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2011年9月19日 (月)

リトル・ピープルの歌謡史(行ったら帰ってこない。青春と一緒)

enzee「このような「翼を拡げて 大空に 鳥のように 飛び立とう」的な歌とは大昔からあるような気がするけど、実際は20年ぐらいの歴史しかないものなのだ。それどころかたった30年前には「翼など愚かな憧れだ」と諌められていたのだ。ついでに、さらに2年前の1978年の泉谷しげるのアルバム「80のバラッド」に「翼なき野郎ども」が収録されているが、歌詞に直接「翼がどうこう」といった言及はない。だが、歌詞を読めば「火力の雨降る街角」といった発電所が軒を連ねる労働者の街の話だとわかる。「ヤクザがいらつく 午後の地獄 ふざけた街にこそ家族がいる」社会の底辺で逃れようにも逃れられないしがらみがある。はじめから翼など持てなかった男たちの挽歌なのだ。つまり、この時代はまだ「翼を拡げて飛び立つことは困難だ」とされていたのだ。それが90年以降、翼を拡げることは大前提的に「いいこと」となった。この時代の転換点に「旅立ちの日に」がある。このような「昔からあると思っていたものが、実は最近になってできたものなんですよ」「エ~マジッスカ!」というような批評のテクニックを我々は「柄谷行人・日本近代文学の起源戦法」と呼んでいる。柄谷はこの本で「文学って大前提的に主人公の「内面」とか「心象風景」とか描くことになっちゃってるけど、ソレ結構最近だから。国木田独歩あたりからようやくそうなったのであって「奥の細道」なんかアレ、風景描写とかないよ」とか言ってビックリさせるという戦法だった。J-POP史にも同じようなことが起こっていたのだ」

司会者「さて、さっきまで別の原稿書いてて、もう6時間ぐらいパソコンの前に座っているのでボケる余裕すらなくなってきてるゾ」

kenzee「ボクの部屋、机がなくて平机にパソコンと座布団みたいなオールドスクールなアレなんで」

司会者「浅田次郎スタイルだ」

kenzee「すぐ足しびれるんですよ。グニャーとなって起き上がってまたグニャーとなっての繰り返しで」

司会者「浅田次郎先生はケツの形に畳が凹んでたらしいですからね」

kenzee「で、まあ90年代以降、いろんな校歌があるねという話だったんだけど、母校の登美ケ丘高校の校歌もヘンだなあ、と昔から思っていたのだ。確かに歌詞の面ではよくある地名などを折りこんだ古風な歌だ。だが、問題はメロディなのだ。この曲は創立時の音楽の先生植野真奈美先生の手によるものだが、作られたのは1987年なのだ。すでに卒業式では「贈る言葉」や「卒業写真」が定番化している時代に作られた。こういう時代に作られる歌とは多かれ少なかれポピュラーミュージックの影響を受けざるをえない。それは「旅立ちの日に」も同様だ。大サビの「いま、別れのとき~」のコード進行だがF→G/F→Em7→Am7→Dm7→G7→C→C7という今でもJ-POPの定番といえる進行だ。槇原敬之「もう恋なんてしない」のサビ「さよならと~言った君の~」というところを思い出していただければわかりやすいだろう。このベースがステイする感じなどソウルミュージックの影響抜きには考えられないし、また、「未来信じて~」でC→C7とセブンスコードで弾みをつける感覚もソウル以降、という感じだ。「旅立ちの日に」は一見、伝統的な唱歌の顔つきをしながらもモダンな作りとなっている。しかし、登美ケ丘高校校歌はハッキリとこういったモダン化の感覚を拒否しているのだ」

司会者「そうですか?アナタのデモを聴く限りでは素朴な歌じゃないですか「少年時代」みたいな」

kenzee「ポピュラーミュージックの作曲には幾つかのルールがある(実験的な作品を除いて)。今あるポピュラーミュージックは例外なく黒人音楽の影響を受けているわけだが、その代表的なものがビート(反復)感覚である。現代のポピュラーはメロディ自体がそもそもビートの一部を担うのだ。わかりやすい例でみんな知ってる山下達郎の「クリスマス・イブ」で考えてみよう。

