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フリッパーズのチンコでかいほう

kenzee「あの小沢健二が13年ぶりにコンサートツアーを行うという報せを聞いた」

司会者「……」

kenzee「ウチのオカンにそう言ったら「まあ、長いことなにしてはったんや。勉強してたんかいな。というリアクションが返ってきた」

司会者「……」

kenzee「絶頂期、アルバム「LIFE」の頃の楽曲を中心にやるそうなのだ」

司会者「……」

kenzee「あの頃、小沢さんはプチ成金だった。当時、スチャダラとオールナイトニッポンの2部を担当していたのだが、レコ屋で35万ぶん一気買いしたら30万に負けてもらったとか。嬉々と話してたらボーズが「お前は業者か! これからどっか卸にいくのか!ってツッコンだまでは良かったのだが、後ろからシンコが「小沢くんばっかりズルイよ~。そんな小沢くんばっかり買ったらみんな困るんだよ~」とかブースカ文句を言っていたのだった。今思えばあの「みんな」とはまだまだ黎明期にあったジャパニーズヒップホップのDJたち(当然みんな貧乏)のことを指していたのではなかったか。あと、ファーストアルバム「犬キャラ」が服部良一音楽賞を受賞した際、賞金300万の使い道をリスナーから公募した。ボーズ「ファックスいただきました。馬を買って馬主になったらどうでしょうか?」小沢「あーでもウチ母方が牧場やってっから馬いらないわ」ボーズ「ムキーッ」とかフザけたやりとりのあと、300万の使い道が決定した」

司会者「……」

kenzee「小沢「そういえばツアーの打ち上げまだ決めてなかったんで、ツアーメンバーみんな引き連れて香港行って本場の中華食って一晩で使っちゃおう!」スチャダラ「オ、オレらも一緒に行っていいの?」小沢「モチロン!」あれ、ホントに香港行ったのかなあ」

司会者「……」
 
kenzee「で、ボク当時貧乏な浪人生でねえ。親からは一日500円おこづかい貰ってたんだけど。「なんで小沢ばっかり……」とかひとり四畳半の部屋で呟いたりしてたんだ……」

司会者「……」

kenzee「つまり、小沢、とくに「LIFE」期の小沢とは自分にとってコンプレックスと暗黒青春の象徴として鎮座しているのだ。小沢怖い。小沢の音楽を聴くと神経症の人間の心の真っ暗闇を覗くようで怖くなるんだよ。モチロン当時、いろんな音楽を並行して聴いていたはずなのだが大抵は今でもちゃんと聴けるんだ。小沢だけが怖い」

司会者「つーかまたJポップの話始めるんですか? もう文芸誌に戻るって言ってたじゃないか! 最近の人とか知らないだろう」

kenzee「相変わらず年明けからずっと連合赤軍のことばっかり考えてるんだけど、オレたぶんもう連合赤軍事件カルトQとか出れると思うんだけど。たぶんポイントになってくるのはあの時代にデモとかでよく使われた「連帯」っていう言葉。感覚。が重要なんではないかというところにいきついているのだ」

司会者「ふーん。で、小沢さん、今度のツアーにむけて特設サイトを設けたんですよね。で、その中で一人対談、インタビューをしているのですが」

kenzee「ウチのパクリやん! 小沢に勝った!」

司会者「イヤ、ウチがフリッパーズの対談形式のライナーからパクったんでしょ! オレンジジュースとかクリエイションスープとか。向こうが先やがナ」

kenzee「しかしそんな小沢も渋松対談からパクっているのでお互い様なのだ。結局、ロキノン引力圏から我々は逃れられないのだ。この13年の間、小沢さんは世界中を旅し、いろんな活動をしていたようだ。でね、今回の復活の仕方が実に小沢さんらしいんだよ。さっきの「連帯」と関わってくるんだけど、小沢さんの歌は一貫して「喪失」について歌っているのだ。江藤淳「成熟と喪失」における「喪失」ね。これはフリッパーズのデビュー盤から一貫している。「今、私たちは美しい瞬間のさなかにある。心は繋がり、わかりあっている。そして静かに心は離れていくだろう」と。でも、小沢さんの音楽活動はまったくシーンとか横と繋がっていく感じじゃないんだ。例えば2010年の国内の音楽状況というものを考えれば「夏フェスにシークレットゲストで参加!」みたいな展開のほうがリハビリの意味でも今の音楽シーンへのインパクトという意味でも有効だったろう。だが、小沢にそのような展開はありえない。ナゼなら「横に繋がれない」人だからだ」

