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2008年4月 7日 (月)

戦争に反対する唯一の手段は(小西康陽「ぼくは散歩と雑学が好きだった」朝日新聞社刊)

kenzee「で、ボク今すごい田舎に住んでるんですよ」

司会者「らしいですね」

kenzee「国道とかによく鹿とか走ってます。原チャリなみのスピードで」

kenzee教授「野生のね」

司会者「全然カンケーないんですけど「野ブタ。をプロデュース」ってヘンですよね。野生のブタは猪ですから」

kenzee「で、お家の周りに文化的なモノがなんにもなかったんですよ。5年前に引っ越してきたときは。カフェだのバーだのクラブだのレコ屋だの古本屋だの、そういうものが.。スーパーとガソリンスタンドとホームセンターがあるだけです」

kenzee教授「キミも20代半ばまでは千日前で(大阪・ミナミ・グリコの看板のある筋の隣の筋)働いてたのにねえ」

kenzee「泣きそうでしたけどね。山とか川とか田とか小学校一年生で習う漢字しかなくて。ネットがあって良かったです。会社まで片道10キロですよ」

司会者「クルマで移動ですか?」

kenzee「カブ

kenzee教授「タイヘンだな」

kenzee「で、せめて近所に図書館とジムができたらなあ、と思ってたら!」

司会者「まさかホントにできたんですか!」

kenzee「もうビックリですよ。目の前にドーン! 図書館&温水プール! モチロン新築です」

kenzee教授「よかったじゃないか」

kenzee「願ってたらホントにできちゃいまいた」

司会者「そのうち「ヨメが欲しいな~」とか願ってたら」

kenzee「ピンポ~ン」なんて」

司会者「ヨメが勝手に来るかもですよ」

kenzee「でね、都市が人に与える影響、とかって話をしたじゃないですか」

kenzee教授「ああ、ココでね」

kenzee「最近でた元ピチカートファイヴ小西康陽氏のエッセイ集「ぼくは散歩と雑学が好きだった」に小西流の都市論が論じられててグッときました」

 ぼく自身、小さい頃からいちばん好きな遊び場所は本屋さんでした。それはいまでもまったく変わっていません。中学生の頃からは、本屋さんよりももっと好きな場所がレコード屋さんに移りましたが、世界中どこへ行ってもレコード屋さんと本屋さん、夜には美味しい食事とお酒があるレストランがあれば、そこはぼくの好きな街、ということになります。そう、ぼくは人間が人間としての生きるよろこびを享受することができるところこそが都市だと考えているのです。(中略)ぼくが大人になって選んだ仕事は音楽で、他人に楽しみや喜びを与える仕事だと信じているのですが、戦争などが起きるとまずいちばんに切り落とされてしまう職業であることも覚悟しているつもりです。

「戦争に反対する唯一の手段は、各自の生活を美しくして、それに執着することである」

これは吉田健一氏の言葉です。ルネッサンスという思想をこれほどわかりやすく言葉にしたものが他にあるでしょうか。

kenzee「ピチカートファイヴって言うと若い人は「ああ、シブヤ系じゃん」で終了だと思うんだけど、自分でも思うのよ。なんで二十歳くらいのときにあんなにあのテの60年代ポップスとかアシッドジャズとかに夢中になったのか、と。今はどんな偏狭なジャンルの音楽でもネットで簡単に拾えるけど昔のCD屋の洋楽コーナーとかひどかったもん。あの流行は洋楽の体系の再構築だったんだろうね。あと、フリッパーズギターもそうだけど彼らはバンドっていうよりコンセプト集団だったのだと思うよ。作詞家・作曲家・デザイナー・スタイリストが集まって最新のモードを提案するという。多分に電通的なモノだったと思うな。小西康陽という人からボクが学んだのは「音楽はカタログである」ってことかな。世の中には山川健一みたいに熱狂的なストーンズファンとかいるじゃないスか。ストーンズを聴くことは人生を聴く、みたいな。そこへ数万枚のレコードを所有する小西さんのような人が「音楽はカタログ商売だ」と言い切るところに迫力があったのだね」

