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TK,それは読み違えてないかい?(小室哲哉「罪と音楽」幻冬舎刊)

kenzee「J-POPファンのみなさん、こんにちは。35歳のkenzeeのJ-POP批評の時間ですよ。ところで最近の心のヒットといえばライムスター「ONCE AGAIN」ですね。

 午前零時日付の変わる瞬間雨上がりの冷気 感じながらまた誓うリベンジ気が付けば人生も後半のページ なのに未だハンパなステージ 時に手痛く食らっちまうダメージ まるでいつか使う予定のマイレージ みたいにひたすら貯めこむでかいイメージ 誰のせいにもできねえしたくねえ 夢 別名呪いで目が痛くて目ェ覚ませって正論耳が痛くて イイ歳こいて先行きは未確定 きっと映画やマンガの観過ぎ 甘い言葉聞き過ぎで時間飲み過ぎ ガキの好きそうなことばっか観過ぎ この男誇大妄想家につき くじけなさは異常ほとんど病気 ゼロからスタート一生 荷物は放棄 失うモンは最少 得るほうが大きい 財産は唯一最初に抱いた動機 気分はやけにトウが立ったROOKIES 午前零時新しい日の空気 オレは古着だが洗い立てのブルージーンズ そのドアを開いて振り絞る勇気(ライムスター「ONCE AGAIN」宇多丸のリリック)

エエ歌や」

司会者「コレ、アナタの歌でしょ? この誇大妄想家。なにが富澤一誠だよ。もう35だろう? 人生も後半のページなんだよ知ってた? 文学だのロックだのヒップホップだのの観過ぎなの!」

kenzee「オレの場合、荷物も結構多いからなあ。この大量の本と雑誌とCDの山はどうすればいいのでしょうか」

司会者「ゴミの日にだせよ! ガキの好きそうなモンばっかり! イイ歳してイイカゲン目ェ覚ませ!」

kenzee「でも批評家にとってこのゴミみたいなモンが財産だからね。速水さんなんか今はなきヤンキー雑誌「ティーンズロード」バックナンバー5年分とか持ってるんだぞ。ソレ最早「武器」ですよ。大塚英志さんも70年代の「りぼん」のふろく2000点持ってるって言うし」

司会者「ダメだ。くじけなさは異常ほとんど病気」

kenzee「オレ、富澤一誠みたいなテキトーなJ-POPコメンテーターになるんだ! というわけで下の引用文をご覧下さい

 もうひとつ、その頃から考えていたのが「空席理論」だ。 デビューするため、あるいはヒットを狙うためには、空いている席を探すのが大事だという発想である。TMを3人組にした理由も、つまりドラムやベースがいる4人組や5人組のバンドにしなかった理由もそこにある。古くは三人組や御三家、さらに中3トリオ、たのきんトリオ、キャンディーズ、かぐや姫、ガロ、ELP、フォーク・クルセダーズ、PPM、クリーム、BBAなど、音楽シーンにはいつもその時代を代表する三人組がいる。しかも一時代に何組か共存していた。つまり「3人組」のための席が常にいくつかあるわけだ。83年当時、その席が空いていると感じた(小室哲哉「罪と音楽」幻冬舎)

これで、前回の私の「人生はイス取りゲーム」理論の正当性が実証されたのではないでしょうか。あの大変な音楽プロデューサーTKもまた、「イス取りゲーム」で大成功の坂を駆け上ったのだった」

 3人組以外にも、今までいろいろな局面で「空席はあるか」と考えてきた。あのバンドが売れたから真似をする、あの曲がヒットしたから二匹目のドジョウを狙うという発想より、そこに空席はあるか、空席はどこにあるかを見極めるほうが重要だろう。(前掲書)

