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「ノリ」とか「空気」の中心で「内面」を叫ぶ(我々はアイドルをどう消費…Part.10)

kenzee「このCDの中に」

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司会者「ア、小西康陽さんがプロデュースした八代亜紀のジャズのスタンダードカヴァー集だね!」

kenzee「こんな紙が封入されていたのだ」

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司会者「八代亜紀様まで握手会とか! やはり複数買いされたりするのかナ?」

kenzee「燃えないゴミの日に大量に「夜のアルバム」が廃棄されたりするかもしれない。でも、中身はすごくいい内容ですよ! 我々ジャズというとすぐピアノトリオとか最近の居酒屋とかで流れてるような雰囲気モノを想像しがちだがこのアルバムの編成はギターとベースだけ、とかヴィブラフォンだけ、みたいな実に静謐な「夜の底」みたいな世界だ。こんな小さな編成に耐えられる八代さんの歌が素晴らしい。握手しなくても買って損ナシ」

司会者「で、前回アイドルから学校感が90年代あたりから薄れていったという話ですが」

kenzee「90年代のコミュニケーション空間の変容を考えるうえで第一級の資料が北田暁大「嗤う日本のナショナリズム」(NHKブックス)だ。この本をゲンロンサマリーズばりに要約すると、90年代のコニュニケーション空間に特徴的なのは「アイロニー(嗤い)と感動志向の共存」にあったと言える。「テレビ的な価値観の共有」(たけしの元気がでるテレビなどのバラエティで醸成される価値観)が同調圧力として機能し、そういった価値観から外れた者を「空気を読めない者」と嗤う空間が生まれる。彼らは世界を嗤いながらも「感動」も同調するよう強制する。たとえば24時間テレビにおけるタレントのマラソンとか猿岩石とか。このような空間のありようを北田は「純粋テレビ」と名付ける。「純粋テレビ」とはテレビとは本来、コミュニケーションの外側にあるもので平面的な情報を発信するにとどまっていた。ドリフの番組が典型的だ。ところが80年代のフジテレビの台頭は「楽屋裏」における内輪ウケまでひっくるめた「空気」を情報として発信した。これ以降、テレビのバラエティ的なノリを体得できていない者は洗練のない、野暮な者とみなされ、嗤いの対象となる。(北田は「アイロニカルなポジションに立つ」という)。視聴者は「テレビを主題化したテレビ番組を視聴する視聴者を視聴する」わけでどこにもテレビの真の外部は存在しなくなる。こうした純粋テレビの視聴者は「感動」までを支配するようになる。ワールドカップやオリンピックにおける「感動」ブームである。やがて「感動」ブームは「未来日記」などにつながっていく。こういった「嗤い」と「感動」の価値観が後の「2ちゃんねる」の空間、「電車男」の無闇な感動へと繋がった、と2004年の時点で考察した。当時北田さんは33歳。90年代の、まだテレビの影響力の強かった時代からネット黎明期~成熟期に至るまでの若者コミュニケーションの良質のドキュメントとなっている。ただ、冒頭の連合赤軍の「総括」における無限に続く「反省」を要求するコミュニケーション問題とあとのたけしとかナンシー関とか2ちゃんの話がうまくつながっているとは思えないがどうか。あと、90年代の純粋テレビ的空間を考えるうえで重要だと思えるダウンタウンを1行も触れていないのは残念だ。こんな感じかな」

司会者「ゲンロンサマリーズはもっとちゃんとしてるよ!」

kenzee「要約って難しいね。大体北田さんの本に何が書かれているかはおわかりいただけたかな。ここで90年代に現れた「純粋テレビ」な圧力がアイドルから学校を薄れさせた原因なのだ。北田さんの「純粋テレビ」論を図らずもそのまま生きた音楽番組がある。ダウンタウン司会の「HEY! HEY! HEY! MUSIC CHAMP」だ!」

