躁と喪
kenzee「急に熱がでて寝込んでおりました!」
司会者「去年も今頃、カゼひいて寝込んでなかった?」
kenzee「ウン、去年同様、会社早退して医者行って薬もらって家でチャゲアス聴きながら安静にしてたんだ」
司会者「カゼの時はチャゲアスと決めてるんだろ」
kenzee「急に熱が8度ぐらいでたもんでコリャインフルエンザか! なんて思って。したらタダのカゼだったんだけど。でも医者が言うには「もしかしたら」的なこともありますんで一応タミフル処方しときますね、なんて言われて生まれて初めてタミフル飲んだ。
司会者「コレがタミフルかあ」
kenzee「朝夕一錠ということでコレとその他のカゼの薬飲んで一晩寝たら熱がスーッとひいててさ。やっぱ医者の薬はエライね。バファリンだとこうはいかないですよ。で、一応会社には行ったんです。でも、もしかしたらぶり返すかも、とか戦々恐々だったんですけど、やたら快調で一日終わったんですわ」
司会者「完治したんですね。よかったね」
kenzee「治ったっていうか、もう快調すぎるっていうか。もうテンション高すぎなんですよボク。ふだんボクもっと仕事とかグズグズしてやるんですけど、もう電話とか10回コールしてやっとでるぐらいの勢いなのにもう半コールぐらいで「ヨロッ!」みたいな取り方で、もうクレーム電話でもなんでも来~いみたいな。もうノリと勢いでヒネリ潰していく感じで」
司会者「病み上がりとは思えんな」
kenzee「もうやたらバッキバキで。気がついたら日ィ暮れちゃってるよ、みたいな。で、全然疲労感がないんですよ。なんか風呂上りの爽快感が一日中続いてるみたいな。そんで家帰ってからまた西野カナとか爆音で聴いてるし。このパワーはなんだろうと考えたらどう考えてもタミフルパワーとしか考えられないんですよね。で、フダンテンション低めでしかも病み上がりのオッサンでさえここまでテンション上がってしまうんなら、若い元気な人が服用したらどうなってしまうんだろうとか考えてしまったのだ」
司会者「9階のベランダから飛び降りたりしても不思議じゃないってことですよね」
kenzee「なんかスゴイ全能感に包まれるんですよ。津田大介さん並みの。ダイスケ的にもオールオッケー!とか言いながら一人バケツリレーですよ。で、西野カナ聴いてもどの曲もアレサ・フランクリン級の名曲に聞こえるんですよ。試しにテンション低めの音楽聴いたらどうなるんだろうとか思ってジャックス聴いてみた。そしたら!」
司会者「落ち込んだ?」
kenzee「全然。オレ「ジャックスの世界」なんて高校の時から聴いてるけど、まあ歴史的資料みたいな聴き方なワケですよ。ところが「マリアンヌ」とかスゴイ曲なワケです。もう目の前に嵐とか湖とかなんか気の触れた美女みたいなのが現れてグワーッてなってるもうスゴイイメージで。あと、三上寛だったらどうなるかなと思って聴いてみた。そしたらやっぱりスゴイ音楽で。とくに「BANG!」収録の「最後の最後の最後のサンバ」という曲はようはコネタの歌なんだけど、この青森が生んだ情念と劣情と諧謔の精神の表現とは的なことを考えてたら秋葉原事件の加藤も青森出身だったよな、見田宗介「まなざしの社会学」の「記号」としての人格の話からいったら三上寛は「青森出身」「警察学校中退」というマイナスの記号をプラスに転じた人だが、加藤は記号をネタにしようとして失敗した人だ、さらに間に寺山修司とかスーパーカーとか挟んで壮大な評論が書けるんではないかとかグルグル考え始めた」
司会者「面白そうだけどアナタが書く必然性はあんまりなさそうだね」
kenzee「で、もう躁状態だから、なんでもできそうな気がするんですよ。なんか急に楽器屋のドラムのコーナーとか覗いてたり」
司会者「ドラムなんて触ったこともないだろう! ギターとかシンセ系ならわかるが」
kenzee「やっぱPearlか……とか言いながら」
司会者「こんなにテンションがあがってしまうなんて……やっぱり危険な薬なんですね、タミフルって」
kenzee「で、一回飲み始めたら5日間は連続で飲めって医者に言われてましてね。途中でやめたらダメなんだって。なんでだろうね。昔のピンサロみたいなねえ」
司会者「喩えとかもなんかおかしくなってるぞ」