 雨は夜更けすぎに 雪へと変わるだろう Silent Night Holy Night

この「雨は~」と「雪へ~」は同じビートであるとわかるだろう。また、メロディの抑揚も最初の「雨は~」を踏襲するものであり、ここに反復があるとわかる。そのあとの「Silent Night Holy Night」はそのままの反復だ。そして「きっと君はこない~」と再び反復される。つまり、このAメロは小反復と、さらにそのまとまりの大反復がある。一見、ボソーっとした歌だが、実はビートのカタマリのような曲だ。続くBメロだが

 心ふかく 秘めた思い 叶えられそうもない

ここも典型的なJ-POPの作法に基づいているので注意したい。例によって「心ふかく 秘めた思い」は反復の関係にある。そして「叶えられそうもない」で展開が起こる。この、2回繰り返して3回目で「もうエエわ!」と展開するのがJ-POPの定番中の定番ワザなのだ。ちょっと思い起こすだけでポコポコでてくるはずだ。

 Your Everything Your Everything あなたが想うより強く(MISIA「Everything」)

司会者「ホントだ!2回繰り返して3回目で展開しますね!」

 どんなときも どんなときも 僕が僕らしくあるために(槇原敬之「どんなときも。」)

司会者「ワー!」

 誰もが胸の奥に 秘めた迷いのなかで Woo手にしたぬくもりを

 それぞれに抱きしめて 新たなる道をゆく Oh,Yes Oh,Yes Woo          (Mr.Children「CROSSROAD」)

kenzee「おわかりいただけたか。2回繰り返したあと、3回目で「エエカゲンにしなサイ!」とツッコムのだ。我々大衆はナゼかこのビート感を気持ちいいと感じてしまうのだ」

司会者「2回ボケて3回目でツッコムというベタなノリツッコミは音楽的な感覚に基づくものだったのですね」

 何をゴールに決めて 何を犠牲にしたの 誰も知らず

 歓声よりも長く 興奮よりも速く 走ろうとしていた あなたを

 少しでもわかりたいから(松任谷由実「NO SIDE」)

kenzee「ヒットだしたかったらコレ! 各メーカーのA&Rの方は耳カッポじってよく聞いとくように。「売れるメロディとは2回ボケて3回目でツッコム。コレ!」

司会者「セーラー服を 脱がさないで 今はダメよこんなところじゃ~。ホントだな~。こんなトコでも3回目でツッコンどる」

kenzee「このようにポピュラーミュージックとは「メロディの中にビート(反復)を内包する」のが基本だ。「旅立ちの日に」ですら、メロディの繰り返しがある。そこでやっと登美ケ丘高校校歌に戻るが、このメロディには「反復」という概念がまったくないんですよ。行ったら行きっぱなし、二度と戻ってこない一筆書きのようなメロディなんです」

司会者「「青春」のメタファーだったのか?」

kenzee「(無視)とても87年に作られたとは考えられないプログレッシブなメロディなのです」

司会者「変わり者の先生だったんですか?」

kenzee「いや、普通の温厚な先生だったよ。別にお年もそんなに召されてなかったはずだ。オレみたいなアホが休み時間に勝手にエレクトーンでTMとか弾いてても文句いわない先生だった。こんなアバンギャルドな作曲をする先生にはとても見えない」

