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新しいビジネス始めるために20万部売ろうと思う(kenzee社長40代の野望)

kenzee「今さら「定本・風俗営業取締りー風営法と性・ダンス・カジノを規制するこの国のありかた」永井良和(河出ブックス)を読んだ。日本の風俗営業を取り締る風営法、正しくは「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」を巡る歴史と問題系を一冊にまとめたもの。無論、近年の「クラブ規制」問題にも触れている。法律にはマッタク無知はボクだけど、普通に「ラブホテルとシティホテルを分類する基準」とか近年、爆発的に増殖している無店舗型風俗、ホテヘルやデリヘルはナゼ認可制ではなく届出制なのかとか2015年の風営法改正で「ダンス」が法律の条文から消えたってんで音楽関係者快哉をあげたワケだけど、その代わり「遊興」というそれまで風俗取締りになかった概念がでてきて余計にどうなの的な状況のクラブ規制問題とかいろいろ面白い本でした。そこでね、ボク、新しいビジネスを考えたの! 聞いてくれる?」

司会者「(ハ、ウサンくさそうなイントロ!)」

kenzee「カフェなんだけど、コスプレみたいな格好の女の子がいっぱいいて給仕してくれるカフェなの!」

司会者「それタダのメイド喫茶じゃねえか!」

kenzee「それがタダのメイド喫茶とは違うのだ。ホットコーヒー(一杯1000円)を注文すると好みのバイトの女の子が給仕をしてくれて、握手できます。そして3分間お喋りできるのデス! 「握手カフェ」! なんで誰もやってないんだろう? 無論、3分間で満足できずに何杯もコーヒーおかわりするヤツが続出すること間違いナシ。この商売のキモは酒類は提供しなってことなの。「酒類の提供」と「深夜営業」「ダンス」が絡むと風営法に引っかかるからネ! そして「握手」という接触に金銭が発生するのではないということだ。1000円というのは飽くまでコーヒー代だからね。10杯9500円の回数券も飛ぶように売れます」

司会者「メイド喫茶をより雑にした感じだな」

kenzee「コスプレ衣装に関しては各々バイトの女の子にまかせるよ。露出が多めならなんでもいいヨ! この商売のいいところは適当な雑居ビルのテナントとバリスタの機械と10人ぐらいのバイトの女の子がいればすぐ始められるということだ。風俗ですらないので食品衛生管理者の届出だけだしとけば(ビデオ観るだけで誰でもだせる届)すぐにでも始めれるヨ! 一応、カレーとかオムライスとかケーキ(不二家のショートケーキ)とかもだしますよ」

男性客「ハナコちゃん、はじめまして・・・。いつもツイッター見てるよ。甘いもの好きなんでしょ? ケーキおごってあげるよ」

ハナコ「エー! 嬉しい。ハナコ不二家のショートケーキ超好きなんだ!」

kenzee「1000円でございます」

司会者「そこでもボッタくるのかよ!」

kenzee「当店がそこらのアイドル商売と決定的に違うのははじめにバーンと看板とかサイトのトップページにコンセプトを掲げてるトコやね」

 当店のアルバイトの女の子はみんな彼氏がいます。ご了承ください。店主

kenzee「これで炎上対策もバッチリ! バイトの子には最初にこう言います。「バンバン恋愛はしてください。(無論、客とデキちゃダメだよ)そしてツイッターやインスタにもアツアツ画像をアップしまくってください。

ハナコのツイッター「今日わぁ、カレとお、USJに来ちゃいマシタ!ピ~ス(パシャ)」

kenzee「全然アリです」

ハナコのツイッター「今日わぁ、ハナコの誕生日デ~ス! カレとラブホ来ちゃいマシタ! もう5回もイカされたヨ!!!」

kenzee「全然アリです。そこでノコギリ持って襲ってくるようなヤツはウチの客の資格は無いネ。とにかく簡単に始められてバンバン儲かるのでドンドン地方にも進出するヨ! 今はどこの地方の繁華街も空きテナントだらけだからネ! ボクは実業家になるよ!」

