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リトル・ピープルの歌謡史(行ったら帰ってこない。青春と一緒)

enzee「このような「翼を拡げて 大空に 鳥のように 飛び立とう」的な歌とは大昔からあるような気がするけど、実際は20年ぐらいの歴史しかないものなのだ。それどころかたった30年前には「翼など愚かな憧れだ」と諌められていたのだ。ついでに、さらに2年前の1978年の泉谷しげるのアルバム「80のバラッド」に「翼なき野郎ども」が収録されているが、歌詞に直接「翼がどうこう」といった言及はない。だが、歌詞を読めば「火力の雨降る街角」といった発電所が軒を連ねる労働者の街の話だとわかる。「ヤクザがいらつく 午後の地獄 ふざけた街にこそ家族がいる」社会の底辺で逃れようにも逃れられないしがらみがある。はじめから翼など持てなかった男たちの挽歌なのだ。つまり、この時代はまだ「翼を拡げて飛び立つことは困難だ」とされていたのだ。それが90年以降、翼を拡げることは大前提的に「いいこと」となった。この時代の転換点に「旅立ちの日に」がある。このような「昔からあると思っていたものが、実は最近になってできたものなんですよ」「エ~マジッスカ!」というような批評のテクニックを我々は「柄谷行人・日本近代文学の起源戦法」と呼んでいる。柄谷はこの本で「文学って大前提的に主人公の「内面」とか「心象風景」とか描くことになっちゃってるけど、ソレ結構最近だから。国木田独歩あたりからようやくそうなったのであって「奥の細道」なんかアレ、風景描写とかないよ」とか言ってビックリさせるという戦法だった。J-POP史にも同じようなことが起こっていたのだ」

司会者「さて、さっきまで別の原稿書いてて、もう6時間ぐらいパソコンの前に座っているのでボケる余裕すらなくなってきてるゾ」

kenzee「ボクの部屋、机がなくて平机にパソコンと座布団みたいなオールドスクールなアレなんで」

司会者「浅田次郎スタイルだ」

kenzee「すぐ足しびれるんですよ。グニャーとなって起き上がってまたグニャーとなっての繰り返しで」

司会者「浅田次郎先生はケツの形に畳が凹んでたらしいですからね」

kenzee「で、まあ90年代以降、いろんな校歌があるねという話だったんだけど、母校の登美ケ丘高校の校歌もヘンだなあ、と昔から思っていたのだ。確かに歌詞の面ではよくある地名などを折りこんだ古風な歌だ。だが、問題はメロディなのだ。この曲は創立時の音楽の先生植野真奈美先生の手によるものだが、作られたのは1987年なのだ。すでに卒業式では「贈る言葉」や「卒業写真」が定番化している時代に作られた。こういう時代に作られる歌とは多かれ少なかれポピュラーミュージックの影響を受けざるをえない。それは「旅立ちの日に」も同様だ。大サビの「いま、別れのとき~」のコード進行だがF→G/F→Em7→Am7→Dm7→G7→C→C7という今でもJ-POPの定番といえる進行だ。槇原敬之「もう恋なんてしない」のサビ「さよならと~言った君の~」というところを思い出していただければわかりやすいだろう。このベースがステイする感じなどソウルミュージックの影響抜きには考えられないし、また、「未来信じて~」でC→C7とセブンスコードで弾みをつける感覚もソウル以降、という感じだ。「旅立ちの日に」は一見、伝統的な唱歌の顔つきをしながらもモダンな作りとなっている。しかし、登美ケ丘高校校歌はハッキリとこういったモダン化の感覚を拒否しているのだ」

司会者「そうですか?アナタのデモを聴く限りでは素朴な歌じゃないですか「少年時代」みたいな」

kenzee「ポピュラーミュージックの作曲には幾つかのルールがある(実験的な作品を除いて)。今あるポピュラーミュージックは例外なく黒人音楽の影響を受けているわけだが、その代表的なものがビート(反復)感覚である。現代のポピュラーはメロディ自体がそもそもビートの一部を担うのだ。わかりやすい例でみんな知ってる山下達郎の「クリスマス・イブ」で考えてみよう。

