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2007年8月 4日 (土)

高円寺心中(木村紅美「福田パン」ダ・ヴィンチ8月)

 高円寺の若者は夜に夢を見ます。高円寺の若者は夜中、恋と夢に生き、夜明け頃寝ます。そして昼過ぎに起きます。TVを点けると「西部警察」の再放送。渡哲也が拳銃をバーン! 寺尾聡がマグナムをバーン! 高円寺の若者の夢を打ち砕きます。 渡哲也がバーン!寺尾聡がバーン! 恋も夢も打ち砕かれます。(筋肉少女帯「高円寺心中」)

かなり昔の曲なので正確ではありませんがこんな内容の歌がありました。バイトしながらなんとなくロックとか芝居とか映画の道を目指す若者たち。高円寺は安価なワンルームマンションの多い街だ。そんな部屋に住む自称ロックミュージシャン。そこに転がり込む地方出身のロック少女。勿論ロックミュージシャンは音楽で芽が出ることなどない。それでも彼らはそこそこ幸せだ。ナゼか。恋と夢を食べて生きているからだ。だが時の流れは止められない。誰もが二十歳のままではいられない。そして高円寺の若者たちは30歳を前に高円寺を去っていくのだ。

ドコへいっちゃうんでしょう?

サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」の中にこんなエピソードがあった(気がする)

ニューヨークのセントラルパークの池に住むアヒルたちは冬になると忽然と姿を消してしまう。一体彼らは冬の間どこへいってしまうんだろう、と主人公ホールデンコールフィールドはアヒルたちの行方を案じる。高円寺や下北沢で、夢を見て生きる若者たちの行方もまた、知られることはない。ドコいっちゃうんでしょうね?

木村紅美氏もまた、若者の行方を案じる作家だ。ホールデンコールフィールドのように。

福田パン梗概……私と妹は双子だ。だが性格はまるっきり違う。私は地元の地味な女子大生だ。春休みだというのにどこにも出かけず日がなお家で過ごしている。妹は高校を失業すると上京してしまった。ロック少女で高円寺の彼氏のところに転がり込んでいる。私は「どうせゴロゴロしてるんだったら妹の様子を見て来い」と親に言われる。そして私は盛岡駅から東北新幹線に乗り込んだ。妹の好きだった「福田パン」を土産に持って。「福田パン」は地元にしかない。地元盛岡ではスーパーで普通に売られているし、高校の購買でも売られている。そんなローカルメジャーなパンが東京にはない。いろんなパンを食べてみたがどれも「福田パン」には似ても似つかない、と妹は言う。東京に着いた私は中央線に乗る前に妹に電話した。私は彼氏に気を使ってビジネスホテルを予約していたが、妹は彼氏は出て行っていて、いないという。高円寺の妹の部屋は散らかっていた。妹も見た目不健康な感じだった。私は彼氏がいつ帰ってくるかと心配していたが妹は「絶対、帰ってこないよ」という。二人で食べた「福田パン」はとても懐かしい味がした。(了)

 これは良質な短編小説ですね。教科書に載せてもいいくらい。この作品のいい所は妹のこれまでの人生が「福田パン」という存在に集約されていく点にある。転勤族の家庭で育った姉妹は高校で初めて「福田パン」の存在を知る。「福田パン」はコッペパンに餡とマーガリンがはさんであり、食べていると手の熱でマーガリンが溶けてニュルーとなる。その頃合いの「福田パン」が最強に美味いのだという。ディティールがヤケに細かいので実在するのかな?と思ってググッてみました。したら、ホントにでてきましたよ福田パン。どうやらおばさんがその場で調理してくれるようです。(そんな記述もありました)メニュー多いっすねえ。コンビーフだのてりやきチキンなどはビールにも合いそうだ。こんなモンが普通に学食で売られているなんて盛岡の高校生が羨ましいです。妹はこのパンにハマッてしまい、10キロも太る。妹は歌が好きで高校では軽音に入る。そして卒業すると地方のロック者の定番、上京して中央線の人となる。そしてまさに高円寺心中、恋にも夢にも疲れてしまう。この小説のいいところはその辺の経緯については詳しく触れられていないところだ。散らかった部屋、不健康な顔、小汚いジャージ姿、「彼氏は、絶対に帰らない」というセリフ。説明はいらない。彼女は恋も夢も食べ尽くしてしまったのだ。そして福田パンは彼女の幸せな時代の象徴として登場する。やがて彼女はセントラルパークのアヒルのように高円寺を去ることを予感させるがそこまで触れないところがいい。

 「福田パン」が文学的な意味を帯びてくる。手短ななかに小説のツボがある。演劇用語でいうところの「プレゼンス」(存在感、ぐらいの意味)を福田パンが帯びてくるところに味がある。それほど重要なアイテムが「福田パン」などという地味な名前であるところがいい。高校のころは、美味くて10キロも太るほどのただの好物としての「福田パン」が挫折のあとでは複雑な味となる。故郷の味、青春時代の味、夢をみる少女時代の味、それはやがて挫折の味、高円寺を去ってゆく味、大人へと成長する味へと変化していく。

そして都会に疲れた者は地元へと帰っていく。あるいは恋や夢ではない現実の場所を見つけにゆく。わたしはセントラルパークでホールデンコールフィールドに話しかける。

オレ「ホールデン君。アヒルたちがどこへゆくのか知りたいかい?」

ホールデン「ああ、キミはヘッポコ文芸評論家のkenzeeじゃないか。一体、彼らはどこへいってしまうんだい?」

オレ「夢ではない現実の場所を探して旅立ってしまったのさ。「福田パン」は彼女の「無垢」の象徴であり、初心の証しなんだ。今度こそ、彼女が「夢」から足を滑らせて落ちてしまわないように、ホールデン君、ライ麦畑のキャッチャー役をよろしく頼んだよ」

ホールデン「そうさ、ぼくは無垢な子供たちがライ麦畑から落ちてしまわないようにキャッチするのが役割さ。ところで今回の記事はなんでこんなにマジメなんだい?チンコやウンコの話がないじゃないか」

オレ「それは、誰が見てるかわからないからさ」

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