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アナタの悩みは「近代」特有の問題かもヨ?(永田洋子の話の続き)

司会者「先週の永田洋子の話が結構なアクセスだったみたいよ。ユニークアクセス数で1万とか」

kenzee「エ?そんなんでよかったらもうちょっと続けようかナ? ザーっとした話だったので永田が「近代的で、進歩的な女性観をもっていた」みたいな話の「近代」とか「戦後民主主義的」ていうのがわかりにくい、という反応もあった。そこで「近代的な個人」ってなんだろう、みたいなトコからはじめたい。ここでは何度も取り上げるけど、「近代」の定義を柄谷行人「日本近代文学の起源」(岩波現代文庫)に求めたい。この本の要点を物凄く手短に言うと、「近代文学というものは昔から連綿と日本文化の中で続いてきたと考えられているが、せいぜい明治期に発祥した、歴史の浅いカルチャーだ。特徴として、「内面」「心象風景」のような概念が発見された。ついでにルソーの告白録にアイデアを得た田山花袋「蒲団」のような「告白」という制度も開発される。そして「近代的な個人」は高級な人間で、そんな高級人間の参考資料として近代文学は流通していたフシがある」

司会者「明治以降の新時代の人生モデルというか」

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kenzee「ここに「明治のことば辞典」てのがありますが、明治に入ってできた言葉ってたくさんあるんですね。「社会」「個人」「近代」「美」「存在」「自然」「権利」「義務」「自由」「彼」「彼女」あと、「恋愛」もそうだよ。なんか岡林信康というか尾崎豊というか、あと意外と小室っぽいタームという気もするが、コレ150年ぐらいの歴史の言葉なのですね。そして終戦後、戦後の近代教育が始まる。ひらたく言うと、上記のような言葉そのままの欧米並の近代化を目指そうという教育である。「自由」な「彼」や「彼女」が「社会」の中で「権利」を獲得したり「美」を感じて「恋愛」したりする人間を育てる。戦前の村落共同体の中で生きていく術とは決定的に違う、進歩的な社会。しかしコレは敗戦を機に、ドカンと一気に日本に輸入された思想なのだ。欧米のように市民革命などを経て、ボチボチと獲得していったものではない。実際には焼け野原となった日本の農村のムラ社会にズドンと爆弾のように「近代」が投下されたものである。戦後の文学、とくに第三の新人の作品はこの、「前近代の野原に突然、近代が落ちてきて右往左往する日本人の姿」が描かれることとなる。ここでは永田の人格を考えるうえで、1967年に発表された長編評論、江藤淳の「成熟と喪失ー母の崩壊」(講談社文芸文庫)を考えたい。安岡章太郎「海辺の光景」(1959年)をこう評するのだ。

日本の「近代」は、学校教育制度の確立というかたちで階層のあいだの壁をとりはらい、「教育」によって「出世」する道を開いた。つまりよい「教育」を受けることができさえすれば、息子はほぼ確実に上の階層に移れるのである。(中略)別の言葉でいえば、日本の「近代」は学校教育制度を導入することによって、大草原の彼方にではなく男たちの心の中にひとつの「フロンティア」を開いた。そして母親たちは、あの「ヒリヒリと痛いやうな恥づかしさ」を逃れるために、息子をこの「フロンティア」の彼方に旅立たせなければならない。(成熟と喪失)

永田の手記「十六の墓標(上)」によれば彼女は1957年4月、田園調布にある私立の女子高に入学する。この女子高への入学は永田の母の強い希望であったという。では永田とはお嬢様であったのかというと逆で、

 このように反戦の気持ちや労働者の立場に立つという意識を持ったのは私の家庭が典型的な賃金労働者の家庭であったことや会社の寮にいたことにもよる。(十六の墓標(上))

