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「ドジっ子」という概念の源流、永田(この時期恒例の連合赤軍話)

kenzee「毎週木曜日といえば「漫画ゴラク」の発売日でボクも「酒のほそ道」と「白竜」目当てにファミマに立ち寄るのだった。立ち読みだけではお店に悪いのでファミチキとコーヒーなどを購入するのだった」

司会者「ハ! それが太る原因! とくにファミチキはローソンのLチキと並んで油含有率が高いゾ!」

kenzee「で、いつも「クロコーチ」もサラーっと読むのだが、先週号は思わずオヤっとなってしまった」

司会者「「クロコーチ」について超手短に解説すると黒河内圭太という神奈川県警の警部補が主人公のダークミステリー漫画。極悪な汚職警官なのだが、三億円事件の真相とその裏組織の追求が彼の真の目的である。背景に1968年以降の昭和の戦後史が流れる。3億円事件、沖縄返還、あさま山荘事件など」

kenzee「昭和ブームの流れででてきた、ハードボイルドタッチの青年漫画。で、先週は1972年で、あさま山荘事件の鉄球作戦のテレビ中継を背景に二人の刑事が「まったく…コイツらなんでたくさんの同志をリンチ殺しなんてしたんだい」みたいな会話が冒頭で登場する。そこで連合赤軍オタクのオイラは「アレ?」と思った。こういうことだ。

        連合赤軍のリンチ事件っていつ判明したんだっけ?

通常、まことしやかに語られているのは「あさま山荘事件の犯人5人が2月28日に捕まり、その数日後に各々リンチ事件について自供した。あさま山荘の時点ではワリと犯人に同情的な世論もないではなかったが、遺体が続々見つかったあたりから完全に世間から見放され、猟奇事件と解釈されるようになる」という流れ。つまり鉄球事件のあたりではまだ、誰も12人もの同志殺害があったとは露ほども考えていなかったのだ。単に「銃を持った過激派が人質をとって立てこもった」事件だった」

司会者「だから「クロコーチ」の描写は事実誤認だと?」

kenzee「普通ならそうなる。だが、この(鉄球作戦)時点ですでに警察側は大量殺人の事実を掴んでいた、という説もある。なので「昭和史の闇を暴く」というクロコーチのテーマから考えればコッチ説の立場に立ったという話かもしれない。とにかく戦後を代表する大事件なので、いろんな説が今でも飛び交っている。まずは一般論がどうなっているかをまず確認。
こんな時役に立つのは椎野礼仁編「連合赤軍事件を読む年表」(彩流社)

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この122ページによれば、2月17日に妙義山中で逮捕された永田洋子と森恒夫。2月19日に永田が弁護士を通じて「山で大変な闘争があったが、誰にも話してはいけない。森が話してしまわないか心配なので「あのことは言ってはいけない、と伝えて欲しい」」と弁護士に依頼している」

司会者「永田はこの逮捕の直前に夫の坂口弘と別れて森と「共産主義的観点から」結婚を決意するのだが、この時点で森を完全に信用してないことがわかりますね」

kenzee「でも、この2月19日といえば、5人があさま山荘に侵入した日で、まだ情報がほとんどないはずなのに、弁護士は警察からサグリを入れられてるんだ。

「あの事件はひどいですね。死体がごろごろでてきて」と話しかけられた。弁護士は大久保清事件のことかと思い、適当に相槌。警察の探りだったようだ」(連合赤軍事件を読む年表)

この弁護士とは伊藤まゆで、この時のやりとりの記録がある。

わたくしは伊藤まゆから聞いたことをそのまま書きたいと思います。「高崎署で永田さんとの接見許可がでるのを待っている間、私に応対していた警察官が「あの事件はひどいですね。死体がごろごろでてきて」と話しかけてくるんですね。なんでこんな話題がでるのかわからなくて、私は大久保清事件のことを話題にしているのかと思ったんですよ。それで「そうですねえ、ひどいですねえ」と答えたりしていたんです。警察官は私がなにか知っているんではないかとカマをかけてきたんでしょうか…?」(高橋檀「浅間山荘から30年・語られざる連合赤軍」彩流社)

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この2月19日の時点で殺人事件に感づいていた刑事がいる。群馬県警中山二課長である。二人が潜んでいた妙義山の洞窟だが、そこは直前まで山荘チームの5人と軽井沢駅で逮捕された植垣康博ら4人が使用していたものだ。群馬県警は当然この洞窟を捜索したが、こんな遺留品がでてきた。

・鉄パイプ7本

・黒色火薬8キロ

・導火線と電池をセットした起爆装置6個

・空薬莢200発

・寝袋23個

・リュックサック20個

・トランジスタテレビ(ラジオじゃないヨ!)