司会者「ていうか書評ブログのウチらとしては大プロデューサーの文体とか言葉にほうが気になります。TKの口からガロとかかぐや姫とか中3トリオとかいう言葉が出てくるとは! やっぱり70年代の人なんだね」

kenzee「二匹目のドジョウ」とか言葉遣いが若者の音楽の人気プロデューサーというより中小企業のタコ社長の朝礼の訓示のような下世話さなのだ。むしろ優れた音楽家・プロデューサーでありながらタコ社長のメンタリティーも兼ね備えていたからこそ、あれほどの成功を収めることができただろう。これがイマドキのスカしたなんちゃってPのように「リリックが~エッジの効いたサウンドが~UKのなんとかのシーンでは~」とかいったギロッポン調な人間だったらとっくの昔に消えていたはずだ。とにかくこの小室被告の有罪判決(5月11日)からたった4ヶ月でドロップされた戦後歌謡史的にも重要な奇書、小室哲哉著「罪と音楽」はめっぽう面白いのだ。ホントに面白いのであんまりネタばらししたくないんだが、結局この人はオレが中学生ぐらいのときから全然ブレてないですよ。例の事件除いて。つまり、とにかくサービス精神が旺盛で客を楽しませることに命を賭けてるという点で。音楽であろうと、書き下ろしだろうと一貫してその姿勢は変わらないのだ。なにしろ一行目から完璧なツカミですもん。

  逮捕
 手錠をかけられた。そのカチンという硬い音は、本当は小さく短かったはずなのに、部屋の天井や壁に反響して聞こえた。そして金属の冷たさがじんわりと手首にしみこんできた。まったく重くもないし、締め付けられるようなこともない。(中略)ただ、プロデューサーの性なのか「手錠はもっと思いほうが、罪悪感も重くなるのに」と妙なことを考える冷静さもあった。2008年11月4日、午前8時過ぎ、大阪地方検察庁庁舎の一室でのことだ。僕は逮捕された。(前掲書)

司会者「前書きナシでイキナシ「逮捕」かよ!反則だヨ~。完璧なツカミじゃないですか!」

kenzee「そしてあの逮捕劇が走馬灯のようにコムの脳裏に蘇るのだ。ホントにあんまり引用すると勿体ないので、言葉のハシバシだけダイジェストでお送りします。「任意同行」「各スポーツ新聞の一面には「小室哲哉逮捕へ」の文字が」「電話は桂子からだった」「何も心配しなくていいよ」「あくまで容疑だから、すぐ晴れるからね」「ここはどこだ!」「拘置所へ向かう車内でも、別の星か、別の国で拉致された不幸な日本人の役をやらされているような気分だった」「顔写真を撮る場面」「ちなみにあのガンダムTシャツは僕が欲しくて買ったものだ」「出前のカツ丼がでてくるような、ドラマやコントでおなじみの場面ももちろん皆無」「検事さんが僕の音楽を聴いてくれていたのは素直にうれしかった」「80年代のTM NETWORKの曲もご存知だった」「各房に配布されている「拘置所生活の心得」のような小冊子も熟読した」「雑誌やカップ麺などの嗜好品用の申請は火曜日提出で、木曜日の支給」

司会者「ムチャクチャ面白そうな本だ!」

kenzee「コムのエンターテイナーぶりが爆発だ。なにしろ世界中に別荘を所有しフェラーリを乗り回し、ファーストクラス借り切るようなセレブ生活を味わった人物が、拘置所での布団の畳み方とか食器の上げ下げの仕方の話を珍しい経験、ぐらいのノリでリアルに描写するのだ。面白くないワケがない」

司会者「カツ丼でないのかなあ、とかボヤいてるあたりの心の余裕が本物の表現者の魂を感じさせます」

kenzee「イヤ一応小室氏の名誉のために断っときますけど、拘置所の生活は「不安だった」とも語ってます。そして意外なことにあの絶頂期の90年代、飛ぶ鳥を落としまくっていたあの頃も実は小室氏は不安に苛まれていたのだった。

 4年連続でレコード大賞を受賞した。しかし、そんな熱病の中で、ひどく醒めた自分もいた。「こんな栄華が際限なく続くわけがない」盛者必衰。諸行無常。いつか波は去り、凪が来るのは摂理だ。(前掲書)

司会者「変わった文体ですよね」

kenzee「ケータイ小説の偏差値を5ぐらい上げると丁度小室文体になるのではないかと思う。なんていうのかな、我々純文学とかでアレコレ言う人種がもっとも忌み嫌う「紋切り型の表現」を小室氏は割りと好んで使うのだが、その紋切り型に妙にリアリティが、重みがあるのが小室氏の文章の特徴だろう。

 想像してもらいたい。一人の人間に何十億、何百億円の負担がかかることを(前掲書)