母親は編み物の内職をしてどうにか生計が立っているという家庭で、貧しい家であったそうだ。ところでこの永田の入学した調布学園中等部とは工員の永田パパの会社の重役の娘の通う学校で本来なら永田は公立中学へ進学するのが普通だろう。永田本によればこういうことらしい。

 母は勤勉に働く人であったが、自分の生活を切り詰めても自分の子供には高等教育を受けさせ、自分より向上した生活をさせたいという思いを持っていた。だから夫の会社の重役の娘が行っていたこの女子校に自分の娘を入学させたかったのだろう。私自身もこの女子校に行きたかった。(中略)大人になって父母と同様の生活をしようとは考えていなかった。(前掲書)

まさに「海辺の光景」における母親のように娘を、まるで「息子」のように「フロンティア」へと旅立させようとする永田ママの思考がある。また、永田自身もその「息子」の役割をとくに疑問も持たずに受け入れるのであった。ここにあるのは農耕民族や定住者社会ではまず起こらない「母子密着」の構図である。母にとって父は、近代社会において「負け組」の労働者で「恥ずかしい父」、そんな父に頼らなければ生きていけない「近代社会」に乗り遅れた「いらだつ母」。息子は母の過剰な期待を背負う。さらに母は娘にも同様の期待をかけてしまう。ここに近代の歪がある。「成熟と喪失」に上野千鶴子が解説を寄せている。

 そのうえで「こういう母親の心理的動揺は、階層秩序の固定化した社会には決して生まれない」と江藤は指摘する。江藤がうすうす気づいているように「農耕社会」のなかでは「母子密着」など起きようがない。母親は労働に忙しいし、母は子にたんに無頓着なだけである。いずれにしても伝統社会のなかでは子供たちはたいして手もかからずに育ち上がる。7歳にもなれば、奉公に出たり子供組に加入したりして親の世界から離れていく。「出世」する選択肢もなく「親のように」生きていくために人並み外れた才覚がいるわけでもない。「母子密着」が起きるのは「近代」に入ってから、中産階級のあいだでのことである。生産の場から放遂され「母」であることだけに存在証明がかかるようになった「専業の母」が成立してからのことである。(中略)この「母子密着」は母の基盤の不安定さと核家族の孤立、そしてそのなかでの父の疎外と最初から構造的に結びついている。(上野千鶴子「成熟と喪失」解説「成熟と喪失」から三十年)

永田の闘争を振り返ると、常にこの近代の抱える「苛立つ母」「恥ずかしい父」「旅立つ息子(娘なのに)」という問題に端を発しているように思える。女でも男並みに社会のなかに居場所を見つけられる、男と同様の地位と尊厳を手に入れることができる、と常に「息子」と「娘」のあいだで揺らいでいた。「近代」の歪にマトモに押しつぶされた人だった。ちょっと硬い話になったけど、今回はこのDVDの話をしたかったのだ。

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田原総一朗の遺言シリーズ。「永田洋子と連合赤軍ー「永田洋子 その愛 その革命 その…」」

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(若いヨ。たぶん今のボクより年下)

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(この人が田中美津。ちょっとエキセントリックな人だった)

司会者「これは1970年代はじめにテレビ東京で放映されたドキュメンタリーをDVD化したもの。30分番組なんだけど、そのあと、水道橋博士と「レッド」の山本直樹、そして元連合赤軍、植垣康博、田原のトークコーナーとなる。ビックリなのはこの番組は田原さんの企画だけど、1973年というあさま山荘事件から1年ぐらいしか経ってない時のものなんですね。で、ホントは永田に話を聞きたかったのだけど、無論ムリなので、永田と親交のあったフェミニズムの元祖、田中美津を招いて田中、永田の往復書簡を紹介し、事件の真相に迫るというもの」

