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aikoマラソンPart.10 今の田舎はホっとしないよ…(6thアルバム「夢の中のまっすぐな道」後編)

昔の音楽雑誌のショートコラム風書き出し……

kenzee「この前、近所のドラッグストアに行きましたらネ、ア、ボクどっちかというとスーパーよりドラッグストア好きなんですよ。でね、ドラッグストアのレジっていわゆるパートのおばさんもいるけど薬剤師の人とかいろんな人がレジに立ってる時あるじゃないでスカ。で、昨日、茶とか箱ティッシュとか持ってレジ行ったら女の人がレジに立ってるんだけど名札のところに「ビューティーアドバイザー」と書いてあったのだ」

司会者「そういう資格なのかな」

kenzee「でもその人、そんなビューティーな人じゃなかったんですよ。「ビューティーアドバイザーなのにビューティーじゃない」って思ったら、いろいろ脳内で思考が始まってだな、「ビューティーじゃないのにアドバイス?」とか「さしずめオレが「イケメンアドバイザー」の名札をブラ下げるようなものでは?」とか」

司会者「アンタの容姿は知らないけども」

kenzee「「イヤ、医者の不養生という言葉もある」とかグルグル考え出すと笑けてきてだな、危険な状態に陥ったのだ。

ビューティーアドバイザー「チーン、891円になりまーす」

オレ「(…ビューティーじゃないのに…ハっ!) アア、ハイ…エエト1000円で……。(アドバイス? 他人のビューティーについて?)」

ビューティーアドバイザー「アノ、1円お持ちではないでしょうか?」

オレ「(もしかするとオルタナティブな含意の美とか…)エッ!1円?ア、ハイ。1円アハハ…エゲラエヘラ」

ビューティー「1001円お預かりしまーす。110円のお返しでーす。アリガトウゴザイマシター」

オレ「ウプッデュフフ…ドウモ……」

とかなりヤバイヤツと化して購入を済ませたのだった」

司会者「この話から得られる教訓は…」

kenzee「オレタチのこの街、いろんな罠が仕掛けられているので気を付けよう、ということだね」

・ショートコラムその2

kenzee「音楽好きの人ならもう知っているだろうが、音楽評論家の高橋健太郎さんが編集長の電子書籍音楽雑誌「エリス」を皆さんご存知かな? この雑誌のコンセプトは通常の音楽雑誌が扱うような新譜情報やライブ情報は扱わない。執筆者個人の音楽論・文化論を戦わせていく、意欲的な雑誌なのだ。インタビュー記事も少ない。すでに2号が発行されている。編集長の高橋健太郎氏をはじめ、北中正和、湯川れい子、ピーター・バラカン、磯部涼etcと異常に豪華な執筆陣だ。じゃあさぞお高いんでしょう?と思うが、コレが無料、タダ、フリー、ロハなのだ。信じられない。じゃあ、「イヤーマイブラ新譜最強!ダハハー」みたいなブログ調の記事が並ぶのかと思いきや皆さん、読み応えのある論考を寄せているのだ。なんでタダでこんなスゴイ雑誌が作れるのかよくわからないが「最近の音楽雑誌はツマンナイ。半分広告だし、その半分のインタンビュー記事もテンプレみたいな言語の応酬で飽きたワ。そんなんに700円も800円もだせるかーい」「オヤ?このブログなんだ?よく妄想だけで、こんな屁理屈引っ張れるなあ、雑誌のインタビュー記事とか新譜のレビューとかよりこういうのが面白くね?」とかお思いの方はゼヒ、購読してみるべきだ。PCならそのままgoogle chrome上で読める。スマホやタブレット端末ならbccks reader(電子書籍アプリ)にダウンロードが可能だ。「こんなリッパなもの、タダで読ましてもらっちゃ申し訳ないな」という人は寄付もできるようだ。音楽ジャーナリズムが変化する足音が聞こえてくるみたいだ」

