紅は革命の色(楊逸「ワンちゃん」文學界12月号)
司会者「コンニチワNHK文学講座の時間です。今回は105回文學界新人賞受賞作……」
kenzee教授「ていうかキミなんだねその格好は!」
司会者「え? アルマーニですけど」
kenzee教授「アルマーニじゃないよ! NHK教育講座だよ、コレ。真っ赤なシャツに金色のジャケットって、キミ、横山たかしだよ、それじゃ。TPOを考えたまえ!」
司会者「でもボクスタイリスト付いてるんで……しょうがないんですよ」
kenzee教授「なんでタダのNHKの職員にスタイリストがついてるんだよ!」
司会者「あ、シモテちょっとアンダーなんで…銀レフキモチあげてもらえます? あと2カメ近いんでわらってください」
kenzee教授「なにギョーカイ用語丸出しで指示だしてるんだよ!」
司会者「一応ボク、角度あるんで」
kenzee教授「どんな司会者だよ!」
司会者「え、それではインチキ文学講座、司会の城ヶ崎ゴン三郎です」
kenzee教授「徳大寺じゃなかったのかよ!」
司会者「イヤ~先週ムコ入りしまして…苗字変わったんですよ」
kenzee教授「ああそう、そりゃよかったね。またスゴイ苗字になったね」
司会者「ヨメの実家は京都の呉服屋です。義父は市会議員です。先月は新婚旅行で南フランスやギリシャを旅してました」
kenzee教授「キミ相変わらず無敵の人生送っとるねー。キミには純文学なんか必要ないだろう」
司会者「エエ、貧乏臭い話ばっかりだなあ、って思うけど仕事ですから」
kenzee教授「この番組の司会者に120%向いとらんよ、キミは」
司会者「で、今回はどんな貧乏臭い話聞かされるんですか?」
kenzee教授「文學界の冒頭のエッセイを青木淳悟が書いている。どうやら青木氏は彼女と同棲中のようなのだ。都内のマンションに住んでいるのだが二人とも別々に収入があるので、二人仲良く公平に生活資金を出し合った後は残りは自分名義の口座に入れてしまうそうだ。モチロン通帳を見せ合うこともない」
司会者「民主的なカップルですね。「青色讃歌」のカップルとは大違いだ」
kenzee教授「で、青木氏は歯医者に通うことになったのだが個人医療費は「自分持ち」なのだ」
司会者「ケンカにならないですね。同棲って結局こういうコマカイ金でもつれるモンですから」
kenzee教授「で、平日の朝、青木氏はベランダから下界を見下ろすのだ。するとスーツ姿のサラリーマンたちが忙しそうに駅へ向かっていく…」
司会者「それを見ながら青木氏は葉巻をくわえながらシャンパンの栓をパーン!」
kenzee教授「そこまでは書いてないけど、ま、そのぐらいのことはやっとるだろうね」
司会者「フザケてますね」
kenze教授「でも考えたら通勤するわけじゃないんだからもっと郊外に移り住んでもいいかニャ~なんて」
司会者「利尻島でも礼文島でもすきなところに行きゃいいじゃないですか」
kenzee教授「ところが彼女が反対するのだ。「渋谷・六本木からタクシーで帰れないようなところは絶対にイヤ」と」
司会者「青木氏の彼女って……」
kenzee教授「青木氏の彼女ってなあ……ムフフ」
司会者「イヒヒ……コマッタ人ですねえ」
kenzee教授「そんなひとと付き合ってるんだ…青木淳悟って。純文学の新鋭」
司会者「純文学期待の若手ホープ」
kenzee教授「四十日と四十夜のメルヘン」実験小説にも関わらず、大増刷! だのに」
司会者「彼女が「シブヤ・ポンギ大好き!」
kenzee教授「たぶん、白金や自由ヶ丘あたりのオシャレなカフェ等もお好みだろうムフフ」
司会者「ウフフ」
kenzee教授「青木淳悟の彼女ウヒヒヒ。ま、青木氏も本物の男なら今後の展開が見ものだね」
司会者「ムフフフ。さて、そろそろ今回の本題に入りましょうかね。第105回文學界新人賞受賞作です」
kenzee教授「揚逸「ワンちゃん」なんだが。ええ、これはヨメのきてのない日本の田舎のオヤジたちと中国のワケあり女性たちをコーディネートする国際的お見合いコンサルタント、ワンちゃんの辛い人生を中国と日本の田舎を舞台に描いた社会的な作品だよ。城ヶ崎くん、キミのキライな貧乏臭い話だが……」