司会者「君はどうしようもない高校生だったんだねえ」

kenzee「ボクがこの校歌でまっ先に思い浮かべるのは戦後のポピュラーではなくて山田耕筰なんだよね。「からたちの花」や「この道」などは植野メロディ同様、行ったら行きっぱなしの一筆書きメロディだ。山田耕筰はドイツに留学して西洋音楽を学んだのだが、植野メロディにもアメリカン・ポップというよりヨーロッパの匂いがする。山田メロディとは「からたちの花」が典型的だが、器楽的なメロディなのだ。「白い白いはな~が咲いたよ」と突然跳躍するあたりは鼻歌ででてくるものではない。同様に「この道はいつかきた道 あーそうだよ」と山田メロディらしい跳躍がある。我々の世代で器楽的なメロディの作曲家といえば筒美京平ということになるが、歌って楽しいという価値観でなく、音楽としてどう聴こえるかにプライオリティを置いた作家である。しかし、筒美以降、小室哲哉にしろ、つんくにせよ「歌って気持ちいい」価値観を最優先する作家の時代がくる。植野メロディとはこの山田耕筰、服部良一、中村八大、筒美京平、という器楽の作家の系譜にあたるように思う。植野先生が合唱曲にチョイスしたのは荒井由実「翳りゆく部屋」なのだが、賛美歌の如きヨーロピアン・クラシカルという感じの曲だ。「あーあーわれーらーとーみがおーかこう」というサビでベースがステイするのだが、このドミナントでsus4を多用したり、ドミナントを引っ張る感じが初期のユーミンさん的な、西欧という感じがしますね。クリスチャニティというか。そういう学校の出身なのだろうか。それにしても亀井校長先生の歌詞が押し寄せてくるリトル・ピープル化の波に抗おうとするかのように古風な歌詞を載せたように植野先生もまた、唱歌が黒人音楽化、アメリカン・ポップ化する波に抗うようにヨーロッパ的な感覚の作曲を行った。あとにも先にもこの時代でなければ成し得なかった奇跡のコラボだったというべきだろう」

司会者「まさか20年の時を経て、こんな自分の学校の校歌でゴチャゴチャ言うとは思わなかったね」

kenzee「まあ若者におもねらないのはいいがプログレまで行ってしまうのはどうかという問題は残るが。このあとは、翼の話の続きなんだけど翼の歌の特徴として恋愛の話をしない、いやしてるのかもしれないけど、性欲と直結しないじゃない。90年代のJ-POPって急に性欲が減退するのだ。これもなにか意味があるような気がするのだ」

司会者「じゃあ次は登美ケ丘高校から急に性欲の話ですね」

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2011年9月 5日 (月)

リトル・ピープルの歌謡史(ツッパリHigh-School Rock'n Roll登校編)

kenzee「それでは「校歌のリトル・ピープル化」問題を考える前にだね、「学校で歌わされる歌」のもう一つのジャンルについて触れておかねばならない。「卒業式で歌う歌」だ。一般には「仰げば尊し」が定番だと考えられているが80年代に「贈る言葉」がブレイクして以降、なし崩し的に「卒業式の歌は歌謡曲からチョイスするのもアリ」という状況が生まれる。その後、オフコース「さよなら」とかユーミンさん「卒業写真」とかJ-POPから選曲されるのが一般的となる。こういった「卒業式の歌」の変容が校歌のJ-POP化、リトル・ピープル化に影響を与えていったであろうことは想像に難くない。ところでみなさん、今、中高生が卒業式にナニ歌ってるか知ってますか」

司会者「なんだろう、この森達也のような導入は」

kenzee「ORICON STYLE(2011年3月9日配信)に「2011年卒業ソングランキング」という特集がある。アナタは何曲ご存知だろう。ちなみに私は4曲しか知りませんでした。こんな順位だ。

1位、レミオロメン「3月9日」2位、合唱曲「旅立ちの日に」3位、SPEED「my graduation」4位、荒井由実「卒業写真」5位、海援隊「贈る言葉」6位、いきものがかり「YELL」7位、EXILE「道」8位、森山直太郎「さくら(独唱)」9位、尾崎豊「卒業」10位、コブクロ「桜」

