可能性というよりリサイクル(武田将明「囲われない批評ー東浩紀と中原昌也」群像評論部門当選作)Part.3
…中原昌也ほど囲いにくい作家は稀である。例えばあるウェブサイトで公表された中原作品の感想(第14回三島賞をきっかけに)には困惑気味にこう記されているー「中原昌也の小説jの面白さーとくに一定の長さを無理に確保しようとしたかに見える「あらゆる場所に花束が……」の面白さが私にはまったくわかりません。(中略)「いま、「中原昌也の小説は本当に面白いのか」という問いを私より明敏なみなさんに発してみて、その答えをヒントに中原昌也を読み直してみたい。」と提案する。(囲われない批評)
kenzee教授「これは2001年の中原・青山真治の二作受賞のときのコメントだ。この浅田彰の問いにすが秀美と渡部直己がリアクションするのだが、このウェブサイトは現存していて、今もフツーに読める。武田氏はこれだけの論客にこれだけ歯切れの悪い文章を書かせる中原とはナニモノ!?と興味を持つ。すが秀美はミュージシャンだの映画監督だのに賞を与えるなど茶番だ、ぐらいにしか思っていないようだが渡部直己はマジメに中原昌也の小説とはなんなのか?と論考している」
司会者「この時点では中原昌也は本業・ミュージシャンという認識で作家としては全然認知されてなかったんですね。この3人の評価として共通しているのは中原よりよっぽど文学らしい文学の青山真治は過大評価だという点でしょうか」
kenzee教授「浅田彰は「わからない」といいながら大いに興味を持っているし、渡部直己はこの時点でまとまった中原論を展開している。それほど中原小説はこの時点では異質なものだったんだね。今じゃ木下古栗のような中原に影響を受けたような新人が群像からデビューしたりする状況だが。2001年当時の文学の状況はどんなもんだったんだろうか」
司会者「ここで文藝・作家ファイルのデビュー年一覧が役立ちます。オシドリ夫婦・佐藤友哉島本理生がこの年にデビューしてます。舞城王太郎もデビューしてます。綿矢りさの文藝賞もこの年です」
kenzee教授「2001年は文学の転換点だったのかもしれないね。阿部和重も「ニッポニアニッポン」をこの年に発表しているし「シンセミア」はまさに執筆中だった。上記に三人の論客の歯切れの悪さも時代を考えれば仕方ないのかもしれない。ついでに東浩紀の「動物化するポストモダン」も2001年だ。中原文学を語る際に最もよく言われるのは「紋切り型の表現や陳腐な言葉を多用することによる「文学的」とされる言語への風刺・冷笑」といった評だ。武田氏は比較対象としてフローベール「紋切り型辞典」・スウィフト「上品な会話集」などを挙げている。しかし、これらの洗練された書き手たちは紋切り型の言葉を収集しつつ自分たちは模範的な文章をしたためていた。武田氏はこの点で中原氏の文章は決定的に違う、と指摘している。上記の文豪たちは世の言説を改良しようという目的でこれらの著書を著したのだが中原氏の場合は全ての文章を愚劣化しようとしているようだ、と。すべてをパロディー化しようとしているのだ、と」
司会者「中原のあのアホな小説にそんな意味を見出すなんて」
kenzee教授「三島賞受賞作「あらゆる場所に花束が……」文庫版解説に渡部直己の中原論が収録されている。初期の中原文学がどう読まれていたかを知る恰好の資料だ。渡部氏は武田氏と違って、中原文学をヌーヴォーロマンの系譜として捉えていたようだ。ロブ=グリエとの影響を指摘したうえでプルースト、カフカ、ジョイス、フォークナーなどの後に現れた「新たな小説を書くことの不可能性自体を糧とした試み、こういった50年代フランス文学との感性の連続性を指摘している」
司会者「そんな大層なモンかい!」
kenzee「みんな中原の音楽って知ってるのかなあ、渡部直己とか聞いたらガッカリするんじゃないですかね」
kenzee教授「そして「囲われない批評」はいよいよ佳境に入る。中原氏の芥川賞候補作「点滅……」を引用して、東浩紀が「ソルジェニーツィン試論」で提案した批評と文学のあり方が中原作品でどう実現されているのかを検証していくのだ」
司会者「それにしてもこの「囲われない批評」はこういう流れでいくなら重要な論点を見落としている気がするのですが」
kenzee教授「なにかね」