司会者「創刊号の高橋さんの「You Tubeパねえ~」話からいきなり引き込まれる。かたや磯部さんはスカパー!の「高校生ラップ選手権」(You Tubeで各自検索)から日本語ラップの歴史を再読していく。こんなオモシロイ論考がナゼ、今まで既存のメディアで発表場所がなかったのか?」

kenzee「もひとつ、余計なお世話を言えば、ここまでテキストと論考に絞ったメディアなのだから新人賞つくったら面白いと思いますよ。これも普通のロキノンの読者ページとかだったら1000字ぐらいで「ゴールデンボンバーこそが真のロック魂だ!」みたいな箸にも棒にもかからない大二病原稿載るだけだけど、ちゃんと400字×50枚~70枚ぐらいの、つまり群像とか新潮の評論部門ぐらいのサイズでしっかりした音楽評論を募集するのですよ! 面白いと思うけどナー、ムチャクチャコストかかるだろうけど。イヤーひさびさに読むのが楽しみな音楽メディアの登場だね!」

司会者「でもー! マラソンは走っていただきます。前回1曲しか走らなかったんだからな!」

kenzee「今回のプロットはもうできていて、「恋の涙」から「花風」までバーっと飛ばして、「三国駅」でゴチャゴチャ言って、「星物語」でシレーと終わるのだ」

Yume

(コレが初回ジャケなのかな?)


・「恋の涙」

kenzee「ストリングスのピチカート奏法のイントロがオシャレないつもの8ビートロック。「馴染んでいたーのにー」のところでA→G#→G→F#と再び半音ずつ下がるシーンが。単にこの頃の彼女のマイブームだったのかもしれない。あるいは加山雄三にハマっていたのかもしれない。それにしてもこんなことでもないと「ピチカート」って言葉を実際に使うことってないよね」

・「ビードロの夜」

kenzee「アレンジが奥田民生のバックを務めたことで知られるDr.Strangeloveのベースの根岸孝旨。島田さん以外のアレンジャーを入れるのは珍しい。結果、タイトなギターロックとなった。いつもの難しいaikoらしい曲だが、まるで90年代後半以降の佐野元春とかゼロ年代のブルース・スプリングスティーンとか聴く感覚で聴けるネ! つまり、aikoロックにはつきものだったストリングス不要だったのでは論が考えられる。ギター2本が有機的に動けばあとはオルガンぐらいで良かったという。さすが民生、佐野と60年代~70年代のギター系ロックの重鎮と付き合ってきた人である。ギター脳でもの考えるとここまでメリハリのあるストーリーになるとは。逆に島田さんのキーボード脳が浮き彫りになってしまった。で、aikoももうロック業界のベテランなわけだがここらで60年代、70年代愛好家の若手バンドとセッションしてみてはどうか。OKAMOTO'SとかBAWDEISとかaikoが好きそうなギターバンドがいっぱい出てきてるわけだが」

・「Smooch!」

kenzee「そ~」という歌から入る、ライブの再現が難しそうな歌。まあ、ドンカマ聴きゃいいだけなんだけど。イントロなしで歌から始まる曲といえば山下達郎だとアカペラ曲の「Remember Me Baby」ということになる。「好きな曲なんだけどクリックとかドンカマ聴いてライブやるのはイヤなのでこの曲できない」と長年言ってきたのだが、ファンクラブ向けのミニライブにおいて「ファンクラブの皆さんだったらコケても大目に見てくれるだろう」ということでクリックなしで「Remember Me Baby」を演奏したのだ。

どうしたかというと、一人アカペラなのでイントロの直前に一瞬「ハッ」と息を吸い込む音が収録されている。で、その「ハッ」のみで居合切りのように歌いはじめたのだ。(達郎さんは絶対音感はないので先に、ピーとハーモニカでキーを確認していました)aikoは普通にクリック聴いてやっているに違いない。ファーストを彷彿とさせる60年代ガールポップ。とくにティンパニがドンドコ鳴るあたりが。神経症のスプリームスのような世界。DのキーなのにG#m7-5からAメロが始まるのももう慣れた。アウトロのaiko本人による口笛が意外に上手い。2005年に口笛吹く歌手はそういませんぜ」

・「花風」

kenzee「なんとも素直なポップス。こういうちゃんとした王道のポップを聴くとふだんのヘンテココードとかキテレツメロとかは、「ああ、この人、気持ちいいと感じるツボがズレてる人なのかな?」とか思うが、20曲に1曲ぐらい、こういう直球勝負の曲に出会うわけで、やっぱりユニークさとはなにか、と考えてやてるんだなあ。と思うわけです。アレンジャー的にもここまで素直だとそのままアレンジするしかないのでスパっとアイデアがまとまったに違いない。もう、マグロの握りみたいなもんである。しかし、ふだんから納豆の軍艦巻みたいな曲ばっかり食わされてるもんで、こういう曲聴くと、ホントにaikoっていいなあ、と思う」