司会者「レミオロメンって……なにかね」

kenzee「さらにナゾのランキングもある。RBB TODAY(2011年2月25日配信)によれば「レコチョクはユーザー投票による「感動の卒業ソングランキング」を発表した」ということで結果は以下の通りだ。

1位、EXILE「道」2位、レミオロメン「3月9日」3位、いきものがかり「YELL」4位、Janne Da Arc「振り向けば…」5位、川嶋あい「旅立ちの日に…」

司会者「川嶋あいって誰かね…? Janne Da Arcとは…?」

kenzee「我々が知らない間に卒業式とはこんなハレンチな場に変化していたのだ。もはや「仰げば尊し」や「蛍の光」が入る余地はない。そもそも尾崎の「卒業」はアリなのか? 窓ガラス割るところはカットなのだろうか。このような卒業ソングシーンを考慮に入れれば、「夢追人」や「Be Together」のようなJ-POP校歌がいつ登場してもおかしくない状況だったといえる。卒業ソングは毎年違う歌でもいいし、ありものでいいので敏感にトレンドの影響を受けやすいのだろう。だが、校歌は基本、歌い継がれるもので、また、新曲でリリースしなくてはならないという縛りがあるため保守的にならざるをえない。にも関わらずJ-POP校歌が登場したのはこういった背景もあったのだ」

司会者「そのうち卒業式でラップとかでてくるのも時間の問題だな」

kenzee「ところで上記のランキングの中で1曲だけ妙なアーティスト名が紛れ込んでいることにお気づきだろうか。合唱曲「旅立ちの日に」だ。今回の調査で初めてこの曲を知ったのだが、他のJ-POPとは成り立ちがまったく違う曲のようなのだ。2008年3月6日配信のORICON CUTE「卒業式の歌といえば? 「仰げば尊し」を「旅立ちの日に」が上回る」によれば

…世代別に見てもほとんどが「仰げば尊し」が1位だったなか、「中・高校生」部門のみ1位には、埼玉県の中学校教員が作った歌として知られる「旅立ちの日に」がランクイン。2位以下に大きく差をつけての堂々の結果で中・高校生の間では卒業式の歌といえば今や「旅立ちの日に」が主流になっているようだ。

司会者「ホンモノの先生が作った歌!」

kenzee「したがって、この曲には「オリジナル音源」というものがない。もちろん芹洋子やSMAPなどのカヴァーバージョンは存在するが。この「旅立ちの日に」は校歌・卒業ソングのリトル・ピープル化を考える上で重要な位置にある。例によって渡辺裕「歌う国民ー唱歌、校歌、うたごえ」(中公新書)にも「旅立ちの日に」の記述があるので引用しよう。

 そんな中、1991年に作られた「旅立ちの日に」という曲の登場が、卒業式の歌をめぐる状況を一変させることになりました。この曲は今や全国的な人気曲となっているのですが、もともとは埼玉県秩父市の影森中学校という中学校で、現場の先生たちによって作られたものでした。作詞の小嶋登さんはこの学校の当時の校長、作曲の坂本浩美さんは音楽教師だったのですが、そのような曲が瞬く間に全国に広がり、今や「仰げば尊し」を上回る「定番曲」の地位を占めるようになったのです。(中略)この時期は多くの中学校で、校内暴力や非行が問題化し「荒れる中学校」が話題になった時期でしたが、影森中学校もそのような問題を抱えていました。1988年に赴任した小嶋登校長は、その改善策として「歌声の響く学校」というスローガンを掲げ、音楽教師の坂本浩美さんとともに、合唱を取り入れた教育を推し進めたのでした。3年間にわたる活動を通じ、そのような教育が徐々に成果をあげてきたことのいわば総決算として、卒業謝恩会で教師たちが卒業生に向けて手作りの歌を披露し、このちょっとしたサプライズをはなむけにしようと考えました。こうして作られたのが「旅立ちの日に」だったわけです。それが全国に広まっていったのは雑誌「音楽教育」などで広く紹介され、音楽教育の世界で思わぬ広がりをもつようになったがゆえのことでした。

