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レイプ・ファンタジーでもEE JUMP!(自分探しとJ-POP Part.10)

kenzee「で、前回の続きなんですけどね。98年問題と渋谷系の問題。童貞→ヤリチンとPerfumeの問題」

司会者「(もうイイカゲン終わろうゼ~。もう半年もJ-POP論引っ張ってるし)」

kenzee「最近、興味深いDVDを観ました。m-floのVERBAL監督作品「DEAD NOISE」2008年作品。「ノイズは死んだのか」と題されたこの作品、ノイズとは90年代の後半に盛り上がりを見せたあの日本のヒップホップのことだ。こんなイントロで始まる。

 日本のヒップホップは90年代、ピークを迎えた。(中略)しかし日本のヒップホップは突如、衰退を始めた。CDセールスの落ち込み。ヒップホップ音楽専門誌の廃刊。アーティストのメジャー契約解消。日本のヒップホップに何が起こったのだろうか。

こんな問題提起で実際のシーンの当事者たちに監督自らがインタビューを試みる。そのメンツがスゴイ。ZEEBRA、ライムスター宇多丸、MUMMY-D、DJ JIN、スチャダラパーBOSE、NIGO、DABO、KREVA、MURO、ILMARI、DJ KAORI、CRAZY-A、高木完などそのまま日本のヒップホップ史だ。そして現在の衰退した状況についてズバズバ聞き出すのだ。で、「ヒップホップの現状はヤバイ」という問題意識はみんな同様に抱えてるのだが、分析は人それぞれ違うところが面白い。たとえばZEEBRAは「メディアの問題」だという。アメリカでは新譜のプロモーションはFMラジオを通じて行われるが日本の場合はMTVやスペースシャワーTVといったテレビメディアとなる。するとPVを作れないアーティストは新曲を届けるとこもできないのか。(ZEEBRA)日本は驚くほど政治的でラジオで曲ひとつかけるにも会議で決まる。(DJ KAORI)宇多丸氏はジャーナリズムの不在を指摘する。「批評の場がネットに移ったというが、実際には批評として機能していない(宇多丸)」また、DABOはネットの功罪について述べる。「ネットの普及でタダで音楽が手に入るようになった。たとえばYou Tubeあたりでテキトーに10曲くらいチェキればもう今のシーンがわかった気になってしまう」。ZEEBRAはシーン内部の問題についても指摘する。「現場のDJたちがクラブで日本のヒップホップをプレイしない。一晩で2曲かかればいいほう。それじゃアウトプットはテレビしかなくなる」KREVAは言う。「日本のヤツはリリックとか言葉とか言う以前にサウンドがショボイ。ノリじゃなくて鳴り」と、メディア、シーン内部、ネットの普及など様々な問題点を指摘するのだ。あと、サクラップにもインタビューしてたら完璧だったんだけどねえ、VERBAL。個人的にはやっぱり宇多丸の「BLASTのようなオピニオン誌を失ったことによるジャーナリズムの不在がジャンルとしての全体性を空洞化させてしまった」という指摘が一番グッときたな。ヘッポコブロガーのオレが言うのもアレだけど「ブログ論壇」なんかないよ。どこまでいってもブログだの掲示板だのはアテにならないと思う。「紙」は違うよ。「紙」あってのオルタナティブなの。文芸誌が「権威」である内はウチもワケのワカランもんとして機能するんだよ。「ゼロアカ道場伝説のフリマ決戦」収録の「Xamoschi」に掲載された佐々木寛太郎「日本のヒップホップ現場とジャンル論の関係から」によると90年代、クラブやレコ屋といった「現場」においては良い表現と悪い表現が選別されていて、「批評」の場として機能していたという。つまり、クラブでのヘッズたちの雑談などが批評であったと」

