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柄谷の「児童の発見」は「アイドルの発見」だった(我々はアイドルをどのようにPart.8)

kenzee「最近、2冊の本を読んだ」

Ecdyg


kenzee「吉田豪の本は40歳前後でサブカルの人々は鬱になると言われるが、いかに克服したかのインタビュー集、そしてECDの本は、2002年から2010年にかけてECDがいろんな雑誌とかに書いた音楽関係のコラムやエッセイ、短編小説を集めたものだ。奥付をみると2011年3月22日。まともに3.11とカブってしまい、ほとんど話題にならなかっただろう1冊。で、この2冊を続けて読んで考え込んでしまった。つまり私も38歳でサブカル方面の人なので心配になったのだ」

司会者「吉田豪の本にでてくる人々も「まさか自分が鬱になるとは、神経症とかになるとは思ってもみなかった」と言ってますね」

kenzee「で、まさにオレ自身、他人事だと思って読んでいたのだが、こんなノホホーンとしてる襲われるのが鬱というヤツのようなのだ。最近こういうことを考える。11年前。2001年。オレは27歳だったのだが、2001年のことはよく覚えている。なにしろ9.11のテロがあった。あと当時CD屋で働いていたが、浜崎ベストと宇多田セカンド同時発売というのがあって、祭りのような感じだったのだが、CDが祭り的に売れたのはあれが最後だっただろう。あと、尾道をブラーっと旅行したのを覚えている。それがなんか5,6年前のことのような気がするのだ。だが、実際には11年前だ。そして今から11年後といえばオレは49歳。50歳手前なのだ」

司会者「ギャー!」

kenzee「つまり、宇多田浜崎とテロからここまでの時間で大体50歳になるということだ。コレとんでもない恐怖ですよ。そういうことを考えるとみんな40歳ぐらいで鬱になるのわかりますよね」

司会者「まず、40歳過ぎてヒットがだせるのかとか考えるんでしょうね」

kenzee「どんな人でも40歳までで一通りの仕事が終わってるのよね。あと物理的にカラダにガタがくる。音楽関係者に多いが若い頃にサンザンカラダを痛めつけてる人が多いわけだ。なにしろライブなど、ドロドロの運動をした後に、ホントならポカリとかミネラルウォーターとかをカラダが一番欲してるときに打ち上げなどでビール一気飲みしたりする。で、鳥のカラアゲとか焼きそばとか深夜に食ったりする。そんな生活を10年、20年と続けるとどうなるか」

司会者「ボロボロだ!」

kenzee「ましてやクラブミュージック関係になると夜通し歌ったり踊ったり飲んだりする。フツーの深夜労働とはカラダの痛めつけ具合が違う。DJには夭折する人が多いが、労働環境にも原因があるのだろう」

質問。40歳台まで活躍し続けているDJたちの共通項はあるのでしょうか?

石野卓球「一番大きな共通項は音楽が好きかどうか。ほかは酒にすごく強いか、全く飲めないかどちらか(笑)」(GROOVE spring2012リットーミュージック)

司会者「ヘタに飲めると危険ということですな」

ECD「地方とか行くと「ちょっと1杯どうですか?」とか言われるから、今度そういうラップも(飲まないよアピールラップ)作ろうかと思って。やっぱり酒を断ると嫌な顔されたりするんであからさまに。ファンの人が寄ってきて奢ってくれたりするときが一番気まずい感じになって。「俺の酒、飲んでくれなかったよ!」みたいな」(吉田豪「サブカル・スーパースター鬱伝」ECD編)

kenzee「特にラップ業界はカラダに悪いことが多そうだ。ラップといえばユウ・ザ・ロックもサブカル鬱が原因で引退したようなもんだ。(注。2005年と2010年、2度の大麻取締法容疑で逮捕。2度目の逮捕時に引退を宣言した)逆にZEEBRAなど未だ現役の人はカラダに気を使っている。ZEEBRAのベジタリアンは有名だ」

司会者「ヘー、あんなお肉好きそうな音楽性なのに」

kenzee「ラスタ思想なのだがお肉、食べないそうだ。だが、HEY!HEY!HEY!にゲストででたとき、マグロのサンドイッチみたいなのをダウンタウンに振舞っていたので魚肉はいいみたい。ラスタ思想って難しいね」