kenzee「田原さんがスゴイのはこの1973年の時点とは、事件のマトモな資料というものがほとんど一般に流通していないのですよ。今でこそ、元メンバーの手記やらいろんな資料が、とくに90年代以降にでてくるようになったが、この時点ではマスコミの報道ぐらいしかなかったハズ。そのマスコミも警察発表ぐらいしか資料と呼べるものはないので、とにかく猟奇事件、男女のもつれによる集団狂気、とスキャンダラスに報道していた。当時の週刊誌の見出しを見るとほぼ、そんな調子だ。この時代に森でもなく、山荘メンバーでもなく、永田に注目した田原さんのジャーナリスト感覚の精度の高さに驚く。しかも、当時の永田のマスコミ評価といえば「鬼ババ」とか「女帝」のような恐怖の女、的なものであったが、田中とともに「女と闘争」という立場から真相に迫ろうという発想は田原氏独自のものだったと思う。後に田原氏はAKB48にハマり、たかみな推しとなるが、永田同様、たかみなもまた「近代」の問題を抱えた宿命の女である。大島でもなく、前田でもなく、たかみなという選択に田原氏の一貫した態度が窺える」

司会者「前回の記事のツイッターなどの反応の中に、「なんで永田洋子の話が急にAKBとかこじらせ女子とかの話に飛ぶのか」というようなのがありました」

kenzee「簡単な話で、「こじらせ女子」の問題とは個々の女性の資質とか性格の問題に還元されガチなんだけど、実際にはまさに近代と「成熟と喪失」の問題系の延長にあるもので、「ギャハハ、あの手の女ども、イタイタしいんだよなア」といった話はオイラはしてないんだよ」

司会者「永田とAKBのナゾかけからはじめていただきたい」

kenzee「アイドル、という業態、というか在り方とは、この日本独特の「近代」にしか現われないものなのだ。さっきの上野さんの引用箇所だけど、前近代の農耕社会ではアイドルというものは存在しようがないのね。だって、7歳ぐらいで奉公に行って、15歳ぐらいで子供(次世代の労働力たる)を産まなきゃならんので、歌ったり踊ったり、水着姿で海岸線を眺めたりしてるヒマがないのである。しかし、戦後の学校教育制度は女に猶予期間を与えてしまったのだ。とっくに初潮を迎えて、身体的にはいつでも子供を産める「大人」でありながら、少なくとも高校卒業ぐらいまでは「子供」としての役割を担わされる。まさにidle……「名詞に付いて、「活動していない」「遊んでいる」などの意を表す」(Weblio辞典)猶予期間を生きることになる。しかし、近代の問題とは、この猶予期間をいつ、終わりにするという取り決めがないという点にある。

通過儀礼が存在する社会では、子供と大人はまったく区別されている。しかし、それは近代における子供と大人の「分割」とは異質である。通過儀礼においては、ひとは仮面を取り替えれば別の人となるが、それらの底に同一の自己は存在しない。ところが、近代社会においては、同一の自己が徐々に発展し成熟していくとみなされる。それが「青春」あるいは「成熟」という困難な問題をもたらすのである。(柄谷行人「日本近代文学の起源」)

つまり、前近代になかったであろう「未成熟」な状態というものが戦後に登場した。「青春」あるいは「成熟」という困難な問題、という柄谷は言うが、アイドルとはその一断面と言える。モノホンの子供であっては商品価値はない、ただし成熟していてはいけない、という不定形な価値。アイドルとは一言でいえばここにどれだけの魅力を詰め込めるかにかかっている。その魅力とは「大人でも子供でもない、ただし近代的な自我だけは表出している状態」とまとめることができるのではないか。「わたしをその辺のフツーの女の子と一緒にしないで」「将来は○×さんのような女優になりたい」といった夢、つまりこれら近代的自我をめぐるコミュニケーションこそアイドルビジネスのキモである。よくグループアイドルを揶揄する言い方で「あんな(握手会とか)の高級なキャバクラだろ?」というものがある。しかし、まったくの見当違いである。キャバクラとグループアイドルではコミュニケーションのあり方がまるで逆なのだ。キャバクラの場合、目的は女性の性的な身体であり、目的は「オトす」という即物的な1点に集約される。だが、アイドルヲタの多くは、目当てのアイドルと交際したいとは露ほども考えていない。その点で小西康陽作詞による「アイドルばかり聴かないで」はキャバクラ寄りの思想で書かれている。岡田康宏「アイドルのいる暮らし」には実際にアイドルと交際してしまったヲタの証言が登場するが、彼によればその記憶は黒歴史なのだそうだ。アイドルヲタとは「未成熟」だけど近代的自我を持った女の子を応援する、そのこと自体が充実である、という精神状態のことにほかならない。