司会者「著者はどんな人なんですか」
kenzee教授「モノホンの中国籍のおばさんだ。43歳。23歳まで日本語と無縁に生きてきた。現在中国語教師だよ」
司会者「受賞のことばに杜甫を引用するあたり、シャレてますねえ。まったく違う文化のなかで、社会にもまれてマジメに人生と戦ってきた人なんだろうなあ。受賞のことばから伝わってきますよ」
kenzee教授「ホント、青木淳悟の彼女に楊逸の爪の垢でも煎じて……」
司会者「青木氏の彼女だってマジメにやってますよ!」
kenzee教授「では超手短かに梗概いくよ。王愛勤という名のワンちゃんは勉強嫌いだったので15歳で縫製工場に就職した。肉体労働は勉強よりずっと楽しかったという」
司会者「ホント、青木淳悟の彼女に……」
kenzee教授「だから青木淳悟の彼女も働いてるっつの! やがてワンちゃんは縫製工場を辞め、洋服の露店を出すんだ。18歳のときのことだ。ちょうど改革開放の波が押し寄せてきた時代で中国人たちは人民服を脱ぎ捨て、香港や台湾からやってきた新しいファッションを求めた。どんなバッタモンでも飛ぶように売れたという。そしてワンちゃんは商売を始めて15年、一生分の知恵、一生分の体力、そして一生分のお金を儲けた。ワンちゃんは結婚した。19歳のときのことだ。夫はもともと小学校の体育教師だったが結婚してまもなく仕事をやめ、無職の遊び人になった。できちゃった婚だった。新婚旅行は万里の長城だった。一瞬の幸せだった。すぐに離婚した。親権は手放した。ワンちゃんの商売は時代の追い風もあり、繁盛した。高級感の漂うブティックを12,3軒もつようになっていた。ワンちゃんはデザインも手掛けるようになっていた。だがやがて経営難に陥った。ワンちゃんの社長としての仕事が忙しくて、従業員に目を光らせることができなくなっていた。店番のバイトに売り上げをチョロかされることは言うまでもなく、離婚後も、前夫が現れてはカネをせびった。ワンちゃんは思い切って店を全部売り払って、服の卸売りの事務所を構えた。半年やってみたらまたもや繁盛した。するとまた前夫がひょっこり現れた。ワンちゃんは絶望した。翌週に工場を畳んだ。「そうだ、中国の南端、広州へ行こう」あそこなら大丈夫」ワンちゃんは以前取引のあった会社でデザイナーとして雇われた。デザイナーの仕事は楽しかった。そこへ前夫と息子がオフィスへ訪ねてきた。ワンちゃんは愕然とした。「絶対アイツが来ないところ、それは外国だ」そして愛媛県の田舎の無口な男と結婚することになった。この旦那はセックスは激しかったが、無能だった。やがてこの男はセックスを求めなくなった。姑は病院で寝たきりだった。長男は事故で体を悪くして以来、完全ニートであった。一日中テレビを観て過ごしていた。長男が怖いのでワンちゃんは近所の安アパートを借りることにした。スーパーのパートの仕事も始めた。ワンちゃんは「自立せんとアカン」と感じたのだ。日本語が多少わかるようになるとすぐ行動を開始した。色々考えた結果、「中年の中国人のおばさんが日本で服の商売をする」のはムリのようだ。たどりついたのが国際結婚の仲介人であった。そして中国のワケありの女の子と日本の「土地とか資産はあるけどヨメのきてがない」オヤジたちを連れてお見合いツアーをプロデュースするようになった」
司会者「壮絶な人生ですね」
kenzee教授「で、そのデコボコツアーの様子とワンちゃんの自伝という現在と過去が交互に語られていくのだ。実際のお見合いツアーは売春目的のオヤジもいて、ワンちゃんは苦労するんだ。女は女で北京や上海の都会の女は「日本へ行けばトレンディードラマみたいなオシャレな生活ができる」と勘違いしてやってくる者もいてどうしようもない。やはり中国の田舎出身のワケあり女たちは必死なのだった。もちろん、マジメに結婚を考えているオヤジもいる。土村と二人の子連れの呉菊花だ。そんなこんなでなんとか仕事もひと段落しそうな正月、旦那はテレビを観ながらごろ寝して過ごした。