司会者「kenzee社長、質問がたくさん寄せられています」

Q1「ぼくはコーヒーが苦手なのですが・・・」

kenzee社長の回答「コーラ(一杯1000円)もあります」

Q2「好みの女の子とツーショットチェキは撮れますか・・・?」

kenzee社長の回答「スペシャルブレンドコーヒー(2000円)をご注文いただいたお客様のみの特典となっております」

Q3「だからコーヒー苦手なんですが・・・」

kenzee社長の回答「スペシャルブレンドコーラ(2000円)という手もあります」

Q4「ヲイヲイ、それタダのコカコーラじゃないのwww」

kenzee社長の回答「いえ、スペシャルブレンドコーラ(2000円)です(キリッ)」

Q5「あの・・・何度も通ってるウチに本気でハナコさんのことが好きになってしまったんですが・・・どうすればいいですか・・・」

kenzee社長の回答「だから彼氏いるって言ってるだろ!(ガチャ)」

司会者「大変な商売だなあ」

kenzee社長「定期的に常連客を集めてフォークダンス大会などの接触イベントも行います」

司会者「ダンスさせたら風営法的にマズかったんじゃなかったのかよ!」

kenzee「ざっとボク的な計算だと取り急ぎ1000万あれば梅田で10坪ぐらいの物件でスタートできるのではないかと雑に算段」

司会者「その初期費用とどうして工面するかだね」

kenzee「その金策もすでに考えてある。ボクは作家なので本をだすのだ。新書で20万部売る。これで1500万ぐらい印税が手元に残る。これを元手に開店資金、そしてハナコとかの人件費にあてる。CDもだすのでレコーディング代と(作詞・作曲・編曲はkenzee社長がジキジキに行うのでここは大幅にコスト削減!)プレス代も含めるとこのぐらいいるのだ。これはマキシシングルで店頭のみでの販売。アマゾンやタワーの通販には卸さない。ハナコとかのサインいりで2800円で販売予定! これがボクの40代の人生計画」

司会者「20万部売れる新書ってどんな内容なのよ」

kenzee「前からチョイチョイ「イカツイ雰囲気の男性歌手が女々しい女の気持ちを女言葉で歌う歌謡曲についての論考を書くといっていたが、いろんなことがわかってきた。この、パンチパーマなどのコワそうなオヤジが「アナタなしでは、ワタシ、生きていけないのよ~」とか歌う文化とはなんなのか、という疑問だが、ちゃんと先行研究がある。富山大学、関西大学で教鞭をとる中河伸俊に「転身歌唱の近代」という論考がある。中河は上記のようなジェンダー交差歌唱のことをクロス・ジェンダード・パフォーマンス(CGP)と名付け、比較文化的な視点からみれば、日本のポピュラー音楽の際立った特徴だと指摘している。通常、小林旭「昔の名前ででています」とかロス・プリモスの「ラブユー東京」ぴんからトリオ「女のみち」のような演歌、ムード歌謡特有の現象だと読者は思うだろう。いわゆる若者向けのJ-POPにCGPなどないと思い込んでいるだろう。しかし、このCGPは演歌を特徴づける歌唱スタイルにも関わらず、連綿とイマドキのポップスにも受け継がれているのだ。たとえば長渕剛「巡恋歌」チャゲアス「ひとり咲き」「男と女」やしきたかじん「やっぱ好きやねん」「あんた」「一途」「大阪恋物語」上田正樹「悲しい色やね」徳永英明「レイニーブルー」山下達郎「エンドレス・ゲーム」「忘れないで」「甘く危険な香り」福山雅治「Squall」「milk tea」エグザイル「Ti Amo」などなど。なかなか根の深い文化だとわかる。中河によれば海外のポピュラー音楽には見られない日本固有のものだということだ。ジャズやポップスの定番曲の場合、もともと女性歌唱でヒットした曲を男性歌手がカヴァーして再ヒット、といったパターンは多数あるが、日本語のような「だわ、のよ、かしら」といった女性を表す助詞が英語にはないことからそのままカヴァーして成立するケースが多いのだ。また、CGPの特徴として「女々しく、弱々しい女の姿を描く」という伝統があるが、英語圏の場合、大前提としてクリスチャニティが横たわっているからか、そこまでそこまでどうしようもない女の姿が描かれることもない。また、黒人のブルースのどうしようもなさというのはまた別件のものである。さらに先行研究を探ると寿岳章子という国語学者にブチ当たる。1979年に発表された「日本語と女」(岩波新書)のなかに「うたの中の女」という章が登場する。この中でスゴイ調査があった。日本の歌謡曲、演歌、フォークなどから844曲を抽出し、歌のなかの女たちの振る舞いやどのような状況に置かれているかを教えている学生をバイトに使って詳細な身の上調査書を作成したのだ。なにしろ79年だ。レンタル屋などない時代である。全部レコードを研究費で購入したのか。人文系の黄金時代かもしれない。とにかくオイラの論考にとってはありがたい資料だ。さらに寿岳の弟子筋にあたるらしい金秀容(キム・スヨン)は「ことばとジェンダーの未来図」(明石書店)のなかの論考「歌に見る女性像・男性像」のなかで2000年以降のJ-POPを使って同じ身の上調査を行っている。金の調査ではV系などまで射程に入っており、興味深い。また、ボクはもうひとつ、CGPで気になったことがある。「だわ、のよ、かしら」といった女言葉の多用である。女性が主人公の歌なのだから当然だろうと読者は思うかもしれない。しかし、女性シンガーソングライターの歌詞には驚くほどそのような女言葉は登場しない。たとえば98年組の宇多田ヒカル、aiko、椎名林檎の歌詞にはまず登場しない。ユーミンさんや中島みゆきですらほとんど見られない。同じように女性の恋愛を描いているのにだ。もしやCGPに登場する女性とは極端に記号化されたカッコつきの「女性」なのではないか。男の脳内にしか存在しない幻想の女、そういう存在なのでは。そこでまったく別筋の先行研究にブチ当たる。大阪大学で教える金水敏の「役割語」の研究だ。「ヴァーチャル日本語・役割語の謎」(岩波書店)によれば日本語のマンガや小説などのサブカルチャーには特定のキャラに特有の語尾、助詞を使用させることでキャラ説明を効率よくする風習がある。たとえば老博士は「~じゃよ(含蓄に富んだ老人)」、関西人は「~でんねん、まんねん(竹を割ったような明るい性格)」お嬢様「アラ、よくってよ」、中国人「~アルヨ」これらはまったく現実を反映していないのにドラマやマンガを消費するうえで誰も疑問を挟むことはない。なんだコレ?という研究を金水氏は90年代から続けている。ボクはCGPにおける「だわ、のよ、かしら」は「役割語」なのではないかと考える。つまり、なにかの効率化が図られたのではないか、と。他にも寿岳の弟子筋の遠藤織枝「女ことばの文化史」、中村桃子「女ことばと日本語」などにも重要な示唆を受けた」

