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2008年12月14日 (日)

自分探しと多重決定と決定不可能性(自分探しソングの世界Part.5)

kenzee「前回は「白線流し」というテクストから90年代の若者全般を覆った病、「自分探し」がこの10年どう展開し、進行させていったかという話をした。あのドラマの登場人物たちは学校を出てから仕事を辞めて海外へ飛び出したり「不安」という漠然とした理由から結婚をやめたり、役者や脚本家というかなり実現可能性の低そうな夢を見てアルバイト生活を続けたりとリスキーな選択肢ばかり選び取ってしまう。そして多くの視聴者は彼らの生き様を好意的に評価した。「リスクをとる」ことの危険性について誰も指摘しなかったのだ。これは最早、我々団塊Jr.世代ばかりが人生を安易に考えていたというより95年以降のポストモダン状況の進行とともに「大きな物語」が消滅したことによる「物語探し」の一環だったのではないかと思えてくる。こうなると「自分探し」は社会システムの問題とも関わってくる」

kenzee教授「大きな物語ってみんな割りとよく使うけどさ。ポストモダニズムを定義するときによく使われる言葉なんだけど「大きな物語の終焉」とか。「大きな物語」は前提として、全体性、発展、目的論という基礎のうえに成り立つものでね。たとえばマルクス主義は人類史を大きな物語として語った。まず、原始共産制から始まって、農耕の発達とともに私的所有という概念が生まれ、階級闘争が始まる。そしてさまざまに発展、止揚があったのち、社会主義へ最終的に発展する、という冷静に考えると割りと単純なストーリーだ。この「大きな物語」は60年代終わりまでは機能していた。そしてポストモダン批評の登場によって否定されていく。だが、デリダやバルトの登場を待たずともマルクス主義内部で否定されていた。リオタールは構造主義的マルクス主義者だが「その手の思考法は近代の、啓蒙主義以来の思考法だ」と批判した。デリダは「大きな物語」とはイデオロギーである。そんな形而上学的イデオロギーは切り刻んでしまえば逃れられると論じた。もう一人のポストモダンの論客ボードリヤールはマルクス経済学をひっくり返した。マルクスは価値を市場価値と交換価値に分けた。交換価値は市場によって決められる。たとえば高学歴の新卒は就職市場では高い価値が付けられ、交換されるのだが、40過ぎの非正規雇用者は交換価値が低いとみなされる。しかし、使用価値とは彼らが実際にどんな働きをするか、という問題だ。おそらく前者はデスクワークで、危険の伴わない仕事でたくさんの貨幣を得るだろう。後者は危険な仕事に従事し、労災を起こす可能性が高い。にも関わらずわずかな貨幣しか得られない。マルクスはこの使用価値こそが正しい価値なんだと指摘した。今、雨宮処凛さんや赤木智弘さんや大澤信亮さんなんかがやってる労働者の問題の根源はこの「価値」の問題なの」

司会者「マルクスの言ってることは基本、正しいんじゃないですか? だってロクに仕事らしい仕事してないオッサンとかいっぱいいるわけじゃないですか、会社って。で、能力も体力もある白線流しにおける渉のような若者が自分探しに奔走してる状況はおかしいって、そういう指摘なんじゃないんですか? ま、ボクのようなセレブが言うのもアレですが」

