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ヤンク不在の時代ってあるネ(1998年の宇多田ヒカルと1979年の歌謡曲)

kenzee「最近、2冊の本を読んだ」

・宇野維正「1998年の宇多田ヒカル」(新潮新書)

1998

・スージー鈴木「1979年の歌謡曲」(彩流社)

1979



司会者「どちらもある年代にフォーカスした歌謡曲の本」

kenzee「宇野さんの本はジャーナリスティックに「98年になにが起こったのか」と掘り起こしていくタイプなんだけど、スージー鈴木さんのほうは、結構オタク的に独善的に解釈していくところがあって、読み物としては「1979年」のほうが娯楽性が高い。むしろ、宇野さんは本の中でも言ってるように、「98年が、日本のポップ・ミュージック史において「特別な年」であることはあまりにも自明なのに、どうしてこれまでそのことについて真正面から考察した書籍や本格的な論考がなかったのだろう?」という疑問からスタートした、紙の本で残しておく、という記録としての意義が大きい本。ボクにとっても98年は他人事ではない年で、昨日買って一気に読んでしまった」

司会者「まず、著者の宇野維正さんは、1996年から2006年までロッキンオンに在籍され、「BUZZ」や「JAPAN」で編集を手掛けてこられた方。現在はフリーの映画・音楽ジャーナリストとして活躍中。これが初の単著となります」

kenzee「この本は帯にもあるように、宇多田、椎名林檎、aiko、浜崎の登場した98年はJポップにとって重要な年でCDの生産量も我が国最高を記録した。中でも宇多田のファーストは現在までに1000万枚のセールスを記録した歴史的な年である、と。この後、CDはジリ貧になっていく。ターニングポイントの年。この年、ボクは24歳。とてもヤングであった。そしてCDショップで働いていたのだよ。この本にも登場する「2001年3月28日」のことは今でもよく覚えている。宇多田のセカンドと浜崎初ベストの発売日だ。宇多田がフツーの仕様のCDパッケージだったのに対して浜崎CDは特殊仕様でさらにくじ引きもついてきた。ボクに勤めていた弱小店にはせいぜいポスターぐらいしか販促物がこなかったのだけど、ヨソのワルツ堂とかツタヤとか行くと、豪華なポップが展開されていた。さらにアメ村のタワーなど入り口の前の3坪ぐらいが宇多田と浜崎に割かれていて、大展開で驚いたものだった。レコード業界祭の様相であった。この本の面白いところは各アーティスト論の部分より、当時の「音楽聴き」を取り巻く状況、環境の記述だ。98年は4億5千万枚もCDが生産されたわけで今の3倍近いのだが、なんで、当時の日本人はそんなに躍起になってCDを買ったのか?という話があるのだが。面白そうでしょう?」

司会者「自分の胸に手を当てて思い出せばイイジャン」

kenzee「それが自分でもわからないんだよ。オイラも月に3万円近いお金をCDにつぎ込んでいたんだ。恐ろしいことに1回か2回しか聴かなかったCDも多い。今の20代の子が聞いたなら意味不明だろう。ボクは当時まだケータイをもってなくて、通信費という固定費がなかったから、というのと、単純に音楽を聴くぐらいしか趣味がなかった、というのが理由だと思う」

古市憲寿さんのような若者「そんなの、ツタヤでレンタルすれば大幅にコストカットになるじゃないですカー」

kenzee「そうだ。MDにダビングすれば安くおさまるのだ。しかし、それをしないで1枚3000円もするCDをホイホイ買ってしまう。今まで自分でもその心理を説明できなかった。しかし宇野さんのこの解説でナルホド納得したのだった。

当時、多くの音楽リスナーは二つの定説を信じていた。一つは「CDは半永久的に劣化しないメディアである」ということ。もう一つは「CDに収録されているデジタル音源は一般リスナーが手にすることができる最も音質の優れた音音源である」ということ。(1998年の宇多田ヒカル)