し司会者「年末に終わるらしいね」

kenzee「90年代のJ-POPシーンにおいてHEY!の影響力は絶大であった。ダウンタウン司会の凄いところはイマドキの音楽にまったく暗い、音楽性とかジャンルなどといった知識を持ち合わせていないところに、アーティストがまな板の鯉状態で放り込まれる。そこでどういう会話が生まれるかというところにスリルがあった。そのなかでキロロのピアノの人のような意外な一面を(ビックリするぐらい天然)ひきだしてしまうこともあった。また、安室奈美恵のような逆に彼らを(主に松本だが)やり込めてしまう者もでてくる。このようなスリルが生じる理由としてダウンタウンの二人が登場すると「ダウンタウン空間」とでも言うべき独特の空間が生まれるという点が挙げられる。これは言葉で説明するのが難しいが、ある種の「安心感」のようなものなのだ。この安心感はダウンタウン以降の芸人、ナインティナインやロンブーにはないものだ。この番組のスゴイところは登場するミュージシャンの9割が「天然の素人」のように見える、というところだ。モチロン、中にはこのようなダウンタウン空間にまったく馴染めなかったミュージシャンもいる。前述の小西康陽氏などがそうだ。私が覚えている限り、こんなやりとりであった。

浜田「ハイ、ピチカート・ファイヴ~(パチパチ…)」

松本「エ、二人だけなんですか?ファイヴ言うてるのに」

小西「最初は5人いたんですけど、1人減り、2人減り、で今2人なんですよ(ボソボソ)」

松本「ヘ~リーダー(小西のこと)おいくつなんですか?」

小西「今、36歳です。おふたりは?」

松本「ボクら、33です」

小西「あーヤング」

松本「短い英語でしたね」

小西「アハハハ(困)」

松本「リーダーは子供の頃、いじめられっ子だったんですか」

小西「ウーン、高校の頃、電車通学だったんですが、いつも、なんか女の子に笑われて…」

松本「今のNHKっぽいですね」

小西「アハハ、もういいんじゃないですか(もう十分トーク撮れただろ?)」

松本「エ、そんなの(トークの長短)我々の胸先三寸ですよ! リーダーバラエティとかでないんですか?」

小西「イヤ~バラエティはちょっと…」

松本「今、バラエティはリーダーみたいな人のほうがいいんですよ!芸人とかより」

小西「ハ~考えときます」

松本「(もしかして怒ってる?)」(記憶だけで再現してます。95年ごろ?)

こんな感じでした。このあと、ピチカートファイヴがHEYにでることはなかったね。今振り返ると90年代のJ-POPシーンの1大ジャンル、渋谷系の中心人物とお笑いの頂点の二人がまったく噛み合ってないというのがポップカルチャーの不思議だよね。つまり、ひとつのシーンを極めたといえる小西ですらダウンタウン空間の中では「嗤い」の対象となるのである。HEYといえばH Jungleだが、あれは純粋テレビにおける「感動」の側面を担ったのだと今ならわかる。そこで小室の登場なのだが、この時期、もう一つ、純粋テレビの外側ではブームがあった。「告白本」ブームだ。飯島愛「プラトニック・セックス」、郷ひろみ「ダディ」、二谷友里恵「愛される理由」といった芸能人の告白本が大ベストセラーになる現象があった。そこでだね、ボクは仮説を立ててみた。「小室歌詞とは告白本だったんじゃないか?」説だ!」

司会者「アーそうかもね」

kenzee「エ、もっと驚いたりしないの?」

司会者「小室歌詞って同調圧力からあえて外してるのかな~とは思ってました。90年代の作詞メーカーといえばザードさんがいるわけですが、ずーっとアレ、倫理の話するわけですよ。「いかに人は生きるべきか」という。困難があっても「負けないで」とか「あきらめないで夢をかなえよう」とか」

kenzee「90年代のJ-POPの歌詞って妙に倫理的なのは純粋テレビ的な「感動」を言語化したらああなるんだと思うのですよ。マイリトルラヴァーとか。なので純粋テレビ空間、つまり学校の教室のなかでも流通するのだけど小室歌詞はそのような空間から排除された人の歌なのかな、と」