kenzee教授「今でも、左翼系の論者は使用価値が正しく、交換価値は間違っているという前提で論じるヤツが多い。最近なら非正規雇用の大量クビ切りなどの問題でよく見られる。彼らの使用価値は極めて高かったはずなんだ。だって、工場とかで現場で危険な労働とかに従事してたわけだろ? でも、世界的な不況に見舞われている現在、彼らの交換価値は最早ゼロ円に近い。なにしろ失業して仕事も住むところもないんだろ? つまり財産を所有していないってことなんだけど。小泉の規制緩和とはこの交換価値と使用価値の格差を大きく拡げるって意味と読むべきなんだ。ところがボードリヤールはこの前提をひっくり返した。ボードリヤールは「事物そのものの価値というものが仮にあるとしたらそれは数値化もできないという意味で、そもそも「価値」ですらない。よって「使用価値」という概念は「交換価値」を常に誤った価値と認識することで、その起源として想像される擬制でしかないと論じた。交換価値こそが現実に存在する価値で使用価値など幻想に過ぎない、と。つまり市場の判断こそが正しい判断で、オレは一生懸命がんばったとか関係ない、という論理だ。ボードリヤールの言いたいことは要するに「経済学に道徳を持ち込むな。そんなナニワ節で経済を統御すると失敗する」ということなのだ。ボードリヤールは元祖「決断主義者」と言っても過言ではないと思うんだけど、彼のマルクス経済学否定は一理ある。市場が判断するからコムロが凋落して別の想像力が現れる、といった文化の世代交代が正しく行われるのでね。でも、今回の金融危機でわかったことがある。確かに資本主義はボードリヤール的決断主義によって回ってるわけだけど、リーマンのような金融セクターにまでそのルールを適用してしまったら大変なことになるということ。このようにポストモダニズムもまた、マルクス主義同様矛盾を孕んでいるのだ。デリダはイデオロギーから逃れようと頑張ったが「イデオロギー(大きな物語)の終焉」という物語自体が反政治性という名の政治性を持ってしまう。たとえば東浩紀さんは例のニコ動で「文学の全体性を回復したい」と述べているが、その全体性、発展、目的論を前提とするものがイデオロギーなのだ。結局、なにか発言するということは少なからず政治に加担せざるをえないということなんだけど。その辺をいっつも後ずさり戦法でゴマかそうとするから大塚英志は東氏に怒るんだよ。「リアルのゆくえ」で東氏は南京大虐殺論争をやって大塚さんにブツブツ言われるんだが、「歴史」ってそもそも政治なのね。なんらかの政治に加担するんだよ。真実はひとつしかないのは自明のことだけど純粋な歴史というものはないの。そうすっと我々にできることは「どの政治に加担するか」という決定で、そこを通過することが、今宇野さんがやってる「成熟」の問題と絡んでくる。つまり、「どの政治に加担するか決定することは意味がない。ならば複数のイデオロギーが共存できる社会を構築しよう」というのは結局問題先送りの発想なの」

kenzee「ミスチルの論理に近いですよね。やっぱり東さんも90年代の人なんですよ」

kenzee教授「マルクス主義文学理論における、上部構造の「決定」の概念はデリダらポスト構造主義、脱構築主義によって大きく修正された。アルチュセールは「上部構造の相対的自律性、そして上部構造と土台の多重決定」という概念を考案した。マルクス主義では財産のない者はみんな肉体労働に従事し、酒やら娯楽やらで憂さを晴らすということになるが人間とか社会とはそんな単純なものではない。さらにフレドリック・ジェイムソンがラカンの精神分析論を使って「政治的無意識」を語り、スラヴォイ・ジジェクがそれを発展させた。これらの議論によってマルクス主義における上部構造の「決定」の概念は「決定性」と「決定不能性」がイコールになってしまうという逆説が生じる。重要なのは誰も「ポストモダン状況が進行してナニ信じていいかわからないから「決定」するのはヤメました」とは言ってないんだよ。人間とか社会とは基本、「決定」「成熟」へむかうものなのでね。マルクスの時代はまだ産業革命が起こったばかりで人間の精神なり政治を決めるのは「経済」によってだった。でも70年代以降、話はそう単純にはいかなくなった。今の派遣社員の人々のクビ切り問題に即して考えると彼らはエライ目に遭ってる。工場で働いて得た収入、という土台があって派遣会社の寮に住むとか生活インフラといった上部構造が成立していた。ところがクビ切りという下部構造の変化によってこの上部構造は崩壊する。このとき、マルクスなら「下部構造を消滅せしめたブルジョアジーを倒せ、団結し階級闘争せよ!」 と唱えるだろう。だが、派遣というシステム自体がアルチュセールの言うように下部構造を重層的にしていて敵がよくわかんなくなっちゃってるワケ」

司会者「彼らは派遣先に文句言っても「ハナからそういう契約だろ(いつでも契約解除できる)という論理で話にならないし、派遣元は(派遣社員は「登録」しているのであって雇用しているのではないので)出て行ってくれ、と。どこにケツ持っていきゃいいのか」

kenzee教授「この状況をマルクスが見たらなんと言うかね。たぶん、まずこう言うだろう。「ナゼ、彼ら(派遣社員)は団結しないのか? プロレタリアートとしての自覚がないのか?」と。オレはこう答えるだろう。「ないんですよ。彼らは自らを「労働者」とか「プロレタリアート」だとか「使用価値より交換価値がかなり低く見積もられている」とか考えたことないんです」、と」