 雨は夜更けすぎに 雪へと変わるだろう Silent Night Holy Night

この「雨は~」と「雪へ~」は同じビートであるとわかるだろう。また、メロディの抑揚も最初の「雨は~」を踏襲するものであり、ここに反復があるとわかる。そのあとの「Silent Night Holy Night」はそのままの反復だ。そして「きっと君はこない~」と再び反復される。つまり、このAメロは小反復と、さらにそのまとまりの大反復がある。一見、ボソーっとした歌だが、実はビートのカタマリのような曲だ。続くBメロだが

 心ふかく 秘めた思い 叶えられそうもない

ここも典型的なJ-POPの作法に基づいているので注意したい。例によって「心ふかく 秘めた思い」は反復の関係にある。そして「叶えられそうもない」で展開が起こる。この、2回繰り返して3回目で「もうエエわ!」と展開するのがJ-POPの定番中の定番ワザなのだ。ちょっと思い起こすだけでポコポコでてくるはずだ。

 Your Everything Your Everything あなたが想うより強く(MISIA「Everything」)

司会者「ホントだ!2回繰り返して3回目で展開しますね!」

 どんなときも どんなときも 僕が僕らしくあるために(槇原敬之「どんなときも。」)

司会者「ワー!」

 誰もが胸の奥に 秘めた迷いのなかで Woo手にしたぬくもりを

 それぞれに抱きしめて 新たなる道をゆく Oh,Yes Oh,Yes Woo          (Mr.Children「CROSSROAD」)

kenzee「おわかりいただけたか。2回繰り返したあと、3回目で「エエカゲンにしなサイ!」とツッコムのだ。我々大衆はナゼかこのビート感を気持ちいいと感じてしまうのだ」

司会者「2回ボケて3回目でツッコムというベタなノリツッコミは音楽的な感覚に基づくものだったのですね」

 何をゴールに決めて 何を犠牲にしたの 誰も知らず

 歓声よりも長く 興奮よりも速く 走ろうとしていた あなたを

 少しでもわかりたいから(松任谷由実「NO SIDE」)

kenzee「ヒットだしたかったらコレ! 各メーカーのA&Rの方は耳カッポじってよく聞いとくように。「売れるメロディとは2回ボケて3回目でツッコム。コレ!」

司会者「セーラー服を 脱がさないで 今はダメよこんなところじゃ~。ホントだな~。こんなトコでも3回目でツッコンどる」

kenzee「このようにポピュラーミュージックとは「メロディの中にビート(反復)を内包する」のが基本だ。「旅立ちの日に」ですら、メロディの繰り返しがある。そこでやっと登美ケ丘高校校歌に戻るが、このメロディには「反復」という概念がまったくないんですよ。行ったら行きっぱなし、二度と戻ってこない一筆書きのようなメロディなんです」

司会者「「青春」のメタファーだったのか?」

kenzee「(無視)とても87年に作られたとは考えられないプログレッシブなメロディなのです」

司会者「変わり者の先生だったんですか?」

kenzee「いや、普通の温厚な先生だったよ。別にお年もそんなに召されてなかったはずだ。オレみたいなアホが休み時間に勝手にエレクトーンでTMとか弾いてても文句いわない先生だった。こんなアバンギャルドな作曲をする先生にはとても見えない」

司会者「君はどうしようもない高校生だったんだねえ」

kenzee「ボクがこの校歌でまっ先に思い浮かべるのは戦後のポピュラーではなくて山田耕筰なんだよね。「からたちの花」や「この道」などは植野メロディ同様、行ったら行きっぱなしの一筆書きメロディだ。山田耕筰はドイツに留学して西洋音楽を学んだのだが、植野メロディにもアメリカン・ポップというよりヨーロッパの匂いがする。山田メロディとは「からたちの花」が典型的だが、器楽的なメロディなのだ。「白い白いはな~が咲いたよ」と突然跳躍するあたりは鼻歌ででてくるものではない。同様に「この道はいつかきた道 あーそうだよ」と山田メロディらしい跳躍がある。我々の世代で器楽的なメロディの作曲家といえば筒美京平ということになるが、歌って楽しいという価値観でなく、音楽としてどう聴こえるかにプライオリティを置いた作家である。しかし、筒美以降、小室哲哉にしろ、つんくにせよ「歌って気持ちいい」価値観を最優先する作家の時代がくる。植野メロディとはこの山田耕筰、服部良一、中村八大、筒美京平、という器楽の作家の系譜にあたるように思う。植野先生が合唱曲にチョイスしたのは荒井由実「翳りゆく部屋」なのだが、賛美歌の如きヨーロピアン・クラシカルという感じの曲だ。「あーあーわれーらーとーみがおーかこう」というサビでベースがステイするのだが、このドミナントでsus4を多用したり、ドミナントを引っ張る感じが初期のユーミンさん的な、西欧という感じがしますね。クリスチャニティというか。そういう学校の出身なのだろうか。それにしても亀井校長先生の歌詞が押し寄せてくるリトル・ピープル化の波に抗おうとするかのように古風な歌詞を載せたように植野先生もまた、唱歌が黒人音楽化、アメリカン・ポップ化する波に抗うようにヨーロッパ的な感覚の作曲を行った。あとにも先にもこの時代でなければ成し得なかった奇跡のコラボだったというべきだろう」

