヤリチン的だからといって音楽までそのままヤリチンとは限らない。例えばブルーハーブは童貞ミュージックだがZEEBRAはヤリチンミュージックなのだ。繰り返し言うが「童貞ミュージック」の演奏者が童貞というワケではない。あくまで受容する側、聴き手の心の童貞な部分を直撃するか否かにかかっている。ナゴムは童貞ミュージックだがBOOWYはヤリチンミュージックだ。ゆずやコブクロは童貞ミュージックでEXILEは当然ヤリチンミュージックだ。そしてこれは今に始まったことではなくて歴史的に分類が可能なのだ。たとえばはっぴいえんどは童貞ミュージックだがCAROLはヤリチンミュージックだ」

司会者「あ、完全にわかりましたワ。モンゴル800は童貞ミュージックでオレンジレンジはヤリチンミュージックってことですね! AKB48は童貞でモーニング娘。はヤリチンだと!」

kenzee「そうさ。だが、音楽の世界にはときどきどうしようもない「天才」がいて、両方を完璧に兼ね備えた世界を描いてしまう者がいる。たとえばブルーハーツなどは見事にヤリチンでありつつ童貞だ。尾崎豊もそうだ。あれほどヤンキーの心を捉えながら童貞ミュージックたりえている。岡村靖幸など眩暈がするほど見事に両方の要素を兼ね備えている。最近、オレが思うのは「人を感動させる」「人の心をえぐる」というのはつまり、この童貞がヤリチンを、あるいはヤリチンが童貞を越境する瞬間に爆発するなにかなのではないかということだ。速水さんの議論ではよく「オタク」と「ヤンキー」に分解し、民俗学的な分類を図ろうとする試みが見られる。「ケータイ小説的」における「再ヤンキー化」なども要はそういう議論だ。だが、人間とはオタクとヤンキーを同時に内包しているものなのだ。考えてみよう。ヤンキー文化は常にオタク的な線の細さを要求される要素を内包している。暴走族のバイクのカスタマイズやチューンアップなど相当オタクな知識や技術が要求されるだろう。ヒップホップ文化においても一流とされるDJの音楽の知識は凄まじいものがある。また、オタクも部屋に閉じこもってばかりいるかといえばそうでもない。コスプレイヤーなどは竹の子族にも似た開き直りがなければ奇抜な衣装で(手作り)人前にでる、ということはできない。おそらくこの両者(童貞とヤリチン)が微妙なバランスで共存するとき、人は「感動」するのだろう。たとえば東浩紀という人物がナゼあれほど若者を惹きつけるのか。彼の書く文章はそれほど優れているのか。それもあるだろう。だが、ザクティ動画などでもわかるように東さんはドがつくほどのオタクなのに同時にヤンキー性も兼ね備えているのだ。そのバランスが魅力なのだろう」

司会者「で、90年代のJ-POPとは渋谷系の童貞ミュージックとコムロのヤリチンミュージックがせめぎあっていた、ということですか?」

kenzee「速水さんのユリイカの原稿では「ネタ」の坂本龍一(GEISHA GIRLS)が「ベタ」のHジャングルに敗れたとあるが、「WOW WAR TONIGHT」は「ベタ」とかいう以前に極めてヤリチン性の高い音楽なのだ。GEISHA GIRLSのアルバムは「Grandma is Still Alive」「Kick And Loud」などはテイトーワのヒップホップトラックなのだが半分はダウンタウンのコントで占められている。ネイティブタン一派のアルバムによくありがちなスキットの役割を果たしている。だがこうしたコンセプチュアルな発想自体が童貞的なのだ。社会不安が増大すると人の心の中にあるヤリチン性が増加するのでこの時代にコムロが勝利を収めたのは当然だ。Hジャングルのセカンドシングル「Going Going Home」は南国の海岸でつかの間のオフを楽しむ、というヤリチンミュージック以外の何ものでもない設定だ。ベースが上昇するコード進行、レゲエのリズム、そして誰の影響も受けてない浜田のナチュラルな歌唱、この曲は名曲ですよ!」