マルクス「でも、彼らだって他人との経済格差を感じて生きているんだろう? 友達がクルマを乗り回してたり、家建てたりボーナス貰ったりしてるのは知ってるんだろう? 自分だって労働者なのにナゼこうも違うのか、とか」

kenzee「そこはkenzee教授に代ってボクが答えましょう。つまり、彼らはポストモダン的自分探し理論によって問題を先送りにしているだけなのです。彼らはあなたの言うように自らを「労働者」とも「プロレタリアート」だとも思ってません。せいぜい「旅人」「自由人」「夢追い型フリーター」こんなとこだと思います」

マルクス「私は現代の日本に来てまず、こう思った。この国の風景は欺瞞と隠蔽にあふれていると! まず、公園のベンチ。絶対一人しか座れないようになってね? アレ、ホームレス対策だよね。あと、よく地下道とかに置いているオブジェとか。芸術かなんか知らないけど。アレもホームレス排除の歴史を隠蔽しているのだろう。ファスト風土は一見、地方に文化と雇用を創出しているように見えるがなにかの拍子にジャスコやマクドやツタヤやファミレスが撤退したら地方死ぬぞ。私はあらゆる場が闘争の場だと論じた。21世紀、ネットなどの科学の進歩によってヴァーチャルな社会が現出したかに見えた。そしてそれは新たな団結の、闘争の場になるかと思われた。しかし、むしろ、ネット社会は権力に与する方向へ向かっているように見える。2ちゃんねるなどは若者のフラストレーションを薄め、弱体化させるメディアとしての機能でもある。どうりで権力は2ちゃんねるを潰さないわけだ。kenzee、キミはこの状況、東氏や宇野氏の言うような「全体性の回復、複数のイデオロギーが共存できる社会的アーキテクチャの構築」とかでどうにかなると思うかい?」

kenzee「悪いけどその論は性善説に基づいてると思います。人間は排除する生き物です。ウェブの時代にはウェブの時代なりの排除の論理が現れるだけだと思います。「排除2.0」とでもいうものが。「自分探し」はいいことだ、という思考は、「大きな物語」が消滅したポストモダン状況ならではの思考です。ボクは人間には、というかとくに若い人には、ウソでもいいから「大きな物語」を与えることが重要だと考えます。この際、正しい正しくないは関係ありません。大体歴史も「大きな物語」ももとからフィクションです。ナゼ、人間は政治に加担し、排除するのか? それは「排除」ってカッコいいからなんです。石井聰亙 の傑作、「狂い咲きサンダーロード」のセリフにあるじゃないですか、(「住民から愛される暴走族になろう」という族同士の取り決めに対して)主人公の特攻隊長ジンは言う、「愛される暴走族だって!?冗談じゃねえ!」そして彼は世界のすべてを敵に回すのだ。哲学とか批評理論ってボクは暴走族みたいなものだと思ってたんですが。とにかく今、「大きな物語」が必要なのです。このポストモダン状況が進行すれば次は「経済」という物語が消滅します。大インフレが起きてもおかしくない状況です」

司会者「経済は「物語」なんですか? 実体経済じゃないですか」

kenzee教授「アレだよ、紙幣ってさ、一万円札は一万円分の価値があるってことになってるけど、アレみんなそう信じてるから流通してるんであって実はタダの紙だから。基本、社会って「信用」によって動いてるのでみんなが信じる「大きな物語」が消滅することがどんだけシャレにならないかわかるだろう」

kenzee「別のアーキテクチャを設計すればOKとかいうものじゃないんだ。強いて言うならいっそ社会主義にしちゃえば丸くおさまるんだよ、でもポストモダン論者たちはただ苦笑するだけだろうけどね」