司会者「シブヤ系というムーブメントは10数年後に訪れるiPod時代の基礎を作ったのかもしれませんね」

kenzee「まさにそう。iPodを聴くときにそのミュージシャンの生い立ちとかメッセージとか気にしないでポンポンスキップしながら聴くじゃん。ヘタすりゃメタルも演歌もクラシックも落語もシャッフルするでしょ? オレね、浜崎あゆみの失速とiPod文化は関わりがあると思ってんのね」

司会者「また強引な社会評論ですか?」

kenzee「だって浜崎あゆみは要するに10代の女子にとってのストーンズみたいなモンでしょ? 音楽っていうか発言とかふるまいとかまで含めたその「人物」を聴いてるワケですよ。でもネットと携帯オーディオの普及によって「人」っていう部分は問題にされなくなった。そして音楽自体がエライ安価なものになっちゃった」

司会者「つーか限りなくタダです」

kenzee「そうすると「人物」を聴く「人生」を聴くというロック的な聴き方が廃れ、カタログ的に聴くようになったのだな。人々は」

司会者「小西康陽といえば最大のヒットは「慎吾ママのおはロック」ですかね」

kenzee「ま、この人の作る音楽はピチカートも含めてツマンないのが多いんだけどね。我々ぐらいの文系人間に与えた影響は計り知れない。もうとっくに絶版だけど12年前に幻冬舎からでた「これは恋ではない」は90年代を代表する思想書だ。「小西なんかシラネ」と思ってる人でもこの人の尽力がなければ見聞きすることができなかったCD,ヴィデオソフトは多いんだよ。バート・バカラックのような映画音楽の偉人のCDすら80年代にはベスト盤しかでてなかった。ミシェル・ルグランを広く紹介したのも小西氏だ。彼はこのエッセイ集のなかで映画評もやっているがゴダールジャック・ドゥミジャック・タチ、ミケランジェロ・アントニオーニの「欲望」や「砂丘」、鈴木清順の「ツィゴイネルワイゼン」「殺しの烙印」や市川崑の「東京オリンピック」「黒い十人の女」といった日本映画を「グラフィック感覚」という点で我々のような世代に紹介したのも彼だ。これらの作品は90年代に入ってやっとヴィデオ化された。これらの20世紀の遺産を簡単に触れるようになったのは小西氏やデザイナーの信藤三雄氏のような人々の尽力もあるハズだよ」

司会者「木村先生の「海行き」にも上記の90年代カルチャーの雰囲気が散見されます」

 サラちゃんは、最初の講義のときにはすでに、ジャン・リュック・ゴダールとつきあっていたころのアンナ・カリーナ意識したという濃いめのアイラインを引き、真っ赤なワンピース姿で異彩をはなっていたのが忘れられない。あっけにとられて視線を引きつけられた。私もゴダールとかジャック・タチとか生まれる前に作られたフランス映画が好きで、高校生の頃から観ており、なかにでてくる服装にあこがれたりしていたけど山梨ではいったい、どこで手に入れたら良いのかわからなかった。(海行き)

司会者「あと、ルイ・マルの「地下鉄のザジ」なども登場しますね」

kenzee「まあ木村先生のような東京の人だともっとカルチャーが花開いてたのかも知れないけど、我々ぐらいの世代の人間が青春を振り返ってシミジミする小説の最初ではないかとボクは思うんだけどね。とにかくボクはカルチャーというものの基礎を小西氏を通して作ったんだと思う。植草甚一のエッセイや伊丹十三のエッセイや吉田健一の「金沢・酒宴」「私の食物誌」、横尾忠則のデザイン、晶文社のサイのマーク、土屋耕一というコピーライター、平野甲賀の装丁、片岡義男の小説、そして山田宏一の「友よ映画よ」は小西氏が解説を手掛けている。昔はこういう本を読みたくてもどこ探してもなかった。今は金さえだせばネットの古本サイトで全部見つかるだろうけどね。こんな便利な時代になったのに逆に小西さんのように若者を啓蒙する人がいなくなっちゃった。こんなにどんな音楽でも映画でも本でも手に入る世の中になったのに、売れるのはケータイ小説とJ-POPだかJ-RAPですよ。大林宣彦が尾道三部作DVDの解説で言ってたけど、多少、不便なくらいがちょうどいいんだよね」