司会者「(グワ~kenzeeイタイわ。やっぱオヤジなんだよなあ。今の若い子Hジャングル自体知らんし)」

kenzee「コムロっていい曲書くよね」

司会者「アンタア…ホンットに90年代の人なんだね」

kenzee「でも人は無意識の内に「童貞」と「ヤリチン」を分類して生きているものなのだよ。例えば木村紅美さんの「花束」という小説がある。この小説は大学受験予備校の女子寮が舞台で設定がすでに童貞的なのだ。(けっして「処女的」などといったキレーなものではない)主人公の一人、あおいは東北の田舎町から希望を抱いて上京し、この女子寮に入る。その理由は実家の民宿にフラリと現れた杉浦さん(東京の大学生で青山のクラブのDJ)への憧れからだった。モチロン、のちに杉浦さんはカスみたいな男だと判明するのだが。だが、田舎者の予備校生あおいは杉浦さんのミックステープを擦り切れるまで大事に聴くのだ。

「The Sugiura Selection」と題されたカセットテープが同封されていた。その名の通り、杉浦さんの愛好する英語のロックやポップスばかりが編集されたそのテープは届いた日からずっと私のウォークマンに入っている。もちろん、東京にも忘れずに持ってきた。(木村紅美「花束」朝日新聞出版)

で、その中身はロバート・ワイアットとかパティ・スミスなのだ。ね、スゴイでしょ? 童貞的な小説世界の小道具としてちゃんと童貞ミュージックを配している。これがマドンナとかマイケルジャクソンみたいなヤリチンミュージックだと小説世界自体が崩壊してしまう」

司会者「木村先生はわかってるなあ」

kenzee「そして我々は純然たる童貞、純然たるヤリチンには心は動かされないんだ。童貞がヤリチン性を獲得する、そのダイナミズムが人を感動させるのだ。たとえばコムロはTMネットワークという完璧な童貞ミュージックから出発し、コムロ帝国というヤリチン世界を実現した。我々はその音楽のみならず、その「童貞」が「ヤリチン」へと越境しようとするダイナミズムに感動していたのだ。あるいはそれは江藤淳なら「成熟」と呼ぶかもしれない」

司会者「エートもう時間なんで、次回は「ナゼ渋谷系を抜かすと98年問題が語れなくなるのか」という問題。そしてPerfumeは「童貞」が「ヤリチン」を獲得したのか、あるいは「ヤリチン」が「童貞」を獲得したのか? そしてそんな逆パターンはありえるのか、という問題まで着地して、J-POP論終了ってことでお願いしますよ!」

kenzee「そう、オレ最近文芸誌とかも読んでるんだよ」

司会者「とか!」

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2009年5月17日 (日)

コムロと渋谷系とわたし(自分探しとJ-POPPart.8)

kenzee「速水さん相変わらずクダラナイこと言ってるなあ

司会者「ディスコ葬は当然サタデーナイト・フィーバーの曲とかじゃなくてユーロとかかけるんでしょ?」

kenzee「オレはさしずめ渋谷系葬かな」

司会者「プッ。カフェとかでやるワケ? フリッパーズとかカジヒデキとかかけんの?」

kenzee教授「スチャダラまではセーフなのか?」

司会者「脱線3とかは違うんでしょうね」

kenzee「こう、セルジュ・ゲンスブールとかボリス・ヴィアンとか流れてるような」

司会者「リアルにありそうですよソレ」

kenzee教授「暴力温泉芸者はフツーにアリなんだろ?」

司会者「イヤな葬儀だなあ」

kenzee教授「みんなベレー帽とかボーダーシャツとか着てくるのかなあ」

kenzee「オレ、10年ぐらい昔カラオケとか行くとねえ、♪オレは奈良生まれ渋谷系育ち、ショボそうなヤツは大体友達、ヒョロそうなヤツと大体同じ、とか歌ってたよ」

司会者「ネロリーズ奈良のCD屋でバイトしてたんでしょ?」

kenzee「ああ、90年代初頭よ! そういやなんで速水さん渋谷系の話しないんだろ? 速水さんの歌謡史って「ザ・ベストテン」的な80年代から急にコムロ帝国の90年代に移行しちゃうんだよなあ。確かにそれは間違ってないんだが、それでいくと98年問題を語るのが難しくなる。速水さんの捉えかたはこうだ。

