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もう丁稚奉公しかないな(山田洋次監督1970年作品「家族」Part.1)

kenzee「こんなブログ見つけたよ!」

 レジーのブログ

司会者「フワー!」

kenzee「ニャー! ワシのフォロワーていうの?リスペクトっていうの?マネっていう?」

司会者「世も末や」

kenzee「ところでこの対談形式とはこのフリッパーズのお二人のCD解説が元ネタなのだ。で、彼らはロキノン渋松対談を参考にしたのだ」

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司会者「それ前から言ってるが、もうそんなのどうでもいいぐらいのビックリだ!」

kenzee「感動したのでこのレジーさんのツイッターアカウントregista13のツイートも遡って読んでみたのだ! したら」

司会者「違う意味でビックリした!」

kenzee「なんかシッカリした人なのだ。もちろんこの人は決して有名な人ではない。だが、先輩のライターとか有名人からRTされたり、@があるとキチンと「ありがとうございました」的な返事をするのだ。なんというかソーシャル時代の社会人マナーをちゃんと身につけてる人なのだ!」

司会者「そしてこれはkenzeeにもっとも欠けてることなのだ!!!!」

kenzee「もう宇川直宏のようにビックリ!!!!!するが、オレはソーシャル時代の社会人マナーゼロメートル地帯のライターなのだ!!!!!」

司会者「ドサクサに紛れて宇川さんdisなのか????」

kenzee「せっかくミュージック・マガジンに寄稿したときにこの世界の大先輩、小野島大さんに、「この人のブログ、なかなか面白いじゃないか」的なツイートを発され、モチロンオレのタイムラインにも流れてきたにも関わらずボケーっと見てただけなのだった!!!!!」

司会者「アホか! そこで「マジありがとうございます、小野島さん監修「UKニューウェイブ」(シンコーミュージック)マジ教科書でした!」とかすぐリプライするのがソーシャル時代の社会人マナーだというのに!!!」

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kenzee「本当だ。せっかく速水健朗さんがQJ原稿につっかかってくれてるときあるのにボケーっと見てるだけーとかあるのだ。アホかオレは。ところがこのレジーさんは「kenzeeリスペクト」とか言ってるけどオレより人間力高いのだ。いったい、このソーシャルの時代において人間力を高めるにはどうすればよいのか」

司会者「津田大介さんの会社、マネージャー募集してたのでそういうところでボコボコに鍛えてもらったらどうだね。もう丁稚奉公で」

kenzee「ソーシャル力も社会人マナーも身につくかもしれないな! イヤーでもこういう人に次世代の音楽ジャーナリズムを引っ張ってほしいね。もうこんなもんね、「去年はkenzeeのほうが面白かったけど、今年はレジーのほうがいいな。大体kenzeeって今の音楽シーン知らないし、フェス文化トカ」みたいに評価がグイグイ変化していくのが現代のジャーナリズムというものだ。ボクも楽しみにしてマス!!!」

司会者「なにかアドバイスないですか?」

kenzee「3行に一回はボケる! あと10行に一回は「ウンコ、チンコ、マンコ」の3大「ンコ」を登場させる、これがルールだよ!!」

司会者「レジーさんは無視してくれていいですよ」

kenzee「そして今回取り上げる映画はこの「人間力問題」とも関わる1970年作品「家族」なのだ。これは例の映画ノートによれば1997年、ボクが23歳のときに観ている。で、どうも感動しているようなのだ。まず、当時書いたあらすじをそのまま抜粋したいと思う」

 長崎の炭鉱で働く男、風見精一(井川比佐志演じる)は突然、北海道で開拓の仕事をする、人に使われるのではなく、自分で未開拓の湿原を開拓し、牧場主になるという。嫁の民子(倍賞千恵子)は反対するが精一の決心は固く、ついに精一、民子、5歳の息子、赤ちゃん、笠智衆演じる父親を連れて北海道へ渡ることとなる。1970年4月6日、ついに長崎を離れ、苦難の旅が始まる。まず福山に住む次男、力(つとむ、前田吟)の家に立ち寄る。次男は大企業に勤めるサラリーマンだが、ウサギ小屋に住み、軽自動車の月賦にピイピイしている。次に大阪。新幹線の待ち時間に万博見物にでかける。さすがに生の万博のシーンには度肝を抜かれるが、その華やかさのなかで、人の波の中で立ちすくむ家族。そして東京。赤ちゃんの様子がおかしい。民子は病院へ連れていくため旅館を探そうという。誠一は青森行きの切符も買ったのにと反対。結局素泊まりの旅館を見つける。そして救急病院を探すが、どこの病院も閉まっていたり拒否されたりしてしまう。その間に赤ちゃんの様態は悪化。ようやくたどりついた病院で死んでしまう。悲劇のヒロインたる重要なシーンにも関わらず、渋滞のけが人が運ばれてきたりして悲劇の主人公にすらなれない、東京。意気消沈の青森行きの列車。なんのためにすべてをなげうって北海道へ行かねばならないのだろうか。青函連絡船の3等客室にて。赤ちゃんの泣き声が聞こえ、民子が泣き出す。いよいよ厳寒の北海道だ。吹雪で真夜中の田舎駅。迎えの車すら遅れる。やっと目的地へたどりついたものの夢も希望もどこかへ置き忘れたようだ。牧場の友人、親戚が集まり、歓迎会が行われる。いつになく陽気なじいさん。だが長い旅の疲れか夜中に息をひきとる。たった3人の家族が残された。やがて北海道にも遅い春がやってきた。嬉しいニュース。家族の仔牛が生まれたのだ。初めての自分たちの牧牛だ。もうひとつ、民子に新しい赤ちゃんができたのだ。家族にも本当の春がやってきたのだ。(おしまい