司会者「真剣に自分の感覚を磨こうとしなくなりますよね」

kenzee「こんなになんでもあるのに誰もちゃんと文化を通ろうとしない。去年の群像新人賞の評論がライトノベルと村上春樹、今年が東浩紀と中原昌也、か。みんなでおんなじ方向向いてどうすんだろうね。2ちゃんねるとライトノベルとアニメとゲームを語ると「新世代のナンタラ~」とかチヤホヤされる時代は5年前に終わったと思ってたんだけど。ボクは90年代の文化って、ネットが普及する直前のカルチャーって豊かだったなあって思うんだよ」

司会者「巻末についてる2006年から2007年までの日記が凄まじいですね。月に100枚を越えるレコードを買い(それも結構高額の!)DJツアーで全国のおいしい食事と酒に酔いしれ、レコーディングして原稿を書く日々」

kenzee「そしてついに倒れるのだ。2006年8月19日、奥さん(長谷部千彩。美人)の呼んだタクシーで広尾病院に運ばれる。くも膜下出血と診断される。それから入院。今は普通の生活はできるが自動車の運転と水泳と酒を禁じられている。

手術の終わり頃、一度だけ覚醒した。自分の右足の方で医師たちの言葉が一瞬だけ聞こえた。

「ピチカートファイヴなんだって?」

「こんなオッサンが?」

もちろん夢だったのかもしれない。けれども「このオッサンが?」でも「こんなオヤジが?」でもなくて「こんなオッサンが?」だったことは覚えている。(日記)

人って年とると衰えるんだなあ、ってゾッとしますよ。最近職場のおばさんが50いくつで亡くなったことも重なってね。山田詠美が「最近、こないだまで元気だったお世話になった人の訃報に接することが多くなった」て言ってたけど、なんかリアルに響くんだ」

司会者「20代の頃はそういうこと、思いもよらないですもんね。そう考えると小田和正とか矢沢永吉とかがいかに凄まじくスゴイかってわかりますね」

kenzee「ピチカートファイヴの音楽なんか聴かなくてもいいのでこの本は「オレ、文系」と思ってる人は読んで欲しいね」

司会者「普通にコーヒーのおいしいカフェとかカレー屋とか古本屋(ブックオフではない)とか古い映画や古い音楽や60年代のカルチャー全般が好きな人は読んで欲しいですね」

kenzee「最後に山田宏一「友よ映画よ」の解説から。

20代の前半、ぼくはこの「友よ映画よ」という本とであった。この本はまさしく、ぼくの読みたかったことが書かれていたのだ。そう、助監督経験などなくても映画を撮れる、というのはぼくにとって譜面の読み書きができなくても、バンドボーイにならなくてもきみはレコードをつくることができると言われているのと同じだった。(中略)40歳をとうに過ぎてなお、ぼくはこの本を実用書のように読んでいる。(中略)いま、なにかを作りたい、表現したいと考えているー表現すること以外に世界とコミュニケイトする方法が見つからずにいるー、若くて絶望した人たちに、ぼくはこの山田宏一の本を勧めたい。ぼくはいま、やはり泣きながらこれを書いているのだが、このぼくが絶望から救われたひとりだ。どうしてこんなに涙が流れるのか、本当にわからない。(「友よ映画よ」解説)