 さて、作者や演奏者の特権が消滅した「工学的」作曲メソッドで90年代中盤の音楽市場を制した小室哲哉だが、1998年頃を境に凋落の一途を辿る。その原因は、宇多田ヒカルやMisiaといった「本物志向」のR&B色の強い歌手たちの登場によるものだったと考えられる。つまり、人々はあまりに「工学的」になったポップミュージックに背を向けたのだ。しかし、それは一時的な揺り戻しにすぎない。「本物志向」の歌手が飽和したあとにでてきたのがPerfumeのような「工学的」なアイドルであり、さらにはアイマスMADや初音ミクというインターネット登場後の「作者や演奏者の特権が消滅した」世界を象徴する記号たちであった。(速水健朗「90年代の坂本龍一またはGEISHA GIRLSは如何に戦いそして敗れたのか」ユリイカ4月号)

 だが、90年代をコムロがひとりで牽引していたワケではない。コムロが本格的にプロデュース業を始めたのは1993年、篠原涼子やtrfのヒットを契機に本格化する。そんなメインストリームの動きに対して、J-POPのオルタナティブの動きも活発化していた。要は「渋谷系」の登場だ。93年7月に元フリッパーズギターの小沢健二が「天気読み」でソロデビューを果たす。9月には同じく元フリッパーズの小山田圭吾がコーネリアスとしてデビューする。この年の3月、ピチカートファイヴがスマッシュヒット「Sweet Soul Revue」含むアルバム「Bossanova2001」を発表する。6月にはオリジナル・ラヴ、サードアルバム「EYES」がオリコン一位になる。モチロンオリジナルラヴを除いてセールス的には彼らはコムロ帝国には比べるべくもない。だが、コムロが地方のファスト風土カラオケ需要に戦略的なマーケティングを行ったのに対し、彼らは都市のクラブ文化を背景に自然発生的に需要を喚起してきた、という経緯がある。モチロン、単に自然発生、というワケではなく再開発前の下北カルチャーとかセゾン文化とか、バンドバブル直後でまだレコード会社に内部留保があったとかいろんな要素が絡んでのアレだが、オルタナティブ勢力として機能し始めていた。速水さんはコムロとは作家としてニコマスPとかに近い、と新しい視点で論じている。

 カラオケボックスの普及、音楽製作環境のコンピュータ化という90年代前半の音楽のシーンが、特権的な作者を消滅させるような作用をもたらした。そうした90年代だったからこそ、自ら「僕は音楽をマーケティング的に作っている」と標榜する匿名的な作家として活動した小室哲哉を全面に押し出したのだ。(前掲書)

kenzee「コムロなら①匿名的なサウンド②戦略的なマーケティング、で定義できるだろう。では渋谷系は? それでは「音楽誌が書かないJ-POP批評25フリッパーズギターと渋谷系の時代」から社会学者南田勝也さんの原稿から引用してみよう。

 さらにいうと、音楽ジャンルとしての渋谷系には、もっとはっきりとした輪郭が与えられていたはずだ。その特徴とされてたものを便宜的に整理すると、おおよそ次のようになる。前記した(流行の最先端地区の都会的センス)渋谷発の流行現象を①として、②音楽的素養の深さと音の断片への偏執狂的こだわり、③フライヤーやジャケットのアートワークに凝る姿勢、④ポップなメロディーとキャッチーなフレーズ、⑤過去の作品や同時代の洋楽から引用したサウンド、⑥価値の重さや意味の深さへのシニカルな態度、などである。これらの特徴があいまって「音楽の膨大な情報をデータベースとして処理し、ゲームを楽しむ感覚で楽曲を次々と生み出していく」渋谷系のアーティスト像は造形されていった。(南田勝也「渋谷系とは何だったのか」)

司会者「ハッ! もしやコレって……」

kenzee「そう、例の動物化するナントカだ。ビートルズを神として崇めるのではなく、「ビートルズ」という記号をデータベースとして組み込む。あらゆる価値観をベタに信じるのではなくネタとして捉え、常にオイシイ立ち位置を求めて情報の海を泳ぎ続ける。これが渋谷系」

