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ボクの、「僕に踏まれた町と僕が踏まれた町」(大十の頃)

kenzee「先週の土曜日、あのレジーさんが大阪へやってくるというのでお会いした」

司会者「どんな人でした?」

kenzee「好青年であった。いろいろ予定もケツカッチンだったようなので、2時間ほどバタバタ飲んだり食ったりした。とても楽しいひとときであった。大阪は初めてではないが難波~千日前といった、ミナミに来られるのは初めてということでオイドンがナビゲートしつつ、いろんな話をした」

司会者「彼はPerfumeの京セラドームのために来阪したのだよね」

kenzee「で、わざわざミナミまで足をのばしてもらって「この辺はボクが20代の頃に働いていたトコでね~みたいな話をしてたんだけど、そんな話してたら猛烈に昔のことが思い出されてきてね。普段、あの辺歩いててもそんなこと考えないからさ。で、せっかくなので書き留めておこうと思って今、これを書いている。今から15年ぐらい前、ボクは大阪の千日前というところのCD屋さんで働いていた。心斎橋のようなオシャレ街ではなく、歩いて5分のところに場外馬券売り場と歩いて3分のところに山口組若頭、宅見組長のおうちがあるという、そんでそのCD屋の隣がキャバレー「サン」というベタベタな繁華街であった。キャバレーといってもイマドキのキャバクラのようなものではなく、中から大橋巨泉とかキダ・タローとかがでてきそうな、60年代的なヤツだ。なんでそんなところにCD屋があったのかというと、主力商品が演歌のカセットテープとCDという繁華街的な需要があったからだ。とにかくスナックの多い地域だった。その頃はギリギリ通信カラオケが普及間際で未だレーザーカラオケの需要が多かった。そういった繁華街需要で持っていた店だった」

司会者「猥雑な感じだね」

kenzee「今は当時とはだいぶ雰囲気も変わって、その店が入っていたビルは南OSプラザといって、万博の年にできた建物らしいんだけど、耐震基準とか今と比べるとユルユルだったので数年前に取り壊されることになった。「ミュンヘン」という鳥の唐揚げで有名なビアホールが入っていた。なのでこのビルはよくネズミがでた。それもイイモン食っているのでかなり巨大なグルメネズミである。冗談ぬきで500mlのペットボトルぐらいの大きさのネズミがよく店内に出没した。タワーレコードじゃありえないことだ。今はその場所はラウンドワンというカラオケやゲーセン、ボーリング場などが入った(NMB48が宣伝してるヨ)近代的なリア充の若者向けのレジャー施設となった。ボクは奈良の田舎者の若者だったので「繁華街とはこういうものだ」と思っていたのだが、今思えば全国的に見ても千日前のデタラメさは群を抜いていたと思う。なにしろ国内でも有数の暴力団組織のエライ人のおうちが普通に道すがらにある。で、隣が普通の居酒屋でオネーチャンとかがキャッキャやっていたりする。そういえば今は例の風営法騒ぎですっかり姿を消したが、昔はあのあたりはピンサロのメッカであった。10メートルごとぐらいにピンサロの看板が立っているのだ。現代の若者は風俗といえばホテヘルぐらいしか知らないだろう。ちゃんとホテルの風呂に入ってきれいに体を洗ってから、オシャレなベッドでナニナニ、といったような。昔のピンサロはヒドイ。チンコをオシボリで拭くだけなのだ。今思えば不衛生極まりないのだが、平然とそのような営業がまかり通っていた。で、そんな下品なピンサロ雑居ビルの隣がオシャレな大人のバーだったりして、もうデタラメこの上ない。コッチの事務所では「テメー!ナメとんのかワレー!シバクぞゴラー!」とやっている向かいのビルでは「君の瞳に乾杯、チーン」などとやっている壁を隔てた背後数メートルで「お兄さんも好きね~ジュポジュポ」などという光景が拡がっていたのだから、東南アジアとか香港の街角とかと同類のなにかだったのだろう。そういえば最近は中国人やアジア系の観光客が多い。で、そんな地域のCD屋でボクは働くことになった。90年代半ばごろ、ちょうど小室やビーイング全盛の時代だが、グローブよりオーロラ輝子のほうが人気であった」

司会者「そんな地域のCD屋で働いてる先輩ってどんな人たちなの?」

kenzee「あの頃、あの辺でレコード屋で働こうなどと考える5つ上ぐらいの先輩といえば例外なく、関西メタルの人たちだった。みなさん、ジャパメタってわかります?」

司会者「ウチの音楽ネタにはまず登場しないジャンルですが、ラウドネスとか44マグナムとかアースシェイカーとか…」

kenzee「大体そんなことろだね。80年代はミナミ周辺だけのローカルブームだと思うんだけどメタルの一大ムーブメントがあったのね。ただし、89年頃の全国的なバンドブームのあたりでシューっと波が引いていったようなのだが。なのでボクの5つぐらい上の先輩たちはみんな多田かおるの漫画の主人公のような青春を送っていたのである。みんな「愛してナイト」の世界の住人だった。ここに「魔女卵」という映画がある。