kenzee「コレ、今のオレなら3分の1でまとめるけどね」

司会者「結構衝撃だったみたいですね」

kenzee「なんでこれを観ようと思ったかというと当時、スタジオボイスで大阪万博の特集があったの。例によって当時のコンパニオンの衣装がピチカートンみたい、みたいな内容だったのだが、唯一目を引いたのが「動く万博が観れる映画」というコラムでこれが紹介されていたのだった。今は公式記録映画「日本万国博」がDVD化されているが、この97年の時点では生の万博映像を見るのは極めて困難だったのだ。ちなみに当時から「日本万国博」のショートバージョンは万博公園にある万博資料館で常時上映されていたのでそれは観ていたのだが、この、映画の風景として映りこんでいる万博には驚いたのだった。また、次男の前田吟の社宅がいわゆる「60年代丸出しの団地」であり、原武史とか団地団の人たちが喜びそうな映像なのだ。次回はこの映画と「人間力」とは、23歳のオレはどう観たか、という話にうつる」

司会者「レジーさんと井川比佐志の人間力の違い、みたいな話ね」

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コメント

ひさしぶりに訪れてみたらライターさんになられていたとわ。
私の友人のフリーライター(音楽系の仕事もしてる)で、小野島サンとか知りあいの方がいて、たまに会話に名前が出てくると「うわっフリッパーズとか取材してた人だ!」と思い一瞬ドキッとします。

ところで私の小説、さいきん、あの、あのあのあのあのっ
川〇三郎さんが誉めてくださってるんです~、いいでしょう
今年に入ってから
「クウネル」や「東京人」のエッセイでも
さりげなーく触れてくださったりしてるんですよ
いまだなんらの賞とも売り上げとも
無縁ですが
心の励みであります

投稿: イーハトーヴが実家の作家 | 2012年7月26日 (木) 12時49分

怒りの葡萄を下敷きにした映画なのでしょうか?
どちらも今に通じる作品だと思います。

投稿: 紅 | 2012年7月26日 (木) 14時47分

取り上げていただいてありがとうございます!
いずれ「こんなブログ始めました」ってお伝えしたいなと思ってたのでとてもびっくりしましたが嬉しいであります。

僕自身「千葉生まれ90年代育ちJAPAN読んでるやつは大体友だち」みたいな感じで過ごしてきたのですが、ちょっと前に最近JAPANつまらんなあと思い始めた矢先にこのブログを見つけました(佐々木さんのRTでした)。過去のJAPANいじり記事とかゼロ年代J-POP特集はなるほどーと思いながら何度も読みました(サクラップ絡みの記事が特に面白かったです)。今回ブログ始めたのも、この辺の記事からインスピレーションを受けた部分が大きいです。

更新頻度どうなるかわかりませんが、この先も読んでいただけると嬉しいです!kenzeeさんのブログも楽しみにしてます!

投稿: レジー | 2012年7月26日 (木) 22時13分

ア~先生!どうもお久しぶりです。川本三郎ってそんな若い作家の小説読んでるんですか!ヘー。東京人とかどんどん年齢層高くなってません? あの世代は簡単に若い人ホメないからねー。

>ひさしぶりに訪れてみたらライターさんになられていたとわ。

マアアノ、基本サラリーマンなんですけど、ボクもこの7月で38歳になってしまったので老後とかイロイロ考えるとライターとか名乗っておくのも人生戦略かなアとか。「あと12年で50歳かア」とか考えるんですよ。(´▽`*)アハハ(虚ろな笑い)

投稿: kenzee | 2012年7月26日 (木) 23時26分

紅さんお久しぶりです。
ホントだ!「怒りの葡萄」か!スタインベックはカトリック信者で有名ですが、「家族」の夫婦も長崎出身のクリスチャンで赤ちゃんとおじいちゃんが死んだときも教会でカトリック式で葬儀を挙げるのだった。ナルホドなあ~。時期的にはニューシネマの影響でこういう暗いヤツやろうとしたんだろうけどスタインベックとはね。

投稿: kenzee | 2012年7月26日 (木) 23時32分

レジーさんどうも!
なんかもうビックリしちゃいました! JAPANいじりとかやりましたねー。アレも何年かにいっぺん、世代がガラっと変わったタイミングとかでやると面白いかもしれない。ボク自身はもう最近のバンドとかフェス文化とかわからないオッサンなのでとても興味深いブログです。楽しみにしてマース! 

投稿: kenzee | 2012年7月26日 (木) 23時45分

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