司会者「なんでそんなに得意気なんですか」

kenzee「ま、東さん得意の「ジャンルの越境」「全体性」をサラっと補完してやったゼ、ぐらいの?」

司会者「(ていうか必死ジャン)」

kenzee「速水さんがユリイカの原稿で「WOW WAR TONIGHT」を引用している。この部分だ。

 温泉でも行こうなんていつも話してる 落ち着いたら仲間で行こうなんて でも 全然暇にならずに時代が追いかけてくる(WOW WAR TONIGHT)

この部分はコムロのベタさを象徴している。だが、「自分探しがとまらない」の著者、速水さんはナゼ、次の箇所を引用しなかったのか。

 自分で動きださなきゃ なにも起こらない夜に なにかを叫んで 自分を壊せ(WOW WAR TONIGHT)

こんなメッセージを含んだ唄が200万枚を越えるセールスを記録したという事実にもうちょっと触れてもいいだろう。こんな陳腐なフレーズがホントにメッセージとして機能していたのだ。だが、上記のようなメッセージ性はコムロ特有ものではなくて当時のJ-POP全般の空気としてあったものだ。オウムと地震の95年に発表された楽曲という点も見逃せないだろう。だからこそオルタナティブとしての渋谷系のシニカルさもそれなりの意味を帯びる。1991年、フリッパーズギターラストアルバム「ヘッド博士の世界塔」発売時のロッキンオンジャパン誌上でのインタビューで、インタビュアーで当時の編集長でもあった山崎洋一郎氏は二人にこう感想を述べている。

山崎「例えば僕がこの曲で感じたのは…まあアルバム全体からでもあるんだけども…要するにロックとかいったっていつまでもブルース的姿勢の延長線上で「人生はツライけどでも俺はこれを見つけたぜ」的なものが色々と相変わらず並んでいるだけじゃない? そういう姿勢とは全く離れたところに立ってみようよ、という解放に向けてのすごく誠実なメッセージだったんだけども」

小山田「最終的にポジティブなものがないと、それはダメですよ」

小沢「そう、その辺で僕らはすごく誤解されている。最終的にそういう救いのあるものは必要なのよ。でもそれをただやればいいっていうんじゃなくて、それには手続きをちゃんとやんなくちゃいけないんですよ」(ロッキンオンジャパン1991年7月号)

もはや神も物語もない社会において相対的に価値を並べる、そんな手続きを経て、「意味」へとたどり着く。ロキノン2万字インタビュー(94年4月号)によれば小沢さんは浅田チルドレンだったようだ。これほどシニカルだった小沢さんが「オザケン」となりポップス歌手となるのに2年とかからなかった。小沢さんは「成熟」したのだと思ったよ。小沢さんの歌詞は89年のフリッパーズのデビューアルバムから一貫して「成長」することがテーマだ。いかに青春と、イノセントと訣別するか。現在、父である小澤俊夫責任編集「子どもと昔話」連載中の小説「うさぎ!」は高度に近代化が達成された現代社会を啓発する内容だ。なにしろデビュー作で「RED FLAG」をカヴァーしていた小沢さんだ。一貫した姿勢だといえるだろう」

司会者「問題は速水さんは98年ごろにR&B歌手の登場でコムロ人気が凋落したと言ってるが、渋谷系も一緒に落ちた、ってことでしょ?」

kenzee「ウン、コムロと渋谷系はサウンドは全然違うけど方法論としては同じなのだね。速水さんは作者や演奏者の特権性が消滅した時代にコムロが浮上したのは必然だと論じた。渋谷系も膨大な音楽の歴史をデータベースとして捉え、好む物語を生成していった。例えば、コーネリアスデビューアルバム「First Question Award」は70年代のソウルミュージックや90年代イギリスのアシッドジャズなどの引用が見られた。では、作者の小山田氏がブラックミュージック信者なのかといえばそうではない。現在のコーネリアスの音楽から黒人音楽の影響を見るのは難しい。彼にとってブラックミュージックはデータベースなのだった」