司会者「ムリッス」

kenzee「あとわりと今の音楽シーンの批評とかヒットの秘訣なんて話もでてきてウチ的にはこっちのほうが重要です。タイトルだけ記せば「渋谷性」「J-POPとケータイ小説」「EZ DO DANCE」「survibal dAnce」の伝達速度」「音楽はできるだけ高品質で供給されるべき」「地デジ時代のスピード感」「2011年のヒット曲」「拡散と格差」「桜ソング」「J-POPの先天的問題点」「WOWWAR TONIGHT」の秘密」「カラオケヒットの3大要素」「オーディション合否の秘密」

司会者「ムチャクチャ面白そう。ほんでタイトルの付け方上手いわ。「J-POPとケータイ小説」とか。ちゃんと気付くべきところに気付いてますねこの人は」

kenzee「小室氏の分析ではケータイ小説は「微妙な心の揺れ」といったまわりくどい表現をそぎ落とし、伝達速度をグングン上げた結果、ああいう表現にいきついたのではないかということだ」

司会者「確かにそうです」

kenzee「そしてそんなケータイ小説ブームの10年前に歌詞における意味やレトリックをどこまで排除できるか、という実験を行ったのがtrfだったと小室氏は述懐する。「EZ DO DANCE」などは意味ではなく、感覚でどこまで伝達速度を上げれるかの実験だったと。速水さんの「ケータイ小説的」によれば、あのケータイ小説のドラマツルギーの源流には浜崎あゆみがいる、と指摘されていたが、私は、あの文章そのものの幼稚さ、ストレートさの源流にはコムロソングが前提としてあるのではないかと指摘していた。張本人であるコムロ自身もそこに気付いていたのだった。また、「桜ソング」がなぜヒットするのかの考察も興味深い。つまり我々日本人は「桜」の一文字「サクラ」の響きから「春」「卒業」「別れ」「旅立ち」「入学」「出会い」「はかなさ」「散る」など様々なイメージを連想する。もともと情報量の多い単語なのだ。そして情緒がある。つまり伝達速度の速い言葉なのだという。なるほど。私からつけ加えさえていただくならその「共通理解の伝達速度」を駆使した小説家が先ごろ他界した庄野潤三だったと思うのだ。終戦から急速な復興を遂げ、この国の国民はみんな、小さな幸せを手に入れるようになった。だが、まだ戦争の記憶が生々しい時代にあって庄野の描く幸せは不安と紙一重なのだった。庄野文学とはあの時代の日本人にしか理解できない特有のものだったのだ。この庄野的な感受性は柴崎友香に受け継がれているとこのオレ様は指摘しているのだがどうか。

 正直、僕に限らず、音楽家であるなら桜ソングにはもうそろそろ抵抗感がでてきていると思う。しかし、だ。「小室さん、次は「桜」で1曲お願いします」そういわれたら迷うことなく、僕は引き受ける。「もう飽和でしょ」「まだやるのか」と思っているアーティストやバンドが頭を捻り、知恵を絞るからヒット曲が生まれると信じているからだ。(中略)それがプロの証明であり、ヒット曲作りの醍醐味だ。(前掲書)

kenzee「読めばTKのプロデューサーとしての勘がまったく鈍ってないことに気づくだろう。コムロサウンド自体はトレンドではなくなったかもしれないがポップミュージックへの批評性は未だ衰えていない。そんなTKは懲役3年、執行猶予5年の判決を受け、それから理想と苦悩の一ヶ月をすごしたという。そして3つの出来事に触れ、完全に音楽家としてのスイッチが入ったという。それは次のようなことだった。
①村上春樹「1Q84」読んで感動。
②ピアニスト辻井伸行氏のえらいコンクールの優勝。
③iPhone3GSの発表。
これらによってTKのモチベーションはグイーっと上がったのだった」

司会者「TKってホンット悪い意味じゃなくて小市民なんですよね」

kenzee「ウン。そこらのオバハンとかと興味の矛先とかメンタリティーはかなり近い。そして嘆願書を書いてくれたファンの人々、マックス松浦社長、千葉副社長、妻の桂子、その他TKを応援する人々の期待に応えるためにTKはすごい企画を思いついたのだ」

