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渡川を泳ぐ、魚のように

 てか、amazonのマーケットプレイスにはでてますね、中脇作品。「魚のように」文庫版が1円! 買占めたろか! 今なら余裕で買えるみたいです。ダマされたと思って買ってね。1円だし。悲しいやら嬉しいやら。

 中脇初枝氏は高知県立中村高校在学中の1991年、「魚のように」で、第2回坊ちゃん文学賞大賞を受賞。17歳だった。そのときの選評を紐解いてみよう。

椎名誠氏……この人の文章とその世界は、技巧とか訓練とか学習とかいったものが一切介在しない。ひとつの犯すべからざる純粋な精神感覚の源から発せられているように思う。要するにこれがつまり「才能」というものなのだろうな、と思うのだ。

中脇氏の故郷である四万十川を舞台にした映画「ガクの冒険」を監督しただけのことはある。高知県中村市(現四万十市)という辺境の地で育まれた感覚に素直に椎名氏は反応したのだろう。また、「技巧とか訓練とか学習とかいったものが介在しない」というのも言いえて妙。椎名氏の「小説家とはかくあるべし」という哲学であろう。小説家ははじめから小説家なのだった。

オレのなかで今、話題の高橋源一郎氏もこのとき、選考委員を務めている。

…こういった文学賞の候補作品は大きくふたつにに分かれる。作品であるという意識もなく、まったく好き勝手に書いているか逆に小説であることを過剰に意識して極端に文学っぽくなっているか、だ。そしてこれはどちらも文学としては大きな欠陥を抱え込んでいるのである。大賞の「魚のように」にはそのおおきな欠陥がほとんどみられない。単に文章がうまい、とかセンスがあるとかではなく、小説を水の中の魚のように自然体で書いているのである。ただ自然に書いて、それが文学作品たりうるという驚き。17歳と聞いてさらに驚いた。

 昨日、このブログも高橋源一郎の連載並みのダラトークでいこう、とリニューアル宣言したところだがこのときの高橋氏の読解力の正しさにこっちが驚きますわ。ハナウタを歌ってたら勝手に名曲になってた、みたいな恐ろしさが「魚のように」にはある。このときの高橋氏は17歳と聞いて驚いているが、十数年後、17歳どころか、15歳と聞いてもこの人は驚かなくなるのだが。

そして唯一、四国松山出身の脚本家、早坂暁氏によるピリっと辛口の選評。…最初読んだときからこれだと思っていた。それほど鮮烈だった。17歳というのは感覚が最も研ぎ澄まされている頃で、その感覚による彫りが深いのだ。鋭い刃物でスパッと切ったような潔さがある。17歳ならではというのはもうひとつ、時々観念性が顔をだすところ。獲得したばかりの観念性が嬉しくて、自分の感覚だけを頼りに進めるよりも、ドキドキする観念の裏打ちによって作品を組み立てようとしてしまう。それにこだわりすぎて展開ぶりが足を取られることもあるけれど、それはそれで若さの証明かも知れない。だが、観念なんてのは後からいくらでも獲得できる。逆に感覚の鋭敏さはどんどん鈍磨していく。当然、彫りが生ぬるくなってしまうのだ。だから今しかない感覚をどこまでも信じて展開していってくれればいいなと思うのだが。

同じ四国出身のよしみからか、辛口ながらももっとも真摯に苦言を呈していると思われる早坂氏のコメント。この「アナタ若いんだからもっと自分の感覚を信じてかきなさい」というアドバイスがいかに的確であるかは16年経った今から見れば納得がいく。この6年後に発表された「稲荷の家」その7年後の「祈祷師の娘」はどちらも中脇氏が大学時代に学ばれた民俗学が大きな足場となって構築されている。いかに中脇さんといえど、年齢を重ねるごとに「作家」らしい書き方にシフトしていくのだ。だからこそ17歳という年齢でしか書き得なかった「魚のように」がとても貴重でいとおしく思える。作者本人ですら、もう手を触れることのできない世界がここにはある。直感のみで世界を切り開く鮮やかさがある。その若さでしか持ち得ない甘い暗さがある。そしてその甘やかさと訣別していく潔さがある。読めばわかる。この小説は「小説を書く」という目的で書かれた小説だ。この年齢だけに与えられたひらめきと感覚の刻印だ。別にプロデビューを目指して小説を書いても構わない。賞金目当てで小説を書くものもいるだろう。

「賞金が欲しかったのよ。50万。当時の私にはムチャクチャデカかったのよ」山田詠美談。

全然OKですよ。そうでなきゃイカンとも思う。

「小説なんて書きたくないですよ。原稿料だけが目的ですよ。家賃払えないし」中原昌也談。それもまた真実だ。

 でもね、ときとして「小説が書きたくて書かれた小説」というのがこの世には存在するのだ。そうして書かれた小説が瞬間的に、いわゆる「プロの小説」を凌駕してしまうときがある。どうしてそんなことが起こるのか。いわゆる「プロの小説」は生産のために書かれる。小説家はその報酬で生活の糧とする。だが、「書くために書かれた小説」は、「生産」とか「生活」といった概念と無縁で突進してくる。往々にしてそうした小説はなにかと「訣別」したり「葬る」ために書かれる。自己の存在すべてをその小説に賭けてしまう。そしてそれは才能ある創作者のみに与えられた一回性の時間だ。「魚のように」は結果的に満場一致で坊ちゃん文学賞を受賞するに至ったが、おそらく中脇氏自身はこれを書いた、ということで充分満足だったろう。そしてあとがきにもあるように、大変短時間で書かれた作品であるけれども、その時間は中脇氏の人生のなかでも忘れられぬかけがえのない時間となったはずだ。わたしは想像する。この小説がどんなシチュエーションで書かれたのかを。当時、中脇さんはフツーの高校生ですから夕方ぐらいにフツーに学校から帰ってくるわけです。そしてひとやすみして自室の机に向かって原稿用紙を広げるのだ。(このとき、中脇さんは本当は大学受験を控えていたのだが)

……私の家は渡川(四万十川)を見下ろす高台の上にあります。中村で育っていなかったらこれらの小説を書くことはできませんでした。(文庫版あとがきより)

窓の外には国内有数の清流が流れている。そしてタダの高校生の中脇さんがその町をでて、成長するための小説を書いている。「魚のように」は、かつて、そういう時間が存在していたことの記録である。

 それでは「魚のように」とはいったいどんな小説だったのでしょうか? と、バラエティー番組のCM入りみたいなオチで今日はオシマイ。

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コメント

デビューしたときはやる気満々ですよ。

特に、良い時期だったみたいですし。
↓のサイトを見つけてしまって、とても
詳しく中脇さんを解説してあります。
http://www.birthday-energy.co.jp/

新作はテーマは虐待。
『きみはいい子』という本なんですが、結構心して
読み始めたものの、思っていたよりあっさりと
していて、でも読み終わったら色々と考えてしまいます。
大人になったら、一度は読んでみた方が良い、
そう思える仕上がりでした。

投稿: 真美すけ | 2012年6月 7日 (木) 22時56分

「きみはいい子」については近いうちに書こうと思ってました。スゴイ書店員さん業界でプッシュされてるということで近所の大型書店では平積みでした。ボクは本屋に中脇さんの本を売っているのを見たのは多分15年ぶりぐらいです。いい世の中です。

投稿: kenzee | 2012年6月 8日 (金) 19時04分

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