司会者「渋谷系もまた「動物化」してたんですね。でもなんでコムロと渋谷系、メインストリームとオルタナティブの関係にあったわけですけど。90年代。なんで98年ごろ一緒に落ちていったんでしょう? そして宇多田やMisiaと入れ替わったんでしょう? R&Bだってサンプリングミュージックという点でサウンド面では渋谷系と変わんないじゃないですか。ある程度音楽的教養が要求される点でも」

kenzee「それはね、時代がどうとか環境がどうとかいう問題じゃなくてもっとポップミュージックの根源的な問題なんだ。速水さんの論はそこをスッポリと抜かしてしまっている。つまり、音楽には二種類しかないということさ」

司会者「ははあ。ダンスチューンとバラードってことですか?」

kenzee「違うね。そんな表面的なことではない。つまり、ポップミュージックには「童貞ミュージック」と「ヤリチンミュージック」の二つしかないってことさ! 常にこの二つが入れ替わりながら音楽は前進し、進化しているのだ」

司会者「ハッ! (速水さんの呆れる顔が目に浮かぶようだ!)」(次回につづく)

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2009年4月16日 (木)

総論って大体ツマンナイものです(J-POPと自分探しPart.7)

司会者「で、J-POP論、どう落とし前つけるんですか? 話の途中で放りだして」

kenzee「イヤ~わたしもどうにか今の仕事を続けることができましてありがたいことですワ。でねえ、J-POP論の続きなんだけど、もうそろそろ総論に入らないとマズイかなと思うんだ。で、前回の「アオゾラペダル」で言いたかったのはスガの歌詞の秀逸さでね。つまり、「自分探し」を経て、挫折した若者がどう生きるべきかという内容なんだけど。つまり、「新しい扉を開けよう! もっと大きな自分がいるはずさ!」とミスチルなどが相変わらず時代錯誤な風呂敷を拡げまくってる状況を尻目に「過去を折りこんだうえで現実的な未来をデザインしよう」という歌なんだよ。で、あのPVはストーリーものなんだけど原案は二宮和也によるものなのね。彼はこのPVでジャニーズPV史上初の試みに挑戦したのだ。彼はジャニのオフィシャル映像に初めて女性を、それも年頃の女性(佐藤ありさらセブンティーンのモデル)を出演させている。そしてひと夏の恋的な恋愛が描かれる。もちろん今までもジャニーズアイドルたちは恋愛の歌を歌ってきたし恋愛ドラマにも登場してきた。だが、それらは「作家の先生」たる職業作家によって与えられた役割であって彼らの虚像を脅かすものではなかった。だが、このPVはメンバー自ら原案を書き、失恋を描いている。つまり、嵐は等身大の……」

司会者「まえから疑問に思ってたんですが…」

kenzee「なにかね」

司会者「嵐のスゴさはよくわかりました。でも、この論考、J-POPの歌詞から現代の想像力を読みとるって企画でしたでしょ? 結局ゼロ年代のJ-POPの想像力は嵐に集約されるのでしょうか。嵐を取り上げることでオルタナティブは設定できたかも知れませんが本来語るべき部分が抜け落ちてません?」

kenzee「それはねえ、ボクが2002年以降のJ-POPをよく知らないからなんだよ。大体オリコン的価値観が崩壊したあと、セールス以外になにを頼りに展開していいのかわかんなくなっちゃって」

司会者「さらにトータル的な疑問になりますけど、そもそも音楽の歌詞だけを取り出して社会反映論を論じること自体ムリがあるんじゃないですか?」

kenzee「ドキ。実は宇野さんの「ゼロ年代の想像力」を読んだときの最大の違和感はそこにあったんだ。宇野さんの論は大前提として「ポップカルチャーは社会を反映・批評する」というものだ。95年問題の反映として「エヴァンゲリオン」が登場した。小泉改革以降のネオリベ状況を反映してデスノートが登場した、と。「ゼロ年代~」に登場する作品群はどれもヒット作ばかりでそこで取り上げられてるものが社会を反映している、というのは一定の説得力がある。でも、広く大衆に受け入れられた作品の内容と社会状況をそのまま接続して語るのはもともとムリがあるんだ。たとえば終戦直後にヒットした並木路子の「リンゴの唄」ってあるじゃないですか。