kenzee「このようにボクにとっては311以前とかいうより「タミフル以前、以後」のほうが大きいのですよ」
司会者「そんだけ気が大きくなってるんだったら、「これからの文学や音楽、カルチャーはどこへ向かうべきか」みたいなすごく今、困難になってるテーマにもホイホイ結論がでてるんじゃないか?」
kenzee「それも考えた。いわゆる311以降、サブカルチャーはどこへ向かうべきか。すごく困難で遠大なテーマだよね。それもポコポコ答えがでちゃってさ」
司会者「一回殴られろよ」
kenzee「つまり、確実にひとつのゲームが終了したんだよ。たとえば戦後のポピュラーミュージックって80年に入る直前にゲームが終わったじゃないですか。パンクという名の下に。それまではビートがどんどん細かくなっていくという進化のゲームがあったのね。50年代は4ビートのジャズ、60年代は8ビートのロックンロール、70年代は16ビートのファンクという。ところが80年代に入るとゲーム自体が無効になってしまった。ジャズもロックもファンクも並列に並べていいんですよ、ということになった。これが一般にニューウェーブと呼ばれる運動だ。311以降とはこの「ニューウェーブ2.0」みたいな運動になる。つまり、従来のサブカルチャーや批評は「精度を上げていく」「理論の完成度の高さを競う」というゲームで走ってきた。ところが、今後は精度は問わない、理論には穴があってヨシ、という時代が来るのだ。つまり、合理的でないもの、矛盾を抱えたものにも一定の評価を与えていく、という価値観が起こる。これがニューウェーブ2.0なのだ」
司会者「躁病ってスゴイなあ」
kenzee「なにか言うジャン。するとスグ「キミの言ってる○○は矛盾している」とか言って悦に入るアホがおるジャン」
司会者「まあそんな新しいものとかないですからね」
kenzee「まず、矛盾があってはならないというルールは誰が決めたん?っていう前提を疑うという地点から始まるんです。つまり、ネタを構築する労力と揚げ足取る労力ってコレ比べるまでもないのですよ。今までのゲームだと揚げ足取ったモン勝ち、というカブせたモン勝ちみたいなスゴイ卑怯なルールになっていたのです。また、合理的でないものに対して「コストが合わない」という否定もまた、無効となる。そもそもカッコいいもの、セクシーなものというのは非合理的で矛盾を抱えているものなのだ。という当然の感覚が欠落したままゼロ年代批評は走ってきてしまった。倫理的な発言が善とされてきた。大間違いだ。すでに袋小路にあった。だが、このニューウェーブ2.0によって表現は延命するのだ」
司会者「躁病ってスゴイなあ」
kenzee「ちなみに「タミフル以前」にわたしはこんなイベントに行ってきた」
「思想地図β Vol.1」シンポジウム トークテーマ:「阪神大震災とゼロ年代の思想」
@4月9日心斎橋Standard Bookstore
出演:東浩紀、浅子佳英、鈴木謙介、福嶋亮大
これは震災以前から企画されていたイベントだが、やはりこのタイミングで震災について語らない手はないということでこのようなテーマに急遽変更になったのだ。当日の様子はTogetterなどで断片的に伝えられているが、いつものニコ生やラジオなどのトークと比べるとやはり難しいテーマなので歯切れが悪いようだった。特に後半、東さんのテンションがどうにも落ちていくのだった。当日の東さんの話をかいつまんでみると、「今度の震災は「戦後」という従来のくくり自体を無効にするもので終戦以来ぐらいの節目と考えるべきだ」「この60年間、日本の文化は「思想」とか「批評」とかを重視してこなかった。なにを重要視してきたかというと「土建」である。つまり下部構造でひっぱってきた60年だった。今回、多くの死者がでた。しかし、数万の死者がでたという事実に対して我々はリアリティが持てない。それはこの60年間、この国の文化は「喪」「弔う」ということをキチンとしてこなかった、これから自分は文化の「喪」に携わる仕事をするしかないだろう。311以前のあの、ぬるいチャラチャラした日々が遠い昔のようだ。あのぬるい感じを記録するのも批評の仕事だ」大雑把だがこんな感じの話をされた」
司会者「「喪」が欠落してきたっていう話はドキっとしましたね」