司会者「小室ってバカ売れのイメージあるが、マイノリティの歌だったのか」

kenzee「ヒットは常にマイノリティを描くのだよ」

司会者「そういえば小室歌詞の主人公はよく「街をさまよって」ますわね」

kenzee「学校空間から外れたらあとはストリートしかないからな」

司会者「で、あてもなくストリートをさまよっているところを敏腕音楽プロデューサーにバッタリであって一気に夢がかなうのだ」

kenzee「そんなマンガみたいな歌のどこにリアリティが?と思うかもしれないが浜崎さんなどはホントにそのようにしてビッグになった」

司会者「そんな浜崎歌詞もまた、告白本の流れを踏襲していたとは」

kenzee「ここまでくると、90年代から今に至る音楽文化考えるうえでルソーとか超興味でてくるよね」

司会者「告白録と飯島愛と浜崎、とか。で、最後に指原莉乃の「辛かったことを乗り越えて今頑張ってる話」に繋げて新書にできるんじゃないかコレ!」

kenzee「「告白したい若者たち」(○×新書)。でもダウンタウンのアイロニー空間にガッチリ対応してたじゃない、小室。でも歌は田山花袋バリの告白だった。でも今のAKBの子達、将来年とった時に、「告白」需要でもう一回荒稼ぎできると思うんだよ。うまいゴーストつけば。ちゃんと退職金もでるシステムって凄いな。でね、なんで告白ブームがきたかというと80年代的フジテレビ的アイロニー空間の反動で、内面の吐露が必要になってきたという流れだと思うな」

司会者「でも、もはや学校で内面の吐露なんかしてたらアイロニー空間でどんな目に遭わされるかわかったもんじゃない。で、一回ストリートにでないといけないんですよ。これが小室歌詞のストリート感の理由。これ以降、Perfumeくらいまで学校が薄れた。だが、AKBで再び学校が召喚された。なにしろ彼女らには「High School Days」という歌まであるくらいでね。マジすか学園というパロディ学園ドラマもある」

kenzee「でもナゼ彼女たちは「学校」というアイロニー空間にいても平気なのか。学校から飛び出して内面の吐露とかしなくていいのか。また、アイロニー空間を平然とやり過ごせる彼女らはこう、強い人格なワケですよ。か弱くないですよ、同調圧力上等ですよ、と。そんなアイドルに共感できるかいって話だが、ファンは彼女らのどこに共感するのだろう。これはゼロ年代初頭に一回、「告白」が破綻したってとこまで戻らないといけない。90年代の終わり頃に椎名林檎、浜崎あゆみ、Coccoといった強力な告白文学が登場したのだが、そのコンセプトが意外と持たなかったことに起因しているのではないか。次は、松谷創一郎「ギャルと不思議ちゃん論」からみた「女子と告白」の関係についてだ。それにしてもそんなに好きじゃないアイドルの話でここまで引っ張るのも疲れた。次ぐらいで終わりたい」

司会者「好きじゃないものについて書くから面白くなるんですヨ」

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コメント

ヘイヘイヘイ、わたしも毎週のようにみてました。UAが中学生のとき初期ダウンタウンの追っかけで、松ちゃんに出待ちで自分を印象づけようと「フランスパン」をむりやり渡したことがあるとか言って、浜ちゃんにあたまをはたかれしあわせそうだったのを覚えています。
小沢くんは王子様全開で「仔猫ちゃーん」と叫んでましたね。ブランキージェットシティは独特の「ロック」な感じがこのトークではなんだかすんごく非社会的でかっこわるく思え目もあてられなかったこと、でもミシェルガンエレファントはなにを言われても動じないクールさが突き抜けてて面白かった。

投稿: ソウルフラワー好きな小説家 | 2012年10月31日 (水) 19時46分

UAエピソードは当時の2丁目劇場周辺では珍しくない話ですよ。ナンセ、ボク中二の時に、4時です(ひらたく言うと毎日放送という関西ローカル局のいいともみたいな若者向け帯バラエティ)見に行ったもん。観覧ハガキ応募して。で、行ったら99%女子中高生なのですよ。それがね、当時の大阪時代のダウンタウンファンの女の子なんてナゴムギャルみたいなもんで、ア、だから先生みたいな子ばっかりですよ。アレ?失礼なこと言ってる?で、ボクは後ろの方で立ち見だったので全体の様子がよく見えたのだけど、(あれ?ちゃんと番組に観覧応募ハガキだして、当たって、行ったのに席がないってどういうこと?当時の吉本の仕切りなんてこんなモン)とにかくダウンタウンが登場するや、絶叫の嵐ですよ。二人がなに言ってるのかサッパリわからない。で、浜田さんが前の方で騒いでる女子高生グループ(明らかにトークの流れを分断するのが目的のミエミエ連中)にマジギレで怒鳴りつけたりするんだけど、本人たちはラッキー、明日学校で自慢できるイエーイぐらいの感覚なんですよ。それでも生放送なので嵐のなか、なんとかコーナーを仕切ってエンディングまでもっていく、という。ゲストに坂上香織(モチロン、まだ脱ぐ前)が来てたけどクチポカーンってなってましたよ。そりゃあんなカオスみたいな収録、東京ではないわなあ。で、またハイヒールモモコが「その女の子クチポカーンなってるやん」とか余計なこと言うので浜田さんがツッコミにいくという。もうツッコミというかモグラたたきみたいなもんでしたよね。中二のガキにはあまりにインパクトのある経験だった。未だに「働いてる大人の人」の原初的イメージにあの「モグラたたきツッコミの浜田」がある。不思議と松本さんの印象がなにも残ってない。そんなパンクのライブみたいな1時間だったね。それが場末の地下のライブハウスで行われていたのではなくて、夕方4時のお茶の間に普通に流れていたのだからスゴイ時代だった。