赤いリンゴに唇よせて だまって見ている青い空 リンゴはなんにも言わないけれどリンゴの気持ちはよくわかる リンゴ可愛いや 可愛いやリンゴ(作詞サトウハチロー)

えらく抽象的な歌詞のうえにマイナーメロディーなんだよ。混乱した時代にどうしてこんなヘンな唄が受け入れられたのか。こじつけるのは簡単だけどやっぱりよくわからないんだ。笠置シヅ子のような爆発的なエンターテインメントならわかる。でもリンゴの唄はわからないんだよ。日本人が大好きな恋愛も上昇志向もなにもない。内省的な歌詞だよ。だから、宇野さんの社会反映論は一見、説得力があるように見えるけど書き手の恣意的な取捨選択によって捏造されるとこがあるんだよね。とくに音楽は、歌詞のみならず、曲、編曲、演奏、歌唱、もっと言うとどこのスタジオで誰がミックスしたかでも違ってしまう。自分でやってみて気付いたんだけど社会反映論はどっか胡散臭いんだわ。ヒット曲って時々理解不能なものがある。山下達郎の「クリスマス・イブ」も不思議なんだよ。あの戦後歌謡史上最長のロングセラー作品が世に出たのは1983年、アルバム「メロディーズ」のなかの一曲としてだ。そしてバブル全盛期の89年、JRとのタイアップで大ヒットを記録する。その後、日本のクリスマスソングの定番として毎年、なんらかのタイアップとともにお茶の間に流れるようになる。昨年も自動車メーカーのCMに使われてたはずだ。ところであの曲は「ひとりきりでクリスマスを過ごす」というウカレ気分へのチャチャ入れソングなんだよ。「クリスマスで恋人たちが結ばれてハッピー」とかじゃないんだよ。さらに不思議なのはバブル絶頂期に聴いても未曾有の社会不安の2008年に聴いても違和感がないんだ。ユーミンさんとか稲垣潤一とかだと明らかに違和感があるんだけど。なんでだろう。歌謡曲ってホンット、奥が深いよ」

司会者「クリスマス・イブはメロディーも地味ですしねえ」

kenzee「達郎お得意のハイトーンを一切使わない曲なんだ。ヒットってなんなんだろうねえ。まあ「自分探しとJ-POP論」結論としては「ムリクリ社会反映論してみましたがやっぱムリありました」ってトコかな。よく宇野さんへの批判で、各論は結構面白いのに最後は「友達からはじめよう」かよ、ガックシ、っていう人がいるけど評論て各論やってるときが一番楽しいんであって、総論て大体つまんないもんなんだよ。未完の状態が一番美しいんだよ」

司会者「プ、最後グダグダになってる言い訳してるし」

kenzee「これやっててひとつ歌謡論でテーマがでてきてさ。「いつから歌謡曲は反抗しなくなったのか」ってことで。かつてフォークかロックって社会に反抗、あるいは異議申し立てしてたじゃん。岡林信康とか吉田拓郎とか。頭脳警察とか。あとスゴイいかがわしいものでもあったじゃないですか。青江三奈とか。いつから歌謡曲は反社会的要素を失ったのか。とくにラップなんて異議を申し立てる音楽なのに誰もそういうこといわないね。コレ、なんかヒントがあるような気がするんだ」

司会者「昔は歌謡曲が担うものが多かったんじゃないですか? 一部の演歌とか初期の山口百恵とかあんまりおおぴらに歌っちゃいけないものだったわけじゃないですか。「網走番外地」とか反社会的なヤツとか。関西フォークの社会への異議申し立てとか。そういうのって今、ロスジェネ論壇が担ってるんじゃないかなあ。あと、ピンクレディー以降のアイドル歌手も「性欲」って要素と不可分だったわけでしょ? その部分は今、グラビアアイドルとかAVとかが担ってるんじゃないかな? そうすると今の歌謡曲の役割って純粋に音楽的な部分だけだと思うんですよ」