司会者「ベジタリアンの人って、ごはんのおかずになに食べるんですか?」

kenzee「そのへんのことについては氏の著書に詳しく述べられている」

肉を食べる生活はすんなりやめることができた。はじめはまず豆の素晴らしさに気づいた。豆、素晴らしい! 豆、ヤバい! タンパク源として最高。前は野菜以外の主食がないと絶対(ごはん)食えなかった。ごはんを食べてる感じがしなかった。でも豆だとイケちゃうってわかってきた。肉をやめた当時はなんでもかんでも豆で代用した。(「ZEEBRA自伝」ぴあ)

で、深夜にトンコツラーメンみたいなものを食べようとしたら気持ち悪くなって全部戻したそうだ。つまり、キツイ脂が受け付けないカラダになっていたのだ。ベジタリアンになると、満腹でも動けるそうだ」

司会者「そういえばZEEBRAってもう40過ぎてるハズなのでビシっとした体格してますもんね!」

kenzee「で、オレも音楽がドウタラみたいな商業原稿が書けるとしたらあと数年ですよ間違いなく。腹もでてきた。で、もう酒とかやめようかなって」

司会者「エ!? あんな毎日ビールだハイボールだファミチキだと不健康なモンばっかり食って運動もしないで本とかネットばっかりやってるキミが!? しかもなにか飲みながらでないともの書けないキミが!? で、たった今、次のクイック・ジャパン用に酒のコラム原稿書いて送信したばかりなのに?」

kenzee「実はもう1週間酒を飲んでいない。ECDの本を読んでビビッたからだ。ECDは一番日本のヒップホップが商業的に盛り上がった2000年前後、アル中で閉鎖病棟に入院していた。入院する直前は完全に連続飲酒。寝てるとき以外はコップの底を眺めてるような末期的な生活だったという。そして入院中に中島らも「今夜、すべてのバーで」を読んで、酒を断とうと決心したのだ。退院してから現在に至るまで酒は一滴も飲んでないそうだ。そんなにスンナリやめれるものなのか。ちなみに中島らも氏は医者に止められてからも酒はやめなかった。そしてバーからの帰りに階段を踏み外して、亡くなった。ECDと中島氏、酒に対する考え方が同じなのだ。つまり、「酒場が好き」とか「酒という文化が好き」といった文化人的な飲み方ではなく、ドラッグとしてトリップするために飲む。だから味にこだわらない、こだわるとすれば単純に「度数」。そんな飲み方だ。で、ハッキリいってオレの飲み方もかなりそれに近いのだ。たとえばコンビニの冷蔵庫にチューハイが並んでますな。氷結とか。あれ、出始めたときはアルコール度数、6%だったですよ。これがどんどん強くなっていって、8パーになり、9パーいうのもでてきました。で、中島さんやECDさんやオレみたいなヤツは同じ値段なら迷わず6パーではなく9パーのチューハイを買い求める。で、常に酒が切れないように焼酎とかサントリー角のビンとかが部屋に常備している。しかし、この状態は実は中島さんやECD状態の3歩ぐらい手前の状態だ。何かのきっかけで堤防が決壊すれば簡単に彼らの足跡をたどるだろう。たとえば失業とかしたら簡単にそうなるはずだ。実は時々腹痛とともにすごい水便に悩まされるときがある。軟便ではない。水なのだ」

司会者「オイ、医者いけよ!」

kenzee「別にゲテモノとか食ってないし、ものすごいストレスとかもないので原因は酒しか考えられない。おそらく40手前にして私もカラダにガタがきたのだ。そんなわけで今はこれをコーヒー牛乳飲みながら書いている。渋谷系世代らしくな! そして酒をとめて3日後。とても美しい便がでた。浅草のウンコぐらいの美しさだ。

Asakusa


硬さもある。これほどテキメンに効果があるとは。なんかカラダも軽くなった気がする。睡眠も深くなったようだ。そしてあんまりドロドロした汗とかかかなくなったのだ。やっぱりこのトシの酒はカラダに悪かったんだね」