・「三国駅」

kenzee「aikoらしいローラ・ニーロ、キャロル・キング風バラード。スラーっとした綺麗なバラードなのであんまり気づく人も少ないだろうが、「もしもー」と歌が入る直前に4分の2拍子の変拍子が挟まってますね。こんな曲でも変態は健在である。「変わらない街並み あそこのボーリング場」という歌詞に見られるようにこれは彼女の青春時代を送った阪急宝塚線三国駅のことである。かれこれ50曲以上aikoの歌詞を聴いてきたわけだが、世間的には恋愛ソングの名手とされている彼女だが、実際には過去の恋愛やその風景を振り返る叙情の世界(「September」「えりあし」)やドラッギーというか感覚的な世界(「Power of Love」「花火」)といわゆるラブソングが同居するという幅の広さが彼女の歌詞世界だ。この曲は前者の叙情ワールドの今のところ(ボクが聞いたここまでで)最高峰であろう。シングル曲である上に具体的な駅名がタイトルであったことで、地元ではかなり話題になったようだ。この頃、J-POPにこのような具体的な地名を織り込むヒット曲がいくつか登場しており、その現象について考察した文献がある。ちょっと長いが引用しよう。

Jポップに「地名」復権 「ふるさと」身近に鮮明に 地元の映像イメージ歌う

 「ふるさと」を歌うJポップの曲が人気を集めている。目立つのは、自作自演のミュージシャンが地元を歌う例。ヒットという名の大量生産・大量消費のもと、歌から駆逐された地名が息を吹き返した形だ。明確な映像イメージから生まれた曲が、地域が希薄化する社会に生きる聴き手の「心の居場所」となっているようだ。(星野学)

 aikoは昨年、学生時代を過ごした大阪の街を描いた「三国駅」を出した。若さゆえのあせりと街への追憶とで織りなすラブソング。「その頃を自分の中でより輝かせるためには今をがんばらないといかんなとも思う」と発売時の宣伝資料で彼女は語る。編曲は70年代アメリカンポップスを思わせる。男女3人の新人ユニット「いきものがかり」が3月に出した「SAKURA」は、彼らの地元、神奈川県海老名・厚木両市の相模川周辺が舞台。卒業で別れた恋人の思い出を桜の花に投影し、オリコンシングルチャートでは最高で17位になった。
昨年作ってライブで歌った後、歌詞に「小田急線」「大橋」と、場所がわかる言葉を加えた。「ふるさとが多様化してイメージがわきにくいので、地名を入れた方がリアルだと思った。映像を思い浮かべながら歌詞をつけた」と、ギターの水野良樹。文語を交えた歌詞を和風の旋律に乗せ、シンプルな8ビートに仕上げている。(中略)なぜ、今、ふるさとなのか。5月の関東都市学会で、ソニー・ミュージックエンタテインメントの増渕敏之プロデューサーが発表した「J―popの中のご当地ソング」がヒントになる。
増渕プロデューサーは、均質化し肥大化した市場に売る戦略として80年代から90年代にかけて、イメージを限定する地名が歌から消されていったと考察。一方、音楽業界で働く自らの実感として、00年あたりから地名入りの曲が増えてきた、と印象を語った。「地域コミュニティー崩壊や格差進行で殺伐とする中、地元というアイデンティティーを持つミュージシャンの『ふるさとな感じ』が、心のよりどころとして受け入れられやすくなった」とみる。ならば曲数の推移は? 月刊『歌謡曲』の00~05年の各年12月号に載った延べ2861曲から地名入りの曲を抜き出し、発売年ごとに整理すると、00年の13曲から05年は41曲に。演歌を除くと10曲から19曲だ。依然少数派だが、増加の兆しはうかがえる。『J―POP進化論』の著者、佐藤良明・東京大教授は、aikoや「いきものがかり」らの曲が「日常の祝福」を歌っていることに着目、「登場するのは都会に対する田舎ではなく、光に包まれたほっとするイメージの場所。そこに地名が出てくることで、聴き手の気持ちがさらさらと映像化されていく」と指摘し、こう続けた。
 「地名が加わったというよりは地名を隠していた化粧がはがれ落ちた感じ。いわば、すっぴんの雰囲気の音楽。90年代のような、きらびやかな先端的な世界に向けて背伸びする自分、という構図が現実的でなくなってきたからでしょう」(敬称略)(朝日新聞朝刊2006年6月13日「J-POPに地名復権「ふるさと」身近に鮮明に 地元の映像イメージを歌う(星野学))