司会者「まさか20年の時を経て、こんな自分の学校の校歌でゴチャゴチャ言うとは思わなかったね」

kenzee「まあ若者におもねらないのはいいがプログレまで行ってしまうのはどうかという問題は残るが。このあとは、翼の話の続きなんだけど翼の歌の特徴として恋愛の話をしない、いやしてるのかもしれないけど、性欲と直結しないじゃない。90年代のJ-POPって急に性欲が減退するのだ。これもなにか意味があるような気がするのだ」

司会者「じゃあ次は登美ケ丘高校から急に性欲の話ですね」

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コメント

二回繰り返し三回目で展開。言われてみれば!ですね。それはJ-POP独自なんですか?
こないだ雑誌立ち読んでたら宇野常寛さんが宮崎駿に関して、豚の仮面を被るか(紅の豚)、キムタクに自己投影するか(ハウルの動く城)しないと空を飛べなくなって…みたいなこと言っててナルホドなぁと感心してしまったのですがそれは置いといて。大人が安全圏に身を置きつつ(身を置くために?)若者に翼広げさせようとしてるとしたら危ういなぁと。若者の安定志向とか揶揄されがちだし。
前回の記事でkenzeeさんも書いてますが、若者が帰ってこられるウエルカムな共同性作りが大人の責務なのではと私も考える今日この頃です。
というわけで地元愛を歌うラップの校歌を作りましょう笑…と書き込もうと思ってたらキングオブコントでラップ校歌してたー!先こされたー!てか前回の記事で「卒業式でラップとか…」って既にkenzeeさんに予言されてたー!

投稿: 一読者 | 2011年9月23日 (金) 23時52分

マジっすか!?ラップ校歌。鉄工所ラップの人? ソレ今後のJ-POP校歌研究において重要な資料ですよ。誰かYou Tubeにあげないかな。84年のナウシカや88年のトトロのネコバスが素直に空を飛んでたのが92年の紅の豚となると「中年の豚」というエクスキューズを挟まないと飛べなくなったというのはよくわかります。宇野さんの「ゼロ年代の想像力」文庫版にはさらに4万字のインタビューが載ってるんですけど、今(つまりリトル・ピープルの時代)は昔より良くなってる。だって、昔だったら会社勤めしながら同人誌つくるとか許されなかった、クビになってたはずだ。ビッグ・ブラザーの時代なら、という発言がある。私たちは自由になったのだと。でも、宇野さんほどのバイタリティのある人だったら、いつの時代でも現れてたと思いますけどね。ボクはどうしてもJ-POPみたいな校歌って危険思想にしか思えないんですよね。でも、こういう流れというのは止められないものなんですけども。たとえば被災地の復興って共同性の力なくしてありえないわけですけど、「行政はアテにならねえ、地元の繋がりだけで復興するべ」という声がニュース等でよく聞かれます。すぐれて現代的、リトル・ピープル的だと思います。だが、その方向では必ずこぼれ落ちる人がでてくる。コミュニティを持たないお年寄りとか。労働市場のリトル・ピープル化によってこぼれ落ちたのが派遣村の人々であろうみたいな。って今でてる小林よしのりのゴーマニズム宣言の震災のヤツを読んだところなのでなにかと震災に結び付けて考えてしまうのだが。

投稿: kenzee | 2011年9月24日 (土) 10時52分

ていうかコレですね! 西岡中学校~。嵐の「A・RA・SHI」と「GRATEFUL DAYS」が折り込まれている! どっちももう12年も前の曲なのに未だネタにされるってのはスゴイ。で、トラックがサイプレスヒルというかラフライダーズというかつまり凶悪系のトラックなのね。99年ごろのラップのイメージなんだけど今はコントになってしまうんだなあ。