kenzee「1991年に作られたということはまさに私が高校生の時にできた歌なのだ」

司会者「もともと卒業式の余興であったはずの歌がクチコミで広がり、今ではスタンダードソングとなった」

kenzee「この歌をボクは今の今まで知らなかった」

司会者「90年代後半に学生でなかった人間には知りようがないからね。つまりオヤジということやね」

kenzee「You Tubeにいろんな学校のバージョンが上がっている。で、ひととおり聴いてみたのだが、ムチャクチャいい曲やね」

司会者「ヘタなJ-POP卒業ソングなど爆砕するストレートさと素直さがある。こんな青春賛歌を定年間近の校長先生が書いたというのだから驚きです。しかもwikiの記述を信じればこの先生は普段から歌詞を書く習慣があったわけではなく、つまり、アマチュア芸だった」

kenzee「だが、アマチュア芸であるがこそ、テーマの本質を抉ってしまった。音楽にはこのような凡百のプロを一介のアマチュアがさらってしまう奇跡が時に起こる。まさにロックンロールと呼ぶべき瞬間だ。CDとしてリリースされたわけでもない文字通りのインディーのこの曲は一体なにが歌われていたのか。歌詞を確認しよう。

白い光のなかに 山並みは萌えて はるかな空の果てまでも 君は飛び立つ

限りなく青い空に 心ふるわせ 自由をかける鳥よ 振り返ることもせず

勇気を翼にこめて 希望の風に乗り この広い大空に 夢を託して

今 別れの時 飛び立とう 未来信じて はずむ 若い力 信じて

この広い この広い 大空へ

kenzee「意外なほど、還暦間近の先生が書いたとは思えないリトル・ピープル化以降の世界だ。言ってることは「Be Together」「夢追人」同様に大空に翼を広げて飛ぶ歌だ。だが、それらのJ-POP校歌は失笑を買うばかりだがこの「旅立ちの日に」は実にクワイエットな感動がある」

司会者「凡百の「翼を広げる歌」とはなにかが決定的に違う。これ聴いて「エロゲopかよwww」などと茶化すアホはいないだろう。でも特別なことはなにも言ってないようですがなにが違うんでしょう?」

kenzee「この歌詞は91年に書かれたわけだが、特徴的なのは文化的な参照、影響関係がまったく表象にない、洗練された世界だということだ。たとえばJ-POPの歌詞を参照したという形跡がまったくない。これが「夢追人」「Be Together」yとの決定的な違いだ。また、たとえば「相田みつを調」といったような明確な影響関係もみられない。そしてその年齢なら例外なく受けたであろう戦前の教育。「国民歌謡」としての「国民意識形成」のための「ビッグブラザー音楽」。そういった教育の影響がこの歌詞には微塵もない。手短に言えば、この歌にはウケようとか、狙いというか下心がまったく感じられない。小嶋先生の理想を素直に言葉にしたらこうなった、という感じだ」

司会者「翼をひろげる歌はこれ一曲あれば十分、という気がします」

kenzee「小嶋先生のこの歌詞の偉大さを示すデータを紹介しよう。今、これを読んでる人の目の前にはブラウザが立ち上がっているハズだ。お手数だが、別ウィンドウを開いて検索していただきたい。そして検索窓には「yahoo 歌詞 キーワード 翼をひろげて」と入力していただきたい。すると「翼をひろげて」という文字列を含んだ歌謡曲の歌詞がズラっと表示されるハズだ。携帯などで閲覧されてる方も考慮に入れていくつか紹介しよう。まず、佐野元春「約束の橋」('89)、ゆず「リアル」('06)、ZARD「翼をひろげて」('08)、布袋寅泰「Change Yourself!」('97)、倉木麻衣「Trip in the dream」('02)、PIERROT「ICAROSS」('99)、SOPHIA「Birds Eye View」('99)、Gackt「Farewell」('05)、ゴスペラーズ「青い鳥」('08)、平原綾香「あなたの腕のなかで」('07')、JUN SKY WALKER(S)「翼を広げて('89)」、NoB(Project.R)「天装戦隊ゴセイジャー」('10)、V6「Music For The People('95)」……、コレ、なにか共通点があるのがおわかりかな?」

