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よいこの盗作問題入門(aikoマラソンは一回お休み)

kenzee「前回、774さんより、「戻れない明日」パクリ疑惑について教えていただいた。とりあえず「aiko パクリ 盗作」など検索ワードでググってみると、主に2chあたりでは「戻れない明日」がビル・ウィザーズ「Lean on Me」、「ひまわりになったら」がサザンオールスターズ「当たって砕けろ」の盗作ではないかと囁かれている。まとめるとこんな感じの議論だ。

アンチaiko「「戻れない明日」って「Lean on Me」のイントロのモロパクじゃん。ホント、ガッカリ」(注・・・ただし、頭の2小節のオルガンのフレーズのみ)。そんで、デビューのきっかけとなったコンテスト出場曲「ひまわりになったら」はサザンの「当たって砕けろ」と冒頭のメロディが同じ。(筆者……注これもAメロの頭、3小節のみ) aikoってパクリまくりじゃん」

aikoヲタ「そんなのたまたま似てただけ! aikoさんが盗作とかするわけないじゃん!」

アンチ「プwwwでもaikoってサザン好きだろ? 知っててに決まってるよwww」

といった2chらしい不毛な議論がエンエン繰り返される。それとは別にボクは「シアワセ」を聴いたときに椎名林檎の「すべりだい」(デビューシングル「幸福論」カップリング曲)という曲に似てるなあ、と思ったものだ。無論、パクリだとは思わなかったが。

>そーですかー、あの程度ならパクリと恐れなくても許されるレベルなんですね。胸のつかえが一つ取れました。(前回の774さんのコメント)

別に……胸のつかえ取れないよ」

司会者「エ!とれないの? ウチ的には「こんなのパクリの内に入らないよ! ホンット、2chのヤツらってちょっと似てるからって鬼の首とったみたいに大喜びなんだから」って話すると思ってたんだけど?」

kenzee「大衆歌謡の盗作論争って昔からある。一応、音楽の歴史上、著作権法が商工業法的に最初に成立したのはアメリカで、最初にできた著作権管理団体の初代会長は「ホワイト・クリスマス」の作者でオナジミのアーヴィング・バーリンだ。彼はピアノが弾けなかったので、人差し指一本でメロディを弾き、あとのコード進行とかは助手に任せていたという。キロロのボーカルの人も同様、楽器ができないので歌だけで作曲するという。で、あのポワーンとしたキロロのピアノの女の子が伴奏をつけるのだそうだ。著作権の考え方がアーヴィング・バーリン方式で始まったので、未だに和声やリズムパターンや編曲ではなく、メロディラインのみに著作権が発生するのはこのためと言われている。wikiを確認したところ、キロロの楽曲もボーカルの玉城千春作詞・作曲ということになっている。日本における著作権の管理の考え方もこのアーヴィング・バーリン方式に準じているため、「鼻歌で曲作ってきた大槻ケンヂ・・・その鼻歌に立派なアレンジと演奏を施した筋少のメンバー・・・でも作曲印税は大槻のもの→メンバー怒りの抗議」という気の毒なケースも発生するのだ。ちなみに筋少は今では作詞は大槻個人だが、作曲は大槻ケンヂ&King-Showという共作名義となっている。つまり、法律の考え方はあくまでメロディに権利が発生するのであって、ギターのリフとかドラムのパターンとかには著作権がないという考え方なのだ。こうなると「戻れない明日」のパクリ疑惑はかなりキビしくなる。しかし、「ひまわりになったら」はどうだろう。