・多数の即席ラーメンや小麦粉、鍋、釜、スコップなどの生活用品

など4000点以上。このなかで中山が注目したのは2点。ひとつは寝袋やリュックサックの多さである。それまで10数人と思われていたメンバーだが、数が合わないと感じた。そして両腕、両脇、両足などの部分がズタズタに切り裂かれた衣類だ。糞の付着した男物のパンツもある。殺人事件担当の刑事も「間違いなく誰かが殺されている」と断言した」(久能靖「浅間山荘事件の真実」河出文庫から要約した)

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つまりあさま山荘の初日から殺人があったことは警察は感づいていた。映画などでオナジミの「後藤田命令」と呼ばれるあさま山荘警備の基本方針6項目の一つ、「犯人は全員生け捕りにせよ。射殺すると殉教者になり今後も尾を引く。国が必ず公正な裁判により処罰するから殺すな」(佐々淳行「連合赤軍「あさま山荘」事件」文春文庫)の必ず生け捕りにせよ、というのは殺してしまうと、肝心の遺体の在り処がわからなくなってしまうのを恐れた、という説もある。妙義山の洞窟で発見されたのは12人目の犠牲者、山田孝のものだったが、ナゼ、殺人の証拠品となるような衣類を放置して洞窟を去ったか。これ以前の総括ではやはり証拠隠蔽のため、焼却していたのだが、妙義山では警察の捜索が目と鼻の先に近づいているのが感じられたので逃げるように飛び出したためだ」

司会者「でもこの時点ではまさか12人もの殺害があったとまでは気づいていないのでは。この大量殺人が明るみにでたのはやっぱりあさま山荘後では。クロコーチの描写は(鉄球作戦を見ながら「あんなに大量のリンチ」発言)時系列的にもヘンですよ」

kenzee「少なくとも佐々淳行さんはあさま山荘後に大量リンチを知ったようだ。

わたしたちが「あさま山荘」を攻撃している間中、感じ続けてきた底知れない不気味さは実はこの集団リンチ殺人の暗い、血まみれの過去を引きずっていた事実にほかならなかった。(佐々淳行本)

「読む年表」によれば最初にリンチ事件を自供したのは当時10代であった、加藤三兄弟の3男であったという。3月5日に奥沢修一(2月16日に妙義湖畔で逮捕)が「同志に暴行を加え、外に放置したところ死亡した」と自供。3月6日に三男が山岳ベースで12人の同志を総括したとして殺害したと話し始める。この自供を他の逮捕者につきつけると次男、軽井沢メンバーなども認めた。3月7日、黙秘していた森は遺品の衣類などの写真を見せられ、動揺する。3月8日、森、前橋地方裁判所に「上申書」を提出。内容は4項目で、「12名の同志の遺体を家族のもとに手渡したい」というもの。この上申書が提出された、という情報は他の逮捕者にも一気に伝わった。首謀者の森が自供したのだからもう黙秘の必要はないとばかりにみんな一斉に自供をはじめるのである。しかし、高橋本は、まっさきに自供したのは森ではないかと推測する。

事件当時、浅間山荘事件の前から警察側は山岳ベースの出来事を知っていたらしいとの憶測がされていたのですが、それはほかの誰でもない森恒夫自身が真っ先に話し出していたのではないでしょうか。わたくしたちが忘れてはならないことは、山岳ベースでの惨劇の間、森と永田は犠牲者の埋葬作業に決して参加しなかったということです。逮捕されてすぐ、山岳ベースでの惨劇を森が自供していたとしても、遺体の埋葬場所を森から聞き出すことは不可能だったのです。そのためにも浅間山荘に立て籠った過激派の若者たちは、必ず、生きて逮捕されなければならなかったのです。(高橋本)

