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aikoマラソンPart.9 今週は「かばん」だけかーい(6thアルバム「夢の中のまっすぐな道」中編)

司会者「aikoファンの皆様に支えられて走り続けておりますズンドコマラソン」

kenzee「スゴイわ。「インディー盤のGIRLIEも聴いてくださいヨ~」「イヤ、アレヤフオクでも高いし」「ア、ソレ日本橋のK2レコードでレンタルしてるよ」とかどんだけ細かい情報はいってくるねん!という。 大阪を代表するK2RECORDS。関西人の音楽好きにはなくてはならぬレンタル屋である。バンスコのレンタルとかもある。学生の味方やネ。K2のスゴイところは同じタイトルでもリマスター版とかボートラつきみたいな再発がでたら従来版と差し替えを行うところだ。とっくにリマスターがでてるのに20年ぐらい前にでたボロボロの従来版を置き続けるツタヤとは大違いだ。あーそー、K2だとaikoのインディー音源はゲットできる! そうするとあとはシングルのカップリングが残るが、梅田の堂山ツタヤなら高確率で古いシングルも残しているだろう」

司会者「ナニ、細かい算段してるんだよ、後半は9曲あるのでサクサクいこう」

・5曲目「かばん」

kenzee「「夏服」あたりに入っていそうなストロベリーフィールズ的イントロと同期モノの8ビート+ギター、ストリングスという構成の地味なギターロック。これがシングル?という感じ。「この、あなたへの思いは大きなかばんにもこの胸にも入りきらないだろう」という「ア、そういうオチか」とポンと膝を叩きたくなる落語みたいな歌詞。まあ、ウチの読者の方なら、ないんじゃな~い~のコードについての話をするだろうとお思いだろう。いい機会なので「aikoの作曲論をめぐる言説」みたいなもののメタ批評みたいなことをしようと思う。たとえば「かばん」だったら、「ウオー!ないんじゃなーいーでG#→G→F#→F→AonE→D#dim-5→DM7って半音ずつさがるジャン!変わってル~」とか言うことが多いワケだ。確かに順当に考えればF#m→AonE→D#dim-5と動けば済む話のようなところにこういうアヤつけるのがaikoらしいなあとは思いますが、そんなあげつらうほど珍しいモンじゃないですよ。ボクもサンザン、「愛の病」A→G#7→C#mでイントロカマしといてAメロA#dim-5→AM7→G#m7-5→GM7って落とし穴みたいな曲やね~とか言ってたけど、最近聞いた東京女子流の「きっと忘れない」という曲がまさにそういう進行で、まあよくできたエイベックス風アイドルソングなのですよ。

確かに2000年当時のJ-POPシーンの感覚で言えば「愛の病」は一風変わっていたのだが、今はこういうのが普通に職業作家がポコポコ書く時代なのだ。また、この10年ぐらいの間に聴衆の側が複雑な響きに耐えれるようになってきた、とも言えるかもしれない。なにしろたった20年前のバンドブームの頃などC、Am、F、G7の4コードが弾ければもうプロ、という時代だったとことを考えれば隔世の感がある。しかし、「かばん」含め、aikoの曲は奇矯さだけを狙ったコード使いの曲などひとつもないのです。無論、J-POPという狭い範疇においては見かけないな、ということはあっても楽理、というか商業音楽のルールには従順な楽曲たちなのですよ。「aikoはコードが変だ」と言えばいいと思ってる人々は頭を冷やすべきだ。では、aikoの曲作りの特徴とはなにか? その前に商業音楽のルールとはなにか?というところからはじめてみよう。

 ジャズも含めたアメリカの商業音楽っていうものはさ、アメリカ建国時からずっと、音楽を前に進めるためにもっぱら「和声が機能的に連結していく」っていう力を使って作られてきました。まず基本となる、心地よく響くコードを提示して、でその次に微妙な不安定な和音を鳴らして、さらに緊張した響きを鳴らしてちょっとドラマを盛り上げて、で、その緊張を解消させる和音を弾いて終止する、みたいなね。音程の協和度の彩によって安定→不安定→安定というサイクルを作り出して、聴いている人をどんどん先に引っ張っていくっていう曲の作り方。これはさ、バッハ前後にまで帰ることのできる西欧音楽の基本なわけだけど、アメリカのポップスっていうのも基本的にはこうしたやり方で作られていたわけです。(菊地成孔・大谷能生「東京大学のアルバート・アイラー東大ジャズ講義録・歴史編」第5章1959~1962年におけるジャズの変化(1)文春文庫)