kenzee「鈴木謙介さんはこのように語った。まず、震災以降の宮台真司さんのツイッターでの発言はいかがなものかという話から始まり、今回のような大きな災害に対して合理的に説明できる人間はいない。どうしたって納得のいかない話なのだ。人間の社会はこういう説明のつかない事態に遭遇したとき宗教を機能させてきた。つまり、白土三平的なアレだろう。しかし、戦後、特に90年代以降の日本の社会はオウムと阪神大震災の95年を境に宗教アレルギーになってしまった。結局、95年以降、宗教とまともに向き合った作家は村上春樹ぐらいで、宗教の持つ機能はないがしろにされたまま、311を迎えてしまった。もう一度95年を振り返ってみるなら、宮台氏が当時(オウム、震災前)雑誌で「考えることはいいこととされてきたが、考えることが害悪に繋がる事象もある。だからギャルの子とか「あえて」考えないことも大事で「考えなくてオッケー」という発言があった。だが、95以降、「やっぱり考えることも大事だね」みたいな話になっててズコーッみたいなことがあった」
司会者「超手短にまとめてますので。宮台さんなりの文脈があっての転向だと思います」
kenzee「ボクは関西人なので95年の震災の前後のカルチャーの空気の変化には思い当たるフシがあるので付け加えさせていただくと宮台さんの「考えなくてオッケー」というのは今の視点から見るとすごく無責任な発言に思えるが、逆にボクにはリアルにあの頃の空気を的確に言い当てている気がする。「考えなくてオッケー」というのは要は小沢健二の「LIFE」なんですよ。
小沢「ああ、すごいライフ・イズ・カミン・バックてかっこいいなあ」と思って。たまたまその日は著作権契約の話かなんかちょっとあって、そしたら著作権の法律用語でライフ契約ってのがあんの。で、それは初めてその時に聞いたんだけど「契約はライフで?」っていうから「え?ライフってなんですか?」って言ったら「存続期間」って法律で訳すんですけど」って「存続期間ってどういうことですか?」「生きてるあいだって意味です」って言われて。それをライフ・コントラクトとかって言うのかな。ライフっていうのを存続って訳して「わあ! 法律用語ってかっこいいなあ!」と思って。そんで人生とか生命とかじゃなくて存続=在り続けるっていうのがかっこいいじゃん。在り続ける期間がライフだっていうのがすごいかっこ良くて「おお!」と思って。そんで「やっぱライフて言葉ってすごいなあ、存続なんて訳しちゃうとさらにかっこいい」なんて思って。家に帰ってレコードをちゃちゃちゃって見てたら、今回のさっき着てたTシャツのロゴにもなってるネタの「ライフ」ってレコードがポンッとでてきて「あ、ライフなんだ!」と思って、「LIFE」にしちゃいました」
●へえー
小沢「そいで、僕もう顔なんか不細工で見られないようなポップス・シンガーっていうような感じでレコードが売れたらいいなあ、なんて思ったりするんだけど。曲はいいんだけど、人はよくわかんないっていうかさ。そんな感じでレコードが売れたらすごくいいなあと思うんだけど。だから、「そんな風だといなあ」っていうのは諦めて言ってるとかそれを一所懸命考えたりすることから敗北したとか、もちろん、そういうことではまったくなくてさ。もう自分もライフっていう価値観の発見と一緒にどんどんかわってる人だから、そのことがすごく気持ちいいし。去年のアルバム・インタビューの頃はやたら小難しく考えてたことも、もうどんどん消化されててさ。まああの頃「死体収集」とか言ってたことのもうほんと正反対でね。ジョイとかライフとかって感じが、なんか普通にやれるようになって。だから時代精神みたいなことを僕に求める人ってもしかしているかもしんないけど。僕はべつにそんな気はほんとにからっきしないんだけど! ライフって、すごく自分では気に入ってる価値観ですね。で、「それはどういうことか?」って言われても、全然説明できないんだけど」
●そういう一貫した気分がこのアルバムの中に入ってるからだろうと思うけど、ここで歌われてる光景は、手の届かないような大きなテーマを求めて展開されてるわけではなくて、もう手に届く範囲の悲しみとか喜びを、手当たり次第に投げつけてる、そういう感じじゃない?