司会者「文化人類学者イアン・コンドリーの「ヒップホップ・ジャパン」を参考に論じていますね。でも、彼らって(現場に集う若者たち)ほとんどが「ドラゴンアッシュクソだろ」とか「ジブラもセルアウトになったな」とか言い合うだけだったと思いますけど」

kenzee「ウーン。佐々木さんの議論は悪いけど楽観的にすぎると思う。批評と雑談は違う。いいたかないが夜な夜なクラブに集まる若者ほどプロパガンダの影響をマトモに受ける層もないよ。ボクはやっぱりFMラジオ(ナイトフライトなどのヒップホップ番組)などの電波やBLASTを始めとする「紙」だったと思うな。そういったジャーナリズムを失ったとたんに求心力を失った。と考えるのが自然だろう。でね、R&Bとヒップホップは98年前後、ほぼ同時に盛り上がりを見せた。入れ替わるようにコムロと渋谷系は失速した。まあ、ポップミュージックは流行り廃りのモンだからしょうがない。でも、ヒップホップは上記のような凋落を検証するような書物や映画がつくられるのに、渋谷系は落ちたら落ちたままだった。この違いはどういうわけか。おそらく渋谷系はデータベース理論によって成立していたので「渋谷系」というデータベースが失効したところで屁でもなかったのだろう。落ちたら落ちたで新しいネタを探せばそれでよかったのだ。だが、ヒップホップは違った。彼らにとってヒップホップはデータベースではなく、「物語」なので失効してしまえば彼らの存在そのものが問われ、アイデンティティの危機となる。それはヒップホップというジャンルが根源的に内包している要素ではなくて、たとえばヒップホップ第一世代、近田春夫やいとうせいこうなどはヒップホップを当初からネタとして捉えていたので、流行らないとわかるとサッサと別のネタへと移動していった。渋谷系の態度は彼らに近い。だが、さんぴん世代と言われる人々はヒップホップという「物語」を生きていたので、まあ上記の映画のように真剣に悩まざるをえなくなるのだ」

司会者「アレ? 東浩紀のアレでは近代化が進行するにつれて人々は「物語」から「データベース」に読み方を移行するんじゃなかったでした? ナゼ、データベース理論の渋谷系から物語のR&B、ヒップホップへ逆に進行したのでしょう?」

kenzee「95年問題に対応しようとする動きが顕在化したのが多分、98年だ。この時代、まだネットはロクに普及してなかったし、ケータイはi-modeサービスがやっと始まった程度だ。つまり、ギリギリ「物語」が全体性を確保することが可能だった。その場その場で消費してオワリの「動物化」データベース消費がリアリティを失った。価値の比重が「物語」へ移行していった。必然的に渋谷系は凋落せざるをえなかった。つまり、渋谷系失速→ヒップホップ、R&Bの台頭とは「データベース消費」→「物語の復権」への移行である。そしてこの変化を宇野常寛なら「決断主義」と呼んだだろう」

司会者「決断主義」って言葉がうまくないですよね。たぶん、「物語の再帰的選択」とでも言い換えたほうが適切。でも、コムロはデータベース消費じゃないですよね。コムロ世界は速水さんも指摘するように徹底して「ベタ」だったじゃないですか。なんでコムロまで一緒に凋落しなきゃならんのですか」

kenzee「まず、ヒップホップのストーリーを確認しよう。

 常に奮戦、ヒップホップ文明とともに生き、ともに死ぬのが運命(ZEEBRA「Original Rhyme Animal」)

今年はヒップホップが旬、とかじゃなくて人生ヒップホップなのですよ。R&B歌手もそうだろう。ブラックネスとともに生きともに死ぬのが運命に違いない。ところがコムロのストーリーとは生き方の問題じゃなかったんだな。

 なにからなにまであなたがすべて私をどうにか輝かせるため 苦しんだり悩んだりしてがんばってる いつからかどこからか Hate tell a Lie 輝きたくて(華原朋美「Hate tell a Lie」

コムロのストーリーとは「無力で無名な田舎者のお嬢ちゃんをこのボクちゃんの力で輝かせてあげよう」というものだ。

(レイプ・ファンタジーとは)弱めの肉食恐竜たちのマチズモ=「自分より弱い女の子への所有欲」を、彼らの肥大したプライドを傷つけないように満たすため極めて周到な構造が提供されているのだ。(宇野常寛「ゼロ年代の想像力」早川書房)