Circle4th

上の図は「四度圏表」「Circle of 4th」といって、平均律の12音の音程を完全4度という音の配置で時計回りに配置したものだ。和声の流れを考えるうえでまず頭に入ってないと話にならないという表。この表の動きに従っていればとりあえずポップスらしき曲になる、という虎の巻みたいなものです。ここではめまぐるしく転調する8小節、という例で小沢健二さんの「ローラースケートパーク」という曲を取り上げてみよう。

Em7→A7→D→Dm7→G7→C→Cm7→F7→B♭M7→Bm7onE

「それでーここで君と会うなんて 予想もできないことだった 神様がそばにいるような時間~」というブリッジにあたる箇所のコード進行だが、D→C→B♭→Aと2小節ごとに転調していくというトリッキーなことをやっているのだが、聴感上はなんの違和感もない。それもそのハズで上の表の通りに4度ずつ上がってるからなんですね。となりの4度上へポコポコ上がっているだけ。こういうのは説明がつく。しかし、「かばん」のAメロはGからいきなりB♭へ飛びます。かなり遠い親戚なんですね。aikoのAメロはこのようなポーンと飛んでいって不安定になるものが多い。「木星」のFM7→A♭M7→Am7→D7とか。しかも「木星」コレ、キーがCですから相当な不安定さである。こういったaikoコードの過剰な不安定さもムリクリ説明つけるなら上の表のできるだけ遠いところへ飛んでいこうとしているのではないかという話になる。菊地さんの上記の本にコルトレーンの「Giant Steps」の話がでてくるが、要は「最も気持ち悪い進行とはなにか?」を考えてつくられたのがGiant Stepsだという話。

こういうヘンテコ進行のJ-POPというのはもちろん、aikoだけではない。モダンジャズの世界へ行けばコルトレーンのような変人はゴロゴロいるわけだが、ここではいわゆるJ-POP、J-ROCKに限って話を続ける。ボクはこのJ-POPの歴史でもっともヘンテココード使いで商業的成功を収めたミュージシャンといえばバービーボーイズのイマサを思い出さずにはいられない。「勇み足サミー」とか一聴して変な感じと誰もが思いますよね。

80年代にはギリギリこういう実験精神が生きていたと思うのですが、バンドブームと渋谷系以降、こういう実験性が許されなくなってきたのか、90年代のJ-POPは素直な曲ばかりになる。BOOWYは歌謡曲的だ、という評価が一般的だがそう言う人には、「わがままジュリエット」のオリジナルヴァージョンのシンセリフがひたすら不協和音だということを知っているだろうか。「雲は白リンゴは赤」における「泣ーいーたー」の素っ頓狂なトーンに80年代を想起する者がいるかもしれない。また、「傷跡」の変拍子にあぶらだこを想起する者がいても不思議はない。こういった実験精神は85、6年頃を境にピタっと日本のロック界から消失してしまう。つまり、aikoの不思議なところはサウンドは70年代で止まっているのに、精神は85年の新宿ロフトあたりから輸入してきたようなところにある。ポイントを整理しよう。

・四度圏表の予定調和から逸脱しようとする不安定なコード感覚(イマサ以来の)

・平均律のスケールから逸脱するトーン、メロディ感覚。(ボクは80年代のパンクバンド「バンコ」を思い出すのだった)

