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2008年11月27日 (木)

アナタと出会えた軌跡(笑)(自分探しソングの世界Part.2)

kenzee「昨日、次は浜崎の話するって大見得切ったものの、オレ浜崎ソングってロクにちゃんと知らないんだよな。CDはサンザン売ったけど、CD屋で。それももう7年くらい前の話だし。で、この記事のためにYou Tubeで浜崎ソングを初めてちゃんと聴いてみた。でねえ、「アレも売った、コレも売った」とか思いながら聴いてたんだけど、考えてみたらどれもこれもズイブン昔の歌なんだね。「A Song forXX」とかもう10年前ですか! 「SEASONS」ってのだけは割と記憶に残ってるんだけど8年前。ソリャトシ食うわけだわ」

司会者「最近、ヒット曲って聞こえてこないですよね」

kenzee「ウン、昔は黙っててもグレイの新曲だのミスチルの新曲だの耳に入ってきてたものだが、最近もう紅白観るまでナニが流行ったのかわからんもんな。浜崎の映像を観て、改めてそう思いました」

司会者「ところで「自分探し」の対義語ってなんでしょう? そして反「自分探し」的なJ-POPってあるんでしょうか?」

kenzee「それは槇原リリックを参考にすれば簡単にわかるが「自分探し」とは探し続けるというプロセスに意味を見出すもので「GREEN DAYS」によればそのような時間こそが青春だと。「次の扉をノック」し続ける限り彼らは永遠に若いのだ。そう考えると対義語は「成熟」だということになる。人間として成熟し、なにを捨ててなにを選び取っていくのか。ナイスタイミングで新潮に宇野常寛さんが「成熟」をテーマに連載を続けているのでそこをちょっと参考にしてみたい。

「成熟」するとは、喪失感の空洞のなかに沸いてくるこの「悪」をひきうけることである」

 少なくとも私は、江藤淳という文学者の遺した右の言葉をそう解釈している。「成熟」という言葉がときにアレルギー反応ともいうべき忌避と反発を生むのは、彼らを「老い」と「死」について考えることへの言葉にならない恐怖が縛りつけているからなのだろう。(中略)人が老いて死に行く存在である限り「成熟」は存在し続ける。ただし、獲得すべき完成としてではなく、対峙すべき未完成として。(中略)新しい時代には新しい「成熟」が存在するはずだ。ただし、それは決して新しい到達点や完成形としてではなく新しい「喪失」として否応なく私たちの前に現れるのだ。(新潮11月号「母性のディストピア」-ポスト戦後の想像力)

で、日本の戦後民主主義にとってのシンボルともいうべき「憲法9条」。この憲法改正論議における改正派の論理を「成熟」、反対派を「イノセンス」と解釈することで国家を人格として見立て、そこから戦後カルチャーが「成熟」をどう描いたか、と議論している。宇野氏は江藤淳の言葉から接続し、「成熟」とは偽悪的であり、「無垢」は偽善的である、と便宜的に定義する。でまあそっから例の高橋留美子の話とかでてくるんだけども。で、自分探しソングは「偽善的」な歌なんですよ。コレはもう当然。スガシカオの「マーメイド」は少年の心を持ち続けようとする「偽善的」な友人に向かって、「一生やってろバーカ。オレは決めたよ、歩き続けていこうと」と露悪的にふるまう、確かに江藤淳いうところの「成熟」した人間を描いた歌だ。でね、歌謡曲というものは例え、反社会的な人物であっても「純粋さ」を志向するというルールがある。露悪的にふるまってもサマになるというスガシカオや井上陽水は例外的な存在だ。で、ふたたび江藤淳の言葉に戻ろう。「成熟」するとは喪失感の空洞のなかに沸いてくる「悪」を引き受けることだ、と。じゃあ、「悪」を引き受ける前に「喪失感の空洞」があるはずなんだね。「探し続ける」ことを終えたらまず、目の前には喪失感の空洞が広がってるのだ。でやっと槇原に戻りますけど槇原のスゴイところは「自分探し」が人生さ!とのたまいながら、喪失し、空洞の前で立ちすくむ「成熟の途上」の風景も描くのだ。97年発表の「足音」は槇原ソングのなかでも珍しい抽象性の高い歌詞だ。