ここで、佐藤良明先生の意見に真っ向から対立せざるを得ないのだが、下の画像をみていただこう。

Mikuni1

これが阪急宝塚線三国駅だ。だが、そう言われるからそうかと思うだけで、「実は埼玉県のナントカ駅です」と言われてもそんな気がするだろう。この曲で描かれている風景とは佐藤氏の言うようなホノボノとしたホっとする日本の田園風景とかではない。むしろ、匿名的な、殺伐とした郊外化された典型的な地方都市の風景である。マンションが立ち並び、駅前は再開発され、よく知らないがたぶん、古い商店街はゴーストタウン化し、駅前の近代的な商業ビルにユニクロや大手チェーン系のファミレスなどが入居する、大阪でも東京でも札幌でもない、匿名の空間であろう。で、またも妄想だがaikoが中高生を過ごした90年代初頭とは未だそこまで地方の開発は進んでいなかったはずだ。「変わらない街並み あそこのボーリング場」にしても、aikoは「街」をかなり広いレンジで捉えているようで、wikiによればボーリング場は三国駅近くの新三国アルゴがモデルだとされていたが実際には新大阪にあるイーグルボウルであったという。そういう意味では「変わらない街並み」かも知れぬ。いずれにせよ、典型的な郊外である。つまり、ここでは「september」のように「失われた恋」を描くように「失われた風景」について描いているのだ。ここで日本のロックの発祥、はっぴいえんどを想起せざるを得ない。傑作「風待ろまん」は東京オリンピックにより、再開発される以前の東京の下町の風景を書き留めておく、という松本隆の個人的な都市論であった。あのレコードに刻まれた東京とはすでに失われた風景であったのである。ここでaikoが行ったのは伝統的な日本のロック詞の作法なのである。では、なぜ2005年に風待ろまんならぬ、三国駅ろまんを描かなくてはならなかったのか。再度、朝日新聞記事に戻るが90年代のようにきらびやかな先端的な世界に向けて自分を発信する、という構図、という見立てだが、これは渋谷系に代表される音楽文化について評したものだ。実はaikoはこの、「先端的、感覚的表現」で90年代に成功を収めている。「花火」だ。ベック「オディレイ」を模したような先端的なシモキタ風サウンドに16ビート、そして月にブラ下がって、花火を見下ろして、という若い女性らしい感覚的な歌詞。つまり「都市的表現」で一度は成功しているのだ。それが6年後に「地方的表現」でふたたび脚光を浴びるとは。無論、三浦展や速水健朗さんなら、「それは99年の大店法以来の全国的なファスト風土化と均質的な風景、さらにADSLの普及による都市的表現に地方の若者が憧れるの図、が成立しにくくなってきた、という事情によるものだ」と明快に分析するだろう。そうなのだ。「花火」の時代には未だ、地方の若者は都市の先端文化や感覚を上京して学ぶことがステイタスであった。「渋谷」や「池袋」という地名に神通力があった。しかし、2005年にはもはや若者たちは郊外のイオンやイトーヨーカドーに代表されるショッピングモールとmixiに代表されるソーシャルメディアで充分欲望を満たすことが可能となった。「花火」から「三国駅」までこれだけの距離がある」

司会者「しかし、それでは宇野さんとか速水さんの郊外論そのままなぞっただけで、なんにも新しさのない話だが」

kenzee「で、今日のポイントはこうです。菊地さんもおっしゃっているようにaikoの音楽とはずーっとおんなじ音楽なんです。急にレゲエに目覚めたりしてくれない、こういう企画にとってはツライアーティストだ。しかし、社会や環境の変容といった別の視点から見れば、aikoの音楽はちゃんと生き物のように変化しているのですよ。2005年に「花火」は似合わない。人一倍「失われるもの」に敏感な彼女はいち早く、この国の郊外の風景の変化や価値観の変化を嗅ぎ取っていたのだろう。「三国駅」はまさにゼロ年代を問う1曲だったのだ」