投稿: kenzee | 2011年9月25日 (日) 19時51分

Coccoのきらきらを聴いてて、お菓子と娘のカバーがなんかものすごい変な感じがしたのはそういうことだったんですね。
そういや嵐とAKBもそんなんですし。

投稿: 紅 | 2011年10月 9日 (日) 17時39分

お菓子と娘はいい曲ですよね。元祖カヒミカリイというか近代ナリコというか。西條八十ってこんなオリーブ少女みたいな歌詞書けるのかと驚き。我々すぐに「戦後カルチャー」というくくりでもの考えますけど「戦前」って以外と豊かだったのかなと思いますね。AKBの歌詞は最近どんどん危険思想の方に行っててガンバレとか諦めるなとか面倒な話ばっかりなんですよ。

投稿: kenzee | 2011年10月10日 (月) 08時33分

ジュゴンの見える丘カップリングに収録されたテイク方がいい歌唱です。

AKBは秋元さんなだけにツッコむ方が虚しいというかなんというかですが、
カルトというか自己啓発というか…何かを言っているようで全然言ってないところが気になりますね。
個人的にはEXILEの方に背筋がゾッとしますけども。
それにしてもSPEEDといいモー娘。といいアイドルって売れたら真っ直ぐ応援路線に行くのは伝統なんでしょうか。
こういう時こそ大堀めしべみたいなのをやるべきだと思うんですけど。

投稿: 紅 | 2011年10月12日 (水) 14時30分

このあいだ、ソウルフラワーユニオンの仙台ライヴで、縁あって物販を手伝わせていただきました(Tシャツばんばん売った)そのあと、三陸の被災地での出前ライヴにも同行する。という、私の人生史上においては、文〇界新人賞の受賞に匹敵するくらいの、大きな出来事がありました。・・・ほんとうに追っかけですね・・・
愛しています

コッコの「お菓子と娘」は、ひめゆりの人たちが、沖縄戦のとき、防空壕で怖さをやわらげるためにみんなで歌っていた。というエピソードが、映画で見たとき、泣きそうでした。そういえばひめゆりの資料館には亡くなった女生徒の遺品として中原惇一の小物なんかも置いてあった。

私が高校生のときは、当時の現代日本文学よりも、稲垣足穂・佐藤春夫・初期の谷崎・荷風なんかが、ずっと自分の好きな世界のような気がして、よく読んでました。いまだに現代文学にはついてけません

投稿: ソウルフラワーの追っかけ?作家 | 2011年10月14日 (金) 15時30分

紅さん大堀めしべ今初めて観ました。秋元の真骨頂だネ。木村先生お疲れです。私も今の小説とかわからなくなってます。久しぶりに小説の話をしたいなあと思いながら何年も経ってますけども。 あ、ところで「酒とつまみ」ていう酒飲みのはなししかないマイナーな同人みたいな雑誌があるんですけどこれの14号に「見知らぬ人へ、おめでとう」の書評が載ってたですよ。ま、要は神谷バーのシーンが旨そうって評価なんですけど。相変わらず飲み食いのシーンの評価が高いですな。

投稿: kenzee | 2011年10月15日 (土) 21時06分

ええっ「酒とつまみ」に書評!! 初耳です。うれしいです。文芸誌にもなんにもいっさい書評のらなかったのに、「見知らぬ人~」。
ちなみに私はビールひとくちで頭が痛くなるかねむくなるかの、完全下戸ですが・・・

投稿: ソウルフラワーの追っかけ?作家 | 2011年10月16日 (日) 14時34分

椎名林檎「ここでキスして。」がこの2回ボケ3回目ツッコミのみで構成されていることに今更気付いた自分なのでした…(note購入いたしました)

投稿: 紅 | 2018年5月 6日 (日) 22時21分

紅さん。
note購入ありがとうございましたー!
コソーっとはじめたもののボチボチ買ってくださる人がいてホッとしています。フフ、椎名林檎が一番難しい課題カモ。とにかく商売はじめたばかりで右も左もわかりませんがヨロシクお願いいたします!

投稿: kenzee | 2018年5月 7日 (月) 00時43分

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