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2009年3月11日 (水)

サクラップとゼロ年代(J-POPと自分探しPart.6)

kenzee「前回、櫻井翔ソロ曲「HIP POP BOOGIE」を聴いていただきました。あのリリックのスゴイところはまったく従来の「ストリートの論理」が通用しない「ジャニーズアイドル」という立場を見事に逆手にとった姿勢なのだ。

 大卒のアイドルがタイトルを奪い取る マイク持ちペン持ちタイトルを奪い取る HIP HIP POP BEAT YO ステージ上終身雇用

これは慶応幼稚舎からエスカレーター人生を歩んできたボンボン櫻井にしか書けないパンチラインだ。「マイク一本で夢をつかむ」という陳腐な物語を見事に相対化し、オルタナティブの設定に成功している。

 What's Goin' On なにか違うと思わないかい? あんな大の大人が罵り合い大会なんてぼくらは見たくないんだい こうなりゃもう、おう咲き乱れる 本業の方々顔しかめる(櫻井翔「HIP POP BOOGIE」2008年)

これはおそらく日本のヒップホップの祭典、B-BOY PARKにおけるMCバトルについての批判だろう。エミネム主演のMCバトルを描いた映画「8Miles」でも登場する「MCバトル」について説明すると、ラップの腕に覚えのある者同士がフリースタイル(即興のラップ)で相手をDisり、ボクシングのようにトーナメント戦を戦い、勝ちあがっていく、というものだ。因みにKREVAはこのバトルで3年連続優勝という未だ誰も破っていない記録を持っている。このフリースタイルというものは非常に高度な技術を要するものでプロだからといって必ずしも勝ちあがれるとは限らない。事実、かつてラッパ我リヤのQなども参戦したがサッサと敗退したりしている。確かにラップには相手を批判し、言い負かす(Disる。Disrespectの略)という側面もあるが、既に日本語ラップは高度に成熟しており、相手を罵る以外にも様々な可能性を秘めた表現スタイルだ。例えば櫻井のリリックはボンボンらしいおおらかな上昇志向を歌ったものが多い。

 ぼくはただただ黙々と Dreamと書いて「目標」と読む 想像以上向こう向こうへと Go Go and Go and On and On(嵐「We Can Make It!」2007年)

 日々をこうして過ごすなかに 灯りのようキラリ光るばかり そういま僕らは交点を結びそれぞれの道へと進み 包み込む日々が輝きだすのは 時がそれを彩りだすから ぼくはそして交点の先へ いつかまたね交点の先へ(嵐「Step And GO!」2008年)

 短い夏が終わろうとしている 僕はただ海辺だけを見ている 今はこうして碧が満ちている 空はいまも僕たちをみている そうまた集まって 悩んでいたって語って笑って 飾っていた自分照らしだす またあの日の夕日照らしだす はにかむ日々を包んでく 風が僕を包んでる(嵐「風」2007年)

司会者「ホンット、リリカルアイドルですねえ。サクラップは。「風」とかフツーに青春歌謡じゃないですか」

kenzee「All or Nothing」なんて結構、本格的に韻踏んでてスゴイよ」

 ジャニーズ代表 嵐 is in Da House Yo そうこれがAll or Nothing S.H.O.W spelling words on this Track bring it on like this yeah check it 雲のない空 ほらもたもた 模索せずに 余暇楽しんだほうが 今日は消化にもよさそうだ 時には部屋でかけるボサノヴァ 外で奴とChill ゆったりと話し込んで明日を見る 枠を切ることにより 明日を知る You Know What I Mean?(嵐「All or Nothing」('02)

このようにサクラップの特徴は「品がいい」ってことかな。ヒップホップ用語を使うにしてもshitだのbitchだのfuckだのいった下品な言葉は使わないし。あと、かなりKREVAとキックザカンクルーに影響受けてるなあと思うんだけど。あんま英語日本語チャンポンじゃなく、日本語だけで韻踏もうとしてる感じが。「オレが最初で最後のパイオニアきっと笑うぜ最後には」、とかリトルが書きそうなラインだし。櫻井は昨年、TBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」で嵐特集のときにコメントを寄せた。ちょっとそのときの様子を聞いてみよう。

 …中学生の頃にさんぴんCAMP、とか盛り上がってて、自分がラップをやるのはこの時代に青春を送った者の運命かな、と思います。自分がデビュー曲「A・RA・SHI」でラップしたのも偶々だった。ちょうどその頃ドラゴンアッシュとかが盛り上がってきてるときで、やがて自分でリリックを書くようになった。リリックを書くときに気をつけていることは(歌が入っている状態でデモを渡されるので)歌の世界を尊重したリリックを心がけている。そして語呂合わせではなく、リリカルに響く詞であること。リリックには2パターンあって、ひとつは風景描写に重きをおいたもの。もうひとつは歌の主人公になって一人称で書くパターン。だが、ラップは自分にとっては趣味だ。影響を受けたのはm-floのverbal、sing02、ライムスター、ZEEBRA、ブッダブランド。さんぴん世代の人々。それが自分の青春だ。(櫻井翔談)

このコメントを聞いても櫻井が「アイドルソングにラップ風味の味付け要員」とかではなく、自覚的な表現すべきなにかを持ったラッパーだということがわかる。sing02聴いてたとはビックリだね。嵐のライヴでシンゴ補完計画! とかやらないかな。嵐と櫻井のスゴさを語りだすと止まらないね。2002年ごろからメンバーのソロ活動が目立つようになり、櫻井は「木更津キャッツアイ」松本潤は「ごくせん」などのテレビドラマに主演し、役者としても知られるようになる。櫻井は現在、三池祟志監督作品「ヤッターマン」のプロモーションで大忙しなのだ。「真夜中の嵐」「~の嵐」「嵐の宿題くん」といったバラエティでも活躍する」