司会者「ああ、新曲の発表ですか」

kenzee「そんな生易しいものではない。TK復活第一弾企画として新曲50曲同時発売という前人未到の企画だ」

司会者「エ」

kenzee「現時点での構想では「a-nine feat.○○」という形で主にエイベックスのアーティストに協力を得る形で50曲ブチかますというのだ」

司会者「ソレ、どうかと…」

kenzee「いいじゃないか!TKがやる気になってるんだから!」

司会者「イヤその、派手な企画をブチあげるのは今の小室さんには時期尚早かと」

 死に物狂いで、のたうちまわっても、「さすが」と言ってもらえるだけ質の高い50曲を作り上げる。(中略)今までも身を削り音楽を作ってきたが、一挙に50曲だからどれだけ削ることになるのか創造もできない。しかし責任をとる、責任を持つ、責任をまっとうすることを態度と結果で示すには僕にはこれしかない。(前掲書) 

司会者「あれほど正確に時代を読んできたTKがここにきて決定的な読み違いをしているような気がするのです。すでに現在の音楽シーンはダウンロード中心で金が回ってる状況です。CDという物理的メディアなら50曲というヴォリュームはインパクトあるし90年代ならその企画に応じた店舗展開もあっただろう。だが、iTunesで50曲一挙に配信!とか銘打ってもイマイチインパクトにならないと思うのです。現代の受容環境を考えれば」

kenzee「そうだ。さらにイマドキのデジタルオーディオプレーヤーというば数千曲持ち歩くのが普通の時代だ。50曲という数字自体にもはやインパクト性がありうるか。TKの企画は例によってなにか時代とスレ違いを起こしてるような気もする」

司会者「もっとも残念なオチとしては「ああ、コムロの例のヤツ。聴いた聴いた。iTunesの試聴で50曲一気に。まあまあだったよ」という聴取のされ方だ」

kenzee「せっかくやる気になってるTKに水を差すようでアレだが。余計なお世話だが、現代のポップミュージックの聴取環境とTKのこれまでの経緯を鑑みてもっともマーケットに訴える企画は「TKが自分で歌うバラードのシングル」ではないか」

司会者「ボクには希望の光が見えるよ、さあいこう、新しい明日へ」的なやたらデカイイメージのドバラード。こういうのでソーッと入っていくのがいいんじゃないかと」

kenzee「逮捕劇の記憶もまだ新しい小室被告がイキナリダンスミュージックとかやるとたぶん世間の神経逆撫でします。今、TKにとって大事なのは音楽シーンじゃなくてワイドショー対策だと思うんですよ。今マーケットに投下すべきなのは「反省してる雰囲気」。槇原氏の復活アルバム「太陽」の反省ぶりを参考にされてはと思います」

司会者「いいたかないが、50曲はインパクトよりも散漫な印象しかマーケットに与えないだろうし」

kenzee「大事なのはね「夢よもう一度」っていうスケベ心が見えちゃダメなの。もちろん作家としてスケベ心は大事だが」

司会者「とか勝手なこと言ってますがね」

kenzee「50曲全部名曲かもしれないわけで。TK、マジ応援してるよ! ボクらのTK」

司会者「70年安保と革命闘争とMy Revolutionは次回やります。いとしさとせつなさとナントカみたいなもんです」

kenzee「TK、こんなときこそRevolutionだよ!」

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コメント

藤井徹貫、いい仕事してますね。TM関連の本はだいたいこの人が書いてますよね。

投稿: stonedlove | 2009年11月18日 (水) 10時51分

確か94、5年だったと思いますがTK絶頂期の書き下ろし「告白は踊る」も藤井氏の編集だったと記憶しております。今、ブックオフの常連本です。「罪と音楽」は逮捕劇と音楽批評が同時進行するような構成が見事でした。僕のTM最高傑作はKISS YOUです。TKの考えるセブンスコードの世界。ファンク。ブログ拝見しました。remixの編集に関わってた方なんですね。93年の小沢とコーネリアスが表紙のヤツを思い出しました。コチトラエピックソニーと渋谷系で育ってますもんで。

投稿: kenzee | 2009年11月18日 (水) 19時49分

私は『CHILDHOOD'S END』がいちばん好きです。TMのエレクトロ・ポップ路線の完成形ですね。でも『remix』は最先端のクラブ音楽雑誌だったので、その昔「Time Machine Cafe」(TMのファンクラブ)に入ってたことやDX100に「FANKS!」ステッカーを貼ってたことは内緒にしておりました……。
『CAROL』以降の小室ワークスは追っかけてなかったので、kenzeeさんのブログはとても参考になります。これからも楽しみにしております。

投稿: stonedlove | 2009年11月20日 (金) 10時27分

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