司会者「もうこのまま酒はやめなはれ」

kenzee「シラフだと音楽を聴いてても楽しいのだ。飲むとまずJ-POPみたいなモンは聴けない。やはりああいうものは学生さんが通学の電車のなかでイヤフォンで聴くときに迫力がでるように作られているのでシラフで聴かないと面白くもなんともないのだ。飲むとおんなじような音楽ばっかり聴くのね。あんまりビートの速くないR&Bという。つまり、酒飲んでいいことなんてなにもないということがわかった!」

司会者「酒を飲まないと本も読めるしね」

kenzee「で、前回の続きでいったいアイドルはいつから未熟だったのかという話だが、「アルテスVol.2」の輪島祐介さんの連載、「カタコト歌謡の近代」によれば、昭和初期にはすでにそういう気配があったらしい。

 川畑文子(たどたどしい日本語で歌う2世歌手、「カタコト・ジャズソング」(輪島氏の命名)の草分け)の成功以降、昭和9年から11年にかけてその手の2世歌手が次々登場する。ベティ稲田、リキー宮川・宮川はるみ兄妹、森山久とティーブ釜萢の義兄弟(妻同士が姉妹)、灰田晴彦・勝彦兄弟などだ。特に、チェリー・ミヤノ、リラ・ハマダとニナ・ハマダ姉妹、ヘレン隅田、2世ではないが日英ハーフのマーガレット・ユキといった年若い少女歌手が多く、しばしば童謡風の楽曲を録音していることは興味深い。(アルテス Vol.2)

少女がたどたどしい日本語で歌う、つまり未熟で不完全な(無垢で天然で子供)様相を商品化する、というレコード商売の方法論はこの時点ですでにあったのである。なにか我々はアイドルを戦後近代特有の文化のような気がしているが、「無垢な少女」に金を払う感覚は戦前から脈々と続くものなのだ。そして重要なのは童謡に描かれる「無垢な少女」というものはどこにも実在しない、ということだ。

 文学研究者の坪井秀人は、戦前の「童謡」歌唱において顕著に見られる少女の甲高く扁平な発声が、知識人によって理想化された透明で無垢な「少女」イメージの強制と結びついていると指摘し「レコードの歌声の中で、平べったく透明な物言わぬ彼女たちは、大人や男性への批判の視点を持たぬ、極めて安全で好都合な置物、高級なインテリアとなりおおせている」と論じている。(前掲書)

このようなお人形のような「少女」のイメージと対極にあるのが数々の性豪伝説に彩られた「ニセ2世」ディック・ミネである、という展開を見せるのだが、ディック・ミネの話は面白すぎるので、ゼヒ本を買って読んでみて欲しい。テキトー英語で歌ってもバレなかった話とかヒドイよ! で、「無垢な少女」に話は戻る。前に引用した柄谷行人「日本近代文学の起源」を再びあたってみよう。この第5章に「児童の発見」という章がある。

 小川未明における「児童」がある内的な転倒によって見出されたことはたしかであるが、しかし実は「児童」なるものはそのように見出されたのであって「現実の子ども」や「真の子ども」なるものはそのあとで見出されたにすぎないのである。したがって「真の子ども」というような観点から未明における「児童」の転倒性を批判することは、この転倒の性質を明らかにするどころか、いっそうそれをおおいかくすことにしかならない。(中略)児童が客観的に存在していることは誰にとっても自明のように見える。しかし、我々がみているような「児童」はごく近年に発見され、形成されたものでしかない。「児童」とはひとつの「風景」なのだ。未明のようなロマン派的文学者によって「児童」が見出されたことは奇異でも不当でもない。むしろ最も倒錯しているのは「真の子ども」などという観念なのである。「明治以来の作家たちの多くが、おとなの立場から発想し、子どもの側に立って発想してこなかったことこそ、おそらく日本児童文学の最大の特色であろう」(猪熊葉子)というのは明らかにまちがっている。(日本近代文学の起源)

柄谷によれば無垢な子供とは明治期に知識人たちによって「児童」という概念でまず形成され、それが流行歌に移植されたのが輪島のいう昭和初期の「カタコトで歌う少女歌手」ということになる」

司会者「アイドルとは柄谷の指摘した「児童」が発展したものなのか!」

kenzee「そうとしか考えられない。そう考えるとナゼ、アイドルの起源が沖縄出身の南沙織であったかも説明がつく。南沙織とは「カタコト・ジャズソング」の末裔だったのだ」