マルクス「社会は漸進的発展を遂げる。だが、それには根気よく、時間をかけた「仕事」が必要だ」

kenzee「今回はケツメイシや清木場俊介といったJ-POPの歌手が自分探しとか「旅」とかを歌うのはナゼか、という話をしたかったんだけど。状況論みたいな話になってすまんね。次で、日本語ラップの話をしてJ-POP批評、終わりになると思う。ただ、今の世界的な金融危機とか国内の労働問題とかムチャクチャな状況なんだけどテレビとか新聞とか見ててもそのシャレにならなさが伝わってこないんでね。ひとつ例を挙げておくと80年前の世界恐慌のときは中小の金融機関は壊滅的に潰れた。でもウォールストリートの主要金融機関は倒産しなかったんだ。銀行に関しては昔から厳しい規制を設けて公的機関による監視も行われていて、そう簡単に破綻しないシステムができてたからね。じゃあ、なんで第二次世界大戦に至るほどの大恐慌を招いてしまったのかというと1931年、オーストラリアで預金資産の7割を集めていたクレジット・アンシュタルト銀行が破綻したからなんだ。リーマン・ショックは6130億ドルという負債総額を発生させていて、21世紀のクレジット・アンシュタルトと言える」

kenzee教授「そういえばkenzeeは今仕事なにしてんの?」

kenzee「ボクは今、某公共機関で働いてるんですよ」

司会者「郵便局の年賀状のヤツですか?」

kenzee「違うよ! っていうか公共じゃないじゃん!」

kenzee教授「役所みたいなトコなんだ」

kenzee「ええまあ。臨時職員みたいな」

kenzee教授「キミはよくそういう妙なバイトを見つけるよね」

司会者「ここの読者にももしかしたら失業者の方がいるかもと思うんですが、そういう妙なバイト見つけるコツとかあるんですか?」

kenzee「毎朝、ハロワに張りつく。あと、意味なくてもスーツを着て出かける。ワタシはコレを実行しました」

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2008年12月 7日 (日)

我々の浜崎論は浜崎新曲によって崩されちゃいました。の巻(自分探しソングの世界Part.4)

司会者「J-POP批評、評判いいみたいですよ。速水さんもリンク張ってくださってるみたいだし」

kenzee「自分で読み返しても結構、評論の体をなしてるナ~なんて。意外と面白くなってきました。でも、一時期J-POP批評ってブームだったじゃないですか。太田出版とか宝島とかを筆頭に。でもあの頃でも「歌詞の変遷から想像力の変化を読み取る」みたいな捉え方はなかったと思うなあ。近田春夫さんみたいなミュージシャンの人はもっと音楽的な方向にいってたし」

kenzee教授「確かに98年(前後)問題を取り上げた文章はみたことないね。なんでだろ」

kenzee「やっぱり「90年代に最も影響力を行使した東浩紀がこの変化に無自覚だったから」じゃないか?」

司会者「J-POPは関係ないだろ! これからでてくるヤツみんなその口上使うのかよ! 東さん気の毒過ぎるだろ!」

kenzee「やっぱ浜崎論が反響多かったみたいで。一応図書館で6年ぐらい前の「音楽誌が書かないJ-POP批評浜崎篇」とか読み返してみたんだがああいう捉え方はなかった。斉藤環とかが寄稿してたんだがむしろ浜崎さんの生い立ちとかに触れてて批評としちゃイマイチだったよ。で、昨日Mステ観てたら浜崎さん出て来てサ」

司会者「あの人は10年間ズーット現役ですよねえ」

kenzee「で、12月5日リリースの新曲「DAYS」を歌ったんだが、歌詞がねえ……ウ~ン、コマッタことになっちゃったんだ」

 何気なく交わしてる言葉のひとつひとつが 僕にとってはとても大事な宝物 だけど自分でもなんでか恥ずかしいくらいだから 君が知ったらきっと笑われちゃうだろう 逢いたくて逢いたくて せめて声が聞きたくて 用もなく電話したり 君がいるそれだけで 心がとても温かくなる 僕の願いはたったひとつだけ そうこんな風にいつまでも君を好きなままでいいですか 大切な人がいることはもうずっと前から知っているよ だって笑顔が語ってる 切なくて切なくて 胸がギュッとなる夜も確かにね あるけれど(浜崎あゆみ「DAYS」08年)

