出奔のとき
中脇文学の歴史とはすなわち中脇さん自身の自己発展の記録だ。16年の作家活動(超スローペースとはいえ)において自己模倣とか再生産した作品がない。常に一回きりの世界を描いてきた作家だ。「あ~ナニナニのバージョンアップって感じね、今度の作品」ということがない。逆にいえば作家としてのキャラクターが根付きにくいワケで、才能がありながらそのスタイルのせいで損している作家かも知れない。
以前、文學界のドストエフスキー特集だかで、島田雅彦氏が「ドストエフスキーの作品史はそのままドストエフスキーの個人史と密接に関わっている。順番に作品を読めば作者が人間としてどう成熟してきたのかわかる。日本でこういうタイプの作家は少ない。職人芸タイプの作家は沢山いるが作品史イコール自己発展の歴史というドストエフスキータイプの作家は少ない。パッと思いつく限り村上龍とか阿部和重ぐらいしか思いつかない」という発言をしていた。また、島田氏は自分もそういう作家でありたい、と言っていた。
そのドストエフスキータイプの作家、つまり、作品史イコール自己発展の歴史という作家といえば、それはまさに中脇氏のことである。寡作であるかわりに二度と同じ場所に戻ってはこない。「魚のように」は17歳だけの世界、「祈祷師の娘」には30歳の人間にしか描けない世界がある。このように、技術で量産する職人芸ではなく、常にストロングスタイルでしか進めない、商売として考えれば不器用なタイプだけに寡作になってしまうのだろう。だから中脇作品というのは常に一回性の勝負だ。でも、中脇さんの明らかな失敗作というのも読んでみたいのだけども。
ところで、「魚のように」は過去に一度、NHKでテレビドラマ化されている。1993年3月28日、それはオンエアされた。原作はもちろん中脇初枝、脚本は同郷、中村出身の脚本家(真珠夫人とかでオナジミの)中島丈博。姉、清文を高岡早紀が、君子さんを藤谷美紀が演じていました。そして君子さんの彼氏で清文が横取りして奪われてしまう「安田という男」はスマップの森くん! が演じていました。森くん……レーサー業はどうなったのだろう。そもそも原作があんな抽象的な世界なので映像化は困難ではないかと思われましたが、ナンのことはない、よくあるNHKの学園ドラマ的に処理されてました。冒頭、見知らぬ男(岸辺一徳)と高岡早紀が中村駅へ入ってゆくところを有朋が偶然目撃する。違うんダヨナ~それじゃ。むしろ、それは中島丈博氏の脚本による映画、「祭の準備」のラストシーンのよう。つまり中島氏的には「中村駅から古臭い町を捨てて上京する」ってロマンがあって「魚のように」にも当てはめてみたのでしょうが、そういう小説じゃないんだよね。でも、新人賞受賞作がイキナシNHKでドラマ化ってすごいですね。今、若い子が文藝賞獲ってもそのままドラマや映画にはなりませんし。当時は結構期待されてたんですね。それが、まさかこんな超然としたスタイルの作家になるとはね。
この清文と君子さんとの絶妙なバランスを崩すように「安田という男」が現れます。
安田という男は、君子さんの定義したところによると、わかりやすい人だった。(改行)僕たちの住む町は川にぐるりを囲まれていて水の豊かな古い城下町だった。土佐の小京都というばかげた前置きもつくまちだった。「この町は碁盤目の町。どこからでも入れて、どこへでもいけて、もし迷い込んでも引き返さなくていいのよ」-安田という男はこういう人だった。だから一緒にいて安らげるのだと君子さんは言ったそうだ。
つまり、中村という町自体を、「安田という男」に例えているワケですが、あまりよくは言ってませんね。「土佐の小京都というばかげた前置き」というあたりに軽蔑が窺われます。
安田という男を初めて見た。(中略)また、こんなこともあった。廊下を歩いていた安田という男は、ふざけて後ろから友達に突き飛ばされた。前のめりに教室の扉にぶちあたってしまった彼は、振り返って突き飛ばした友達を確かめると、怒りもせずににやにや笑っていた。僕は彼を阿呆だと思った。また、成る程とも思った。
「僕は彼を阿呆だと思った」ってのがいいですね。今の17歳、こんな風に書きますかね。阿呆。ちょっと言われてみたいですな。
「kenzeeよ。お前は阿呆か」「ハァ、ヤブサカでございません」とか。