Majoran

1984年作品。当時、大阪心斎橋に実在した「バハマ」というライブハウスを舞台に、河内弁と暴走族文化とメタル文化がカオスのようにトグロを巻くトンデモ映画だ。You Tubeにあがっている。

これはリアル、関西メタルの先輩たちも「これはないわー」という極端な作品で、メタル文化と暴走族文化はまったくの別モノです。ただしこんな映画が東映で制作されるほど、当時のミナミのメタル文化は盛り上がっていた、という記録でもある。ちなみにこの作品に登場する、「プレゼンス」のベースはのちのJUDY&MARYのベーシスト、恩田快人氏である」

司会者「まあ、先輩たちはメタル文化の生き残りで、長髪にロンドンブーツ的な人々だったわけだろ、それにひきかえキミは…」

kenzee「ボクはギンギンの田舎の渋谷系少年であった。とにかく面白いほど話があわない。こんな感じだ」

ジャパメタの先輩「オイ、新入り。オマエはどんな音楽が好きなん?」

ボク「エート、最初はフリッパーズのセカンドにやられました。それで60年代ポップスとか映画音楽とか知って。レーベルではエルとかチェリーレッド、ポールウェラーのレスポンドやトットテイラーのコンパクト・オーガニゼーションにハマってます。最近は60年代のソフトロックとか興味あります!(ハキハキ)」

ジャパメタの先輩「フンフン、ビートルズとかね」(ザックリ!)

司会者「ザックリまとめすぎだろう!」

kenzee「たぶん、途中から聞いてなかったと思う。でもその先輩はちょっとどうかしてる人で、オイラのあとにテクノ少年が入ってきた時もヒドかったもん」

どうかしてるジャパメタ先輩「オマエはどんな音楽が好きなの?」

テクノ少年「ハイ、自分はテクノでやっぱ最初は卓球から入りました。そのあといろいろ聴くようになって、最近はジェフ・ミルズとかデトロイト系ですね」

どうかしてる先輩「フンフン、グローブとかね」

司会者「まったく人の話聞いてない!」

kenzee「ラップやってる子が入ってきた時もヒドかったなあ」

どうかしてる先輩「オマエはどういう音楽が好きだ?」

ラップ少年「最初はやっぱギドラにやられました。そのあと、ライムスターとかメローイエローとかファンキーグラマーとか聴くようになって、あとカミナリに人らも好きです。ペイジャーの人らもヤバいですねー」

どうかしてる先輩「フンフン、イーストエンドプラスユリとか?」

司会者「ホントにどうかしてるよ!」

kenzee「この先輩のスゴイところは0点の間違いじゃないところなのだ。確かにビートルズ嫌いじゃないし、クリエイション語る上でビートルズは外せないわけで。あと、当時の小室ってtrfとかでモータウンっぽいことやってたじゃん。「オーバーナイトセンセーション」だっけ。ダイアナ・ロスみたいな。「デトロイト」ってとこだけは合ってるんだよ。イーストエンドもファンキーグラマーの一員ですから、あながち的はずれな受け答えとはいえない。不思議な人だったな。この人は音楽の捉え方はこんな雑なのに手先は割と器用で、確か美大とかでてたのかな? 店頭用のポップとかキレイに作るのだった。もはや90年代のJ-POPの時代にあって、唯一彼らジャパメタ人が許せるバンドがB'zだった」

司会者「あーなるほど」

kenzee「もうB'zの新譜がでるってなったら、デコトラみたいな巨大ポップを作成するのだった。満艦飾っていうの? てっきり鳥羽一郎の新曲でもでたのかと思ったらB'zだよ。ただスペースっちゅうもんは限られてるのでねえ。ボクも一応舟盛りみたいなポップ作ってる先輩に言うワケですよ。「あのーコーネリアスの新譜もでるんですけど」「ハ?コーネ?なんだソリャ」「ハイ、この小山田という男はブラックサバスの大ファンでして「ヘヴィーメタルサンダー」なんて曲もあります。ライトハンド奏法もできますよ」とか言っても会話が成立するとは思えなかったのでいちいち言わなかったけどさ」