小沢「そう。だから僕いま目の前にるものは全部OKなんですよ」
●それはすごい発言ですね、小沢さん(Rockin' on Japan1994年9月号「LIFE」ロング・インタビュー)
小沢「誰かが僕の作品をすごく高尚に理解して誰かがすごく皮相的に理解してるとは思わない。みんな同じことを感じてると思う。言葉で表現するのがうまい人はいるでしょうね。「小沢のはこうこうでこうこうなんだよ」て言う人と、「なんかいい」って言う人は、受けてることはまったく同じでただ表現の仕方が言葉がうまい人は上手かったり、ギャルみたいな人が「なんかでもオザケンいいしい」って言うのも、本質は一緒なんだと思ってます。で、僕は大事なのは本質だけだと思ってるから。(中略)こっちはサブ・カルチャーの匂いをだしてとか、そんなことじゃないんですよ! もう気持ちは同じなんですよ。だってやってるのは俺だもん! そこから出るもんだからね。タケイくんはサブ・カルチャー担当とか、そういう見方があるとしたら全然違います。サブ・カルチャーとかそんな言い方がもうすでにどうでもいい。だから例えばサブ・カルチャーみたいな人たちがいたとして、僕の「LIFE」に対してもうグウの音もでないと思うけど。でも、そのサブ・カルチャーの人たちがグウの音もでないほどの付加価値に対して「だからすごいんだあ!」みたいなことじゃないよ。たまたまそっちの人たちが「おお!」と思うだけでね(笑)」(Rockin' on Japan1996年4月号)
これらの小沢氏の発言を物凄く要約すると「考えなくていいんだよ、考えるといいこともあるけどまた前みたいにスゴイ理屈のレコード作るハメになって自滅するので「もう目の前のものオッケー!」とか本質ドーンみたいな感じで行きます」ということで、こういった景気の良い発言やレコードに我々はなにかスゴイ価値観を手にしたかのような錯覚に陥ったものだった。ところで震災の年、1995年といえば小沢さんの絶頂期だったのだが、当時のオヤジ向け雑誌「VIEWS」の小沢特集にて宮台真司さんが小沢健二の音楽にコメントしているのだ。
「マクロとミクロというふたつの視点でものを見ている」オザケンの歌詞は、マクロとミクロというか、ふたつの視点でものを見ているよね。「天気読み」でも「君にいつも電話をかけて眠りたいよ」という主観の部分と、「何言ったって裏返っていく彼や彼女」と、一歩引いた立場で歌っている詞がある。その二面性が人気の秘密なのだと思う。彼の中にはたぶん「どうせこんな時代だから」というのがあって、でも「ロマンチックに生きるぞ」「俺は何か言うぞ」という姿勢でモノを言ってる。ただ根本にそういう、自己防衛とか安全地帯を用意してるから聞いててラクなんだろうね。とはいえ、やっぱりフリッパーズあってのオザケンなんだから、それを隠すのはよくない。僕も、彼の今後の身の振り方次第でファンをやめるかもしれない。音楽以外のことにヘンにこだわっているようではね。(宮台真司(東京都立大人文学部助教授))(講談社「VIEWS」1995年11月号「誰も語らなかった小沢健二の秘密」)
もう本質でライフでグイグイいきますよ!という鼻息荒いオザケンと、冷静にメタ視点から空気読んでる小沢さんがいて、だから安心できるのだ、という意見だ。この「VIEWS」や当時の雑誌などを見ると、震災とオウム事件で世の中すごく不穏な空気に包まれてたイメージがあるのだが、意外とチャラチャラしていた。宮台さんのコメントもあんまり震災震災していない。私が思っている以上にぬるい時代だったのか。そして小沢さんの発言の感じが94年頃から95、96と基本、変わっていないのに注目だ。「とにかく目の前にあるもの全てOKだ!」「サブカルだの理屈じゃないんだ」「その瞬間瞬間をズバッと」みたいなことを繰り返している。これは選挙演説と同じである種の自動化された言語であり、読み物としてはあんまり面白いものではない。フリッパーズ時代のグズグズしたインタビューのほうがいまでも鑑賞に耐えられるのだ。つまり、小沢の発言のトーンは震災前と震災後で、ほとんど変わっていない。しかし、やはり音楽家。音楽は時代の空気を吸い、変化していった。「球体の奏でる音楽」は95年を通過しなければでてこない音楽だ。96年10月号「球体」の記事で「LIFE」とずいぶんテイストが違いますね、というインタビュアーに対し、「(ライフのような)質をキープしたかったら形にはもうこだわれない」というように同じことを繰り返してるんだ、ということを強調している。このインタビューで初めてアフター95的な発言が飛び出す。
小沢「「旅人たち」ってお葬式みたいな感じで。なんかお葬式ってすごいなあって思って。漠然と「過去と未来より来る旅人」っていうのがでて「なんだろうこれ?」と思って口先でもてあそんでたんですけどね。(中略)この「旅人たち」は具体的にーなんか俺人のお葬式って行くの好きなんですよ。好きじゃいけないような気もするんだけど(笑)でもいいことなのかなとも思うんですよ。人であるからには必ず死ぬわけで、みんなそういうのをボヤっと考えるわけじゃん。なんか泣いてたりしてさ、だけどお寿司を運んでくる人もいてさ(笑)そういうとこ見えめな感じが好きなのかなあ。セックスみたいなもんで結構みんなに共通してる感じもするし、いいのかな」
●死とかセックスとかって、何かを知るための小沢くんにとっていちばん有効な窓みたいなものになってるのかな?