司会者「縦の関係に弱い」

kenzee「ウン。自分より10歳以上若いバンドマンに「小沢さん中学ん時よく聴いてました! マジ人生変わりました!」とか言われるのがイヤなタイプなんだよ。ホンット、扱いにくい坊ちゃんなんだよあのオッサンは」

司会者「でもスゴイステージ用意してるのかもしれませんよ。ワンマンでないと表現できないような」

kenzee「今は社会運動家なのかしらないけどオレにとって小沢とは音楽家なので音楽の側面からしか語れないけど結局ライブパフォーマンスってスポーツと一緒でズーッと継続してやらないと衰えるものなのね。今、結構なトシでライブできてる人。小田和正とか矢沢永吉とか井上陽水とかってズーッライブやってる人たちなのね。もうちょっと小沢さんに近い感じの人だったらムーンライダーズとか。あーゆー人たちはずっと鍛えてるからねえ。おととしぐらいかな、スマスマにTMNがでたでしょう。宇都宮の衰えっぷりは悲しいものがあったからねえ」

司会者「見てもいないうちから偉そうに」

kenzee「小沢さんが「LIFE」でブイブイ言わせてるときって25,6ぐらい? オレももう36でね。このトシになると当時の小沢の「オレ東大」「良家の出」「レコード大ヒット」「オレ王子様でタレ深津」とかいったイケイケのキャラ設定もコンプレックスの裏返しだったのではないかと思える。要するに小沢健二とはシンガーソングライターに憧れつつもなれなかった人なのだ。人生座付き作家だった人なのだ。ただし、座付き作家として一流だったのは認める。そっちに関してはもはや、オリーブ版電通であったと言っても過言ではない。そもそもフリッパーズのファーストを音専誌にプロモーションしないでオリーブに広告載せようと提案したのは他ならぬ小沢だ。そしてフリッパーズのネオアコ路線も小沢主導で決まっていったらしい。

 それでロリポップ・ソニックに大学受験が終わって僕が入るでしょう。ギターは弾けたしね。そんで、ちょこちょこライブやるうちにレコードがでることになっちゃったんだけど。もともとピーウィー60’sに僕が乱入してるわけじゃん。乱入ってつもりはなく、お手伝いしますよっていう気持ちなんだけど。フリッパーズでレコード出すってなったら僕がむちゃくちゃ複雑なコードに変えちゃうわ、けっこう話題を作るような歌詞は書くわ……まあ、あんな英語のくだらない歌詞なんか忘れたけど。っていうと泣く人がいるんだよね(Rockin' On Japan94年4月号小沢健二2万字インタビュー)

やはり小沢はフリッパーズというタレントさんに作家として曲を提供し、媒体への露出なども考えていた。そしてソロとなって以降も「王子様」というタレントさんを演出していたのだろう。小沢の音楽史とはつまり電通小沢、座付き作家小沢の歴史なのだ。問題は小沢は電通になろうとしてなったのではなく、「魂の叫び」を歌いたいのに、電通体質から逃れられなかった、というアンビバレントにある。この人は先天的にメディア、とくに紙のメディアの性格とかわかりすぎるぐらいわかっちゃっている人だったのだろう。そして、やりだすととまらなくなってしまうほどイメージ操作に長けた才能があった。しかしそれは音楽家小沢が望むものではなかった。必然的に98年ごろから小沢氏はメディアへの露出を控えるようになる。私は密かに小沢最高傑作は96年発表の「球体の奏でる音楽」ではないかと思っているのだが、ピアノ、ウッドベース、パーカッション、ギターという極めて小さな編成でプレイされる静謐なジャズ。ここには他の作品にみられるような電通小沢、タレント小沢の姿がほとんど見られない。音楽家小沢がリラックスしてベテランミュージシャンとセッションを楽しんでいる。久しぶりに聴いたけど、コレいいわあ」

司会者「球体からは今度のツアーではやらないんですかね」

kenzee「球体の魅力はプレイヤーの個性に負うところが大きいので再現するのは困難だろう。いやあ、小沢の話を始めるととまらないにゃあ」

司会者「まさかまだつづくの~」

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