・クラブミュージック(つまり4つ打ちとか16ビートの割り切れるビートの流行)の時代をあざ笑うような変拍子の感覚。

こういった感覚とは90年代にはスッポリと抜け落ちたものなんだね。今、当時の渋谷系の音楽を聴いても退屈なのはそういう実験精神の欠けた、保守的な音楽だったからだろうね。90年代以降にも優れたミュージシャンはたくさん現れたがこういうことを意識(aikoの場合無意識かもしれないところがコワイのだが)した人はパッと思いつかない。「かばん」から話が飛ぶがaikoの曲作りの特徴として上記の3つを挙げる人はよくいると思うんだけどもう1コあるんですよ。コレが菊地さんが「aiko大好きラジオ」の中で指摘していたことと重なるんだけど、」

司会者「そんなラジオないよ!」

kenzee「「aikoにはブルースフィーリングがある」みたいなことをチラっと言うじゃない。いわゆるブルーノートスケールの話なんだけど、日本人でブルーノートで曲書く人って少ないのですよ。筒美京平にせよ、小室哲哉にせよ、小西康陽にせよ、中田ヤスタカにせよ、ヒャダインさんにせよ、基本、バッハの平均律でもの考えてる人々なのね。無論、バシっとブルーノートで曲書く人もいる。岡村靖幸さんがそうだ。大沢誉志幸さんとか。昔だと憂歌団の人たちとかキャロル時代の矢沢さんなどだ。でも、岡村さんにしたってブルーノートの曲(「19」「Vegitable」「(E)na」など)、渡辺美里提供曲「虹をみたかい」「Lovin' You」など)と平均律の曲(「カルアミルク」「友人のふり」「だいすき」など)はわけて考えていたと思う。つまり、脳内の平均律ソフトとブルーノートソフトは別々に立ち上げていたのだ。そこでaikoに話を戻す。話は「アンドロメダ」まで遡る。「アンドロメダ」は16ビート曲だが、一聴して「R&B風だ」とか「黒人ぽい」といった感想をもつ者は少ないだろう。それは全体のメロディが平均律ソフトで書かれており、そのため平板なJ-POPに聴こえるからなのだが、一瞬、フワっと世界が変わる瞬間がある。「アアアア~そんなーあたしの~2つの光 最近ーうっすらー ボヤけてーきたなー」の「アアアア~」「あたしの」「」最近」ときて「ボヤけて」の「ボ」が半音下がるのである。無論これはメジャーコードの3度が半音下がってマイナーになりました、というようなものではなく平均律スケールで走ってきたメロディにブルーノートがポーンと忍び込んでいるためである。この「ボヤけて」の存在感は大きい。ここでベンドすることによって平板な平均律の世界に突然、場末のスナックのようなうらぶれた奥行きがでてくるのである。つまり、aikoの脳内には平均律ソフトとブルーノートソフトがマルチタスクのように同時に立ち上がっているのではないか。無論、こういうタイプの作家がかつていなかったわけではない。まあ、ポール・マッカートニーがそうなんだけど日本人でJ-POP以降、マルチタスクの作家というのが思いつかない。強いて言えば服部良一の「東京ブギウギ」はAメロはフツーの平均律だがBメロ「燃ゆる心の歌 甘い声の歌声に 君と踊ろよ今宵も月の下で」というところでグっとブルースになる。だが、服部氏はこの曲をAメロ、Bメロと分けて作った気配がある。aikoのように平均律とブルーノートが同時進行というわけではなかっただろう。菊地さんが「aikoの身体にはブルーノートがはいってるネ」みたいな話はこういうことだろう。aikoの音楽を考えるとき、「黒人のブルース感覚と白人の平均律感覚のマルチタスク思考」「70年代のサウンドを指向しているワリに80年代の地下ミュージシャンのごとき実験精神」「アカデミズム感覚とヤンキー精神の交差」をテーマとして押さえておかないといけない。コードや不協メロをあげつらったところで建設的な議論とはならない」

司会者「わからない言葉はググってください。キミの目の前にはブラウザが立ち上がっているハズさ」

kenzee「イヤ~今週も疲れたナ~」

司会者「ってオイ! 今週「かばん」1曲で終わるつもりか! しかもあんまり「かばん」の話してないし!」

kenzee「コレ、いつ終わるんだホント。まあ、どうせあとの8曲、地味なんで来週バーっと飛ばせば済むんだけどね。「三国駅」あたりでゴニョゴニョ言って」

司会者「もうあんまり音楽で言うことないって言ってたジャン」

kenzee「でも、もう音楽の話これで終わりだと思うよ。あとはもう、ロキノンみたいな人生論とか宇野さんみたいな社会反映論みたいな、テンプレみたいなヤツでパーっと4枚飛ばしていけばいいかなーなんて」