(E)あたしの気持ち掘り(D#m7-5)返して(G#7)みたらあの(C#m7)子のことばかり(Bm7)涙が(E7)でる「aiko「ひまわりになったら」」

(C)いの一番にと(Bm7-5)んでい(E7)きましょーむーか(Am)しーの女なんて(Em)おさらば「サザンオールスターズ「当たって砕けろ」」

冒頭の3小節まで同一のメロディ、同一のコード進行であることがわかる。ただし、「ひまわり」の4小節目のBm7→E7への展開(ドミナントマイナーセブンス→トニックセブンス)はaikoの特徴的な展開の仕方であり、ほとんどの曲に見られる。槇原さんやスガシカオにもよく見られることからこの時代の作曲家の無意識の流行だったのだろうか。翻って桑田さんや達郎さんの曲ではあまり見かけないものだ。世代的なものだろうか。話が逸れた。それでは「ひまわりになったら」はやはり法律的にも盗作とされてしまうのか。もし、桑田さんが本気で怒ってきた場合、「当たって砕けろ」のメロディと歌詞に勝手に別の歌詞をつけ、編曲したという編曲権侵害を主張することになる。ところで日本の著作権法27条は著作物を編曲する権利を著作者(桑田さん)に専有させているが、「編曲」を定義した規定はない。著作権法において「編曲」の解釈を初めて裁判所が示したのは1998年に提訴された「記念樹事件」である。(wikiを参照しよう)この控訴審の判決では「メロディーの始めと終わりの何音かが同じ」「メロディの音の72パーセントが同じ高さの音」といった「表現上の本質的な特徴の同一性」があり、これが偶然の一致という言い切るのはムリだろう、ということで小林氏の主張を認めた。服部氏は最高裁に上告したが棄却。結果、服部氏の「記念樹」の作曲は著作権法違反にあたるものと認定された。という、判例から鑑みて、「ひまわりになったら」冒頭3小節は「パクリじゃない!」と言い切るのは微妙になってくる」

司会者「でもソレ、裁判所の解釈がおかしくないです? じゃあ、ほとんどメロディ的な抑揚をもたないラップミュージックはどうなるのって問題でてくるじゃないですか。たとえばATCQ「scenario」なんてみんな使ってるし」

kenzee「だし、日本のポップミュージックの歴史も結構な時間が経ってるというのに作詞・作曲については昔から著作権で守られてきたのに「編曲」については解釈されたのがなんとたった10年前!ということにビックリだ。やはりこの控訴審でも問題の焦点をメロディに置いている。このラップ、サンプリングの時代にあってもアーヴィング・バーリンの思想が自縛霊のようにとりついているのだ」

司会者「つまり、「花火」ソックリなメロディに勝手に歌詞をつけて歌うとアカペラであっても訴えられる、でも「花火」のオケそっくりな演奏をDTMで作って、全然別のラップをつけるのは訴えられない、ということになりますかね?」

kenzee「そうだね。だって、編曲、つまりドラムのパターンとかギターのリフは著作物と認められてないんだもん、未だに。無論「花火」のCDをそのままサンプリングすれば「原盤権」でやられるが、「まるでな花火みたいなオケ」は文句言ってもシレっと棄却されるだろう。編曲は音楽を構成する重要な要素なのに。で、これは法律の解釈だけど、現場のミュージシャンはどう考えているのだろうか。2010年にでた「思想地図beta1」(コンテクチュアズ、現ゲンロン)の座談会「テクノロジーと消費のダンスークラブカルチャー、音響、批評ー(菊地成孔+佐々木敦+渋谷慶一郎)」のなかでこのような発言がでてくる。

菊地「これ(注・・・盗作)は倫理観や審美性などとリンクするとても重要な問題で、剽窃と引用の問題はもっと語られるべきだと思っています。現代というのは「こいつパクてるらしいぜ。くそうパクって儲けやがって」的な余裕のない時代ですが、本質的に大衆音楽はすべて使いまわしです。渋谷(慶一郎)さんの作品を一通り聴かせていただき、素晴らしいなと思うものでさえ、たとえばアマゾンのレビューとかに「ここからここまでは坂本龍一のパクリ」などと書かれていますよね。これは現代の音楽家なら誰しも抱えている問題で、富める一部の音楽家は、訴訟を事前に押さえ込むための弁護士を雇っていたりするのですがそういうことはネットにものを書く大衆には知らされていません。(中略)大衆音楽に限定せずとも、音楽はそもそも拡大再生産であって、素材はとても少ないわけです。オリジナリティというものは我々が思っているよりはるかに小さい。著作権侵害に関する裁判記録を散々読みましたが、ある音楽がある音楽の剽窃であり、有罪性があるということを証明するのは、法廷でどれだけ困難であるかがわかるばかりでした。