司会者「中原氏は小説家である前にキャリア十数年に及ぶ映画評論家です。東氏の批評論と対応させて中原氏の評論については武田氏は言及しなかったんですかね。手っ取り早く手に入る中原映画批評といえば「エーガ界に捧ぐ」「続・エーガ界に捧ぐ」がありますが、フツー映画評論家って、みんなそれぞれの映画観、芸術観があってそれに基づいて判断するワケですけど中原の映画評はそんなのないんですよ。基準は中原氏の体調とか精神状態であって、たまたま中原氏が鬱状態であったためにボロクソ書かれた映画も数知れず。エンエン金がないとか金がないとか本当に金がないとかいう話をして、最後の一行くらいで思い出したように「ああ、この作品はボクの憂鬱を吹き飛ばしてはくれなかった」とかいってオワリ、というヒドイ評論ばっかりです」
kenzee教授「そういえばどうして中原の映画評論を取り上げなかったのかな? 東氏が「ソルジェ…」で目指した囲い込まれない、非論理を内包した批評は中原氏によってすでに90年代から実践されていたとはいえないかな」
kenzee「ソレ、評論ていうかグチ言ってるだけの本だよ!」
kenzee教授「武田氏は「点滅……」において青木という雑誌記者の描写に東氏が見た可能性を見出したのだ。青木の白々しい発話はまさに中原氏の得意とするものだが主人公の「俺」はそれが青木自身が発言ではなくどこかにいる操作者によって言わされているのではないかという疑念を抱くのだ。そして青木自身も操作されていることに気付いているのではないか、と「俺」は妄想する。青木のとった態度は「操作者に読まれないように」気付いていないふりをする、ということ、彼らしい落ち着き払った態度を維持すること、だ。そしてそれは「俺」の妄想なのだ。ここで武田氏は東氏の「ソルジェ…試論」を想起する。ソルジェニーツィンが「民衆」などと陳腐な言葉をあえて口にするのは批評的な言説によって事実性が隠蔽されないための戦略であった。青木の「操作者の存在に気付きつつ、気付かないふりをしつつ、相手には操作者の存在を気付かせる」態度とソルジェニーツィンとの近似性を発見するのだ」
司会者「青木がそんなにスゴイ文学的キャラだったとは! ホントかよ!ってここはツッコんでいいとこですよね」
kenzee教授「点滅……」ってフツー「俺」が自宅に帰ってきて例によって「金がない」だの「どうして文章なんか書かなきゃいけないんだ」とかブツブツ言うシーンか最後の爆破のシーンあたりが印象的で青木なんてほとんど言及されることないんだけど、そここそがポイントで中原の創作論だと武田氏は言うのだ。そしてその創作論としてのカタルシスを迎えるのが点滅機械の爆破シーンだ。「俺」は点滅する機械を修理するつもりで爆破してしまう。この、意識と意思の分裂した行為こそが東氏の夢見た非論理の発露であり世界の無規則性の表出であり、偶然性の原理を暴く論理ではない分裂なのだ、と。最後に武田氏はこう警告する。明晰さのなかに狂気をノイズとして響かせろ、と。一貫した論理の囲い込みから文学を解き放て、と。批評を忘れた文学は自滅するしかない、と」
司会者「古典主義、ロマン主義に続く第3の批評が必要だ、と現在の衰退しつつある批評の場と純文学の現状を」考えれば、と」
kenzee教授「で、東氏の試論と中原の創作に可能性を見出せる、という散漫な印象も残るが明解な結論にいたる、良質な評論だね」
司会者「なにか言いたいことあります?」
kenzee教授「武田氏の指摘する東氏の「狂気のノイズ」また、中原氏の「分裂」といった論はワタシは新しさや未来の文学の可能性は感じないんだよね。別に。渡部直己が指摘しているように中原文学を世界文学史に当てはめてみれば50年代フランスのヌーヴォーロマンの系譜に属するだろう。で、世界文学はこの後、60年代に突然、南米文学の興隆を迎えるのだ。中原の創作論はバルガス・ジョサやコルターサルの方法意識を想起させるところがあるのではないか。つながりのない断片を羅列するというやり方は読みにくいが解釈の幅を広げる。「あらゆる場所に…」は断片をエンエンと繋げて気がついたら長編になってた、という感じだ。中原の創作論は60年代までに多くの部分が試され、やりつくされてるんじゃないか。また、「ソルジェニーツィン試論」ではないが東浩紀が最近提唱している「ゲーム的リアリズム」についてもこの時代にさまざまに実験されつくされた感がある。