長男もいつものようにニート生活だ。姑の病室で寝込んでいる姑の顔を見るのがワンちゃんの唯一の安らげる時間だった。旦那の仕事始めの1月4日。病院に向かうワンちゃんに土村から電話がかかってきた。正午に成田に着く呉菊花を迎えるため、東京に着いたという。病室に着くと姑の容態が変わった。ワンちゃんの看取るなか、姑は息を引き取った。真っ赤なストールをまとって、姑が空にのぼってゆく姿がワンちゃんのまぶたの裏に映った。そして、もう一人、真っ赤なチャイナドレスを着て、牛の背中に横向きで座っている呉菊花だ。幸せそうな笑顔を湛えて。ワンちゃんの目から洪水のように涙が溢れてきた(了)
司会者「メチャ泣ける話じゃないですかあ! 30年ぐらい前のNHKの連ドラみたいですね」
kenzee教授「そうだね。ワンちゃんは作者より少し年齢が上の設定になっているが、必然性がある。文化大革命でガタガタになった中国経済を立て直すために70年代末に改革開放が行われた。これによって中国に外国の文化が香港や台湾を経由して一気に流入してくるんだ。そんな文化の一大転換期にワンちゃんは社会へでることになる。まさに開放政策の申し子みたいな人物だ。そして中国で花開いたばかりのアパレル業で財を築く」
司会者「スゴイ人ですよね。20歳ぐらいの女性が海千山千の商売人たちを相手にのし上がっていくわけですから」
kenzee教授「ワンちゃんは日本人と再婚したとき、日本国籍を取得したので日本名を持っている。旦那の苗字を名乗り、「木村紅(くれない)」と名乗ったんだ」
司会者「どっかの作家みたいな名前ですね」
kenzee教授「この紅、赤のイメージはラストの姑の赤いストール、呉菊花のチャイナドレスと、作品全体の色のイメージになっている。紅、という漢字からはどうしても社会主義、革命のイメージを喚起させるものがあるよね。紅衛兵とか。ワンちゃんの人生は中国の現代史と密接に関わっているのだが、日本の現代社会をも映しだす。ヨメのきてのない農村問題とか長男のニート問題とか。ここ最近、手法や技法で勝負する作品が目立つ新人賞シーンのなかで、この「ワンちゃん」のスケールの大きなリアリズムの手法はベタなのに新鮮に映るよ」
司会者「そこらの日本の20代のフリーターには絶対書けない世界ですよ」
kenzee教授「この小説のどこにリアリティーがあるかといって、やっぱり日本語がちょっといびつなんだよね。日本語の文章として間違ってるワケじゃないんだけどヘンなんだ。例えば「80年代」と表記すればすむものをわざわざ「前世紀80年代」とか書くだろう? 作者は普通に書いてるんだろうけど日本人の感覚で読んでるとギョッとするよね。あと、万里の長城を「万里長城」とか。この「の」のあるなしの違和感は強烈だよ。作者が意図してないところに迫力がひそんでいる」
司会者「グダグダに疲れて」というのにもギョっとしましたね。日本人ならクタクタと書くところですから」
kenzee教授「あるいは「グダグダになった」だよね。やっぱり自然に体に入ってきたものと歳とってから勉強して覚えたものは違うんだ。すごく興味深い文章だよ。マ、本人は全然意図してやってるんじゃないんだけど。このイビツな文章を読んで思い出したのは村上龍の「半島へ出よ」で福岡ドームを制圧した北朝鮮のコマンドが館内放送で声明文を読み上げるシーンを思い出したんだよ。こんな文だ。
「謹告、福岡ドームにきたみなさん、こんばんは。わたしは朝鮮民主主義人民共和国、反乱特殊戦部隊の隊長、ハン・スンジンであります。(中略)朝鮮の統一のために、本日この制圧行為を実行します。野球試合、に少々の変更あります。(中略)緊急の場合、みなさんを撃つこともあります。みなさんが良くない行動をとれば射殺する場合があります」(半島を出よ)
この文章がすごいのは日本文化とかニュアンスというものをまったく知らないで日本語の教科書だけを頼りに文章を書いたらこうなるだろう、ということを日本人の村上龍がシミュレーションして書いてることなんだ。たぶん、こんなヘンな感じになるはずなんだ。テロリストが、みなさん、こんばんは。とか、ノンキすぎるんだけど、その違和感こそが迫力なんだよね」
