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人間とは本質的に非リアであることを証明せよ(山下達郎「クリスマス・イブ」)

kenzee「古市さんの本の話の途中ですがクリスマスまでにクリスマス・イブの話をしておこうと思います」

司会者「山下達郎のクリスマス・イブですね」

kenzee「そしてウチの定番になりつつある速水さんの話につっかかる形で物語りは始まるのだった。今、これを読んでいる人の目の前にはブラウザが立ち上がっているという前提でやらせていただきます。まず、文科系トークラジオLife「クリスマス資本論」Part.4をダウンロードしてからお読みください。始まって3分から7分ぐらいのところでユーミンさんの「恋人はサンタクロース」と山下達郎「クリスマス・イブ」についてのトークがあります。83年に発表された曲だが、世間的にブレイクしたのは80年代後半、JR東海CMに使われてからという話です。深津絵里の伝説のCMと語られています」

司会者「そのとおりです」

kenzee「クリスマス・イブは1983年、アルバム「メロディーズ」の最後にひっそりと収められていた隠れた名曲だったのだが、後に国民的ヒットとなり、現在ではスタンダードと化しているのだが1983年から2003年までの20年間に11タイトルも再発が出ている。83年に12インチで限定盤ピクチャーレコード(最高位44位)が登場したのを皮切りに86年に7インチシングル(最高位21位)がリカットされる。ここで注意しなくてはいけないのはこの86年の時点ではまだクリスマス・イブはいかなる形態であれCD化されていない。そしてまだJRのCMどころか国鉄の時代だ。でもすでに21位なのだ」

司会者「もともと売れてたんですね」

kenzee「そして88年、初めてクリスマス・イブがCD化される。例の深津絵里のCMのヒットに乗じて11月10日に初シングルCDが発売された。オリコン最高位は30位だ」

司会者「なんだって! 順位下がっとるガナ!」

kenzee「そうだ。実は88年の時点では未だ「隠れた名曲」だったのだ。「タイアップの歌謡史」の著者さえ見落としてしまう歴史の落とし穴なのだった」

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司会者「しかし、この資料((社)電子情報技術産業協会「民生用電子機器データ集」)によればCDプレーヤーの出荷台数は84年には23万3千台だったのが86年には146万8千台へと急激に伸びています。比例して売れるどころかちょっと下がったとは」

kenzee「そしてこの88年という年はJポップを考える上で重要な年である。「Jポップ」という言葉が生れたのがまさにこの88年なのだ。88年10月、「Jポップ」という言葉の生みの親、FM局「J-WAVE」が開局する。烏賀陽弘道「Jポップとはなにか」(岩波新書)によれば当時のチーフプロデューサー斉藤日出男は「Jポップ」をこう定義したという。

「まず、演歌やアイドルはダメ。サザン、松任谷由実、山下達郎、大滝詠一、や杉真理はいい。が、アリスやチャゲ&飛鳥、長渕剛は違うだろう、と感覚的に決めていった」「洋楽と肩を並べることができる、センスのいい洋楽」「洋楽の何に影響を受けたかはっきりわかる洋楽」

ということのようだ。今、読み返して不思議なのはユーミンさんは洋楽的なサウンドと受け取られていたということだね。しかし、初シングル化したクリスマス・イブはこの波にイマイチ乗り切れなかった。クリスマス・イブが真の爆発を起こすのは翌年の1989年のことだ。89年版のシングルCDは盤面のデザインを一新し、二種類のものが作られた。そして再び、JR東海のCMのタイアップとなった。89年版は牧瀬里穂が出演した。そして89年のクリスマス・イブを語るうえで忘れてはならないのは映画「君は僕をスキになる」の主題歌でもあったということだ。山田邦子、斉藤由貴、大江千里らが主演のバブル期らしいラブコメディーだ。この映画で野島伸司は初脚本を手掛けた。この89年にクリスマス・イブは初めてオリコン一位となった!」

司会者「そんな鬼の首とったみたいに言わなくてもいいジャン!」

kenzee「我々はクリスマス・イブというとすぐ深津絵里や牧瀬里穂を想起するが、同時に山田邦子も思い出さなければならないのだった。これ以降、クリスマス・イブは快進撃を続ける。翌90年にはみたび、JR東海CMタイアップ、今度は高橋理奈出演で余裕でオリコン一位。しかも90年にはシングルカセットも同発され、B面にてはじめてオリジナルカラオケが収録された。翌年は91年もやはりJR東海CM,今度は溝渕美保出演でした。そしてPVのビデオとレーザーディスクがでました。(TATSU YAMASHITA PRESENTS CHRISTMAS IN NEW YORK) 92年にはシングルCDの盤面を変更、CMのほうは吉本多香美。93年にはアルバム「Season's Greetings」にて英語バージョンが発表された。95年にはベスト盤「トレジャーズ」に収録。そして2000年には初のマキシシングル版で発売。2003年には初のリマスター版が。そして今年は初のPC配信に踏み切り,モーラ等で配信中」

司会者「これが戦後を代表するヒット曲というものか」

kenzee「それにしてもクリスマス・イブは怪物すぎる。ユーミンさんや稲垣潤一のクリスマスソングはバブル崩壊とともに忘れ去られたが、山下達郎のクリスマス・イブは驚異的な生命力で生き残りつづけるのだ。速水さんはキックザカンクルーのカヴァーについて言及されたが、国内だけでもクリスマスイブのカヴァーは無数にある。知ってる限りを列挙していこう。藤澤ノリマサ、エリック・マーティン(2009年)、CHEMISTRY(2008年)、女子十二楽坊(2005年)、Rin'(2004年)、キックザカンクルー、shela、half dozen、上松美香(2001年)Smooth Ace(2002年)他にもいっぱいあるはずです。また、嘉門達夫の替え歌メドレーにも登場します。そしてキックのカヴァーについて山下氏があまり快く思っていないという速水さんとチャーリーさんの話だが(23分ごろ)山下氏自身はキックのカヴァーを好意的に受け止めていたようだ。