 聞こえるよ聞こえるよ 君の足音が 待っていないふりをしてずっと待っていた 自分の言葉だけをずっと信じてた この静かな旅はもうすぐ終わる 愛をひとつ胸に掲げていこう ぼくらの行く先にはなにもないから 愛をひとつ胸に掲げていこう あとに続くみんなの光になるから(中略)消えそうになっていても ぼくにはなにもできないけど 君が君の火を守る間ずっと待っているから(槇原敬之「足音」97年)

司会者「ぼくらの行き先にはなにもない、てのはスゴイですね」

kenzee「この静かな旅はもうすぐ終わるってのもスゴイ。イノセントを卒業しようという心象を描いたものだろう。「喪失を恐れるな、オレが愛を掲げておいてやるからみんな続け」という、だが「消えそうになっていても」ぼくはなにもできないのだ。ただ待っているしかできない。成熟した人間の持つ諦観がある。優れたポップソングである。「自分探し」は「職業探し」でもあるわけで「どんなときも。」において「探して迷ってOK!」と唄っているのだが、一方で「音楽で生きていくんだ」という決意表明の歌もあるのだ。

 東京DAYS なにかいいことないかとグチをこぼしかけて 遊び場探すようになったら最後と言葉を飲んだ(中略)子供が生まれたと友人が 写真つきのハガキをよこした 勇気をくれるものはいつでも 愛を守る人たちの強さ(槇原敬之「東京DAYS」94年)

「自分」ではなく「遊び場」探すようになったら最後、というところに成熟を感じます。登場する友人もバックパッカーとかじゃなくて家族を持ったりしてるわけですよ」

司会者「でも槇原さん、二丁目あたりでサンザン悪いこともしてたんでしょ?」

kenzee「それが人間のアレさ。このように槇原さんはひとりで「無垢」と「成熟」を同時に描く珍しいタイプのシンガーソングライターなのさ。で、J-POP界は圧倒的に「無垢」勢力で占められてるんだが、ごく一部「成熟」を描く勢力もいる。ここで、90年代J-POP史をおさらいすると「自分探しソングの源流はバブル崩壊後、またバンドブーム崩壊後の91年、具体的な楽曲として「どんなときも。」が90年代型自分探しソング第一号と考えていいだろう。この源流は数年後、大就職氷河期、大非正規労働という大河に発展する90年代の想像力を先取りしていた。皮肉なことにこの曲は、当時超売り手市場だった新卒の就職活動を描いた映画「就職戦線異常なし」のテーマ曲でもあった。歴史の皮肉だ。このあと、コムロやミスチルに象徴される「自分探しはいいことだ」ソングが大量生産され、大量消費される。だが、98年ごろから様相が変わってくる。そんな単純な論理に疑問を突きつけるリリックが現れ始めるのだ。その代表者は前述したようにまず、スガシカオだろう。97年にデビューした彼はミスチル的な「イノセントワールド」に露悪的な態度でNOを突きつける。前へ踏み出せなかったり、煮え切らない若者の心情、鬱屈を描いて大きな支持を得る。そして……歴史ってホントに不思議なんだけどスガがデビューした97年にミスチルは、初の東京ドームライブを終えたあと、長期休業に入るのだ。ここに「想像力の世代交代」があったと結論づけるのは勇み足だろうか。だが、こういった流れに呼応するかのように98年、99年あたりのJ-POPはただの「人生応援歌」を超えて多様化するのだ。象徴的なアーティストとして椎名林檎の名を挙げたい。初期の椎名リリックが描くのは徹底したディスコミュニケーションだ。いかに思いが伝わらないか、いかに人間関係というものが危ういか、それゆえ未来は不安に満ちている、だからこそ今、ここで抱きしめてほしいと歌う。

 約束はいらないわ 果たされないことなど大嫌いなの ずっと繋がれていたいわ 朝が来ない窓辺を求めているの どうして歴史の上に言葉が生まれたのか 太陽 酸素 海 風 もう充分だったはずでしょう(椎名林檎「本能」99年)

 何時もの交差点で彼は頬にキスする また約束もなく今日が海の彼方に沈む(中略)今の二人には確かなものなどなにもない たまには怖がらず明日を迎えてみたいのに(椎名林檎「茜さす、帰路照らされど…」98年)