司会者「ワンちゃん」の違和感は狙いナシ、ですからね」
kenzee教授「それに作者がいくら日本の生活が長いといってもこの小説は「他者」の視点が外れないんだよね。田舎の農村の薄気味悪さがちゃんと描かれてるよ。日本人の作家でも田舎といえばすぐ、JRのポスターみたいな「若草が萌える草原」とか「透き通る川面」とか「情に厚い人々」みたいな紋切り型に描きガチだけど、「ワンちゃん」にはそんなベタな田舎のイメージがないんだよね。それより農村のヘンな感じ、が見えてくるんだ。例えば田んぼしかない国道沿いに突如、近代的なスーパーができちゃってたりとか、なんにもないところにコンビニとかファミレスがポーンとできちゃう感じが。長男のニートっぷりもリアルだよね。たぶんモノホンのニートが描くニート像よりリアリティーがあると思う。ペットボトルとか生ゴミとかスナック菓子の袋とか食べかけのコンビニ弁当みたいなのが部屋に散らかってる感じ。で、テレビだけが一日中煌々と点いている。景色のキレイな田舎の風景も一皮剥けば、こんなヤツゴロゴロでてくるよ。モチロン小説としての「ワンちゃん」には不自然な点もある。ワンちゃんほどのやり手の女性がなんでちゃんと正式な手続きをして離婚した前夫からここまでビクビク逃げ回らなくちゃならないのか。100万くらいポーンと渡して「もう二度とアタシの前に現れるな! このゴクツブシー!」とか言って追い払うこともできると思うんだよね。それにワンちゃんはアパレル業界じゃちょっとしたセレブなわけなんだからさっさとその業界の有力者と再婚することもできたと思うんだよな。そこまで行けば前夫もそう簡単にプラプラ現れるわけにもいかんだろうし。それにしてもダメな男しかでてこない小説だな」
司会者「土村だけはまともな八百屋のオヤジだったじゃないスか。話の整合性にちょっとムリはあるかも知れませんけど、リアリティーはあります」
kenzee教授「ところでこんな国際お見合いツアーって実際にあるのかな。一応一組成立させると謝礼が15万入るみたいなんだけど」
司会者「ツェージューゲーマン!」
kenzee教授「妥当だと思うよ。これプロデュースすんの、相当のスキルいるよ。久々に新人賞作品で「小説を読んだ」って手ごたえがあったよ。これは作者の人生の元手がかかっとるよね。今回の他の候補作は気の毒だったかもね。「ワンちゃん」と比較しちゃうと「コンビニやレンタル屋と自室をウロウロしてメールばかりしている現代の若者」みたいな話はいくら良く書けてても弾かざるをえない」
kenzee教授「最後のバツイチ二人の子連れの呉菊花が幸せになる暗示で終わるとこなんかベタだけどグッときますよ」
司会者「円城塔のあとにコレ読むと、ホントに純文学ってジャンルじゃないなあ、と思いますよ」
kenzee教授「と、たまにはキレイに終わろうかね」
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コメント
こんにちは。
いつも楽しみに拝見しております。
中国お見合いツアーの話、知り合いが参加し、実際結婚しました。
謝礼の金額はもっとうんと高かったようですが。
この受賞作読んでみたいです。
投稿: はま | 2007年11月13日 (火) 12時48分
はま様
コメントありがとうございます。
中国お見合いツアーは実在するのですか!
なんでも著者の楊逸(ヤン・イー)氏は在日中国人向けの新聞社勤務の経験があるそうです。綿密な取材の上で書かれた作品なのでしょうね。作品の中では結婚が成立しても中国側のビザが下りなかったり売春目的のオヤジがいたりとか苦労の絶えない様子がリアルに描かれていました。いるんですね、実際の結婚された方が。おめでとうございます。「ワンちゃん」は一見古臭い小説に見えますがスケールの大きい作品です。今後ともどうぞ当ブログをよろしく。
投稿: kenzee | 2007年11月13日 (火) 22時55分