 佐々木「この曲パクリだと、それまでは陰口としていわれてきたことがネットがでてきてから不特定多数の人の目に晒されるようになってきた。実際にパクっているかは別にして今はパクリ、引用疑惑みたいなものが情報としてすぐにでやすい。」

菊地さんの「本質的に大衆音楽はすべて使いまわしだ」という発言に集約されていると思うが、「記念樹」を断罪することで誰が得するのか、tofubeatsの「水星」のシンセのフレーズはKOJI1200の「ブロウ・ヤ・マインド」を引用したものだが、このような歌メロではなく、編曲の一部であればオーケーという法解釈はもうムリがある。「水星」がセーフなら「記念樹」もセーフだろうと思うが、いかがなものか。まして「ひまわりになったら」などこれが大衆音楽である証拠のようなものだと思うのだが。このように盗作、剽窃、引用の問題はいくらやってもキリがない。ここまで書いててフト、思い出した。山下達郎さんのラジオ番組「サンデーソングブック」においてかつて、「パクリ・盗作特集」というのが2週に亘ってオンエアされたのだった。ボクはサンソンはこの15年ぐらいズーッとMDに録音して保存しているのだが、いつのオンエアかわからない。で、「サンソン 盗作特集 山下達郎」でググったら、2000年3月26日、4月2日放送においてだと判明した。そしてMD保管庫(つまり押し入れ)をゴソゴソ漁ったら、でてきましたヨ!

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もうこんなパクリの話することもないと思うのでこの貴重なオンエアを、You Tubeにアップするとボクが捕まるので文字上で再現したいと思う。13年前、未だネット文化の黎明期、無論、You Tubeもニコニコ動画もない、ダイアルアップ接続もまだまだ多かった2000年にオンエアされたラジオプログラムを再現しようと思う。13年越しのまとめブログだ」

司会者「(アレ?今日はaikoマラソンは?時シルは?)」

2000年3月26日放送TFM山下達郎サンデーソングブック「パクリ・盗作特集パート1」

山下達郎「ポピュラーミュージックの世界では昔からこの曲とこの曲は似ている、あるいは盗作だ、なんてことがよくいわれます。でも、ある曲は盗作といわれ、ある曲はオマージュ、リスペクトなどといわれる。この差はどこからくるのだろう、というそんなことを考察しながら「ヤーイ、パクリだ」とあげつらうのではなく、もうちょっと深いところを考察してみようという特集です。この特集を思い立ったきっかけは今、大ヒット中の大泉逸郎さんの「孫」という曲がありますが、これが水沢明美さんの92年の「二度惚れ酒」の盗作だなんてバカなジャーナリズムが言い始めたんですね。それで、一度このパクリ、盗作ということを考えてみようということです。まず、「孫」

そして、「二度惚れ酒」

こんなモンまでラジオ用にマスタリングするヤツ。こんなの似てるうちにも入らないという。ひとつ言えることはコレ、盗作だって言い出した人はあまり演歌が好きじゃない人でしょうね。演歌歌手の皆さんも反応は冷ややかなモンです。都はるみさんなんて「売れればいいんじゃないの?」なんて。ごもっともでございます。ところでポピュラーミュージックというのはまず、商売ですのでヒットしたパターンとかフォーミュラに偶然似る場合もあるし、お金儲けを目指して意図的、確信犯的に行われることもある。古今東西ある。まずは古典的な盗作問題で有名なヤツを聞いていただきます。1970年のジョージ・ハリスンの出世作。「My Sweet Lord」。全米No.1の大ヒットですが、これが1963年のシフォンズの「He's So Fine」。これも全米No.1ですがこれにソックリということで訴訟になりましてジョージ・ハリスンが負けました。

ジョージの言い分としては当時ヒットしていたEdwin Hawkins Singersの「Oh,Happy Day」にインスパイアされて作ったんだ、「He's So Fine」は言われるまで気づかなかった、ホントに悔しい、とのこと。まあ、アレンジこれだけ違いますしフィル・スペクターの曲でメロディはソックリ。でも音楽の傾向は全然違うという。コレ、どこまでアレかというと今は闇の中、という感じでございます。もう一つ70年代で有名なのはドアーズ。全米No.1になりました1968年「Hello,I Love You」という曲がありますがその3年前の1965年キンクス全米トップ10「All Day And All of The Night」。ソックリじゃないかという話になりましたがこれはウヤムヤになりました。