司会者「ちょっと待って! 南沙織やアグネス・チャンはそれで説明がつくが、80年代以降、いわゆる82年組(小泉今日子、松本伊代、早見優、石川秀美、堀ちえみ、など)はカタコトじゃないですよ。堀ちえみにはその傾向があるが。あと、角川3人娘(原田知世、薬師丸ひろ子、渡辺典子)などは彼女たちに「無垢」や「未熟」というより自立心とか成長を見ていたと思うのですが」

kenzee「コレ、重要な指摘ネ。輪島の「カタコト・ジャズ」や柄谷の「児童」になくて、82年組、角川娘、AKB48にあるもの。それはなにか。「学校」という背景だ。彼女らの多くは学園ドラマ、映画に出演しており、ファンの多くは彼女らを「理想の同級生」として見立てていたはずだ。この「学校」というヤツが曲者なのだ。柄谷は「児童の発見」でこう続ける。

 近代日本の教育にかんして、その内容がいかに問題にされても、すこしも疑われていないのは、義務教育制度そのものである。何がそこでどのように教えられるかではなく、この学制それ自体が問題なのだが、教育論はすべてこのことの自明性の上に立っている。(前掲書)

この教育制度を疑ったのは柄谷以外に柳田国男がいる。この学制は従来あった、農業を中心とした共同体の生活様式を破壊するものだという。なにしろ労働力である子どもたちを学校にとられ、しかも年齢別に分類され、全国均一の近代化教育を強制的に受けさせるのである。明治初期に学制がスタートしたことと「児童」の登場は不可分である。「児童」とは近代国家の子どものあるべき姿なのだ。

 明治30年代にそれまで個々の例外的な突出としてあった「近代文学」が一一般化するに至ったのは「学制」が整備され定着してきたことと関連している。そして、その上で小川未明らによる「児童の発見」が可能だったのである。(前掲書)

kenzee「近代教育と「児童」が不可分である以上、アイドルの背景に「学校」が登場するのは当然であった。また、「学校」抜きにアイドルのイメージ形成は可能だったかと考えるとそれは不可能だったと断言できる。明治以前の、ただ、田植えをしたり、子守をするだけの少女がいくら可愛く、歌唱力があったとしてもそれはアイドルとは呼べないのである。そう、おニャン子まではハッキリと背景に「学校」を感じることができた。しかし、ここで問題が。渡辺美里にはそれほど「学校」が感じられないのだ。また、小室ファミリーも同様、「学校」感がない。広末涼子の登場あたりまで「学校」が数年間、薄れる。コレ、ちょっと問題として残っちゃいましたね。ただし、これで「近代」と「アイドル」の問題は明治初期まで遡る、因縁の関係であることがおわかりいただけるだろう。「学校」が90年代に薄れていったのはバブル崩壊で「近代」が疑われはじめた時期と符号すると思うが、もうちょっと考えてみよう。最後に柄谷「児童の発見」のなかで興味深い話がある。この明治期に「子供のため」、つまり近代教育と無縁に書かれた「子どものことを書いた文学があるという。樋口一葉の「たけくらべ」だ。

 彼女(樋口一葉)が書いたのは、子どもと大人との間にアドレッセンス(青春)のような一期間がないような世界である。樋口一葉こそ、子ども時代について書き、しかも「幼年期」や「童心」という転倒をまぬがれた唯一の作家であった。(前掲書)

説明すると長くなるけど、この「青春がないような世界」、「無垢」とか「童心」の転倒をまぬがれたJ-POPの歌手はいなかったか? 私は椎名林檎がこれに該当すると思うのだ。椎名林檎は広末涼子やともさかりえなどアイドルに曲提供も行っていたが学校の背景がまるでない世界だった。椎名林檎こそがJ-POP史において近代と距離を置き、樋口一葉の役割を果たした唯一の作家であった」

司会者「じゃあ、次は「学校」がどう変化していったか、だな。学校の変化でアイドルがどう変化したか」

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コメント

元々ベジタリアンだからZEEBRAって名前なんだとばかり思ってました。肉食ってたのか。より尊敬度増した。吉田豪さんも無理しない程度の菜食主義だそうですね。
そういえば35歳問題なるものはどうなったんですか。
これも義務教育の延長としての何かが関わっているような。
映画「桐島部活やめるってよ」が学校空間の同調圧力を見事に描いたって絶賛されてるけど、だから学校というシステム自体を疑うということは起きない。学校のいじめ自殺がいくら話題になっても。