光学ディスクであるCDが永久保証なワケはなくて、80年代のCDとか久しぶりにパソコンで聴こうとしたら再生できなかった、なんていう経験は皆さんもあるだろう。あと、CDの規格がすでに35年以上も昔に決められたものであって、現在のデジタル環境に照らせば「比較的マシ」なものに過ぎないことは現在では周知の通りだ。しかし、CDこそが真正の音源だと思い込んでいたのだ。ボクたちは。これを宇野さんは「CD信仰」と呼んで「牧歌的な時代だった」と懐かしんでいる。2000年代半ば以降は、音楽はほとんどmp3で聴いていて、CDなんて最初にリッピングするときだけだったんだけど、apple musicをやりはじめるとmp3すらあんまり聴かなくなるという。恐ろしいネ、ホント」

司会者「kenzee自身は98年の音楽をどう考えていたの?」

kenzee「やはり宇多田と椎名林檎の登場は衝撃的だった。なにより歌詞だった。彼女達の歌詞を聴くと、それまでの小室さんや職業作詞家の歌詞が子供だましのように思えてくるのだった。平面だった世界が急に立体的になったかのような印象だった。この本にも登場するけど、さらにスガシカオの登場が追い討ちをかけた。98年とはボクにとってはリリック革命だった」

司会者「サウンドじゃなかったの?」

kenzee「違った。すでにメアリーJブライジとかTLCとかR&Bを齧っていたボクの耳には宇多田のファーストが特別新しい音楽とは思わなかったんだ。(特別新しくない、そここそが宇多田ファーストの本質である) 椎名林檎も同様。ピアノ・オリエンテッドなパンクだと思った。つまり、音楽的なパンクだと思ったんだけど、売れる音楽だとは思えなかった」

司会者「宇野さんのように「この子たちを応援するデー!という感じではなかった?」

kenzee「違う。むしろ「ボクは割りと好きだナ。でも、世間のバカヤツラどもにはこの子たちのやってることは理解できないだろう」とかエラソーなことを思っていた」

司会者「イヤなCD屋」

kenzee「それがあの爆発的な大ヒットとなる。これはボクも革命だと思ったよ。世間のほうが変わったのだと思った。あまりにこの二人が圧倒的過ぎてaikoについては一昨年までロクに注意を払ったことはなかったのだ。この宇野さんの本は、特に新しい解釈とか見方といった評論ではなくて、記録を残すという意味合いの強い内容で、正確を期すあまり、ちょっと息詰まるような文章でもあるけど、ポップスの話なのでサラっと読める。正統派の新書だ。宇野さんが触れなかった98年話をボクなりに付け足すと、98年のJポップってヤンク成分ゼロだったんだよ」

司会者「ヤンク成分とは?」

kenzee「日本のポップミュージックには常に一定数の「ヤンキー、ツッパリ引き受けます」という勢力がいる。キャロルやBOOWYなどだ。無論、浜崎はヤンクなのだが、98年の時点ではそれほどヤンクではなかった。ちなみにドラゴンアッシュやハイスタはヤンクミュージックではない。あれはリア充ミュージックなのだ。気志団もヤンクではない。つまり、音楽のクオリティがそのまま、セールスに繋がったという稀有な時代なのだ。これはスージー鈴木さんの1979年の歌謡曲の状況にとても似ている。

79年という年は、ヤンキー的な音楽が鳴りをひそめた年である。キャロル→ダウンタウン・ブギウギバンドの流れと、80年代初頭の横浜銀蠅台頭の間の時期。(1979年の歌謡曲)

スージーさんによれば79年はミッキー吉野の全盛期でサザン、ゴダイゴ、オフコース、チューリップと、音楽クオリティがそのままセールスになり、ピンクレディーなどのアイドルが凋落、ヤンキー不在の年ということだ。なんか田舎の進学校みたいな音楽シーンだ。ただし、翌年、YMOの登場、山下達郎ブレイク、聖子ちゃん登場、パンク、ニューウェイブ登場とミッキーの存在感がアッサリ薄れる。79年と98年はよく似ている」

司会者「79年にとっての80年は達郎やYMOや80年代アイドルの登場かもだけど、98年にとっての「80年」はあるんですかね?」

kenzee「ボクは98年って実際には2004年ごろまでダラダラ続いていたんじゃないかと思うんだ。低空飛行で。で、205年あたりからシーンの断片化がはじまっていったんじゃないかな」

