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あえて「ペログリ」に行かないのが田中小説の秘訣(田中康夫「33年後のなんとなく、クリスタル」)

kenzee「いつものようにファミマでプレミアム肉まんやコーヒーを喫した後、こち亀とか文藝春秋とか立ち読みしていた。そしたらシャー」

司会者「(アレ? このフリ前にも見たことあるゾ。ハ! 2月に連合赤軍話するときのフリ!)

kenzee「なんで文藝春秋を立ち読みするかというと今回は芥川賞発表号だから。選評だけ読もうと思っていたんだけど、(相変わらずのオヤジ雑誌な内容なので)なんとなくパラパラめくってたら最後のほうに桐野夏生さんの小説の連載があったのね。で、サーっと流し読みしてたら「永田洋子さんを偲ぶ会」とか「山岳ベースの生き残り」とかの言葉がポンポーンと飛び込んだきたのだよ。ナニコレ?コレナニ?桐野さんほどのビッグ作家がビッグ雑誌にナニ、ワシみたいな話してんの?」

司会者「それは小説「夜の谷を行く」の5回目ですね」

kenzee「なにしろ5回目だけをポーンとナナメ読みしたのでどんな話なのかわからないんだけど、どうも山岳ベース事件に関わった人々のその後を追うみたいな感じだ。永田洋子の死をきっかけに何十年後の総括をするべきだ、みたいな?で、主人公の恋人らしき人が「そんなの無意味よ、みんなそれぞれの人生を生きているわ」みたいなことを言っている。フッフッフ、ネエ、わかった? ワシの凄さ」

司会者「エ?ナニが(鼻くそをほじりながら)」

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kenzee「ワシの本、半分アイドルの話で半分永田洋子の話してるワケだけども、「プ、なんで今さら永田洋子の話なんだよ、死んでからもう3年も経ってるし、事件からもう42年も経ってる中途半端な時期に。ヘンな本」と言われることもあった。しかし、オレの作家的タイム感が実は桐野クラスの精度であったとようやく理解していただけたかナ?」

司会者「事件43周年のこのヘンな時期に連合赤軍の小説が文藝春秋に連載されているとは思わなかったね」

kenzee「「アイドルと連合赤軍てナニ?このキチガイ本」みたいな反応もあったが、マ、ボクみたいな時代より3歩ぐらい進んじゃってるアーティストのツラさ? ちょっと早すぎたかネー」

司会者「コテコテの全共闘世代とかじゃなくて、そのだいぶ下ですよね、桐野さん」

kenzee「エートね、あさま山荘事件30周年の時にいろんな特集とか本がでたけどその時に桐野さんもなにかでコメントしていたのを憶えている。それは事件当時、桐野さんは中学生だったらしいのだが、90パーセント近い視聴率を記録した山荘生中継に釘付けだったそうだ。そして突入の日、催涙ガスに耐え切れなくなった坂口弘は山荘北側の雨戸を開けた。はじめて犯人がメディアに姿を現した瞬間だ。その出で立ちとは銃を片手に、ボサボサ頭にタオルをバンダナのように巻いて頭上を見上げるというものだった。この映像は現在でもYou Tubeなどで簡単に観ることができる。中学生の桐野さんは不覚にもその出で立ちが「カッコいい」と思った、という話だった。学生運動のヘルメット、マスク、角材、といった定番スタイルからずっと先に行っているように見えた、と。実際にはあの坂口スタイルは山岳ベース生活で髪が伸び放題になってしまい、前髪がジャマになったので仕方なくバンダナ風にタオルを巻いていた、ということなんだけどね。だからボクは映画「実録連合赤軍」のARATA演じる坂口が坊主なのはオカしいと常々思っているんだ。そんな桐野さん視点の小説なのかな?」