これはメロディというよりコードのパターンですね。ギターのパターンが似ているという。ことほど左様に昔から盗作という騒ぎはありました。なんで盗作とか言われるかといいますと、コレ商売ですから著作権というものがあるんですね。お金儲けに使われると困る、ということで騒ぎになるわけです。日本でも「4小節までは盗作とはいえない」とか論議があります。

このあと、Jack Holms「Dazed and Confuzed」、Led Zeppelin同名曲の話。元々フォークの曲をツェッペリン流ハードロックに展開。でもメロディは同じ。タイトルも同じ。これはパクリというべきか? CM明けで本人の曲ソックリのレン・バリー「1,2,3」「Like A Baby」。ソックリ。

日本ではこのようなおんなじ傾向とかワンパターンをネガティブに言われますが、全然悪いことじゃないんです。聴けば一発でわかるというのはその人のミュージカルキャラクターを雄弁に物語る、なによりの武器でございまして、特にブルースとかプリミティブな音楽には欠くことのできない要素であります。全部同じだったらむしろ褒められる、という。

このあと、ブルースのギタースリムの曲、3曲続く。「The Things That I Used To Do」「Bad Luck Blues」「Something To Remember」。ソックリ。

日本の場合はメロディについてとやかくいわれるわけですが、ことロックンロールについてはパターンミュージックですのでパターンとコード進行。これらも大きなファクターです。ビートルズ「Hey Jude」という曲がありますが、作曲者のポール・マッカートニーはこの曲をドリフターズの「ラストダンスは私に(Save The Last Dance For Me)」みたいな曲を作りたい、と。みたいな曲とは、コード進行がほぼ同じなのです。つまり、「Hey Jude」のカラオケで「ラストダンスは私に」が歌えてしまう。ここに目をつけましたのがキングトーンズ1981年の曲「ラストダンスはヘイ・ジュード」作曲はモチロン大瀧詠一さん。その筋ではかなり珍重されたシングル。

これで3月26日放送分は終わり。続けて4月2日放送分。

山下達郎「先週に続いて似たもの・盗作・パクリ特集パート2。最近、パクリとかオマージュとかいろんな言い方がありますが盗作とはなんだろうといういうことをちょっとマジメに考えたいと思います。先週は洋楽中心でしたが今週は邦楽中心で行きたいと思います。で、先にお断りしますと、作曲・編曲が同一人物ものを取り上げるとなにかと微妙な問題になりますので、作曲と編曲が別人のものを中心に取り上げたいと思います。これだったらどっちが悪いのかわからないのでデヘヘ。日本のロック、フォーク、ニューミュージックでもっとも有名なものの一つはですね、八神純子さんの1980年の「パープルタウン」というのがあります。これはオリコン2位まで上がった大ヒット曲なんですけども、これが同じ年のRay Kennedyの「You Oughta Know By Now」にソックリ。メロディはモチロン、アレンジまでも。なので大クレームがきまして、あとからRay Kennedy、David Fosterといった向こうの作曲家のクレジットをいれさせられて、タイトルまでいれさせられちゃった、というもの。いわくつきの1曲。

これはしょうがないですナ。わたくし同業者として今でも不思議なのはこの「パープルタウン」という曲。フックといいまして一番印象的な部分、「パープルタウン、パープルタウン」という部分はRay Kennedyの元の曲には存在しないんですね。いわゆるAメロBメロと呼ばれる部分がメロディもアレンジもソックリだという。だったらそんな、パクらないで「パープルタウン~」で1曲構成すりゃいいのに、って思いますがそれは作曲家のセンスなのか編曲家のセンスなのかイマイチわからないという。八神純子さんには「水色の雨」という曲もありますが、これもニール・セダカの曲にほとんど同じという。私の感覚とはほど遠いという。これが1980年代以降、もっとも有名な盗作騒ぎのものであります。