このように安田という男はかなり単細胞バカとして描かれているのです。そしてマンマと清文の誘惑に引っかかり、メロメロになった挙句、捨てられてしまうのです。
「なんだ、やっぱり女子高生の書きそうな小説なんじゃん」とガッカリした方。このエピソードだけ取り出せばそうかも知れません。ところが、この「親友の彼氏を横取りしてポイッと捨てちゃう」話は「魚のように」だけでなく、のちの中脇作品にも繰り返し登場するのです。
「ごめんね」わたしは久美ちゃんに抱きつかれたまま考えてた。久美ちゃんは少女まんがが大好きで、いつでも自分をその主人公のように思ってる。廊下をあるいてても、わたしとしゃべってても、自分が中心の絵を頭に描いてる。今はそのクライマックスだ。(中略)でもわたしは? ふられたうえに恋敵に泣きつかれて今ぼうぜんとたちすくんでる。みっともないったらない。(祈祷師の娘)
主人公、春永はライバルに横取りされたうえに泣きつかれてしまうのです。サンザンである。それにしても13年経っても登場するこの「横取り話」とはなんなのだろうか? 中脇さん自身が手痛い横取られかたをされたのか、それとも横取ったのか? なんにせよ、横取りトラウマがあるようです。
清文は君子さんに不満があって安田を横取りするのですが、有朋は清文の日記を通じてソレを知る。
(中略)今日初めて気付いた。私の心はそんなに単純じゃなかった。清純な、清純に見える君子と一緒にいると、自分の醜さをさらけ出しているような気がする。君子を憎んだり、怒りをぶちあてたりする勇気がないのは、安田じゃない、私だ。(中略)私は君子が許すから、君子を憎むことすらできない。抗うことすらできない。
君子さんはとてもいい人で、安田を横取りすれば君子さんだって本性を現すだろうと横取ってみても、やっぱり君子さんはいい人のままなのだった。清文はそんな自分のムダな行為に疲れてしまう。そしてとうとう耐え切れなくなってしまう。
「私はずっと(君子さん)にききたいことがあったの。どうして君子は私と一緒にいるの」と、姉は君子さんにきいたそうだ。君子さんは姉を見つめてとても控えめに言った。「やっぱり清文が好きだからだと思う」「私のどこが好きよ」「雰囲気。何もかも見透かすような……」あまりの皮肉に姉は苦笑した。姉ほど先が見えなかった女はいない。「清文のまわりだけ、時間の流れ方がちがうのよ。知らなかったでしょう。清文の勝手も、その雰囲気の内に全て許されてしまうのよ」君子さんのその言葉に姉はとうとう破滅してしまった。
つまり「いたたまれなくなった」ってことですな。だれにも自分という人間を理解できる者はいない。自分は自分を取り巻く世界と上手く渡り合っているのだと思い込んでいた清文だが、ナンのことはない、君子さんのひろ~い心の上で見透かされ、許されていただけなのだ。これは清文の家出の大きな原因のひとつだろう。「ここにはいられない」そう思った。でも、目撃者談によると、清文は見知らぬ男と駅で一緒だったという。ひとりじゃなかったのだ。
「女の子が欲しい」(中略)「私ひとりで育てるの。女の子よ。私とそっくりになるわ」(中略)姉と、姉に瓜二つの娘。それは甘くて美しく、また、これ以上はありえないほどに不気味な想像だった。
「魚のように」では男性は(有朋除く)かなり軽く扱われている。父親はハナから不在だし、安田は阿呆だし、「女の子を産みたい」というだけの理由でくっついた「見知らぬ男性」も赤ちゃんができ次第、速攻でフラれる運命であろう。男尊女卑ならぬ女尊男卑である。これは単に中脇氏の性格というより、中脇文学を形成してきた民俗学に由来している。「魚のように」には昨今の若手作家の小説にみられるような固有名詞がほとんどでてこない。だが、たった二つだけ人名が登場する。プラトンと柳田國男である。まず、プラトン。
(ホモオヤジに追っかけられて)今なら正直に言える。あの時、僕は怖くてたまらなかった。ほとんど気絶寸前だった。プラトンの「饗宴」を読んで困惑してしまった人種の一人であるがゆえ。
プラトンの「饗宴」はプラトニックラブの語源になったほどのその手の名著である。どんな話かというと哲学者ソクラテス、喜劇作家アリストパネス、政治家アルキビアテスなどが集まって愛とはなにか? みたいな哲学問答をエンエン繰り広げる読みにくいったらありゃしない一冊だ。「男と女はナゼ、求めあうのか?」それはもともと背中合わせの一体(アンドロギュロス)であったものを神が二つにかっさばいてしまったからさ。みたいな話。だからホモられるというのは神の意思にそむく行為で、怖くなって逃げちゃった、と。しかし、プラトン引用する女子ってナニ? そして柳田國男の名も登場する。