東氏の言う「キャラクター小説」「ゲーム的」というのは重要な論点として「自然主義リアリズム」と違い、登場人物、時間はなんども生き返り、複数の生を生きる。それはロールプレイングゲームを写生するようなものだ、と。だが、そのような小説はすでに60年代にコルターサル「石蹴り遊び」で実践されているようなことではないか。「石蹴り遊び」は短い断章に番号が付いていて、断章の最後に来ると次に読むべき断章番号が記されているのだ。例えば2のつぎは116に飛べ、とか。その通り読んだからといってちゃんとストーリーが追えるというワケではなくて結局断片断片でメチャクチャなの。じゃあ作者の指示など無視して順番に読んだらどうなるかというと、それはさすがにちゃんとストーリーがある。これはなにを意図したかというと作者の意図、というものを可能な限り放棄して読者に最大限の解釈の自由をあたえてみたらどうなるかという実験なのだ。そして読者の数だけ少しずつ違う「石蹴り遊び」が生成される。「東氏のゲーム的リアリズム」のいくつかの部分はすでに50年前に実践されているとはいえないだろうか。モチロン、ゲーム的リアリズムは「複数の生を生きる」という点でのみ論じられているわけではない。例えば「キャラ萌え」という概念は60年代にはなったハズだし、美少女ゲームやライトノベルを取り上げるとなると別の論点が必要になる。ワタシが武田氏に違和感を感じるのは武田氏が「ソルジェ…」や「点滅…」で指摘したようなポイントは新しい視点や可能性なんかではなくてむしろ50年代~60年代の感性や実験性がリサイクルされていると考えるのが妥当ではないか、ということだ。武田氏がどの程度、現在純文シーンに精通しているのかは知らない。だが、モノホンの大学の先生こう言うとリアルに響くね。
…それ(現在の純文学)はもはや知識人の文学ではない。今の大学生はもちろん、大学教員でさえほとんどが現代文学の動向とは無縁に暮らしている。(囲われない批評)
ワタシなりに現在のシーンを概観する限り、今の純文学は60年代回帰を起こしている。磯崎憲一郎は直球の南米文学だし、高橋文樹、谷崎由依などの新人がガルシア・マルケスの影響を公言している。円城塔は60~70年代のSF・ミステリから多くを吸収している。諏訪哲史は50年代フランスヌーヴォーロマンだ。中原の亜流といえる木下古栗も「分裂」を描く作家だ。「受粉」において主人公は地下鉄で「自分で自分の尻を揉む」セルフ痴漢を見て、自分もやってみようと早起きを試みるのだが、寝坊するのだ」
司会者「ホント、読むのが苦痛なくらいバカバカしい話でした」
kenzee教授「ライトノベルでなにが起こっているのかは不勉強にしてよく知らないんだけど武田氏が東浩紀、中原昌也を取り上げて指摘したようなことは彼らに特徴的、というより現在の純文学シーンの一断面、という気がする。武田氏は批評の場を失ったことによって純文学も衰退した。現実と接続する意思を失った、というがなんのジャンルでも玉と石では圧倒的に石のほうが多いよ。「ロマン主義に続く新しい批評の方法論」というのはあまりにスケールの大きな夢で想像もつかないけど、ネットの普及によって金としがらみのないところからゴチャゴチャ好きなこと言うヤツがでてきてるこの状況こそにボクは可能性を見るがね。武田氏が「確率の位相」で述べられているように大衆っていろんなことをいっぺんにゴチャゴチャ言うけど長い目で見れば正しい結論をだすようなところがある。むしろ東氏は「ソルジェ…」で提示したようなテーマを今は2ちゃんねるなどに見ている気がする」
司会者「まあ我々、清涼院流水も舞城王太郎も谷川流もロクに読んだことないんで飽くまで純文学ウォッチャーの立場からの発言ですがね」
kenzee「中原論は小説だけでやってもなにか見落とすようなところがある。音楽、映画評、対談、先輩作家に対するイヤガラセまで含めて中原作品だ、と思ってるフシがあるよ。10代のときに暴力温泉芸者のCD買った(1回しか聴かなかったが)ボクのような世代の人間から見れば」
kenzee教授「でも、批評、評論の場がどんどん狭まっていく状況に危機感を持っているもは同感だよ。批評を失ったジャンルが衰退するのは音楽だろうが映画だろうが文学だろうが事実だからね」
kenzee「武田氏のような同い年の人にガンバッテ欲しいですね!」
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