投稿: kenzee | 2012年10月31日 (水) 22時14分

ア、一コだけ松本さんのボケを思い出しましたよ。CM開けで(生理用品のCMだった)松本「エート、ヨコモレガードつき、ということでね」浜田「そこ、強調せんでもエエがナ」「イヤ、そんなんCMで言わんかったらオレら知らんからね。「今までヨコモレしとったんや!」って。結局、バラしてもうてるわけですよ、乙女のナントカ(なんかうまいこと言うてた)を」浜田「なにがナントカ(忘れたのが辛い)やねん、ベシ!」みたいなことをいってたのを思い出した。あのカオスのなかで、松本さんは冷静だったね。東京に行くと、ダウンタウンって宝島っぽい文脈で評価されて、「松本は凄い」「松本は奇才」みたいな扱い受けることになるが、また浜田さん自身も「松本あってのダウンタウン」みたいなこと言うが、やっぱりダウンタウンは浜田さんだとボクは今でも思うのだ。今はドラマにもでないし、地位も安定してので「浜田の凄さ」がわかりにくい時代だが、敵に囲まれたときの浜田の突破力は尋常ではない。たとえばヨシモトの旧勢力、または東京モン。こういう敵が現れると特攻隊みたいになるよね。

投稿: kenzee | 2012年10月31日 (水) 22時33分

今はいい時代でダウンタウンの昔のコントや漫才をYou Tubeで観れるわけだが、改めて思うのはダウンタウンのネタとは8割浜田さんがしゃべっているのだ。「あ」研究家なんか松本さん「あ」しか言いませんからね。ボクはつくづくダウンタウンっ子だったな。ダウンタウンのヤンタン(通称ヤン木、関西の深夜放送、ANNみたいなもの。ただし10時~1時まで、3時間の長丁場である)も毎週120分テープに録ってヒマさえあれば聴いてた。惜しむらくは毎週上書きしていたのだ。そしてテープがビロビロになるまで酷使するのであった。浅草キッドの水道橋博士はたけしのANNを全部テープに録って保管してるそうだが、そこまでしなかったオレの負けだ。あのヤン木にはその後の、たとえば「ガキの使い」のトークなどのアイデアの原型がほとんであった。たとえば松本がとにかくウソを言って(例:オレはレディースの総長だった、とか)浜田さんが追い詰める、といったような。ラジオでは打って変わって9割松本さんが喋るのだ。のちに「遺書」などの著書で、あるいはFM東京「放送室」で披露される「松本哲学」みたいなものもヤン木ですでにやってた。ちなみに今までの話、すべてボクが中学生の頃、四半世紀前の話ですよ。