司会者「しかし、朝日新聞記者と佐藤先生の「地元イコールホッとするホノボノした場所」という決め付けに近いステレオタイプな認識には呆れるほかない」

・「星物語」

kenzee「メジャーセブンス系のローラニーロか吉田美奈子のような都市の孤独。穏やかなハチロクビートでこのアルバムは幕を閉じる」

・アルバムトータルの感想

kenzee「これこそはaikoのペットサウンズだったのではないかと思うね。もうここまでくると「be master of life」のようなライブ向けの曲がまったくでてこない。このアルバムは「青い光」と「三国駅」の2曲が重心になっている。そしてこの2曲とも「失うとはどういうことか」という哲学的なテーマに取り組んでいる。90年代の渋谷系のウンコみたいな連中がこの、2005年の時点ではほとんど死に絶えていたにも関わらず、ナゼこの人は生き延びた、というか大きな成功を収めたかを考えるとやっぱり、世の中の空気を吸っているということに尽きると思う。確かにあんまり変化のない音楽のように聴こえるが、ホントに変化してなかったらとっくに飽きられているはずなのだ」

司会者「ということであと4枚まできましたな」

kenzee「こんな時間のかかるアルバムだと思わなかったよ。やっぱりペットサウンズなんだね。ライブの再現性の低さも含めて」

司会者「じゃあ次は2006年の「彼女」」

kenzee「「彼女」はねえ、ボクの好きなポップス寄りのアルバムなんでそんなにしんどくないな。まあそう言う意味で一番シンドかったのは「夏服」だけどネ」

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コメント

ご存知の情報もあると思いますが、画像のジャケットはその通り初回限定版のものです。で、aikoの初回限定版のブックレットには星物語の歌詞が載っていないんです。CDケースを分解して糊付けされた裏表紙を剥がすとメッセージや星物語の歌詞が現れる仕組みになっています。歌詞の件は唯一このアルバム限定だったと思いますが、隠れメッセージは初回限定版の特徴になっふています。ゲーム好きなaikoの遊び心なのかな?と。
三国駅では「かわらない街並み〜」と歌っていますが、後日、TV番組のロケで訪れ街の変わりっぷりに絶句していました。
三国駅と青い光はどちらをシングルにするのか迷ったとのコメントがありました。
次作「彼女」ではドラマや映画の主題歌、今までとは違った歌詞の曲など話題豊富なアルバムなのでどのようなアプローチをされるのか楽しみにしています!

投稿: しんご | 2013年3月 4日 (月) 03時22分

>三国駅

ブログ内に掲載されている三国駅は、移転後の駅舎ですね。
昔の三国駅は、こんな感じです。

http://www32.ocn.ne.jp/~gocchiman/hankyuhmikuni.html

投稿: 山田 | 2013年3月 4日 (月) 09時46分

山田さん。

ナント!これは味があるネ!

これはホっとしますワ。

http://www32.ocn.ne.jp/~gocchiman/hankyuhmikuni.html

投稿: kenzee | 2013年3月 4日 (月) 22時56分

ボクの家の近所の駅前もだいぶ変わった。昔は味があったもんです。サ店とかヘンなビデオ屋とかレンタル屋とかブックオフ以前の昔の古本屋とか。今はすっかりオシャレな、いかがわしい感じがなくなってしまったけども。しかし今よりノンキな空気が街に流れていたように思う。今のガッチガチの商業施設に囲まれて育った子たちは将来、何にノスタルジーを感じるのだろう?

投稿: kenzee | 2013年3月 4日 (月) 23時04分

「人一倍「失われるもの」に敏感な彼女」

この一文で、「花風」カップリングの「洗面所」を聞きたくなりましたよ。
「始まりがあるものには必ず終わりがある」
って、当たり前なんやけど、aikoさんは痛いほどそれにこだわってますなぁ。
「瞳」にしても、普通ならHappyなだけで充分な気がするけど、そうはいかんのでしょう。

kenzeeさん、K2REKORDSはでレンタル半額の日に一気にいきましょうよ

投稿: 府民 | 2013年3月 4日 (月) 23時09分

いつも楽しく拝読させて頂いております。ありがとうございます。

旧三国駅、スゴいですね。
私の住まいは大阪でも泥臭い方の南大阪なのでスタイリッシュっぽい北大阪に憧れたりしていましたが、これは近頃の大阪ではなかなかお目に掛かれない程のノスタルジック感ですね。この駅ならああいった歌詞にもなる訳ですねえ。

