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2007年4月17日 (火)

木下古栗「受粉」(群像5月号)

 かつて、ロシアの拷問にこんなのがあったという。

ジャングルジムぐらいの大きさの砂山がある。これをスコップ一本使って西へ10メートル動かせと命じる。捕らわれたスパイは黙って従う。彼は一週間ほどかかって砂山を移動させる。すると次は元に戻せという。また、スパイは一週間ほどかかって元の位置へ戻す。次は東へ10メートル移動させよと命じる。その通りにする。では元の位置へ。

これを繰り返すうちに大抵の捕虜は鬱になってしまう。やがてスパイはなんでも白状するようになる、というのだ。さすがに寒い国の人間の考えることは陰湿だ。人間、意味のない行為や徒労には耐えられないようにできている。たとえ報酬が発生しようがなかろうが自分の行為がなにかの役に立っていると思えばやりがいを見出す。自爆テロなどその最たるものだろう。意味のないことをするのはアホらしい。小説を書けば誰かに読んで欲しいと思う。新人賞に応募する、同人に入る。共同出版をもちかける。投稿サイトで批評をもらう。すべて自分の行為に意味を見出したいという欲望が根本にあるのではないか。世捨て人のようになったサリンジャーは原稿を書いては銀行の貸金庫にしまったままにしてあるというが、数少ない例外だろう。因みに「ノルマ」というのはロシア語である。

木下古栗氏の小説には意味がない。慇懃でムダに丁寧な文章で語られる話はビックリするくらい下らない。そして中身がない。

「受粉」梗概……主人公はコンサートの帰り、最終電車に乗り込む。すると不思議な男が乗り込んできた。自分の尻を揉んでいるのである。つまりひとり痴漢である。主人公はそのひとり痴漢を見ながら様々に妄想を膨らませる。なんと無意味な行為だろう。で、ためしに自分もひとり痴漢になってみようと思う。そして綿密な計画を立てる。でも主人公は寝坊してしまう。そして昨日のコンサートのことを思い出す。踊る女のヒジが自分の下腹部に終始あたっていたのだが、あれはもしや痴女だったのではないかと思う。(話はグラデーション状に女のほうに移る)女は痴漢に遭いやすいタチだった。会社をやめて電車にのらなくなってからは治まったが、ていうかOL時代に果たして痴漢にあっていたのかどうか自分でもよくわからない。そこまで話すと女は昼食を買いにコンビニへでかけた。店内でズボンから性器丸出しの男に遭う。事務所に戻って女はネットで「痴漢」で検索をかけてみた。そして痴漢体験談の投稿サイトをみつけた。(以下、投稿内容が列挙される)読んでいると、携帯が鳴った。友人からだ。台湾から帰ってきたのだ。そしておごってくれるというのでつていく。店には友人の知人らしき女性がいた。女性は元保母で二児の母だという。で、家庭の話を聞かされる。(さらにグラデーション状に話者は元保母に移る)地域の防犯活動チームに小太りのオッサンがいた。小太りの豊満な肉を揉みたいと思う。小太りの男を自宅にひとり飼いたいと思う。ナゼか元保母と一緒に帰ることになり、電車に乗り込んだ。元保母はコートを脱ぐとミニスカートだった。保母が降りた駅に自分も扉が閉まる間際、降車した。そして保母に追いつき、スカートのなかに自分の手を入れた。二人はしばらく見つめあっていたが、保母が力んだ顔つきになると自分の指が押し返され、排出された。女はこんもりと盛られた糞をおみやげに持ち帰った。(了)

受「糞」ていうくだらないオチで終わる。下らない。実に下らない。これほど書き甲斐のない梗概も珍しい。ある意味拷問である。そこで私は思うのだ。木下氏は辛くないのか?なんと「受粉」はムダに160枚もあるのだ。5枚ぐらいでいいじゃん。ここまで徹底的に無意味で非生産的な文章を書き連ねていくのは大変な体力が必要だと思う。考えてみてほしい。人間意味のあることをしたがる動物なのだ。非生産は耐えられないのだ。文章を重ねるにつれ、つい「意味」に寄りかかってしまう。やれ、「この体験を通してヨシコは少女から大人へ成長した」とか「腐った社会に鋭いメスをいれる」とか「この事件でヨシコはたくさんのものを失った。でも人の優しさに触れた」とか。結局「意味」に帰結してしまう。体力がないのだ。早漏なのだ。木下氏は敢然と「意味」を拒否する。書くほうも読むほうも時間のムダ。では凡百の作家に耐えられなくてナゼ木下氏だけはこんな非生産な小説を生みだすことが可能なのだろう。それは彼が無職・ニートであったことと大きく関係があると思う。そこらの社会人とは「非生産」の年季が違うのだ。かつて鴎外や漱石など明治の文豪の作品には高等遊民という人種が登場していた。ハナからニートで、日がな読書だの妄想に耽って生きている。とにかく生産的なことはしない。食べたり飲んだり散歩したりするだけ。ときどき絵を描いたり小説を書いたりする。木下氏はニートでもこちらに属するタイプなのだろう。それでも木下氏ほどの「無意味才人」であってもシモネタからは逃れられないのかと思うとウンコだのチンコだのがいかに人間の根源と深く結びついているのかと思う。

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