小沢「う~ん、わからんなあ。でも、セックスとかは原始的ですからね。(中略)そういう野生動物感のあることはやっぱ好きなんですね。弱肉強食みたいなことが好きなのかなあ。なんか生っぽいですよね。あ、生っぽいの好きなんだわ。血がしたたってるみたいなの(笑)それはあるかもしれない。血がしたたるの好きなの」(Rockin' on Japan1996年10月号)
95を通過したとき、小沢さんの目に現れた風景とは「喪」のイメージだった。確かに、震災とオウム、ノイズとかいろんなものを剥ぎ取っていくと、最後に残るのは、「喪失」という感覚だったのだろうか。東さんが「これからは「喪」の仕事をしよう」と思い至った経緯と鈴木さんが「戦後、手付かずにしてきた「宗教」」という日本文化史を小沢さんはこのとき、直感的に感じ取っていたのではないか。このお葬式が好き発言とともに届けられた「球体」はとても静謐な音楽だ。このお葬式の話の96年10月以降、小沢さんはめったに音楽雑誌のインタビューを受けなくなってしまう。このあと、小沢さんはとても不思議なキャリアの重ね方をするのだが、宮台さんが「やっぱりモノ考えよう」と言い出したのと小沢さんの「うさぎ!」は近いと思うのだね。そうするとだね、「喪」という感覚が生み出す表現とかやっぱり強いと思うんだね。もちろんこれからスゴイいっぱいレコードが売れるとか本が売れるとかいう意味じゃなくて、「民度」みたいなものがグイーッと上がっていくような気がするのだ。なんていうのかな、「羞恥心」みたいなのがどう戦略しても売れないみたいな時代がくるんじゃないかと。それで困る人はいっぱいいるのかもしれないけれど、もしかしたらボクにとては理想的な状況なのかもしれない、とか。「喪失」についてひたすら考えるってボクにとってはそれほど苦ではないというかワリと幸せなことかなとか。もうトシなのにムリに新しい音楽聴いたり苦手なアニメ勉強のために観たりとか不毛なことはやめて、昔読んだ本とか映画とか90年代の風景とかぬるかった時代の話ばっかり笠智衆みたいにエンエン語る人生もアリかなあ、みたいな」
司会者「もう文芸誌の新人の話とかシンドイことはやめて」
kenzee「うん、もうホントは話合う人いないんだよねえ、この界隈には。オレ、ロクにエヴァとか観てないし。ゲーム文化とか全然知らんし。音楽の話すると揚げ足とるヤツでてくるし。だからもうこれからはブランキージェットシティの話しかしません」
司会者「メチャ狭いな」
kenzee「それもC.B.Jimの話しかしません。あと長渕と」
司会者「わかったよ、だから宇野さんのモノマネみたいなことはもうできないっていうのはわかったから、久しぶりに木村先生とか津村さんの新刊とかの話すりゃいいじゃん。3年ぐらい前のさ、あのインディーな感じに戻れば」
kenzee「そうだなあ、文芸誌に適当にチャチャ入れてゲラゲラ言ってたあの頃に戻れば楽しいのかな。すべてが10年前ぐらいに感じるよね、311以前って。ああそういえば思想地図のイベントの最後にサイン会があって東さんの新刊にサインして戴いた。一応「ナントカカントカのブログの者です~とかフニャフニャ挨拶したら「ああ! あのブログの人! アレ面白いね、オレのまわりでもみんな「ハァ?」って言ってるよ!」とのこと!」
司会者「東さん、いい人だ!」
kenzee「一応チャーリーさんにも挨拶した。したら「オレはスターじゃねえ」って怒られた!」
司会者「チャーリーさん、ごめんなさ~い(ビクビク)」
kenzee「ただ、これが津田大介さんだったら「オレは始めからスターだけど?」 とか全能感あふれる返しが来たかもしれない」
司会者「今頃なに言ってんの?ぐらいの勢いで」
kenzee「ハ~ア~オレも全能になりたいなァ。タミフルなしで」
司会者「思想地図イベントに携わった皆さん、お疲れ様でした!」
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