植垣「永田さんはできるだけ声をかけてやらないと身体の調子が悪くなる、そして崩れちゃうんですね、調子が悪くなってなにもできなくなる」

ーでもそれは身体の不調のせいだけではなくて永田さんが人間として自立できてないということではないのですか。

植垣「そういう面もあるかもしれない。(中略)それに永田さんが身体の不調に逃げてしまわざるをえないようなやっかいな問題に対して僕たちの側から答えていく、そして永田さんの負担を少しでも軽くしてあげるという努力があってもよかったのではないかと思う」(植垣康博「連合赤軍27年目の証言」彩流社)

植垣は大学時代の友人だった井村幸司に、死刑の確定した永田を支援するよう伝える。「僕のことは大丈夫だから、永田さんの支援を頼む。あの人は誰かが支えないと崩れてしまう人だから」。井村は上告審がはじまるまで永田を支え続け、刑の確定が近づく頃、永田との婚姻届を提出している。なんともこの、植垣の永田へのチヤホヤぶりがアイドルを巡るコミュニケーションを想起せざるを得ない。ヲタ思考。無論、多くの元メンバーは永田と別れ、分離裁判を経て、社会復帰したり、刑に服したりしている。

永田さんという人はブスじゃないんですよ、もちろん美人じゃないですけど、愛嬌があるんですよね(田原総一朗DVDのトークにおける植垣発言。田原もこの意見に同意している)

とくに美人でもなく、なにかに秀でているという特技のあるわけでもない、ただ、近代的自我だけが肥大したような性格の人物だが、支援を申し出る者があとを絶たない」

司会者「AKB映画って、アイドル映画なのに、エンエンメンバーのインタビューとか独白が続くんですよね」

kenzee「そうなの。○×ちゃんは私よりこの点で秀でていて、私にはこんなコンプレックスがあるんだけど、でも目標に向かってガンバリたい」といった、内面に焦点を当てる。この傾向は2作目「少女たちは傷つきながら、夢をみる」で頂点を極めるが、アイドル映画史においてこれほど「近代的自我」(被災地におけるチャリティーライブでどう内面に変化が生じたか」「流出事件でアイドル活動を辞退したメンバーをどう思うか」といった、極めて即答の難しい問題をつきつけることで生じる葛藤、など)に焦点を当て、またそれが商業的なウリになるという事実を前提とした作品はないだろう。この問題は総括と同じで、一旦、運動を始めるとヲタにも運営にもとめることはできない、暴走車と化すことだ。この「内面」という変数を加えることでオカシクなる集団や社会については昨今の労働問題、たとえば「居酒屋甲子園」の奇妙さなどと合致する。植垣は意外とこの点については早くから気づいていて、「強盗も小屋づくりも仕事なんだからキチっとした仕事ができればそれでいいはずなのに「どういう気持でこの仕事をしたんだ?」なんて内面的な問題を森さんは持ち出してオカしくなった」と発言している。ここまでくれば「こじらせ女子」の問題も、個人の問題ではなく、近代教育と近代社会特有の問題であるとわかるはずだ」

司会者「じゃあ、次は「成熟と喪失」以降の問題として「こじらせ女子」を読み直してみよう、ですかね」

kenzee「あと個人的には植垣康博さんに椎名林檎とか大森靖子とか聴かせて、どう思うかきいてみたいね」

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