司会者「「大空に」でさらに検索かけるとハッキリします。GreeeeN「花唄」('11)、桑田佳祐「波乗りジョニー」('01)、東方神起「Share The World」('09)、aiko「蝶々結び」('03)、The Yellow Monkey「SPARK」('96)、B'z「綺麗な涙」('09)、スピッツ「謝謝!」('98)、EXILE「real world」('04)、倉木麻衣「Reach for The Sky」('02)、UA「水色」('07)、松田聖子「あなたのその胸に」('97)、アリス九號.「春夏秋冬」('05)、Dir en grey「dead tree」('05)、川嶋あい「カケラ」('08)、GLAY「鼓動」('07)、V6「Believe」('08)、ProjectD.M.M「ウルトラマンナイス」('00)……さらに「大空へ」で検索かけてみますと…コブクロ「ここにしか咲かない花」('05)、L'Arc~en~Ciel「Link」('05)、HY「ホワイトビーチ」('01)、絢香「君がいるから」('08)、ゆず「友達の唄」('99)、いきものがかり「How To Make It」('09)、Hey!Sey!Jump「FLY」('11)、ZONE「旅立ち…」('05)、Asian Kung-Fu Generation「未だ見ぬ明日に」('08)、Syrup16g「きこえるかい」('04)、Field of View「大空へ」('97)……もう、こんなJ-POPのブログイヤだ!」

kenzee「もうおわかりいただけたかと思うのですが、「大空へ」「翼をひろげて」「鳥のように飛ぶ」歌とは大昔からあるような気がするが、実は90年以降に作られたものがほとんどだということだ。ちなみにYahoo!歌詞は60年代、70年代の歌謡曲の歌詞データもバッチリ入っている。「夜霧」や「カモメ」や「故郷」などで検索をかけてみればジャンジャン演歌が引っかかるので試してみてもよいだろう。J-POP校歌に話を戻す。「翼をひろげる歌」はわりと最近でてきたものだ。しかもその多くは「旅立ちの日に」以降に作られている。これらのデータを眺めていると、「旅立ちの日に」は90年代型J-POPのプロトタイプだったのではないかと思えてくる。つまり、還暦間近の小嶋先生はJ-POPのトレンドを先取りしていたのだ。むろん、「旅立ちの日に」以前にも渡辺美里「Teenage Walk」('86)(鳥が空へ遠く羽ばたくように いつか飛び立てるさ 自分だけの翼で)といったような先駆的な作品も例外的に存在するがハッキリと若者が「翼をひろげて 大空へと旅立つ」イメージを言語化したのは小嶋先生が最初だろう。もし、J-POP界にノーベル賞があるならば、コムロやつんくなどと並んで小嶋先生にも賞を与えるべきだ」

司会者「逆にナゼ、今まで誰も「翼をひろげ」なかったのか、のほうが問題の設定としては正しいような気がします」

kenzee「歌謡曲における「翼」の調査において莫大な翼ソングを拾ってみた。そしていろんな翼にであった。むろん、ゆずや川嶋あいのような弾き語り系とラルクのようなV系では表現の仕方に違いはあるが、概ね「旅立ちの日に」を踏襲する世界だ。それほど「旅立ちの日に」の影響力はハンパではない。ただ、調査の過程で大変な歌詞をみつけた。それは「旅立ちの日に」のメッセージと真っ向から対立する内容なのだ。しかもその曲は誰もが知っている曲なのだ。それは「旅立ちの日に」から11年も前に作られた。しかも、奇しくもそれは学園ドラマのーマソングだったのだ。それでは歌詞を確認しよう。3年B組金八先生第2シリーズ主題歌。1980年作品。海援隊「人として」2番の歌詞です。