その時の僕にとってその草履は、難船して女護ヶ島に流れ着いた僕が出会った唯一の男であると同時に、暗殺者から逃れようとして走り続ける僕の目の前に突然立ち塞がった謎の男でもあったのだ。(中略)僕はすっかり現実感を失ってしまった。この時の僕の感覚を柳田國男ならきっとわかってくれるだろう。
これを書いた翌年、中脇さんは筑波大学へ進学されている。因みに筑波大学は国立大では珍しい、学部ではなく「学群学類」制度を採用している。よくワカンないんですけど、全然カンケーない理系の講義を取ってもそれは単位として認めようじゃないか、という学問が好きな人にとっては有難いシステムだそうです。中脇さんが進学されたのは第二学群比較文化学類というところで、ここで民俗学、とりわけその界隈では「柳田学」とも呼ばれるフィールドワークを中心に、実際に体験することにプライオリティーを置いた研究スタイルを学ぶことになる。福音館書店の「祈祷師の娘」の紹介ページによると、やはり学生時代に実際に茨城の祈祷師のお宅に滞在して取材なさったようだ。アレ? でも中脇さんは96年には大学を卒業なさっている。「祈祷師の娘」の発表が2004年なので、軽く8年越しの企画なのだ。「稲荷の家」以降、民俗学は中脇作品にとって重要な足がかりとなる。で、柳田氏の著書に「妹の力(いものちから)がある。「妹(いも)」とはすなわち女性のことであって、かつて農耕の時代には女性は生殖能力を持つうえ、貴重な労働力でもあったと。女性は聖なる存在であり、今も巫女や祈祷師などは女性しか就くことのできない聖職なのだ、という話。この女性優位の考え方は若き中脇さんに大きな影響を与えたようだ。中脇さんありの女性性とは? という考察は10年後、初潮をテーマにした短編集「あかい花」で結実する。で、どうやら「饗宴」と「妹の力」は70年代に角川文庫のシリーズとして同発で出てたみたいなんですよね。多分、偶々学校の図書館とかで並んでるのを手にとったんではないでしょうか。図書館で偶然手にとった本がその人の一生のテーマを決定づける、よくある話です。清文の「男なんかいらん、女の子を産んでひとりで育てる」という発言は柳田女性論を17歳の人間がかなりハードコアに解釈したうえに生まれたエピソードであろう。ところで、ワタシは民俗学のミの字も知りません。ハッキリ言って上記の民俗学解釈などは大間違いの可能性大いにアリです。ホントは誰か詳しい人にちゃんとした中脇論をやって欲しいくらいで。でもまあ、こんな無名に近い作家こんな論じるヤツもいないワケで。
で、君子さんに完全に見透かされていると悟った清文は、最後のアイデンティティの拠り所として自らの女性性に気付いていく。そして見知らぬ男と中村を出奔する。でも、それだけなら、有朋まで家出する必要はないわけです。でも、有朋も家を出てゆかなければならなくなった。それはいよいよクライマックス清文の残した詩、「魚のように」で明らかになってくるのです。どんな詩だったのか? 剋目して待て!
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コメント
ドラマ「魚のように」を検索していて
ここに辿り着きました。
解説おもしろかった。
今は小説ぜんぜん読めないんだけど、
読もうかなーと思わされました。
投稿: 三毛猫大将 | 2009年6月14日 (日) 23時14分
>今は小説ぜんぜん読めないんだけど、
読もうかなーと思わされました。
よくこんな長ったらしい記事読んでくれてありがとう。「魚のように」文庫版に収録された短編「花盗人」は青春小説の最高峰。冒頭の、印象的な神道式の葬式のシーン、ラストの老人から梅の枝と引き換えに手に入れた一万円札に火をつけて四万十川に浮かべるという信じられないくらい美しいシーン。なんで河出は再発しないのか。
現在の中脇さんは高知県西部の民話の現代語訳、児童文学などのフィールドで精力的に活動中です。
投稿: kenzee | 2009年6月15日 (月) 21時14分