司会者「エックスのヒデの友達で…とか言ってもムダだろうな」

kenzee「それからしばらくは朝から晩までB'zを聴かされるようになる。だからボクはB'zにまったく興味ないのにB'zの曲は結構ソラで歌えるのだ。あーあ、いつになったらコーネリアスやシンバルズをかけさせてもらえるのだろう、と。それでも動く商品は相変わらずレーザーカラオケにオーロラ輝子に川中の二輪草だったりするわけだけどね。そういえばジャパメタの彼らはジュディマリにだけは好意的だったんだ。それがボクには不思議でねえ。いかにも彼らが憎みそうな子供向けのポップスバンドじゃない。「The Power Source」がでたときもかなりのプッシュであった。なんでだろう。よく考えたら恩田さんがいたバンドだからだな。恩田さんは関西メタル界では有名な人で、たぶん知り合いの知り合いとかだったんだろう。ただし演芸もののCD、レコードに関しては関西でも有数の在庫を誇っていたので常連客に有名人も多かった。桂文珍師匠や河内家菊水丸師匠が落語や浪曲のCDを大人買いしていくのを見て、「ああ、小西さんや小沢健二さんもこんな買い方を東京のレコード屋でするのかな」とか思った。なにしろ10万とか20万とかポンポーンと買っていくのだ。そんなある日、とある一件がきっかけでジャパメタ軍団が一気に辞めていく、という事件が起こった。ま、CD屋なんて募集かければいくらでも希望者はいる。あっという間に人員は補充された。この新人たちはボク3~4歳年下で、さんぴん世代の子たちだった。もうボクのような渋谷系すらオヤジになりつつあった。偶然だと思うが、その子たちが入ってきた頃合にJ-POPの流行の風向きも変わってきた。小室帝国が凋落し、ミスチルが活動休止を宣言し、入れ替わるようにMISIAのようなクラブミュージック、ドラゴンアッシュをはじめとするミクスチャーロック、ハイスタを中心としたメロコアのシーン。椎名林檎のような新世代のシンガーソングライター、モーニング娘。のような新しいタイプのアイドルグループ。ここにきて、ようやくボクも先輩なので「ファンタズマ」とかかけれるようになった。ある日、3つ下の世代の後輩がDJ KRUSHの「覚醒」をかけていた。「なんだこの、ドヨーンとした音楽は。こんなメロディのない音楽に君たちは3000円も払うのか?」といって笑われた。彼らのおかげで日本語ラップを聴き漁ることになる。ちなみにラップの少年は初期のイルリメのメンバーでイルリメはスタート時、モユニジュモとその子の2MCであった。この頃、CDのセールスは戦後のレコード産業史上、最高の時代であった。店の横の路地は狭くて暗かった。よく若者が怒鳴り合う声が聞こえた。何事かと思って見に行ってみると、NSC(吉本総合芸能学院。言わずとしれたダウンタウンを輩出した芸能学校)の生徒がネタ合わせをしていたのだった」

司会者「なにコレ。ちょっとした青春小説。もう転校生のマラソンに移行できないジャン」

kenzee「レジーさんを見送ったあと、まだ7時ぐらいで時間も早かったのでしばらくブラブラしてたら猛烈に当時のことが蘇ってきたのだった。レジーさんに会わなかったらこういうことをこんな年末に思い出すこともなかったと思う」

司会者「当時、なにか将来の目標とかあったんですか?「音楽ライターになるぞ!」とか」

kenzee「ない。なにも考えていない。これカッコつけてるんじゃなくて本当に考えてなかったよ。「そんなの東京のオシャレな業界人の世界ジャン、ぐらいの感覚で。こんなヨシモトとピンサロとヤクザの街からなにか音楽雑誌に書かせてもらえる確率とか惑星直列レベルだろうってことぐらいはわかってたからね。だいたい手段もなかったしね」

司会者「次回はちゃんと転校生の続きをやるからね」

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コメント

いやー、こういう話面白いですよ。
俺がバンドとかしてた頃を思い出しました。


別にそんな世代でもないのに俺の周りは、ラウドネスとかヴァンヘイレンみたいなののファンが多くて……(笑)

で、確かにメタルやハードロックのファンはB'zは認めてる(笑)


そんな連中とつるんでいながらブルースやジャズが好きな自分は浮きまくってました(笑)

投稿: 葛西悪蔵 | 2013年12月16日 (月) 13時39分

そうなのよ!「B'zは許す」なのよ。でもコーネリアスのヘヴィメタルサンダーは彼らの耳にもネタとわかるみたいでダメだったな。大体、あの一曲だけだし。アルバム、ハワイアンとか入ってるしな。ネタでやってるものは彼らにもバレるみたい。なので筋少とか聖飢魔Ⅱとかもダメだった。ま、そんなこんなでヒップホップとか漁るようになって、ブッダブランドの「Don't Test Da Master」のシングル聴いてたらラウドネスの高崎晃が参加しててビックリした。メタルの血は濃いんだ。

投稿: kenzee | 2013年12月16日 (月) 22時47分

とある一件がきっかけでジャパメタ軍団が一気に辞めていく、という事件が起こった。

↑これの詳細オナシャス

投稿: ファラオ建設 | 2013年12月17日 (火) 14時44分

マ、会社とイロイロあったワケやネ。

投稿: kenzee | 2013年12月17日 (火) 23時50分

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