kenzee「あと、ピチカートファイヴのなかではコレが一番好きですね」

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コメント

kenzeeさん、こんにちは。
今、時間がなくてすぐに出なければならないので、今回のコメントについてはまた後で書いておきます。
ただ、一言だけカキコしておきたかったのは、本日文芸誌発売日につき、私は新宿紀伊国屋書店で文芸誌5冊+早稲田文学を買ったのですが、今月は木村紅美さんや円城塔さんの新作あり、青山ブックセンターの鼎談あり、盛りだくさんな上、早稲田文学の復刊号も凄く重厚な仕上がりのようでした。
ただ、今月の文芸誌で特筆すべきは『文藝』です。何と新人&若手作家ファイルというものが特集(?)されていて、合計133名の作家に簡単な批評がついて紹介されており、本人の「好きな作家」などのデータもついている上、顔写真まで掲載されてるのです!
青木淳悟くんや赤染晶子さんの顔、初めて見ました~w
で、何と全体の中でも特に目立っていたのが、な、何と木村紅美さんの写真です!
kenzeeさんはこの写真見たら、間違いなく萌えると思いますね~(笑
それでは詳細はまた後日w

投稿: 蘭丸 | 2008年4月 7日 (月) 18時30分

蘭丸さん>
エェエェェ、目立ってましたか?
写真を送ってくださいと『文藝』の方に
頼まれまして、手元にあったのが、
昨年、友だちとバリ旅行したときに撮られた
スナップ写真(笑)
「すいません、これしかありません。」と
送りつけてしまいました。
現地の布を巻いております。

Kenzeeさん>
『悲しい歌』を初めて聴きましたが、
いいですね。ピチカートは私は
『ボサノヴァ2001』と、田島貴男voの
『ベリッシマ』が好きでした。

投稿: 木村紅美(新作掲載中) | 2008年4月 7日 (月) 20時32分

蘭丸さん。
ナニ~なんだその「プロ野球選手名鑑2008」みたいな企画は。ときどき文藝ってそういう特集やりますよね。5年ぐらい前にも作家にアンケートを取る企画があって、綿矢りさが、好きな言葉…「恥ずかしい思い出」気になること…「東海地震(非常食としてアズキ缶を買った)」とかフザけた答えで「ヘンな人だなあ」と思ってたらその3ヵ月後ぐらいにシンデレラガァールになっていったんですよ。「恥ずかしい思い出」っていう答えは自分でもパクッて使ってます。今、群像のサイト見ました。円城氏のタイトルが漢字でナゼか笑ってしまいました。早稲田文学が復刊しているのですか!WBとかいうヤツじゃなくて。ヘ~。木村先生の写真は文學界新人賞受賞時の免許の写真みたいな白黒のちっちゃいヤツしか知りません。アレ、もう2年前になるんだなあ。
kenzee教授「萌えるらしいな」
kenzee「ボクは熟女マニアなのに!(ムッ)

投稿: kenzee | 2008年4月 7日 (月) 23時12分

木村先生。
一年ぶりの文學界カムバックおめでとうございます。ただいまアマゾン注文いたしました。(ワクワク)「ベリッシマ」はシブいセレクトですね。小西さんは作詞や原稿書きの仕事は絶対喫茶店でしかしないそうです。「家で物書きなんてできないヨ~ン」という人なのです。松本隆も確かはっぴいえんどの歌詞をサ店で書いていたはず。木村先生はサ店で仕事はしませんよね。

投稿: kenzee | 2008年4月 7日 (月) 23時31分

木村紅美さん、こんにちは。
写真、すごおく目立ってました(笑
そうですか、あれはバリで布を巻いていたんですね。
写真の印象は、「何だかお洒落な帽子をかぶった小顔のモデルさん」でした(真剣
皆、わりと普通に写っているのに、一人だけお洒落な写真・・・みたいなw

それはそうと、新作掲載されてましたね。早速読んでみたいと思います。ちなみに、私は「イギリス海岸」は連作短編形式がすごく良くて、装丁もとっても綺麗で、お気に入りの本となっています。これからも執筆頑張ってくださいませ^^

投稿: 蘭丸 | 2008年4月 8日 (火) 19時08分

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