司会者「ちゃんと最初から読まないと。そんなガッツリ連合赤軍話じゃないかもしれないし」

kenzee「で、今回は田中康夫の最新小説「33年後のなんとなく、クリスタル」の話だ。

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これは秀逸なタイトルだ。なにしろそのままの話だからね。1980年の田中氏のベストセラー、「なんとなく、クリスタル」の登場人物たちが今や50代となって再登場する。そして主人公、ヤスオが同窓会的に彼女らと再会し、近況や過去を語り合う、というドラマ性とか自然主義とかストラクチャーとかそういう文学の概念ゼロのほとんどエッセイみたいな小説。これをドードーとできるのは確かに田中康夫をおいてほかにいない。ヤスオは犬の散歩の途中、参院選の投票帰りだというかつての小説の登場人物、江美子に声をかけられる。数十年ぶりの再会。近況など語り合う。帰宅後、江美子よりフェイスブックのメッセージが届いているのを確認する。フェイスブックを通じ、かつての登場人物たちのコミュニティが存在することをヤスオは知る。そしてかつての小説の主人公、由利とサシで再会することとなる。ヤスオの妻、メグミ公認で。かくしてフランス家庭料理を供する南青山のこぢんまりとしたレストランでささやかな同窓会と相成る。このあたりは田中氏のお得意フィールドである。いろいろ料理名とかウンチクがでてきます。小説では女子大生でモデルだった由利は卒業後、モデル活動を辞め、フランスの化粧品ブランドの日本法人に就職する。やがて彼女はロンドンの経営大学院に留学する。かつての小説から20年目、というから2000年のことであろう。2年間、学んだあと、帰国し、現在では独立。広報のオフィスを経営している。そしてこの年まで未婚。よくわからないけどたぶん、オシャレな人生なのだろう。「昔の女友達と再会し、「ヤッダー、ヤッシー久しぶりー」「オ、○子ジャン。懐かしいナー、今度食事でもどう?」基本、この小説はこの繰り返しである。そして隠れ家みたいなレストランやバーで語らい、この33年を振り返る、というミニマルミュージックみたいな構成なのである。これで場が持つからスゴイ」

司会者「久しぶりに再会して、焼けぼっくいに火がつく的な恋愛への発展とかないんですか。こんな、結構長い小説なのに」

kenzee「ない。それがスゴイ。田中氏より5つぐらい上の世代だと・・・つまり政治の季節に青春を送った世代の小説だと確実にその展開になるだろうが、田中小説は「ホンット懐かしいよネー。今日は楽しかったヨー」でちゃんと話が終わるからね。ソッチに行かないで成立するというのは発明と言っていいかもしれない。でも、無論田中康夫である。草食系というわけではない。愛宕下の醍醐という料亭で「南アフリカへ行く」という由利のために再度、会食する。そしてワインも前回より進み、これからのことについて割と突っ込んでヤスオに打ち明けた由利は・・・」

 由利は僕を見つめる。そうして囁いた。
「ねえキッスさせて、ヤスオ。あの日と同じように」
 唇を合わせる。すると、さしもの「記憶の円盤」もすべては捉えきれぬほどに数多くの、三十数年間のさまざまな場面が眼蓋に映し出される。次第に由利の花唇も開いていく。あたかも抽送を繰り返すかのように、二人の舌が絡まり始める。樽熟成の効いた芳醇な体躯のヴィーノ・デッラ・パーチェとお互いの唾液が、混ざり合った」(33年目のなんとなく、クリスタル)