 もともと(山下達郎の音楽は)インディーの色は濃厚にあるんだよ。サブカルチャーの匂いのおかげで今こうしてリサイクルさせてもらってるっていうか。キックザカンクルーが「クリスマス・イブ」をラップでやってくれるご時世になったのかってことだよね。ご多分にもれず、いろんなところで色々言われるけど、少なくとも僕自身は素直に幸福なことだと思ってる。僕はどこまで行ってもサブカルチャーの出だからね。(TATSURO MANIA No.40 2001WINTER)

また、この2001年ごろ、日本のヒップホップ界隈では日本のレアグルーヴのブームみたいなのがあって、MOOMINの「Windy Lady」のカヴァーとかMUROが「SPARKLE」のイントロをサンプリングしたりとか、「DANCER」がハウスの文脈でプレイされたりといった現象があった。こうしたカルチャーを背景に大ネタ「クリスマスイブ」のサンプリングにキックは踏み切った。ところでクリスマス・イブは速水さんも言ってるが「きっと君はこない」という日本のクリスマス・ソング史上ありえない非リアソングなのね。夢も希望もないあきらめソングなのです。ボクは「クリスマス・イブ」だけがナゼこれほどの驚異的な生命力を保持しているかを考えるんだけど、この「消費の同調圧力」に本来的に与していない、というところが最大のポイントだったのではないかと思うのだ。「クリスマス・イブ」の歌詞の凄いところは主人公がなにも消費しなさそう、ということだ。イタメシを食いにいくのでもなければ、ホテルに泊まる気配もない」

司会者「彼女、来ませんからね」

kenzee「そして主人公の男は雪の降りしきるなかを「サ~イレンナ~イ、ホ~リ~ナ~イ」などと自嘲気味につぶやくのだ。なんという痛々しい情景か。しかし、この国の国民がもっとも支持したクリスマス・ソングがコレなのだ。因みにこの歌詞はシュガーベイブ時代に別の曲で原型があったのだという。

 「雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろう」という歌詞はシュガーベイブ時代に作った曲の一部で、それがいきなり頭によみがえったの。だから歌詞は15分ぐらいで書き上げた。(TATSURO MANIA N0.16 Winter)

ここからクリスマス・イブの歌詞分析に突入するわけだが山下達郎の歌詞は大きくわけて4つぐらいのカテゴリーにわけることができるのね。まず、「パレード」や「ダウンタウン」に代表される「とにかくハッピー」な60年代ポップスの世界。そして「ライドオンタイム」「ラブランド、アイランド」「スパークル」などに代表される「ブワーっとイメージだけが羅列されるような」詩的なイマジネーション路線。そして「ずっと一緒さ」「FOREVER MINE」「さよなら夏の日」「ゲットバックインラブ」に代表されるドロドロの「君を愛してる」ラブソング路線。そして最後が「Windy Lady」「Paper Doll」「メリーゴーラウンド」など16ビートのソウルの曲のみに登場する「恋愛とかクダラナイよボク非モテなんでヨロ」ペシミスティック路線だ。あと、オマケとしてアラン・オデイの英語詩路線というのもある。で、クリスマス・イブのような典型的な60年代ポップス路線の曲の場合、通常、パレード、ダウンタウン的な歌詞を乗せるのね、達郎さんは」

司会者「最近なら、「Happy Gathering Day」「Love Goes On」などがハッピー路線ですね」

kenzee「ところがさ、クリスマスイブは通常16ビート曲にしか使わない「ペシミスティック路線」なのさ。ここで確認しておかなければならないのは山下達郎自信は決して非リアでも非モテでもないのね」

司会者「まりやはんですからにゃあ」

kenzee「つまり山下達郎のペシミスティック路線とは「リア充氏ね」とかいった矮小な問題ではなく、もっと根源的な問題をはらんでいるのだ。山下達郎は激動の69年を新宿の高校で過ごした。あの時代の高揚を10代の目で目撃した人だ。高校卒業時には留年寸前だったという話だ。ていうかホントは単位とか足りてなかったそうだが高校でも運動とかバリ封とかあって授業とかなくなったりとかあってドサクサに紛れて卒業したということだ。そして、その後の運動の「敗北」もしっかり目撃することになる。

 (山下達郎の歌詞とは)政治の季節を抜け出してきた喪失感と、人間が作った制度に対する不信。それと東京という都市がオリンピックからオイル・ショックを経て、その後もどんどん変わっていく。そういうときの違和感。「都市生活者の疎外」は僕の永遠のテーマだから。(QUICK JAPAN Vol.62 Endless Groovin' 山下達郎インタビュー)

クリスマス・イブのペシミズムとは高度成長期の日本の時代性への違和感であったのだが、その威力はそのまま89年の空前の消費社会にも向けられたのだ。喪失感と不信感。その負のエネルギーが結果的にクリスマス・イブに消費されない生命力を与えたのだ。それでは最後に、クリスマス・イブが「Jポップ」などではなく、ロックンロールなのだということがよくわかるバージョンを聴いていただこう。ベース、ピアノ、アコースティックギターの小編成によるクリスマス・イブ

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