鳥のように生きたいと 夕空見上げて佇むけれど

翼は愚かなあこがれと気づく

私は大地に影おとし 歩く人なんだ

司会者「2番にこんな歌詞が潜んでいたとは! みんな大体「遠くまで続く道で 君の手を握りしめた 手渡す言葉もなにもないけど」という1番の歌詞は有名ですが」

kenzee「エライことだ。むろん、ドラマの主人公、坂本金八は「型破りな教師」というキャラ設定なのでこの歌詞をそのまま一般論に敷衍してよいものではない。だが、この時代の価値観とは未だ、「鳥のように翼をひろげて飛ぼうなど愚かなことだ。大地に根を張っていきるのが人というものだ」という土地と共同体のなかに根付くことが美徳という古風な「ビッグ・ブラザー的」思想に基づいていたのだとわかる。こんな前時代的な思想が「型破りな教師」として受け入れられていたのだ。「人として」の印象的なフレーズといえば「人として 人と出会い 人として人に迷い 人として人に傷つき 人として人と別れて それでも人しか愛せない」だろうか。人間とはこうも不完全で過ちばかりを繰り返す。それでも、いやだからこそ人間が愛おしいのだ、という人間賛歌。80年当時、このフレーズは強い求心力と説得力をもっていたはずだ。だが、もしこの曲が2011年にリリースされていたらどのようなリアクションが返ってきていただろう。おそらくこんな感じか。

「ま、オレの場合2次元しか愛せないわけだがw」

「3次とかありえNEEEEEEEEwwwwwwwwww」

「オマエら「人」じゃねえw」

というようなフザけたレスが返ってくる様が容易に想像できる。だが、これは現代が「リトル・ピープル化」の状況にあると端的に示してもいる。80年のビッグ・ブラザーの時代には「翼は愚かな憧れだ」とドラマの中の教師は喝破した。だが、10年後、本物の、しかも坂本金八より遥かに上の世代の教師、小嶋先生は自信を持って「翼をひろげて大空へ飛びたて」と歌った。小嶋先生ほどの年配の方なら当然に金八的前近代的価値観など百も承知だったはずだ。だが、それを踏まえて91年とはもはや社会の変容がリトル・ピープル化を避けられない状況にある、と彼は読んでいたのではないか。それは我が母校登美ケ丘高校、校長亀井敦宥先生が1987年に校歌を書いたとき、古風なフォーマットの中に「空にゆきかう風のように」という一節を挟まずにいられなかったのと同様の感受性がある」

司会者「ここまできたら「オイオイ、赤い鳥「翼をください」はどうなるんだよ、といったようなツッコミが予想されるが」

kenzee「確かに、小嶋先生的に「翼をください」に代表される70年、大阪万博前後のカレッジフォークの世界観をイメージされていたのかも知れない。日本全体に未だ高度成長にともなうリアルな希望が溢れていた時代の歌謡。辛うじてここに参照項がみられるか。だが、「翼をください」は基本、学校で合唱曲として歌うもので80年代までは歌謡曲、つまり「金を払って聴く音楽」ではなかった。ところが90年代以降、様々なカヴァーバージョンが登場し、またイベントのテーマ曲として使われるようになる。まず、1991年(奇しくも「旅立ちの日に」と同じ年)川村かおりがカヴァーし、28万枚のヒットとなる。97年に赤い鳥のメンバー、山本潤子がセルフカヴァー、FIFAワールドカップフランス大会予選から日本代表応援歌となる。長野オリンピックでも同様。そしてゼロ年代に入ってからがスゴイ。NUM42、市井沙耶香with中澤裕子、Skoop on Somebody、徳永英明、林原めぐみ「エヴァンゲリオン新劇場版・破」挿入歌、平原綾香、福田沙紀、マナカナ、ムック、渡辺美里、放課後ティータイムなど大変な量のカヴァーだ。1991年以降、「翼」がエライことになったことがおわかりだろう」