森をはじめとするあさま山荘事件以前の逮捕者は群馬県警の管理下にあった。最初に殺人事件の証拠を掴んだのも群馬県警である。佐々本には長野県警と警視庁とのナワバリ争いの様子がコミカルに描かれているが、群馬県警も重大事件の情報を警視庁から派遣された佐々には隠していたのかも。というような経緯を考えるとクロコーチの描写はあながち間違いとは言い難い。あの登場人物は群馬県警からリンチの極秘情報を入手していた、という設定なのに違いない」

司会者「そこまで考えてないと思うけどな」

kenzee「ボクは大塚英志さんの「「彼女たち」の連合赤軍」を読んでこの事件を知ったのだけど、もっとも興味深い人物はやっぱり永田洋子なんだね。この本でよく取り上げられる話で、永田は60年代的、政治の時代らしい古いタイプの運動家で、総括で殺害された女性、金子みちよや大槻節子といった人々は70年代後半に訪れる消費社会の感覚を持っていた。という論。ボクは永田とは極めて「戦後的な近代女性」だったのだと思うんだ。ありもしない「近代的な進歩的な女性」を追いかけて自滅していった人。これは昭和の昔の事件の話のようだけど、たとえばAKBの子たちの問題とかこじらせ女子の問題とか山内マリコの小説とか、やたらポジティブなJ-POPの歌詞とか、そういう問題の源流に永田はいると思うんだ。これは説明すると大変なことになるのでアレだけど、一個だけ。永田は獄中で元夫の坂口弘の短歌に影響されて、自分でも川柳をはじめるのだ。坂口は90年代に歌人として高く評価を受ける。だが、その内容は事件で殺害した同志への懺悔であり、死刑囚としての自身への問いといった暗く、内省的だが高い文学性が認められるものだ。で、それに影響を受けた永田の川柳だが、ちょっと引用してみよう。

・耐えかねるでも耐えるしかない獄の中

・人生って哀しく楽しい深いんだ

・前向きに奮闘したい最後まで

・悲しさと悔しさかみしめて生の意味

・悲しさと悔しさ秘めて無様な生

・助け神そのうちくるだろ待ってます(「永田洋子のお元気?通信」(6号)永田さんを支える会)

渡辺美里やドリカムの影響を受けて急に作詞家になりたいなどと言い始め、授業中にノートの片隅に愚にもつかない作詞活動を始めた中一女子のポエムではない。戦後を代表する大量リンチ殺人事件の首謀者の言葉である。「なんだこの薄っぺらなポジティブワードは」とか「ホントに反省してるのか」とか「人間性を疑う」「幼稚」「ヘタクソ」といった言葉が投げつけられる様が容易に目に浮かぶが、それより終戦の年の1945年生まれの永田が実に戦後の女性、わけてもバブル崩壊以降の、美里やザードやドリカムやミスチルのポジティブシンキングの感性、感覚を、情報が極めて制限された獄中で無意識のうちに先取りしているかのような感覚に驚くのだ。メロディーをつければそのままスポーツの大会の応援歌にでもなりそうな言葉。北田暁大さんが「嗤う日本のナショナリズム」のなかで指摘した90年代のテレビバラエティに特徴的な「感動の全体主義」の匂いもある。「人生って哀しく楽しい深いんだ」の深みのなさは西野カナの深みのなさと同質のものではないだろうか。この「深みのなさ」の中に現れる意味こそが戦後の近代的女性の難しさなのである。たとえばAKBの子たちの発する「自己実現」(注1)の、傍から聞くと薄っぺらい言葉に強い感動を受ける男性たち、という構図にも見て取れる「ポジティブ女子」を「承認する男子」の図。どのような逆境にあっても必ず支援する男性が現れる(一般的に永田は女性的魅力に乏しいと言われる)永田の人生とは極めて戦後的な、ネットでは侮蔑的に使われることの多い「主婦」的な生き方だったのではないだろうか。永田の生き様にはなにか戯画的なところがある。確かに弁舌は達者で、努力家で直情的なところがある。だが、振り返ってみると暴力的総括や遺体の埋葬といった「人がイヤがる仕事」にはまったくタッチしてないし、どの連赤本を読んでも山岳ベースでも大体コタツで議論している場面が多い。拘置所においてもスナック菓子を食べ過ぎて太ったりしている。創作活動も人の勧めによって始めたのがほとんどだ。それでも坂口の短歌のような爆発的な才能が開花するのなら結果オーライだが、コレだ、というものはないんですよ。ああ、いたな、こういう女子。急にカメラ買ってきて、空とかカフェのテーブルとか河川敷とか撮りはじめたり、ターンテーブルとミキサー中古で買ってきてDJ始めたり、ポエム書きはじめたり部屋がビレバンみたいになったりする子。どれも中途半端なの。で、こういう子がまったく男子にモテないかというとそんなことなくって適当にポエムなシモキタ男みたいなヤツがひっついてきたりするので「人生って哀しく楽しい」感じになるのだ」