このあと、菊池桃子「ナイル・イン・ブルー」とIseley Jasper Isley「8th Wonder of The World」がソックリという話に続き、奥さんの曲が俎上に上がる。

山下達郎「これは身内でございますが、竹内まりや1979年のシングル「Dream of You~レモンライムの青い風」という曲がございます。この曲のシングルバージョンは未だCD化されておりません。今後もされる見込みはありません。(筆者注・・・2008年のベストアルバム「Expressions」においてようやくCD化された)なぜCD化できないかといいますとこの曲のイントロがドナ・サマーの1977年の「I Remember Yesterday」とまったく同じなんですね。これにあとで、まりや以下ディレクター、その他全員が気がつきまして・・・これも作曲家とアレンジャーが別でしてなんでそうなったのかわからないアレですけども。それでみんなで協議した結果、このシングルバージョンはボツにして、アルバムバージョンのアレンジは私にオハチが回ってきた、というそういういきさつがあります。

ま、こんなことは歌謡曲業界では日常茶飯事であります。で、先週のオンエアでたくさんハガキをいただきましたが一番興味深かったのが、チェキっ娘「ドタバタギャグの日曜日」。これは作曲者の方がミュージシャンの方で(筆者注・・・ROLLY、つまりローリー寺西)このハガキの人が彼のホームページに書き込んだんだそうです。「コレ、~の盗作じゃないかと」そしたらその人のサイトのBBSでファンの方々が猛反発したんですね。彼のファンいわく、「それは彼のセンスのよさの表れ。そんなのロックじゃ当たり前。ちゃんと元曲を消化していればパクっても構わない」さらには「過去の名曲を現代に蘇らせているのだから彼に感謝すべき」という暴論まで飛び出す始末。で、この人「じゃあ著作権はどうなるんだよ。印税は彼(ROLLY)のトコに入るんだぜ」と書き込むと「彼はお金儲けのために音楽をやってるんじゃない!」と。そんなね、アナタね、ファンの人になに言ったってムダですよ。アバタもエクボなんだから。エー、アイドル歌謡はこういったもののオンパレードでございます。この人憤懣やる方ない、と言ってますのでリスナーの方の判断を委ねてみようと思います。チェキっ娘「ドタバタギャグの日曜日」、そしてオーシャン、1971年の全米No.1「Put Your Hands in Hands」。

・・・私(山下達郎)の個人的な感想ですけども、さっきの菊池桃子聞いちゃうとなんでも許せちゃうかなあ」

このあと、ツェッペリンの「Rock And Roll」のイントロのジョン・ボーナムのドラムとリトル・リチャード「Keep A Knockin'」のドラム(アール・パーマー)が同じという話。これはアール・パーマー好きのジョン・ボーナムが意識的に叩いた。そして話はヒップホップ方面に向かっていき、Puff Daddy&The Family「I'll Be Missing You」と、サンプリング・ネタ、ポリスの「Every Breath You Take」がかかる。サンプリングの話の続きで日本のヤツを。CHARの「SMOKY」の印象的なギターのカッティングをサンプリングしたKEY OF LIFE「Motion&Emotion」。ちなみにこの時点ではまだ、キックザカンクルーの「クリスマス・イブRAP」は発表されていない。