kenzee「最近、20歳の人からメールをいただいてですね。まあ、J-POP論面白いからもっとやってって内容だったんだけど。オレ凄く不思議な気がしたのね。だって今までさんざん話してきたJ-POPってもう10年以上昔の話ばっかりでしょ? 20歳の人にとっては浜崎だの椎名林檎だのって物心つく前のヒットだよ。どこが面白かったんだろう。で、こんな返信を差し上げたワケさ。

kenzeeです。貴重な感想ありがとうございます。
実は私は2002年以降のJ-POPについてほとんど知りません。
(2001年まではCD屋で働いていた)
たまーにオリコンとか見てももうワケわからないのです。
(中略)
J-POP論は宇野常寛さんの「ゼロ年代の想像力」(早川書房)の社会反映論と速水健朗さんの「自分探しがとまらない」(ソフトバンク新書)の若者論を参考にしたものです。        どういうわけか両者ともJ-POPの歌詞には言及しなかったので「じゃあオレが」ということなんです。宇野さんや速水さんの議論になんらかのヒントを提示することができたら、また、20歳の、これから社会へでていく人へなにかヒントを与えられていたらこんな嬉しいことはないです。ですが○○さんが挙げられた今のバンド(UVERWORLD,RADWIMPS)を今までの文脈で語るのは難しいと思います。理由は「私が今までそんなバンド、知らなかった」という事実に尽きます。つまりヒットの構造が私の知ってる90年代とはまったく位相が異なるからです。10年前は、「宇多田ヒカルが売れている」といえば大抵の人がその曲を知っていました。でも今は、結構売れてるバンドでも30代のオッサンの耳に入ってこない。これはヒット曲というものがカラオケなどで共有するものではなくなったことを意味しています。あらゆる価値観が並立する現代においては(ポストモダン社会とか再帰的近代とか言いますが)ある集団においてはUVERWORLDは高く評価され、ある集団においては「ハレハレユカイ」が一位だったりするわけです。そしてUVERWORLDの集団と涼宮ハルヒの集団とは一切意思疎通が行われない。これが「全体性の喪失」という現代の特徴的な現象なのです。今まで論じてきたコムロ、ミスチル、浜崎、椎名などは全体性を捉えることで機能してきました。ミスチルや浜崎の歌詞が社会論めいてくるのは必然だったのです。これからJ-POPは大衆に奉仕する歌謡ではなくなってくるのではないかと思います。もっと趣味的な、ある共同体の中では爆発的な人気を得るが、別の共同体では名前も知らない、というような方向に先鋭化していくのではないかと思います。私はこれらの論考で「自分探しはよくないよ」とメッセージしていたのではありません。そもそも「自分とはなにか」「自分はなにをすべきか」という問いは哲学の根源的な思考で20世紀文学の思想的支柱であった実存主義などは「自分探し文学」であったともいえます。だが、この自分探しの価値観は、資本の側が若者から労働を搾取する、という副作用も生みました(小泉改革と改正派遣法)。ナンデそうなるの?ってことを考えて書いてみたのです。この、「理想が結果的に悪い状況を生む」という現象についての研究のことを社会学といいます。たとえば人民のための社会を作ろう→フランス革命→結果的に恐怖政治へと帰結。もっとも民主的といわれた憲法を有したといわれるワイマール体制→ナチスの独裁へと帰結。といった具合に。このメカニズムの解明を目指すのが社会学と呼ばれるものです。というワケであとJ-POP論はPurfume論ぐらいで終わると思いますがひとつヨロシクお願いします。むしろ私は今の20歳のひとが「ドツボにはまってる上の世代」をどう見てるのか興味ありますね。