司会者「そんな永田も3年前、2011年2月5日、獄中で死亡。享年65歳でした」

kenzee「あと永田の特徴っていつの時代も「私も同じ立場だったら同じことをしたかもしれない」あるいは田中美津のような「私は永田だ」というようなまるで(「マニックスとは俺である」ロッキンオン1992年4月号)のような人物が定期的に現れることであろうか。最近だとちきりんさんもそんな記事を書いていた。あんな事件に関わった人をこう言うのは不謹慎だと思うけども戦後的、サブカルチャー的な不思議な魅力を湛えた人物だったのだろうと思いますよ。よく永田批判で「自分がブスなので可愛らしさや女らしさをウリにした女性メンバーを総括にかけていったのだろう、嫉妬心の強い女だった」という言い方があるが、そうだろうか? 「それほどブスではないし、それほど女性的な難はない」と思っていたに違いない天然さとかがむしろ永田の底知れぬ怖さとナゾの魅力だったのでは」

司会者「永田の話はいつかじっくりしたいね。それにしても震災以降の日本の状況を永田が生きていたらどう感じていたかは興味ある」

kenzee「永田の話はちゃんと準備してかかりたい。なので次は音楽の話に戻るよ」

注1……「AKBの子たちの自己実現の発言」これは、仲谷明香(AKB48)「非選抜アイドル」(小学館新書)が第一級の資料である。

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裕福ではない家庭に育ち、自閉的な性格の幼年期を過ごす。アニメが好きで声優になるのが夢。そんな少女がアイドルグループに加入し、逆境にめげず、声優という夢を手に入れる自伝的内容。20歳の特に文章修行をしたわけでもないアイドルにしては異常にこなれた文章で構成された、いろいろ手が入ってるであろうビジネス書みたいなポジティブシンキング本。目次だけで「生き残り戦略」「小さな転機」「訪れたチャンス」「夢が叶うとき」といったワードが飛び交う。AKBの子たちのトークとは基本、この本のバージョン違いに思える。ただし、オッサンが発してもなんの説得力も持たない言葉が20歳のアイドルが放つと安くはないカネを動かしたりするのでバカにできない。このようなコミュニケーションは先進国のなかでも日本だけで、極めて戦後の日本人的である。

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コメント

速水さんの新刊読んでないけどおそらくkenzeeさんはフード右翼ですな。永田洋子もスナック菓子で太るのはフード右翼か?
即席ラーメン食べてた連合赤軍に対し、カップヌードル食べてた機動隊員、そのテレビ中継でカップヌードルが売れると。
ラーメンと愛国も読んでないけど、そのフードで国と戦うのは無茶だった。

投稿: フード左翼の一読者 | 2014年2月 6日 (木) 20時01分

ボクはフード右翼だねエ~。
大体コンビニのカラアゲみたいなものは好きだし、マクドの新商品とか一応試してみるからナ~。今やってるホット&グルーヴィービーフも食った。思った以上に野菜含有量多いヨ!でもクラシックフライドポテトとかいうチーズドロドロかけるポテトは失敗だナ。ポテトはフツーの塩味が一番美味。たまーに付き合いでオーガニック食べ物屋とかに行くとオシャレ豆腐とか豆料理とか食うけどあとで具合悪くなるもんね。オーガニック食のあとにファミチキ食ったりするのでたぶんボクは早死にするヨ!

投稿: kenzee | 2014年2月 6日 (木) 21時24分

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