山下達郎「2週間にわたってやってきましたが、まだまだかけたいのはあります。電気グルーヴの「Shang-Li-La」とSilvetti「Spring Rain」とか。まあ結局、コレ商売なので倫理とか道義とかいう以前に(あげつらう心理とは)ヒットに対する妬みとか嫉みとかそういう心理がないと言ったらウソになるでしょうね。2週間やりましたが、単なる糾弾大会にはならなかったという自負はあります。なかなか面白かったんじゃないかと思います。自分でもコレやって考えさせられるものがありました。お便りのなかにこんなのがありました。「モーニング娘関係のアレンジャーの人がある雑誌で「日本のJ-POPなんて90パーセントが海外のパクリ」という発言をしていて激怒した」というお便りいただきましたけども。アレンジャーがこういうこと言っちゃイケマセンね。アレンジャーが初めからこういうことを言ってたらオリジナリティとは一体どこにあるんだという話になりますが、ま、それとて私たちオジサン世代の発言に過ぎないのかもしれません。しかしこれからどうなっちゃうんでしょう。作曲するというのは、無から有を生むというのはどこからが無で、どこからどこまでが有なのか。わからなくなりますが。ま、そういうことを考えるいい機会になればと思ってこんな特集を企画してみました。今日の最後はホノボノ終わりたいのですが。ロックとかジャズとかシャンソン、なんでもそうですが音楽にはそれぞれ「型」というのがありましてメロディが似てるとかコード進行が同じ、同じじゃないとかが盗作ということとはまったく関係がないんです。それは先週の演歌のパターンの話と同じで。今日、最後にお聴きいただくのはアメリカの1959年の映画で「五つの銅貨」という有名な映画があります。ダニー・ケイ主演で。この中で3つの違う曲を「せーの」で同時に歌う。そして歌えてしまうという。要はコード進行が全部同じなんですけど、つまりこれがデキシーランド・ジャズの定型の行き方。この上に3つの違う曲。ルイ・アームストロングが歌う「Good Night,Sleep Tight」とダニー・ケイが歌う「Lullaby of Love」とドロシーというこの映画の子役の女の子が歌う「Five Pennies」を一ぺんに歌うシーンがあります。これにて似たもの・パクリ・盗作特集はお開きです。

と、このような内容であった。まず、この2000年というこの時代にはYou Tubeとか音楽配信というような便利なものはなかったので、オンエアされた音源はすべて「孫」とかも含めて達郎さんの私物のCDであった。ま、今でもそうなんだけど。ちなみにそんな山下達郎さんもイロイロ言われることが多い。「クリスマス・イブ」がトッド・ラングレンのナントカだとか、シュガーベイブ「ダウンタウン」がアイズレーのアレとか。本人いわくすべて「的外れ」ということでございます。ここで再びaikoに戻りたいのだが、「戻れない明日」のイントロなどは著作権法の観点から見れば「編曲」にあたる部分であり、また、ロックンロールにおいては「ジョニー・B・グッド」のイントロなどパブリックドメイン化しているフレーズも多いことから、これはシロでいいだろう。問題の「ひまわりになったら」だが、これはメロディとコード進行がたった3小節とはいえモロ。しかし記念樹控訴審基準からいけば「72%にわたる類似」が認められたのでマズかったわけで、4小節目以降の展開はaiko独自の世界であり、サビなど完全に桑田さんの世界から独立している、ということでシロ、ということでいかがか。しかし、「ひまわりになったら」はコンテスト受賞時からグズグズ言われることがあったそうだ。20歳の歌手志望の女の子にとってそれは心外であっただろう。また、あの性格なので我々の想像以上に屈辱であっただろうと想像がつく。「絶対ネットの連中とかにパクリとか言われない曲を作る」とキモに命じたのかもしれない。それがaiko楽曲のトレードマークとも言える、「奇矯なメロディ、奇天烈なコード進行」を生み出したのだとすれば、一体、我々は賛辞を述べるべきなのか、それとも彼女に同情すべきなのか。それほど「ひまわりになったら」は後の彼女の作風とは違い、引っかかりのない、ノビノビとした作風なのだ。ともあれ、音楽にとっては幸せなことだったと結論づけたい」

司会者「時シルわあ?」

kenzee「思わず長くなってしまったので次回だな。ま、そんなに引っ張る曲もないのでパーッと行って終わるよ。それにしても今回の記事は本当に丸一日かかってしまいました。トホホ」

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コメント

今回はそこに特化されましたか!

ひまわりになったら
はaikoが1番最初に作詞した曲と
aiko自身が公言しています。
昔はライブでも唄っていましたが
売れてからはほぼ封印…

しかし、ファンの中でも
大切な曲の1曲となっていて
今やパクりだと言われても
『まぁ…桑田さんファンやし
よく聴いてるししゃーないやん?』
って言えるポジションまできましたので
次の4種類同時進行ライブでは
唄うのでは?と思っています。

しかし、ファンとしてはkenzeeさんも
言われている、シアワセがすべりだい
のほうが問題視しておりまして…

あの二人は、コンテスト時代から
競い合ってきた友でありライバル。

そんな中、サビ頭があれだけ似てると
aikoが後出し、更にはシングルということで
分も悪く、リリース前にプロデューサーなどが
気付かないもんなのかなぁ…と思うのですが
どうなんでしょうか??