投稿: コーヒー牛乳飲みながらブログ読んでる一読者 | 2012年10月 2日 (火) 19時02分

今、桐島問題と言われているものは5,6年前なら野ブタ問題と言われていたものです。つまり、平均的な家庭環境で育った平均的な子供たちが閉鎖的な空間に集められた時に起こるナンヤカンヤという。で、この問題系も2012年あたりで打ちどめかなあという気がします。というのもこれからの学校空間とは貧富の差のある子供達が集まる場となるからです。かたや公務員の家庭の子供。かたやシングルマザーの子供。生活保護家庭の子供。普通の郊外の公立学校がこのような非・平均的な状態となる。今後の学校空間の変質を見据えれば橋下徹の学校改革も確かに妥当なのだ。中脇初枝「きみはいい子」という小説に現代の郊外の子供のことが書かれている。つまり、桐島問題とはギリギリ高度成長とバブルの恩恵に与った子息の世界なのである。今の10代にどれほどリアリティがあるか。鈴木謙介さんが「桐島は30代の人間が喜ぶようにリライトされている」という発言も納得がいく。ただしこの低成長の時代に今の学制はもうもたないともボクは思っているのです。

投稿: kenzee | 2012年10月 4日 (木) 22時34分

今の学制…つまり郊外の高台に校舎とグランドがあり、3年間、同じ空間を過ごすという。サブカルチャーが一般に「青春」とかモラトリアムとかアイドルが成立するための背景とはこの学制と不可分なのである。しかし遠くない将来、所得階層が複雑化していくとこのシステムはパンクするだろう。そもそも富国強兵政策が終わったあともムリクリ残した時点で破綻していたのかもしれない。今、東浩紀さんが政治をアップデートしよう、国会はニコ動形式でやるべきだ、といった議論をされてますが(果敢な提言だと思う)ボクは学制こそアップデートすべきだと思うのです。学校2.0。もう1箇所に子供を集める必要あるか? 授業はスマホやケータイで受ければいいし(学力のある子はどんどん次の授業に進み、苦手教科は何度でもリプレイする。人間関係はソーシャルで築くのです。もちろん直接、子供同士が触れ合うことも大切です。定期的にショッピングセンターみたいなところのイベント会場みたいなところで文化祭みたいなことをやるんです。物理的な学校の機能はそれだけ。部活?ありません。ソーシャルで勝手に集まって勝手にやればいいんです。軽音楽部なんていらない。バンドなんて勝手に組んでライブハウスブッキングすればいい。その時代のアイドルとは限りなく初音ミクみたいなものになってます。子供たちは言う。「昔、AKB48ってのがあって、生身の女の子がボコボコになったりボロボロになったり、「それでもガンバリマス!」とか言ってたり、スゴイ野蛮な時代があったらしいよ」「ヒドイ時代だねえ」イジメというのもなくなる。物理的な空間を共有しないので。もちろんブログの炎上なんてことは日常茶飯事ですがね。アレ、思いつきでツラツラ考えてみたけどコレ、結構面白くない?学校2.0。こういうの昔だったらいとうせいこうさんが小説にしそうなアイデアだナ。

投稿: kenzee | 2012年10月 4日 (木) 23時03分

面白いですよ学校2.0!これこそ果敢な提言。誰も言わないから誰か言わなきゃいけない、文学的仕事ですよ。私もイヴァン・イリッチとか興味ある今日この頃ですよ。
というか桐島の件はおっしゃる通りですね。言われるまで気づかなかった。初めてチャーリーに感心した。野ブタすら今思えば豊かさの産物に見えちゃうのはもう末期か今。領土問題とか騒いでる場合じゃない。いや末期だから騒いでるのか。

投稿: 一読者 | 2012年10月 5日 (金) 20時03分

宮崎駿が大橋のぞみちゃんに対して、歌が上手くなっちゃったから残念だといっていましたが(テレビで何回も歌っていたため)、彼も児童という風景を見ているのでしょうね。
作品も子供のため、といつも言っていますから。

投稿: 紅 | 2012年10月11日 (木) 19時09分

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