司会者「なんか…中学生のポエム並にかわいらしい歌詞ですね」

kenzee「ウン、我々が指摘したような哲学的に自己の存在を問うたり、悲劇的な宿命を予測して悲観することもない。「DAYS」は片思いについての歌だ。かつての「本来性」を生きる浜崎さんならば「片思いによって決して成就しない恋の運命を嘆き悲しみながらも強く生きる、強い女性像」を描いただろう。でもコレ、普通のラブソングなんだよ。どういう心境の変化かね。あのう、こういう新曲だされると我々の論が崩れちゃうんですけど」

kenzee教授「かつての浜崎ソングならば「片思い」は「自分の意思ではどうにもならない宿命」として捉え、悲観していただろう。そして「語りの形式」でいけば「冬の語り」悲劇として描かれていたはずだ。でも「DAYS」は悲劇どころか主人公はその状況に幸福を感じてさえいる。前回、「春の語り」と「夏の語り」について解説していなかったが、「春の語り」とはどこにでもいる普通の主人公が、初め困難な状況に置かれ、のちにそれを克服する物語のことだ。シェイクスピアの「真夏の夜の夢」などが典型だ。「夏の語り」は主人公が敵を倒し、探求の冒険を成就する。ドラクエなどのRPGに採用されている典型的なアレだ。浜崎ソングは「春」と「夏」がスッポリ抜け落ちていると我々は指摘したが、浜崎ソングも年齢を重ねて「春の語り」を獲得するようになったのかな。「心がとても温かくなる」なんてかつての浜崎リリックにはありえない言葉だよね」

司会者「浜崎ソングが描く女性は「強い女性像」であり、能動的に「本来性」を生きます。だからこそ、女性シンガーでありながら男性より女性の多くの支持を得たのです。でも「DAYS」の主人公は受動的な片思いに溺れていてハイデガー言うところの「本来性」を生きてるようには見えませんね」

kenzee教授「ハイデガーが「存在と時間」を発表したのは1927年なのだが30年代には早くも彼の思索は「転回」するのだ。「存在と時間」では「現存在」の能動性が重視されたが転回後の「ヒューマニズムについて」(1947)では、人間は「存在の牧者」として受動的に捉えられヒューマニズムは「存在忘却」の形而上学だとして批判した。この転回にはモチロン世界恐慌~第二次大戦の反省があるわけだが。思えば浜崎さんは「バトルロワイアル」の99年にデビューしてから決断主義のゼロ年代を駆け抜けた数少ないアーティストの一人だ。そしてこの10年間失速することがなかった。この激動の時代を駆け抜け、たどり着いたのが「春の語り」であり、転回後のハイデガーの如く、人間を等身大の存在の牧者として見つめ、他愛ない片思いに生きる意味を見出す、そんな境地にたどりついたのだ。ま、これ以上やるとロキノンみたいになっちゃうんでいい加減にしますけどね。宇野常寛さんがポスト決断主義の理想として指摘したよしながふみが描く「人間関係の回復」の物語を「DAYS」にも見ることができるだろう」

kenzee「ここではないどこか」「どこかにいるはずの本当の自分」を探してイラクや東南アジアへ出て行くのではなく、目の前の人間との関係性による克服。この曲は宇野氏の議論への回答を示しているといえますね。で、「自分探し」についてイロイロ考えていたんですが速水さんは社会現象や事件、若者の風俗から自分探しのファクターを取り出して論じた。だが、J-POPのようなポップカルチャーにはあえて触れなかったのだ。もしかしたら大人の事情とかそういうアレなのかも知れないが」

司会者「出版の世界ではこんなに歌詞とかジャンジャン載せたらジャスラックにナンボ持っていかれるかわかったモンじゃないんですよ! 大槻ケンヂさんが自分の歌詞エッセイに書いても持っていかれたって怒ってましたよ」