それにしても、aikoは過去にLLP10の追加公演の際に
落書きから発展させたキャラクターが
(DVDのジャケットにも書かれています)
本人もお気に入りでTシャツにしようと思っている
と言っていたにも関わらず
その後、それソックリなデザインが
有名なデザイナーにより既に発表されていることが
ネットにより発覚し、その後Tシャツの話は
なかったことになっています。

しかしその後、公式に謝罪はなく
誰も触れない話になりましたが…

何かをリリースする際に
それが既に世の中に存在するかって
あまり確認しないものなのですかねー?

aikoぐらい大きな市民権を得たら
もう少し気にすればいいのに…
とも素人としては思うのですが。

また長々とすいません!
次回の時シル、楽しみにしております!

投稿: りょーくん | 2013年5月12日 (日) 06時30分

りょーくん。

「ひまわりになったら」はシングルのB面だったこともあり、聴いたのは結構最近です。ていうか全部最近なんだけど。で、「アレ?ナニコレ、凄いいい曲ヤン!何かのスタンダードか?カヴァー曲だろうか」と思ったぐらいで。したらインディー時代の曲だと。で、「ハチミツ」聴いたら2008年のバージョンとほぼ同じ。打ち込みオケを生に差し替えただけ、と言っても過言ではないものだった。つまり98年の時点で完成していたのである。これを10年間、事実上放置していたのだからもったいない。ところで記念樹事件はまさにこの、98年~2003年に亘って争われた事件で、訴えられたのはまさにポニーキャニオンだったという、社内的にもピリピリした時期であったのだろう。しかし、音楽に目を向ければ「ひまわりになったら」は詞・曲とも今のaikoとは違い、素直なノビノビとした作風で、20歳でこの水準に達していたことに驚く。後の「花火」「アンドロメダ」で見られる言葉を畳み込んでいくサビもすでにある。今となってはaiko研究の第一級の資料であるが、気の毒な経緯をたどったものだ。

投稿: kenzee | 2013年5月12日 (日) 10時27分

こどものころ、AMラジオで八神純子が、出ていて
アナウンサーに
「どうやって曲作るんですか?」
と問われ
「ピアノの前に座ってヘイジュードの歌詞に違うメロディをつけて歌ったりして…」
というのを聞いたのを
今でも覚えています。

いま何かがつながったような気がしました。

投稿: 40代 | 2013年5月12日 (日) 10時59分

1人のリスナーとしては、オリジナリティーを感じるかどうかで「ひまわりになったら」はありで「戻れない明日」は無しかなぁ。「戻れない明日」はどうしても「lean on me」を思い出してしまうので。
歌謡界だけでなくても、ベートーヴェンの「運命」のモチーフがモーツァルトの昔の作品にあると話題になった事を聞きますし、「ジュピター」が無ければ「第九」も違った感じの曲になっていただろうと思ったりします。
「戻れない明日」が原因というわけではありませんが「BABY」は「時シル」が出て改めて落ち着いて聴き返せたアルバムだったりします。

投稿: はっち | 2013年5月12日 (日) 15時23分

それを言い出したらサザンだって…愛の言霊とか…
Perfumeのエレクトロ・ワールドのサビはMISIAのEverythingだしリニアモーターガールはミセスロイドだし
I still love UはTommy heavenly6のHey my friendだしさらに言うとステイシー・オリコだし
いちいち気にしてたらキリがないような。

メロディが重複したらパクりで、それはよくないってのはちょっとなぁと思います。
そんなこと言ったら後の世代のミュージシャンほど不利になっていってしまう。
だいたいパクりという言葉ってまるで悪意があって剽窃したかのようなニュアンスを感じてイヤです。
メロディとして成立して、なおかつ商業ラインなオタマジャクシの組み合わせなんて限られるし、コードだってヒット曲はカノンだらけだし。
アメリカでは著作権の範囲が広がってますが、音楽業界がとても硬直的で疑心暗鬼な世界になっていってしまうようで不安です。
もうアリプロみたいにクラシックから合法的引用するしかなくなるんでしょうか?