司会者「なんで91年以降、「翼をひろげる」ことが解禁になったのだろう。金八先生は「は~い、オマエっ(長髪をかきあげながら)翼をひろげちゃいけませ~ん」とか言ってたのに。

kenzee「バブル崩壊、ってのがまっ先に考えられるね。それでは「翼」という比喩が指し示すものはなにかと考えたらやっぱり、「反・共同性」ということになると思うんだ。現に、地方における共同体など「ファスト風土化」によって完全に解体されているし、企業が共同性を代替するかといえば現状の非正規労働者の比率を考えればまったくその機能を失っているといえる。国が代替するか。2008年年末の派遣村(国が受け皿の役割を果たさなかったことの証左)や現在の震災の被災地の現状を鑑みればまったくアテにならないことがわかる。それでは我々はなにを頼りに生きればいいのか。宇野常寛さんは「一人一人が「小さな父(リトル・ピープル)」になるしかない」と言うが、宇野さんのように才能があってガシガシ自分の手で生きていける人はいいが、多くの人々は、というか日本人はなんらかの共同性のなかでしか生きていけないものなのではないか。私は昨今の学校の校歌や合唱曲が「翼、翼」「空、空」とせきたてるのはなにか無責任のような気がするのだ。「富雄の川」や「生駒の山」といった共同性のなかにいつでも戻ってきてもいいよ、という余裕が本当の「父」だと思うのだ。いざ、大空へ飛び立って、つまづいたときに戻ってもいい共同性を与えるのも校歌の機能なのではないか。唐突だが、人気アイドルグループAKB48の2010年2月発表の15作目のシングルで「桜の栞」というのがある。これはグループ初となるオリコンデイリーチャート1位を発売週1週間独占した。この曲は従来の「RIVER」や「ヘビーローテーション」のような典型的なJ-POPとは違い、合唱曲の体裁をなしている。ちょっと聴いただけではまさかこの曲がオリコン1位のアイドルソングとは気がつかないほどだ。まるで実際のどこかの女子校の校歌のような曲調。元ピチカートファイヴの小西康陽のラジオ番組「小西康陽これからの人生」2010年4月28日放送のなかでこの「桜の栞」をオンエアした。そして彼はこのようにコメントした。

「このAKB48の曲、ボクは最近までまったく知らなかったのですが、初めて聴いたときは本当に驚きました。自分でもいつかこういう合唱曲というものを作ってみたい、と思っているのですがそのためにはまず、自分の歌を歌ってくれる合唱チーム、合唱サークルをつくることからかなあ、なんて考えています。AKB48みたいな若い女性ばかりだったら、これはもう顔がニヤニヤ、ニヤけてしまうか、緊張するかどちらかでしょうね。でも、男女混声とかあるいは男ばかりの合唱団だったら、ちょっと練習したと思ったらすぐ打ち上げになってしまうかもしれません」

司会者「役に立たないコメントだなオイ」

kenzee「でね、本物の学校の校歌がJ-POP調なのに、J-POPのアイドルの曲が校歌みたいってこの現象はなんだと考えたら秋元さんという人は、やっぱり「リトル・ピープルの社会」の先を見ている人だと思うのだね。社会のリトル・ピープル化は避けられない。だが、多くの人々(AKBファンの大多数を占めるであろう)はビッグ・ブラザーなしには生きられない。ならば、本来「学校の歌」が担うべきビッグ・ブラザーの機能すらもAKB48が代替しましょう、と。こういう意図によるものではないか。そして、なんという見事な歌詞だろう、「桜の栞」には「翼」も「大空」も「鳥」も登場しない。91年以降、すっかり失ってしまった「共同性」が、虚構とはいえここにはある。まさか秋元康を褒める日がくるとは思わなかった。次は、今回取りこぼした登美ケ丘高校校歌、音楽分析だな」

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