司会者「でもこのへんまでの展開は90年代のSMAPと同様ですね」

kenzee「でね、嵐の楽曲は常に大ヒットを叩きだしているのだがジャニーズの場合、通常のヒット曲とはヒットの構造が違うのだ。普通新人アーティストのヒット曲というものはタイアップなりなんなりで楽曲がユーザーに浸透したうえでセールスに繋がっていく、という流れなのだが彼らのデビューは破格の扱いであった。嵐は99年、11月3日「A.RA.SHI」でデビューするのだがデビュー前に行われた握手会には8万人ものファンが殺到したのだ。そして曲が決定する以前にイニシャル(初回出荷枚数)36万枚という数字が決定していたという。そして実際のセールスはイニシャルを大きく上回り、累計売上97万枚を記録した。まさに鳴り物入りのデビューだ。そしてその後も嵐シングルは順調にヒットを飛ばし続け2007年には「Happiness」はオリコン一位を獲得する。2008年には年間ランキングで「truth/風の向こうへ」「One Love」が一位、二位を独占する。そして嵐の時代、ゼロ年代とは急速にCDが売れなくなった時代でもあるんだ。とくに2005年、大手音楽配信サイトiTunes Music Storeが登場して以降、音楽のセールスは配信の比重が高くなる。ジャニーズに代表されるアイドルタレントのCDは単に音楽を消費するというよりノベルティグッズという側面もあるので今までやってきたJ-POP批評の文脈で語るのはムリがあるのだが、嵐の楽曲はメンバーが関わってる部分も多く、彼らが体現したものがゼロ年代性と強く関わってると思うのであえて接続しようと思う。話を90年代まで戻そう。ミスチルやSMAPに象徴されるような「自分探し」ソングは90年代後半、オウム、地震の95年、911テロとネオリベラリズムの2001年を経て、否定されていく。この時代、急速に市民権を得たヒップホップというジャンルは「バトルして勝利する」という価値観を備えていたために「バトルロワイアル」の時代と親和性が高かったのだろう。だが、ゼロ年代半ばごろにはそんな価値観も相対化され、陳腐化してゆく。宇野常寛さんの年表でいけばこの頃からサブカルチャーはクドカンドラマやよしながふみのマンガに見られるように期限付きのローカルな共同体を築くことで、コミュニケーションによって人は物語を獲得していく、という流れになる。だが、J-POPに限っては産業構造が大きく変化したため、そこまでハッキリとした状況がみえにくいのが現状だ。むしろかつてのようにオリコンという価値観に一元化されずにあらゆる価値観が並立しているのが配信が生みだした状況だ。まさに島宇宙化というアレだ。そんなゼロ年代ではミスチル的価値観もまた、ひとつの価値として生き残っている。例えば2008年のミスチルの代表曲「GIFT」などは時代を15年ぐらい遡ったかのようなアナクロでベタな「自分探し」ソングだ。

 白か黒で答えろという難題を突きつけられ 立ちふさがった壁の前で僕らはまだ迷っている 迷ってるけど 白と黒のその間に無限の色が拡がってる 君に似合う色を探して優しい名前をつけたなら ホラ一番きれいな色いま君に贈るよ(Mr.Children「GIFT」2008年)

司会者「まだそんなん言うてるんですねえ、ミスチルって」

kenzee「時代錯誤丸出しの一節だ。自分らしい生き方や個性を尊重しようという95年あたりで一旦リセットされた言説をまだ朗々と歌い上げるのだ、コッチの桜井は。大体、ゼロ年代とは最早、「白か黒かで答えよ」などと我々に迫る主体というものが相対化され、敵が見えないがゆえに人々が混乱するという状況だというのに。また「無限の色が拡がってる」のは構わないのだが、それを再帰的に選択する根拠(物語)が希薄なため、ナニを選んだところで常に不安と隣り合わせなのがゼロ年代の特徴でもある。このような「ミスチル論理」が大量の非正規労働者をドン底に叩き込み、社会不安を招いたという現実を指摘する人は少ない。例えば派遣労働者の問題を扱ったドキュメンタリーなどに登場するハケンの人の喋り方が実にミスチルっぽいことにオレは気付くのだ。

 「派遣って……いらなくなったら使い捨てにされる部品て感じですね。「感情のある部品」ですね…」(NHKスペシャル「非正規労働者を守れるか」)

「感情のある部品」てフレーズがミスチル感をホーフツとさせます。しかし「GIFT」はけっこうなヒットを叩きだした。北京オリンピックテーマ曲だったという要素をさっぴいても、やはりミスチルワールドに生きる人々が相当数いることを裏付ける。価値が相対化された現代においてはミスチルの国の人に別の価値観、論理の言葉は届かないのだろうか。それでは90年代末にミスチル的価値観「自分探し」を否定したあの男は今、ゼロ年代をどう捉えているか。あの男はなんと2006年に嵐にシングル曲を提供している。そのなかで彼はゼロ年代の状況を認識したうえで新しい価値と生きかたを提示しているのだ。

 あの日の風の色は思い出せるけれど あの時のユメと日々はずっとくすんだまま 明日をまぶしいくらいにうまく描こうとして 僕らはキレイな色を塗りすぎたみたい ちょっとカッコ悪いこともこわれたユメの色も パレットに広げもう一度明日を描こう 悲しいページなんてなかったことにしようとして ぼくらはいくつも色を重ねてしまった きっと塗りすぎた色って白に戻れないけど それでいい新しい色で明日を描こう(嵐「アオゾラペダル」作詞作曲スガシカオ)

あの男はゼロ年代をどう捉えていたか。次回はこの曲からいきます」

司会者「ようやくゼロ年代後半まできました。ナゲ~」

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