投稿: kenzee | 2012年10月31日 (水) 22時48分

ちなみにヤン木のサブパーソナリティがYOUだったわけだが、(というか完全にイジられ役)当時のヤン木リスナーの語り草になっているのは「パーソンズのブタボーカルネタ」だ。当時、(多分、今でもそうだが)松本はバンドマンやミュージシャンが嫌いだった。理由はいくつかあるが代表的なのは「アイツらナルシスト」「詩を書くとかサブい」「漫才は3回もやったら「飽きた」と言われるのに、歌は何回歌っても「感動した」とか言われるのでセコイ」ということらしい。なのでYOUがいるのにフェアチャイルドの曲が一回もかからなかったという非情なプログラムであった。そんなさなか、松本がなにかの拍子にPERSONZの「Dear Friends」(当時大ヒット)
のPVをどこかで観たそうなのだ。そこに登場した女性ボーカリスト、JILLがどうにも松本のツボに入ったらしい。「あのブタボーカルは絶対、ネタやろ!」「あれでマジメな歌とかおかしいで!」YOUが「イヤ、JILLは歌唱力が評価されているのだ」とか反論しても火を注ぐだけで、番組内でパーソンズのブタボーカル」ネタが醸成されていった。翌週からリスナーから「こないだ、パーソンズのブタボーカルをどこそこで見かけました!」といったようなネタチクリのハガキが殺到するようになり、(これはのちのDXの原型か?)「こないだダイエーの婦人服売り場の試着室からブタボーカルがでてきて…」とか数週間に亘ってさんざんイカモノ食いしたところ、浜田「エー、松本さん、大変です。PERSONZの事務所から吉本にクレームがきたそうです」(要はウチのタレントを笑いのネタにして遊ぶな、訴えるゾ、ゴラア」という内容)松本「コラア、アカンぞ、オマエら、人をブタとかデブとか言ってバカにするとオレが承知せえへんぞ!」浜田「オマエや!」ということでブタボーカルネタは禁止となったのだがその翌週、3倍ぐらいのブタボーカルネタがきて、「オマエら、ブタボーカル、ヤメえ言うたやろ!」と浜田さんが怒って、本当に終了。そんな松本さんが歌番組の司会をする、というだけでも悪い冗談かと思ったが、18年?も続く長寿番組になるとは。

投稿: kenzee | 2012年10月31日 (水) 23時20分

そういえば松本の気に触ったバンドで、TM NETWORKもその一つだった。松本「TMって一人、ブサイクがおるやろ?」YOU「エ?TMにブサイクなんかいないよ」松本「おるやんけ、グラサンのギターのオッサン」YOU「アー、木根さん?」松本「アイツは違うやろ」浜田「あとのふたりはわかるけど」松本「アイツはなんなんや。ものすごいギターの能力があるのか?」YOU「イヤ、ギターは大したことないんですワ」(YOUのこの天然の素直さがこの人の後の人生を決定していったと思う)松本「じゃあ、なんでおんねん」YOU「幼馴染とかじゃなかったかナ」松本「だからバンドはキライやねん、不要なヤツは切らなアカンねん」(これは松本のお笑い哲学ですね)ア、思い出した。ある日、松本「そういえばYOU、オマエ、バンドの歌詞書いてるらしいな」YOU「エエ、まあ」松本「どんな歌詞やねん」浜田「(スタッフに)オーイ、コイツのバンドのCD持ってきてくれ」で、YOUがあの二人の前でフェアチャイルドの歌詞を朗読させられるというリンチみたいな回があったなあ。もちろん逐一、浜田に「ナニ言うとんねん」「ワケのわからんことを言うな」とかチクチクツッコまれるのであった。スゴイラジオだったなあ。それでも「ごっつ」のメンバーにYOUを使ったのはやっぱり信頼関係があったんでしょうね。あんなバブルの絶頂期にバブル的な欺瞞を中学生にもわかるようにバカにし、あげつらい、嘲笑してくれる兄貴たちがいてなんと心強かったことか。今、でてるQuick Japanのダウンタウン特集の浜田さんのインタビューがこう、老成した感じだったのが感慨深いものがあります。でも、あのダウンタウン表紙の雑誌のコラムページに自分の文章が載ったのだ。それもダウンタウンファンらしく下品ネタで!四半世紀昔の中学生の自分に郵送して送ってあげたいね。

投稿: kenzee | 2012年10月31日 (水) 23時45分

「歌は何回歌っても感動したとか言われるのがセコい」笑 たしかにね~ 
ダウンタウン特集のクイックジャパン、雑誌のベストセラーに入ってるみたいですね。

投稿: 12月に文春から長篇でます | 2012年11月 1日 (木) 23時41分

夜の隅のアトリエだって! 美大生みたい!

