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ソフトロックとしての長渕(オマケ)

kenzee「よく考えたら木村先生に長渕の凄さを説いてもしょうがないのであった」

司会者「あんまり興味ないと思いますよ」

kenzee「長渕ソングにはね、「俺たちのニライカナイ」っていう琉球地方の理想郷をテーマにした歌もあるんですよ!」

司会者「そんなムリクリ木村先生の興味ありそうな方向に引っ張っていってもムリだよ!」

kenzee「なんで長渕音楽の素晴らしさがマトモに語られないのかというと、結局ジャーナリズムの側が長渕ズムに引っ張られちゃうのね。結果、「俺は長渕を聴いて魂を震わされた。人間の、人生の、男のナントカだ!」みたいな精神論でまとめて終わりだったりするわけです。しかし、ボクの目から見るとその手の音楽ライターはサボってるようにしか見えません」

司会者「音楽の話をしろ、と」

kenzee「ボク、結構冗談抜きで長渕ファンですけど長渕の魂とか興味ないですもん。私が言いたいのは「長渕は時々、凄いポップスの名曲を書く」ということです。長渕の世間一般のイメージといえば演歌調のヤクザ調の男のなかの男で精神力で国粋主義者でファンはみんなガテン系という感じでしょうが大間違いです。長渕とはその辺の渋谷系のカス連中など裸足で逃げ出すほどの見事なポップスの曲を作れるマエストロなのです。実は」

司会者「長渕って「とんぼ」じゃないんですか?」

kenzee「順子とか乾杯とかとんぼとか大麻とかだけで長渕を判断してはいけない。長渕は85年のツアーの後に倒れ、療養生活をしばらく送るのだが、その療養後に発表されたアルバム「STAY DREAM」はアコースティックギター中心の極めて少ない編成で作られたアルバムだ。これ以上はないというくらい内省的な世界で、ボソボソつぶやいていたかと思うと突然絶叫調になるという強迫神経症みたいな唄い方はこのアルバムで完成された。ここから88年あたりまで瀬尾一三以外のアレンジャーと組んだり、実験的なサウンドに取り組んだりと音楽的な意欲を見せる。昨日、部屋の大掃除をしながら長渕曲をを時系列的に一気に聴いたのだが、やはり86年、87年の長渕の天才ぶりは尋常ではない。あの長髪のフォーク青年がここまで多彩な音楽を表現できるようになるとは。しかし、89年の「とんぼ」以降、いわゆる世間のイメージする長渕になってしまう。もし、長渕がドラマ「とんぼ」出演により、ヤクザキャラというコンセプトを手にしていなかったらしばらくは音楽的実験は続いていたのでないかと思うとかえすがえすも残念」

司会者「で、なにがいい曲なんですか(いずれにせよ長渕曲アルバム単位で聴くのはシンドイので一曲コレってヤツ頼む)」

kenzee「長渕の代表曲といえば「乾杯」だ」

司会者「乾杯かよ!」

kenzee「「乾杯」は80年に発表されたが88年に再レコーディングしてシングルカットし、ヒットした。いまや卒業式や結婚式の定番ソングだ。しかし、この国民的とすらいえる88年版シングル「乾杯」のカップリングに爆弾が仕込まれていた。我々、渋谷系世代の60年代ポップス好きなら口ポカ~ンとなってしまう隠れた名曲だ。いわゆるトットタッタトットタッタという60年代のシャッフルビートだ。ジェリー・ロスプロデュースのKeithの「98.6」とかDupreesの「One in A Million」とかSpiral Starecaseの「More Today Than Yesterday」とか山下達郎の「パレード」とかつまりそういう世界だ。シュガーベイブの94年の再発盤の達郎自身による解説で(「素敵なメロディー」のシャッフルビート)今でこそよくあるパターンだが当時は誰もこんな曲調はやらなかった、と書いているがどっこい、長渕という名のソフトロックマエストロがバッチリ88年にシャッフルしていたのだ。ジェームス・テイラーみたいなアコギのイントロで始まるが、後半ドンドン音が厚くなっていくのが圧巻だ。「涙にかわった~」の後のC→B♭/Cの拡がり。高揚感に胸が熱くなる」

司会者「だんだんサバービアの橋本徹さんみたいな文章になってきましたよ」

kenzee「それでは聴いていただこう、長渕剛1988年シングル、「乾杯」のカップリング、作詞、作曲長渕剛、編曲、中西康晴(元サウス・トゥ・サウス、小沢健二ファースト全曲、2nd「LIFE」にも参加、例えばブギーバックのピアノ)による、日本のソフトロックの名曲「THANK YOU WOMAN」! これで木村先生も長渕のトリコだよね!」

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コメント

(追記)長渕ソフトロックはまだある!
これは1985年シングルでライブでは定番の「勇次」だが、やはりこのB面にソフトロック爆弾が仕込まれていた。「Long Long Time Ago」完全にCSN&Yを意識したオープンコーラスと12弦ギター。きっと長渕の脳裏にはCSN&Yとガロが同居していたハズだ! 和モノDJとか言ってスカしてるヤツ、即買だ!(長渕の80年代のシングルなんてヤフオクでゴロゴロ転がってるよ!)

投稿: kenzee | 2010年12月28日 (火) 00時00分

・・・がんばってユーチューブ五秒くらい聴きましたが、やっぱり声が駄目だ・・・ファッションセンスがこのころはごくふつうですね

投稿: 講談社から新刊でました | 2010年12月28日 (火) 16時11分

ア、スンマセン。88年版の乾杯のジャケはコレです。

投稿: kenzee | 2010年12月29日 (水) 20時57分

THANK YOU WOMAN めちゃくちゃ良いですね!!
長渕剛とか尾崎豊とかビートルズとか、昔から耳には入るけど興味なかったのが、ラジオとかで聴くごとにイイナーイイナーとなぜか評価が上がってた今日この頃だったんですよちょうど。CDと木村先生の本ほしいのでお年玉下さい。良いお年を~。

投稿: 一読者 | 2010年12月31日 (金) 01時20分

長渕曲はときどき、小粋な鼻歌みたいな歌があって、その軽さが前提だと思うんです。あの重さっていうのは。長渕ファンのミュージシャンたち(ゆずとか般若とか)に決定的に欠けているのはボブ・ディランとかビートニクの人々が持っていた軽さです。日本ではかつてムッシュかまやつや西岡恭蔵などが持っていた風来坊的な軽さ。今となっては奥田民生ぐらいしか後継者がいない「軽さ」。長渕歌詞によく登場する「チンピラ」という言葉ですが多分、ヤクザの子分とか企業舎弟とかいった意味ではなくて「ホーボー」という意味合いだったのではないかと思います。コレはベタにファンの間では有名な曲「俺らの旅はハイウェイ」ですが鼻歌のようなカントリーポップで「作った」という形跡がみられない。スルーッとできたみたいな曲。こういう曲がポコっとできるところが真の才能というべきか。ボクもお年玉ください。

投稿: kenzee | 2010年12月31日 (金) 12時02分

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