司会者「ところで根本的なこと聞くけど、「かばん」ってどうだったの?」

kenzee「あまりに順当なaiko曲でなにツッコンでいいかわからない曲だよ。あーaikoっぽいなっていう。マキタスポーツがマネして作ったのかな、ぐらいの。例のG#→G→F#→F→AonEにしても素直にF#m→F#monEって下がったらあまりにもそのまま過ぎませんか、ってことになったんじゃないかな? やっぱりボクはこの人は天才肌だと思うな。「アンドロメダ」とか「あなたと握手」「雲は白」みたいなスゴイ曲がときどきあるのにこういう曲でシングル切ってしまうこともあるじゃない。なんていうのかな、ユーミンさんみたいな安定感のないところもまた、魅力なんですよ。でもねえ、大きなお世話な話すると、こういう天才の女性アーティストって子供産むと急に安定すると思うんですよ。ボクは矢野顕子さんが子供産まなかったら初期のトンデモない感じがしばらく続いたと思うんだよなあ」

司会者「じゃあ、来週は8曲、飛ばしてください」

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コメント

kenzeeさん、ニュースです!
おすすめしていた今日で終了したツアー、来月か再来月にDVDになります。
最近の他のツアーも一緒になっております。
傷跡も入ってます。
これはもう買うしかない!

投稿: 774 | 2013年2月24日 (日) 23時46分

ウオー! それは楽しみだなあ、ってボク、タダのいい客になってません? イヤ、観たいけど。

投稿: kenzee | 2013年2月25日 (月) 00時52分

> 774さん
速報ですねw

>kenzeeさん
いつも続きを楽しみにしています。
暁のyoutubeの「SELF LINER NOTES」もお伝えしたいなぁと思ったのですが、もう伝えてくださってた方がいたりして。

774さんのDVDの件は昨夜のさいたまスーパーアリーナでaikoがMCでお知らせしてくれました。LIVEの傷跡は聴衆もどう手拍子したらいいのかわからなくて統一感がない感じでおもしろいです。ずんたったーのワルツなんですよね。
マラソン応援してます!みなさんがおっしゃるようにaikoはシングルよりアルバムよりc/wに名曲が多いのが特長だとおもうので是非きいて感想をきかせてほしいですがんばってください(・∀・)ノ

投稿: ぷうこりん | 2013年2月25日 (月) 03時43分

いつも楽しく拝読させて頂いております。

なるほど、かばんは順当なaiko曲ですか。前回の予告でかばんを「問題作」と仰ってたので、どんなオチが待ってるのか楽しみでしたがそうきましたか。しかし言われてみれば納得の評価ですね。

出産のお話は痛し痒しと言うか、aikoのパーソナルな幸せを考えると祝うべき出来事ですが、ファンとしては子持ちの自分を棚にあげながらも一抹の悔しさあり、また矢野顕子さんのように丸くなられても辛いですね。
aikoも最近はあまり自身のことを語られないので(本人曰く「一応夢を売っとんねん!」とのこと)、将来をどんな風に考えてるのか気になるところです。


774さん、ライブDVD情報ありがとうございます!即予約します!

大阪城ホールのを使ってくれてたら、間違いなく私映ってます。←自慢か!?

投稿: らば〜そうる | 2013年2月25日 (月) 23時55分

らば~そうるさん。

まったく先のことを考えていないのでフタ開けたら「エ?」みたいなオチになることもシバシバなのです。よく聴いたらフツーの曲なんだもん。今回だってこんな込み入った話するつもりじゃなかったんだけどな。いろいろ準備してから書いているのかな、という人もいるでしょうが完全にフリートークです。なので持つかどうかわからない。なんかナタリーにライブの記事がでてましたが、やっぱり本人コメントはなしですね。

投稿: kenzee | 2013年2月26日 (火) 22時45分

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