 コムロが「出会いさえあればオールオッケー!全部チャラ!」という単純な世界観だったのに対し、スガや椎名林檎は出会ってしまってからのディスコミュニケーションや不安を描くんだよ。椎名の言う「抱きしめて」は「好きだから→抱きしめて」という短絡的なものではなくて「約束もない明日が不安、あなたの本当の気持ちもわからない→だから抱きしめてほしい」という多分にノーフューチャー的、パンクイズムに根ざしたものなのだね。この98年ごろからコムロは急速に失速していくのだが、スガや椎名林檎、aikoといったコミュニケーションのあり方に言及する歌手の登場と無関係ではないと思うのだ。仮に、98年以前の「自分探し」のプロットしかない世界を近代小説以前の「ロマンス」に喩えるなら98年以降は「リアリズム」の時代が到来したといえるだろう。さしずめ椎名や宇多田ヒカル、aikoはJ-POP史におけるジェーン・オースティンかシャーロット・ブロンテといったところか。このロマンスからリアリズムへの変容を図らずもそのまま生きた歌手がいる。広末涼子だ。広末はアイドルシンガーとして他人に詞・曲を発注するというシステムでCD製作を行っていた。デビュー曲は竹内まりやのペンによる「majiでkoiする5秒前」というもの。タイトルで大体見当がつくと思うのでイチイチ詞、書きませんけど。要するにオバハンの目から見た空想的なティーンエイジ・ポップだ。当時の若者風俗を反映して「シブヤ」「プリクラ」といった言葉が登場する。セカンドシングル「大スキ!」は岡本真夜のペンによるもので詞の世界も基本的に「マジコイ」を踏襲するものだ。この路線はサード(原由子)、4th(広瀬香美)と受け継がれていく。広末ソングはここまではステレオタイプな「カワイイ女の子」として描かれていく。だが、5thシングル「ジーンズ」カップリング曲において広末ソングは意識革命を迎える。こんな曲だ。

 これからずっと傍にいても 大人になって冬が来ても あたしを知りたいと思う気持ち 凍らせないように気をつけて 色々葛藤はあるんだけど あたしの云いたいことをすべて 吐き出しちゃえばエゴになるの だからいまちゃんと顔を見せて(広末涼子「プライベイト」作詞椎名林檎)

 これはシングルのカップリングにひっそりと収録された曲だが椎名林檎の提供曲である。従来の広末ソングとはまったく世界が違うことがおわかりだろう。ティーンエイジのファンタジーでお茶を濁してきたオバサンの職業作家たちは椎名のリアリズム表現によって退陣することになる。「プライベイト」以降、広末ソングはオバサンライターを起用しなくなる。この98年に音を立ててJ-POPの想像力が転換したことを物語る好例だろう」

司会者「(ていうか、いくら当時CD屋だったからって、やたら広末ソング詳しすぎね? まさか、シングルとか買ってなくね?)」

kenzee「ホウ、広末の新曲、朝本の曲かァ。まあ朝本もグルーブチューブ(フリッパー)のオルガン弾いてた人だし聴いてみっかァ、とか言い訳しながら買った記憶があります。ええと、だから97年~98年あたりというのは近代小説の発生にも似たリアリズム革命が起こっていたんですよ、J-POPシーンに。この頃「自分探し」ソングは大転換期を迎えていたといってもいいだろう。この98年にリアリズム革命の真打ちが登場します。コイツだ!」

司会者「やっと浜崎かよ! 長すぎるよ!」

kenzee「ウン。満を持して浜崎登場なのだ。上のリンクはデビュー曲「poker face」なのだが、曲調からもわかるようにサウンドやアーティストイメージとしては基本、コムロワールドを踏襲しているようだ。この曲からわかるように浜崎プロジェクとは決してアンチコムロとして出発したのではない。むしろコムロが開発したビジネスモデルをどうゼロ年代向けに展開するか、というコンセプトだったと思われる。意外と浜崎は代理店的な発想からはじまってるんだ。それがナゼかリアリズム革命の急先鋒に変貌してゆく。まるでジャンヌダルクのようにだ。次は91年の「どんなときも。」から始まった「自分探しソング」がどのようにして浜崎へと結実していったのか。そして浜崎以降「自分探し」はどうなったのか、というところで論じてみたい」

司会者「ホントに次で終わりにしてくださいね」

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