投稿: 紅 | 2013年5月12日 (日) 21時33分

40代さん。

三つ子の魂ですな。

投稿: kenzee | 2013年5月12日 (日) 22時09分

はっちさん。

それがボクは「戻れない明日」も「ひまわりになったら」も「シアワセ」もなんとも思わないのですよ。たぶん、渋谷系とヒップホップで耳を形成してしまったからだと思うけど。でもこれからの子は同人音楽とかニコ動文化で育っていくと思うのでさらにそうなるでしょうね。

投稿: kenzee | 2013年5月12日 (日) 22時17分

紅さん。

マア、そのとおりですよ(よく知ってるなア)で、マタ今回1万アクセスとかいっててツイッターとかはてブコメとか見てると「もはや著作権法とかナンセンス!」みたいなコメントが圧倒的なんですな。(ワシに言われても)で、アレ?この図式なにかに似てるなと思ったら最近流行りの風営法問題に似てることに気づいたのですよ。「すでに現代の状況とかけ離れてる」という。達郎さんもおっしゃるようにロックンロール以降の音楽の価値とは詞・曲・編、総体のものなのに未だ詞とメロしか著作物と認めていない。それ以外の部分は「原盤権」に属する別件になってくる。そうすると服部克久先生の「記念樹」はボロ負けして、ベティ・ライトのオケそのまま(メロディは全然違う)の小沢健二「ラブリー」は堂々と紅白で歌えてしまう。やっぱりなにかがおかしい。で、この問題も風営法同様、寝た子を起こすな、触らぬものに祟りなし、で声高に叫ぶ人もいない。アレ?ホントに風営法問題に似てるな。こういうネタは思いつきでなく、もっと準備して、たとえば栗原裕一郎「盗作の文学史」とか、福井建策さんの本とか読んでじっくりいくべきなんですけどね。マ、時シルが先だわなア。

投稿: kenzee | 2013年5月12日 (日) 22時51分

今回も濃厚な記事でビックリです。こんな素晴らしい文章を書けるkenzeeさんに、ひょんなキッカケで取り上げて頂いたaikoについて、このブログをキッカケにaikoの音楽に興味を持って下さる方が増えることを願ってやみません。

しかしマイスイートロードとヒーズソーファインは似てますね。私は30年以上の自称ビートルズマニアですがヒーズソーファインは初めて聴きました。
ジョージの黒歴史としては有名なエピソードでありながら今迄何故聴いてなかったのかなとフト思い起こしてみたところ、さほどそのコトに興味が湧かなかったんだろうなという結論に達しました。

投稿: らば〜そうる | 2013年5月13日 (月) 20時58分

先ほど、途中で投稿ボタンを押してしまいました。

つまり何が言いたかったのかというと、広く長い音楽の歴史において多少のカブリはいくらでもあるだろうということと、影響と拝借の線引きを測るものさしは多分存在しないのだろうなと。

そんな薄い私の哲学でした。

投稿: らば〜そうる | 2013年5月13日 (月) 21時03分

初めまして

いつも楽しく拝見しております。
そう考えると、バックトゥーザフューチャーのジョニービーグッとのくだりは、何とも示唆的というか感慨深いものがあるなぁと思いました。

投稿: ニンジン | 2013年5月14日 (火) 15時18分

>この控訴審の判決では「メロディーの始めと終わりの何音かが同じ」「メロディの音の72パーセントが同じ高さの音」といった「表現上の本質的な特徴の同一性」があり、これが偶然の一致という言い切るのはムリだろう

これ曲全体を比較して72%が一致ってことですよ。
3小節と曲全体では意味がかなり異なります

投稿: | 2013年5月31日 (金) 19時14分

非常に興味深く拝見させていただきました。書き起こしてくださってありがとうございます。

投稿: | 2018年9月24日 (月) 00時46分

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