こんなんです。これからPerfume論やって一応J-POP論終わりになりますけど、ゼロ年代の歌謡を考えるときに重要なのは「最早、オルタナティブという概念は成立しない」ってことかな。もともとロックだのフォークだのいったサブカルチャーってザ・歌謡曲というメインカルチャーが存在したからこそ対抗文化として機能したのだ。ところがそんな仮想敵が存在しない現代のポストモダン状況においてJ-POPは不特定の大衆へのメッセージを失ったんだね。ゼロ年代のiPodと配信の時代がなにをもたらしたかというと、音楽とアイデンティティが結びつかなくなったってことだな。その昔、ロックを聴く、という行為はそれだけで社会への反抗のメッセージだったんだよ。個人の思想信条と音楽を聴く、という行為は密接に結びついていた。つまり、フリッパーズ・ギターを聴いて、ボーダーシャツを着て、アニエスbのベレー帽を被って、レコ屋を巡るという行為。これらはひとつの思想信条であって全部結びついてるのね。そして彼のCD棚にはスチャダラはあってもいいけどジュンスカはあってはならないわけです。このように音楽はアイデンティティの表明の手段であった。モーニング娘。のことを考えてみよう。モー娘を支持する、という行為はひとつの思想信条の表明である。なぜならモー娘の音楽は単に音楽として機能しているのではなく、その背景にさまざまな「物語」が織り込まれているわけですよ。テレビ番組のオーディション企画の負け組み集団の敗者復活戦という。モー娘の時代、90年代終盤とは山一や拓銀など大手金融機関がバタバタ破綻するなど日本経済自体、負け戦感が漂ってた時代だ。そういう時代とモー娘の「イマイチな女の子たちが力ワザで勝ちあがる」というストーリーはピッタリとリンクしていた。99年のヒット「LOVEマシーン」の「ニッポンの未来はウォウウォウ」という歌詞は端的に「モー娘とはなんであるか」を表現した秀逸なフレーズであった。モー娘のユーザーは単に音楽を消費していたのではなく、彼女らにまつわるストーリー、ドラマを読み込んで消費していたのだ」

司会者「オレ、ラッパーなのにモー娘ファン。どう、個性的でしょ?」という言い分はひとつのアイデンティティの表明になりうるってことですね」

kenzee「ウン、ラッパーという職業に期待される「物語」とモー娘の「物語」は一般には異質なもの、相容れないものと理解されているからだ。で、再三いうようにゼロ年代はこの「物語」が機能しなくなるのですよ。そうすっとどうなるかというと、「電車のなかで爆音でモー娘聴く男」→これはキモい。フツーこう解釈されるだろう。だが、「電車で爆音でPerfume聴く男」→Perfumeという選択そのものはキモいとされない」

司会者「ウ~ン。恣意的な気もしますが」

kenzee「ナゼ、前者はストレートにキモいのに後者はさほどキモいと感じられないのか。それは我々が「モー娘」という言葉から様々な「物語」を読み込んで解釈するためなのです。つまり、「プッ。コイツ「ASAYAN」とか観てるワケ? そんでそんなブサイクの集団に熱中してるんダ。どうせモテないんだろう、プゲラ」というプロセスを経て、軽蔑へと至る。だが、後者は純粋にPerfumeのサウンドに熱中しているように見える。だから、即キモい、という判断には至らないんだ。勿論、Perfumeにも「物語」はある。SPEEDに憧れ、広島アクターズスクールで結成された女の子3人。不遇の時代を経てブレイク、という。だがこの「物語」とPerfumeの音楽は全然結びついていないんだ。つまり、「Perfumeの音楽を支持することがそのまま彼女らの「物語」を支持することにはならない」ということ。モー娘と違って、Perfumeの音楽は「若い女の子が夢を掴む」というストーリーを背負ってないのね。純粋にダンスミュージックとして機能する。勿論、モー娘にもダンスチューンはある。だが、「ダンスミュージックとして機能する」と「ダンスチューンもある」では大きな違いがある」

司会者「モー娘っていろんな要素担ってたと思うんですよ。「ブサイクがスターダムを駆け上がる」というドラマも背負ってたし、性的な面も担ってたと思います。特に初期の楽曲は意図的にそういう面を強調した曲が多かったですね」

kenzee「でもPerfumeを性的な面で消費するユーザーはいないだろう。純粋に音楽として消費されていると思う。ていうか音楽としてしか機能していない。これが再帰的近代というヤツの特徴でね。「LOVEマシーン」は街歩いてたら勝手に聴こえてきた。でも、「ポリリズム」はYou Tubeなりなんなりで自分で能動的にアクセスしないとなかなか聴こえてこないんだ。この事実がゼロ年代の歌謡のあり方を象徴してると思うんだ」

司会者「という感じでPerfume論続きます」

kenzee「藤田さん見てる~?」

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