司会者「ヤンクはどこに行ったんでしょうか」

kenzee「エグザイルのようなマイルドヤンク化が観察される。ちなみにホンモノのヤンクミュージックはフェスなどに出演しない。常にワンマンなのだ」

司会者「これで終わりかナ?」

kenzee「あともうイッコだけ! ボク、この半年ぐらいずっと、明治以来の歌謡曲史の見直し作業というのをホソボソとやっているのだ。キッカケはたかじんの「やっぱ好きやねん」を聴いていて、不思議に思ったからなのだ。たかじんのヒット曲はすべて、「おんな歌」(男性が女性の立場で歌う)なのだ。これはよく演歌やムード歌謡で観察されるパターンなのだが、その手の歌に登場する女の人って判で押したように同じようなキャラの人がでてくるワケだよ。スゴイ女々しい場末の水商売系の女、という。複雑な生育暦があって、学歴もたぶん低い、というような。「やっぱりアンタしかおらへん、強く抱きしめて」といったような。現実にはありえないようなタイプの女の人なのだ。で、それを歌う歌手は大体イカツイ系のオッサン歌手であるという。どのようにしてこの「女々しい水商売女を暴力的なオッサンが情熱的に歌う」というパフォーマンスが形成されたのかを調べようと思った。そしたら明治ぐらいまで遡らないとダメってことがわかった。でも、いろいろ面白いことがわかってきた。これは新書一冊分ぐらいのテーマにはなると思うんだ。今年はこれを形にしたいね。その調査の一環で古賀政男の評伝とかも読んだんだけど、宇野さんの本に浜崎の放蕩浪費話でてくるじゃない。

「ayu LIFE STYLE BOOK」は強烈な一冊だった。(中略)浜崎あゆみが買い集めたブランド品や貴金属の数々、美容の秘訣、そして逗子と東京とロサンゼルスの三箇所にある唖然とするほどゴージャスな自宅の紹介や、ドバイ、バリ、ハワイ、ラスベガス、モルディブ、ロンドン、香港などの行きつけの場所でのラグジュアリーな旅行生活。(中略)その写真の中にいる浜崎あゆみの夢のような生活を送っているのにどうしようもなく空虚な姿に、自宅のネバーランドに友人やジャーナリストを招待したり、テレビカメラの前で高級骨董品店の美術品を棚ごと買い占めてみせたりしていた、晩年近くのマイケル・ジャクソンの姿を重ねずにはいられなかった。(1998年の宇多田ヒカル)

古賀政男の晩年はこうだ。

最晩年の古賀政男は「ぼくは寂しいのよ」が口癖だった。古賀は人生を振り返り、己の人生が空虚なものであることを感じた。(中略)古賀政男に大病が次々と襲った。その一方ではデパートに赴き、宝石を買い漁った。収拾した美術品はピカソ、ルノアールらの巨匠の絵画、大陸伝来の陶磁器などすべて高価な一級品である。金満生活と美食にも浸った。元来が質素な生活だっただけに、この晩年の姿が一人歩きしてしまった。(菊池清麿「評伝古賀政男」アテネ書房)

一体、成功とはなんなのだろう」

司会者「ていうか、ピカソ、ルノアールって。古賀政男のほうが浜崎よりうわてな気がするナ」

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コメント

お久し振りです
ずっと更新無くて、内心ちょっ心配しておりました
この本が発売になると知った時、kenzeeさんならどう評価するのかな…と
微かにナニかを期待していました
たまたま深夜に覗いてみたら新しい書き込みがあり、シアワセな気持ちになりましたよ

このたび、Amazonである本と一緒に取り寄せ、あしたココアでも飲みながら読むつもりでいます
では、おやすみなさい

投稿: 774 | 2016年1月17日 (日) 04時25分

お久しぶりです。98年といえば多感な時期だったのではっきり覚えていますよ。
この二者が台頭してから、ドリカム・美里・大黒摩季・ZARDなどの女性アーティストの歌が少々色褪せて見えたのは事実です。
同時にセールス的な低迷や音楽性の模索なんかも始まって一気に退潮していきますね。
ヤンキーのアイドルだった工藤静香も98年の河村隆一プロデュースの曲がヒットしたのを最後に低迷→結婚という区切りがつきます。