kenzee「ブログはどこまでセーフなのか知りませんけどね。テレビドラマのようなマス向けのポップカルチャーにもあんまり触れずじまいだ。そこで90年代における「自分探し」を考える上で重要な作品を速水さんに代わって取り上げてみよう。木曜10時のこのドラマをね! 詳しいところはwikiで確認していただくとしてこのドラマは長野県の田舎の進学校を卒業した仲間たちがそれぞれの道を探したり迷ったりしながら友情を深め、ときに傷つけあいながら成長する姿を描いた青春ドラマだ。放映当初はイマイチ視聴率がふるわなかったらしいがワンクール終了後に主人公たちの同世代、いわゆる団塊Jr.からの圧倒的な支持を受け、続編がスペシャル番組として5作製作、放映された。奇しくもこの「白線流し」はTV版のエヴァンゲリオンの放映と完全に重なった。で、調べてみたらこの95年~96年のテレビドラマ界にはちょっとした異変が起きていたようだ。従来のいわゆる「トレンディドラマ」が身をひそめ、「星の金貨」('95)のような不幸モノ、「古畑任三郎」('95)のような切り口の変わったもの、「学校の怪談」のようなホラーと多様化する。また、恋愛モノでは「ロング・バケーション」('96)の成功などなんかにぎやかだったみたいだね。「白線流し」もまた、これらのポストトレドラとして登場したと思われるがこれほどハッキリと「自分探し」をテーマとして打ち出したのはコレとエヴァぐらいじゃないか? まず登場人物のひとり、長瀬智也演じる大河内渉は最初、主人公らの高校の定時制に通いながら町工場で働く青年として登場する。卒業後は星への興味から北海道の天文台に就職する。だが、不況のあおりでそこは閉鎖。その後、渉は怒涛の自分探し人生を歩み始める。まず、東京で高校時代からの仲間の七倉園子(酒井美紀)と同棲生活を始める。そしてホストになる。イロイロあってその後、園子と別れ青年海外協力隊になり、海外へ出る。で、そこの同僚と結婚するが死別。最終的には地元、松本の天文台で働くことになる。どうッスか! この探しっぷり。渉だけではない。馬渕英里何演じる冬美は卒業後、役者を目指し上京し劇団に入るが挫折。肉体労働等のバイトなどを転々としながら脚本家を目指し新人賞へ応募を続ける。ところで彼女は手書き原稿のようなのだがその辺で既にどうかという人生だ。でまあ、地元に就職した者、大学はでたものの就職が決まらずバイトを続ける者、とこう、そのままのドラマなのだ」

司会者「青年海外協力隊、役者、脚本家志望、スタイリスト……すごいですね。そのまま具合が」

kenzee「テレビシリーズでは割と高校生の恋愛、とか思春期のナントカみたいなところに力点が置かれていたのだが、「探しっぷり」が加速するのは本編が終了してスペシャル化してからなのだ。つまり、正確には「白線流し」は97年から2005年まで、宇野年表的にはポスト95年から新自由主義を経てポスト決断主義までの時代を駆け抜けたことになる。で、ここでドラマの内容をどうこう批評しても仕方ないので結論だけまとめておくと、世間では彼らの生き様は不器用ではあるが誠実だと好意的に評された。社会の荒波にもまれながら「本当の自分」を探して迷いまくる姿はリアルなものとして歓迎されたのだ。だが、考えてみてほしい。彼らの松本北高校はドラマの中では進学校という設定で、たとえば園子は教師を目指すべく1浪後、早稲田大学教育学部に入学する。つまり、彼らはポストバブル、ポスト95年という背景に生きていなければ、10年早く生まれていればもっとまっとうな人生を生きていただろう。ところで、柴崎友香「星のしるし」において主人公果絵は婚約まで済ませたのち、結婚をやめる。実は大借金があったとか実は同性愛者だったとかもっともな理由からではない。「なんとなく不安」でやめてしまう」