司会者「……弱めの肉食恐竜、まさにコムロ! 「自分より弱い女の子」…トモちゃん! いろんな意味で! 極めて周到な構造! コムロ帝国! そうかコムロ世界が美少女ゲームさながらのレイプ・ファンタジーだったとは! 意外と誰も気がつきませんでしたね」

kenzee「オレは宇野さんみたいに「レイプ・ファンタジー」そのものを糾弾する気はない。大体、サブカルチャーってエゴイズムと欲望のコミュニケーションだし。歌謡曲ってもともと反社会的、反倫理的な要素を含むものだからそこで常識人ぶってもしょうがないと思うんだよ。しかも、97年まではホントに「無名の少女が一躍スターダム」というストーリーが支持されてたわけだから。以前、コムロソングとは「少女が(コムロと)出会うことによってアイデンティティを獲得する」「(コムロが)生きる意味と承認を与える」という二つのプロットで成立していると説明した。つまり、「モノ」はあっても「物語」がない90年代、自前で「承認」や「物語」をゲットするのは大変なコストがかかるのでコムロ先生に代わりの調達してもらおう、そのかわり、コムのレイプ・ファンタジー欲求はワタシが埋め合わせてあげるわ~ん」というコムと少女のギブアンドテイクの構造で成り立っている。それがナゼ、98年にR&B歌手たちに取って代わらねばならなかったか。ふたたび「ゼロ年代~」から引用しよう。

 国家も歴史も社会も(物語や承認を)与えてはくれない。だがこれは不幸な世の中を意味するだろうか。私はそうは思わない。確かに世界は冷たくなったかもしれないが、そのかわり「自由」になっている。佐藤青年(滝本竜彦「NHKへようこそ!」の主人公)のような「与えられたロマンをまっとうする」古いタイプの人間には生きづらい世の中かもしれないが、逆に「自分で立ち上げる」新しいタイプの人間には非常に生きやすい世の中である。そういう意味では、世界は変化しているだけで、トータルでは良くも悪くもなっていないと考えることができるのだ。(第14章「青春」はどこに存在するか)

そして、人々は宮藤官九郎ドラマのようにローカルな共同体のなかから自前で物語を調達するようになった、というのが宇野さんの話なんだけどヒップホップがなぜローカリティーにこだわるのかという問いへの答えにもなっている。要は、95年から3年が経って、「コムロに物語と承認を調達してもらうのはやめよう、多少、リスクやコストがかかってもそれは自前で調達しよう」という前向きな決断主義とR&B、ヒップホップの思想が合ってたんだね。そうしてコムロは凋落し、R&B、ヒップホップが台頭したのです」

司会者「この「ローカルな共同体から物語を立ち上げる、という方法論を一貫して続けている柴崎友香さんがデビューしたのは99年です」

kenzee「だが、そんなR&B、ヒップホップ的「前向きな決断主義」な価値観もゼロ年代初頭にはアッサリと無効になる。これは価値観ウンヌン以前に下部構造に大きな変化が訪れたのだ。早い話がCDが売れなくなった。

 98年は日本の音楽産業にとって記念碑的な年だった。オーディオレコード生産金額が未到の最高記録、6074億9400万円に達したからである。(中略)ところが、その成功も長くは続かなかった。この98年をピークに、オーディオレコード生産金額はまるで突然死したように急激に減り始めたのである。6年連続で減少は止まらず、2004年にはとうとう3773億690万円にまで落ち込んでしまった。率で言えばマイナス約38%、なんとレコード市場の三分の一以上が吹き飛んでしまった計算になる。(烏賀陽弘道「Jポップとはなにか」岩波書店)

 2008年の時点だとすでに半分が吹き飛んでます。そしてネットの普及とi-Podの普及。J-POPから全体性が失われ、音楽の価値は相対化された。R&B、ヒップホップのアーティストたちの多くが契約切りに遭い、むやみやたらとベストアルバムばかりが乱発されたゼロ年代。人々は音楽に物語を求めなくなったのか」

司会者「DABOの「You Tube観て、音楽聴いた気になるな」という発言は結構胸に突き刺さります」

kenzee「実際オレがそうだからなあ。You Tubeの最大の功罪は、音楽をふたたび、PV文化に戻してしまったことかな。ZEEBRAも言うようにPV作れないアーティスト、またはPVのない名曲もいっぱいあるわけですよ。You Tubeってあるようでないからなあ。あと、宇多丸の言うジャーナリズム不在の問題。もう音楽雑誌全部bounceかよっていう状況ですからねえ」

司会者「次は、そんなゼロ年代後半にナゼPerfumeが浮上したのか。もう大詰めってコトでね」

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