投稿: kenzee | 2012年11月 5日 (月) 22時05分

デビュー六年半で一冊も文庫化されることもなく九冊目まできました(自虐入ってます)このブログで取り上げられた若手作家の方は、みなさん、わたしをのぞき、次々と有名な賞をとったり、長い空白を経て大注目されたり・・・、うらやましひです。わたしはおいてけぼり。
こんどの小説、今まででいちばん、暗いんです。でも、おもしろいですよ。ジュ・テーム・モワノンプリュを愛聴するさいはての町の床屋の店主が出てきます。では。

投稿: 12月に文春から長篇でます | 2012年11月 7日 (水) 19時16分

ゲンズブールで床屋?? 唐十郎「愛の床屋」みたいなことかナ? スプラッターな話? ア! パトリス・ルコントの映画「髪結いの亭主」?だったかな? みたいなことか? ていうか先生、かなりサヴァイブしてるほうちゃいまっか? ソリャ、津村記久子とか円城塔とか磯崎憲一郎とかヤン・イーとかは最初からズバ抜けてましたけども。ていうか今、フツーに名前いれたら全部フルネームで一発変換されてビックリ(by ATOK)。やっぱり大きい賞ってスゲー。5年前に津村さんの話書いた時は記憶に久しい子とかイチイチやってたのに。アレ?なんの慰めにもなってないな。「きむらくみ」で変換すると…「木村來未」! どこの倖田來未やねん!みたいなことになって、ATOKに舐められてマッセ。ジャストシステムコラー! やっぱ作家たるもの一発変換されるぐらいじゃないとネ!って全然慰めじゃないヨ!コレ。

投稿: kenzee | 2012年11月 8日 (木) 22時22分

でもコンスタタントに本がでてるってスゴイことでね。ボク、先生の新人賞のときの島田雅彦奨励賞の澁谷ヨシユキのヤツのほうが記憶に残ってますもん。なんか、新宿のマンガ喫茶で北斗の拳読んで、ビルからパラシュートで降りるヤツ。で、ヨシ、富山の実家へ帰って酒屋を継ごう、って決意するヤツ。なんか青年マンガ誌のスミッコに載ってる四コマ漫画みたいな情けなさがあった。アレがあったんで先生の小説は「マジメだナ~」という印象だったのね。あの人どうしてるのかな。そのあとに藤野可織さんのようなよりマンガみたいな人がでてきて、これからこういう方向かなあと思ったゼロ年代後半。たった5年ぐらい前の話なのにずいぶん昔のことのような気がするな。そして今よりブログ書くのが楽しかった気がする。

投稿: kenzee | 2012年11月 8日 (木) 22時47分

だって、あの頃は1日何十アクセスぐらいでなんか読んでる人の顔すら見えるような気がしたもん。道歩いててもどうボケるか、とかやりとりのもっていき方とか考えてた。それが音楽の話に流れていったときに、ホントに一晩で万単位のアクセスとかきた。そのときに客層とかがガラっと変わった気がする。実際、アクセスログも会社とか出版社的なipアドレスが散見されるようになった。そのへんから顔の見えない相手を意識するようになった。つまり「商品性」みたいなこと。したら、雑誌のコラムの依頼とかくるようになった。今は、どうボケるかとかよりなるべくデカい話(一般紙のコラムレベルの)をイメージしてアイドルの話とか考えているのだが、もうちょっと音楽の話したら、狭~いコミュニティみたいなのに戻ってやるのも楽しいかな。大体、若者の音楽の話なんて近々、できなくなるの目に見えてるし。そうすっと、今度の本は震災以降に書かれた最初の本になるのかな? それは結構注目だね! なんの慰めにもなってないね!

投稿: kenzee | 2012年11月 8日 (木) 23時13分

そうですねえ。しぶとく生き残ってるほうですかね。新人賞とっても一冊も本にもならないまま消える方も多いですからね。
津波もがれき撤去ボランティアも脱原発デモも官邸前抗議行動もひとことも出てきませんが、震災後からいまにいたるまで東京ー岩手を往復しながら感じてることは、直截的じゃなくてもいろいろ入ってるかもしれませんので、よかったら読んでください。

投稿: 12月に文春から長篇でます | 2012年11月10日 (土) 00時21分

なるほど。
つまり平家みちよが「卒業~top of the world」を歌い、モー娘が「モーニングコーヒー」や「サマーナイトタウン」を歌ったのは必然だったわけですね。
ただ残念なのが平家さんもシャ乱Q人脈で曲を出してしまったことでしょう。おハイソ系の作家を起用すべきでしたね。

投稿: 紅 | 2013年3月 2日 (土) 06時24分

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