ところでkenzeeさん、
「愛のしぐさ」と「ずっと近くに」に触れられていないようですが、パスでしょうか?
確かに2曲共メチャメチャ地味ですが、aikoファンの間ではスルメソングと呼ばれる、噛めば噛むほどに味わい深くなる素晴らしい曲だと思いますので、是非ともご論評下さいませ。

投稿: らば〜そうる | 2013年3月 4日 (月) 23時10分

しんごさん。

ソリャそうだよねえ。昔からあんなじゃなかったよねえ。そんなテレビ番組があったのですね。懐かしいとか郷愁といった感覚はこれからどうなるのかね。どこへ行っても躁病みたいな風景が続くか田んぼがエンエン続くかどっちかしかないゼロ年代の風景。でも、イオン超便利なんだよなあと思いながら生きてマス。

投稿: kenzee | 2013年3月 4日 (月) 23時24分

らば~そうるさん。

ゲッ!完全に飛ばしてマシタ! しかも今まで気付かなかった。2曲も飛ばして「ア~長かったニャ~このアルバム」とか言ってた。ちゃんと曲番ふっとかないとこういうことが起こる。旧三国駅いいですよね。結構昔のJRの駅なんてこんな感じだった。今のJR大阪駅なんてサイボーグみたいなもんで。でも、コーヒー牛乳売ってる売店がなかったりするんですよ。オシャレなカフェとかあっても。

「三国駅」地味な歌なのに感動するのはナゼ、と思っていたのだが。すっかり変わってしまったものに向かって「かわらないー」と歌うセンチメンタリズムではないか。一抹の悲しさがあるのですな。

K2はキリがないんだよな~。とりあえず今あるヤツ終わってからですよ。

投稿: kenzee | 2013年3月 4日 (月) 23時48分

いつも楽しく読ませてもらっています。夢道は私がaikoこの子ちょっと普通やないでー?ってはまり出すきっかけになったアルバムなので思い入れが深いです。
それとぜひ機会があればライブにも足を運んでみてください。「そおおーーーーらの・・」見事に再現しちゃいました!
あと遅れてきたaikoファンなので資料棒読みですが(汗)三国駅は元々最初はライブで歌ったそうなんです。

投稿: とよぽん | 2013年3月 6日 (水) 22時15分

いつも楽しく拝読しております。
このレビューが始まった当初からの疑問なのですが、音大卒でファンから変態作曲家と親しまれるという点でaikoに共通し、デビュー時期もほぼ同じである川本真琴は、何故aikoほどの市民権を得られなかったのでしょうか?
売り出し方の違い等、色々あるかとは思うのですが、当時小学生だった私にはわからないことも多く…。
もしよろしければkenzeeのご意見を聞かせて頂けませんか?

投稿: gera | 2013年3月 7日 (木) 22時04分

上の投稿にて、名前をコピペした結果敬称をつけ忘れてしまいました。
大変失礼致しました。
申し訳ございません。

投稿: gera | 2013年3月 9日 (土) 02時15分

たかが曲名されど曲名って感じですね。
三国駅が「みくにえき」と呼び大阪府にあると知らなくても感動出来る曲だと思いますが…。
作曲した当初の三国駅についてのaikoの認識が垣間見れる映像がありました。
2005,12,02にテレビ神奈川のsakusakuという伝説の番組です。
http://www.dailymotion.com/jp/relevance/search/aiko+sakusaku/1#video=xkitm4

投稿: サクサカー | 2013年3月 9日 (土) 18時06分

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» [歌詞を読む]aiko『三国駅』 [5日と20日はJ-POPを読もう。]
三国駅の三者三様 こんにちは! 読めたよ! 前回の予告通り、今回はaiko『三国駅』を読んでみたいと思います。aikoは前に『ずっと』を読んで以来になります。たまきさんお待たせしました! 歌詞はというと、 変わらない街並み あそこのボーリング場 焦っていたのは自分で ... [続きを読む]

受信: 2013年3月 5日 (火) 23時57分

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