そういえばCDっていつまで持つんですかね。
ポリカーボネートがダメになるとかアルミ蒸着がダメになるとかいう話がありますが、家にある84年の中森明菜のCDとかまだ聴けますし。

投稿: 紅 | 2016年1月17日 (日) 06時45分

774さん。
ア、ドウモお久しぶりです。アレですねaikoの章に触れないのか問題ですね。宇野さんは宇多田も椎名もインタビューしたことがあるそうなのですが、aikoだけは何度もオファーしたけどダメだったみたい。宇野さんみたいな突っ込んだ質問するヤツはアウト、みたいな規定があるみたいヤネ。ヌルヌルした受け答えしかししない媒体のみオーケーという。宇多田椎名が意外とプライベートでの交流が続いているとか、宇多田カヴァーに浜崎参加とかあるのに孤高のaiko。そんな独裁者みたいなaikoが好きだヨ。。。

投稿: kenzee | 2016年1月17日 (日) 09時17分

紅さん。
ア、ドウモお久しぶりです。
98年は「急にきた」って感じでしたよ。モー娘まで含めてリリック革命だったな。そしてネットがまだそんな普及していなかった、とか。いろんな偶然が折り重なている。なにしろ98年にはまだ2chがなかったのである。ネット社会が到来すると椎名のような天才も炎上オバサンと化してしまうのであった。久しぶりに宇多田ファーストとか無罪モラトリアムとか桜の木の下とか聴いてみたら、全然昔の音楽という感じがしないのね。今のユニゾンとかトーフビーツと続けて聴いても違和感がない。(昔のCDなのに音圧の差も感じられない)これが98年にオフコースのYse-Noとか長渕乾杯とか聴いたら「昔の歌」という感じがしたハズで、98年の普遍性スゴイと思った次第。98年は他のベテランミュージシャンもこの熱につられてウッカリ傑作をものする、ということもあった気がする。山下達郎「COZY」('98)とか槇原「Cicada」('99)とか。小沢健二の最後の方のシングル数枚とか。

投稿: kenzee | 2016年1月17日 (日) 09時43分

宇野さんの本は未読ですが、98年がヤンキー成分ゼロというのはちょっと言い過ぎかな??
確かに安室奈美恵が結婚・休養を発表し、ヤンキー音楽のアイコンが失われた感はありますが
B'zが既に揺るぎないメジャーの地位を確立しており、GLAYやラルクがヤンキー音楽の需要に応えていた状況は無視出来ないと思いますが、いかがでしょうか。

投稿: 放出東 | 2016年1月17日 (日) 12時28分

放出東さん。
ヤンキー音楽を定義するのは難しいわけだが、「大人が眉をひそめるような」「反社会的な不穏さを感じさせる」といった要件が必要だろう。つまり、若者をたぶらかす表現なのではないかと大人の神経を逆撫でするような要素が不可欠である。キャロルやXJAPANや99年頃の浜崎には確かに不穏さがあったのである。98年の時点ですでにB'zやGLAYは国民的な人気を誇っており、「反社会的」の要件を欠いている。むしろこの時代なら河村隆一のほうが辛うじてヤンキー需要を引き受けていたように思う。努めてクリーンさをアピールするような演出を含めて。ただ、確かにラルクだけは不穏だ。98年にラルクが背負っていたものは案外大きいかも。

投稿: kenzee | 2016年1月17日 (日) 13時16分

南野陽子の「VIRGINAL」(86年)を今更聴いてるんですが、これを96年や06年の作品と同じように聴けと言われても…という部分はあります。名盤だとは思いますが。
でもJAMの「POP LIFE」(98年)とかCoccoの「クムイウタ」(98年)とか、未だに現役バンドの曲と並べて聴けますからね。
あ、ピチカートのプレイボーイ・プレイガール(98年)も好きですよ。

投稿: 紅 | 2016年1月17日 (日) 16時11分

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