50代半ばですヨ」

司会者「ワインと唾液の混ざり合った濃厚ブレンドですヨ」

kenzee「キッス」

司会者「樽熟成とキッス」

kenzee「田中康夫のような作家ってちょっと思いつかないんですよ。つまり、ナントカ派とかくくりようがないというか。でもちゃんと大ベストセラーがある。不思議な資質だ。この「33年後」もホントに懐かしむだけ懐かしんで終わりっていう変わった小説なんだけど、読んで損したとは思わない。で、やっぱり何かに感触が似ている、とも思うのだ。ズバリ言うと紡木たくの漫画に似ているのだよ。ひたすら「あの頃のボク(私たち)ってバカだったけど、輝いてたよね」っていう時のヤンキーの回想のトーンなんですな。無論、紡木たくの場合はもうちょっと複雑で現在セリフと回想のなかの友人のセリフが同一コマのなかに同居するみたいなエラいことが起こったりするんだが、創作の態度として同じだと思うのだね。でてくる小物が自動販売機の缶コーラか、ヴィーノ・デッラ・パーチェかの違いで。マクドか醍醐かの違いで。もひとつ言うとこの小説にはヤスオ以外女友達しか出てこない。男性キャラクターも登場するが、それは長野県知事時代の反対勢力とか西海岸へ渡った「もとクリ」のもうひとりの主人公、淳一であったり回想のなかだけに登場する。そうでなければレストランのウェイターとか行きつけの美容院の美容師とか客と店員の関係で、同等の「男だぜ」という関係の男は登場しないのである。つまり、元ヤンキーの女が集まって「昔はアタシらブイブイいわせてたよネー。ところで最近、どう」のトーンなのである。ハッキリ言おう。「33年後」とはいっぱい政治とか社会の話とかフレンチとかイタリアンとかシャンパンの登場する倒錯したケータイ小説なのだ」

司会者「これは速水さんも「ケータイ小説的」で指摘してますけど、ケータイ小説には事件が起きないんですよね。DVの彼氏が交通事故で死んでも、ソレ回想の中にあって。ひとことで言うと「アタイもイロイロあったけど、この思い出を胸に、これからも強く生きるよ」というストラクチャーでできている。完全に「33年後」はその構造でできている。これこそが田中小説の決定的な特質である。田中小説は33年前のデビュー作より純文学のプロパーから「こんなものは文学ではない」といったほとんど罵倒に近い批判を受けることが多かった。たとえば「人間が描けていない」といったような。だが、それらの批判とはゼロ年代に氾濫したケータイ小説への批判に似ていないだろうか。ボクはさっきの「樽熟成キッス」のシーンはひとつの踏み絵であったと思うのだ。これがいわゆる「純文学」であるならその唾液を絡ませたままケータイ片手に赤プリなどを押さえ、田中用語で言うところの「ペログリ」へと展開し、マジ恋愛へとコマを進めるところなのだ。ところが「33年後」は「樽熟成唾液キッス」のあと、サッサと表参道美容室でのAOR談義のシーンへと進んでしまう。そして何事もなかったかのように「かつてのAORの音楽にはしなやかさがあったよネ」と、いつもの田中節へと戻る。決して事件は起こらないし、起こってはいけない。これは紡木漫画やケータイ小説のマナーでもある。ここに田中小説がとんでもない売れ方をする秘訣があるように思う。つまり、紡木やケータイ小説の構造がスナック菓子のようなものと考えると田中小説とはポテトチップスのうえにに高級なチーズやフルーツを載せているようなところがある。それは確かに料理評論家が見れば激怒するような食べ物かもしれない。しかし。ホントにそんなツマミがバーとかででてきたら一応食ってしまうと思いません? コイケヤの下品に塩辛いポテトチップスに高級なブルーチーズやフレッシュフルーツが載っていたら。文句を言いながらも病みつきになってしまうはずだ」

司会者「小説の話したの久しぶりだなア」

kenzee「ワシ、自称文芸評論家やからネ。もしや「コイツ、田中小説バカにしてんのか」とお思いの方もいるかもしれない。でも、こんなボクでも登場するシャンパンやヴィーノ・デッラ・パーチェを一度は飲んでみたいと思うのだ。ボクは最近、外で飲むと言えばもっぱら立って飲むところばっかりだからね。次回は桐野小説をちゃんと図書館でさかのぼって読んでみようかね」

Vino1

画像検索したらでてきた。コレがヴィーノ・デッラ・パーチェ? ナニ?このキャワイイラベルとか。これ飲んでキッスするデエ。(55歳ぐらいと?)

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