司会者「決定ができないんですね」

kenzee「白線流しにおいても「最終章・夢見る頃を過ぎても」において園子と長谷部優介は結婚を誓うが、直前になって園子は「ごめんなさい」と!」

司会者「いったい優介のなにがイケナイっていうの! 彼は弁護士なのよ!」

 園子「渉さんへの思いが捨てきれないの……」

kenzee「ここまでくると「自分探し」はいいことだ、などとのんきに看過してられないですよ。果絵の彼氏にせよ、優介にせよサンザンじゃないですか! このように団塊Jr.の柴崎さんも無意識に自分探し的マインドを描いてしまう。これほど我々の世代にとって病として浸透している厄介なモノなのだ。自分探しは。90年代はまだ夢と若さで無敵だった彼らもゼロ年代を迎え、決断主義の時代に突入するとだんだん追い詰められていく。結局渉や慎司は家業を継ぐというオチでいい感じの結末を迎えるが、現実の社会では大量クビ切りにあった非正規雇用の若年労働者たちが仕事を住むところもろとも失って途方に暮れていたりする。実は「白線流しスペシャル~19の春」にはDEATH NOTEにおける夜神月のごとき決断主義者が登場する。園子は大学入学と同時にテニスサークルだかイベントサークルだかわかんないナンパサークルに所属するのだが、そこの部長が典型的な決断主義者なのだ。モチロン「自分探し」園子は決断主義者に便利なキャラとして扱われる。因みに彼は園子のように受験勉強して早稲田に入ったのではなく付属高校からの内部進学だ。そんな都会モンの決断主義者が田舎モン園子を完全に自分のゲームのキャラとして使う様子が描かれる。「ゼロ年代の想像力」の読者は「19の春」をチュキってみてほしい。大抵のツタヤにあります。そして忘れちゃいけないテーマソングだ!」

司会者「エ! まさかいままでのはイントロだったとかいうんじゃないでしょうね!」

lenzee「アレ? 今回白線流しの話しかできなかったな。まあ「日本語ラップと自分探し」、あとリアリズム革命と浜崎あゆみの登場によって切断されてしまった「自分探し」ソングが内包していたポジティヴィティーがどこへ行ったか。という話をバンプオブチキンを使ってやってみたいと思います。

 幼い微熱を下げられないまま 神様の影を恐れて 隠したナイフが似合わない僕を おどけた歌でなぐさめた 色褪せながらひび割れながら 輝くすべを求めて 君と出会った奇跡がこの胸にあふれてる きっと今は自由に空も飛べるはず 夢を濡らした涙が海原へ流れたらずっとそばで笑っていてほしい ゴミできらめく世界が僕たちを拒んでも ずっとそばで笑っていてほしい(スピッツ「空も飛べるはず」94年)

ミスチルに比べるとスピッツの歌詞は詩的に洗練されているし、豊富なレトリックに裏打ちされたリリシズムがある。でも言ってることは大体ミスチルと変わんないですよ。つまり、イノセントな「僕」は君と出会ったことによって空も飛べるだろう、これが奇跡というものか、という「出会い=すべてチャラ」のコムロ論理と同様のアレだ。あの時代らしい歌詞だとも言える。この曲は94年にシングル発売されたものの大して売れず、96年にドラマ主題歌になってからチャートに再浮上した。これはこじつけかも知れないが、「白線流し」のドラマ自体は当然オウムと地震のポスト95年を背景に成立している。だが、主題歌はまだ「自分探し」状況がそれほど深刻ではない94年に発表されたのだ。当時からこのドラマは「ノスタルジックな」と形容されることが多かったがその郷愁は何十年も昔の青春ドラマとかではなくて95年以前の、まだバブルの香り漂うあの未曾有の好景気の匂いを、我々が嗅ぎ取っていたからではないか。この歌詞を書いた当時の草野マサムネはまだ、オウムも地震もエヴァも就職氷河期も非正規雇用もバトルロワイアルも911も知らない。草野がドラマ用に新曲を書き下ろしていたらこんなイノセントな歌詞にはならなかっただろう。神のイタズラか。ところで我々はさんざんミスチルを「自分探し」の首謀者と悪者のように扱っているが彼らの音楽が当時リアルに響いていたのは私自身がよく知ってますよ。因みに「白線流し」ドラマシリーズ第一回放送のファーストシーンはなんと、受験を控えた夏休み最後の日。園子とまどかは東京のスタジアムで行われるミスチルのライブへ行く。そして帰りの特急電車で冬美、渉と合流し、壮大な自分探しストーリーが転がり始める」

司会者「ホンット、ミスチルは業が深いですね」

lenzee「そうなんだ。宇野さんはこの時代(95年~96年)の想像力の変化を「エヴァンゲリオンと心理主義」だけで片付けてしまうが、むしろ宇野さんの得意なテレビドラマなどのポップカルチャーのほうに色濃くポスト95年問題は反映されていたのだ」

司会者「もう、そのラップとバンプの話が終わったら文芸誌に戻りましょうね」

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