司会者「ところでイカツイオッサンが女々しい歌を歌う、という構図はなんでそうなるんですか。確かにひよわそうなスピッツの草野マサムネのような歌手がCGPを歌うことはなさそうだ。なんでだろう」

kenze「実は上記の話は所詮、先行研究でこっからがボクの論考のキモだ。日本の男性ポピュラー歌手の歴史とは長渕剛や松山千春やチャゲアスや福山やエグザイルのような「CGP上等」という暴力的な背景を感じさせる人々による「CGP派」と小田和正や尾崎豊やミスチルや小沢健二や草野マサムネのような比較的文科系で、「あなたしか、いないのよ~」のような歌詞を自分では絶対に歌わない「ノンCGP派」に分類することができる」

司会者「すると、ヤクザ感、ヤンキー感のある男性歌手はCGPいけるけど、小沢健二さんのような文科系の歌手はCGPムリってだけの話? それで20万部は難しいなア」

kenzee「ここから大変なことが起こる。「CGP上等」と「CGPムリ」の違いとはつまり、人間観の違いなのだ。でね、音楽ジャーナリズムにおいて日本のポピュラー音楽の歴史の記述の仕方というのは基本、サウンド中心に編まれてきたのだよ。たとえば、吉田拓郎の後輩フォーク歌手として登場した長渕剛、どちらも反骨のフォーク歌手、という。あるいは山下達郎のブレイク以降、登場したシティポップ、男性AOR歌手といえば村田和人や濱田金吾、のような。小沢健二やカジヒデキの渋谷系の源流にあたる元祖渋谷系、山下達郎、といった記述の仕方だ。確かにサウンドを追いかけるとそうなのかもしれない。しかし現代においてサウンド基準でジャンルを分類することは果たして有効か? たとえばボカロPの多くはV系も渋谷系もテクノポップも演歌もヘヴィメタも同列、どうせ初音ミクが歌うんだから、といった姿勢の作家は多い。そうなると「サウンドが音楽的思想を決定する」という考え方自体が無効となっている気がするのだ。ならばどうする? もはや作家の人間観しか歴史を記述する手がかりはないのではないか? そのようなCGP基準で歴史を記述しようとすると従来のものとは違うまったく新しい音楽史が現れることになる。このCGP史観は画期的なものだ」

司会者「そのCGP史観の音楽史はどんなことが書かれてるんですか?」

kenzee「まず、長渕さんと達郎さんが肩組んで酒飲んでますね。同じ人間観だから。そこにやしきたかじんさんが一升瓶持って乱入します」

司会者「楽しそうだなア」

kenzee「で、エラいことが起きます。その飲み会に偶然、矢沢永吉さんが通りかかるんですけど、まったく見向きもしないで通り過ぎちゃうんですね」

司会者「矢沢にCGPはないもんなア」

kenzee「彼らとは人間観が違う。同様に小沢さんやカジヒデキさんや草野さんも通り過ぎていきます。従来の音楽史だと達郎さんの後輩みたいに記述されていたのだけどもね。ところが円広志はサッサと輪に加わりました」

司会者「「夢想花」があるからネ」

kenzee「ところで長渕さんの先輩といえば拓郎さんだと思うでしょ? でも拓郎さんてノンCGP歌手なんだよね。なので人間観から鑑みると拓郎さんと小沢さんが先輩後輩なんだよ」

司会者「むしろ小田和正と小沢さんが先輩後輩のような気がするけどなア」

kenzee「とかフザけてきたけど不思議なのは達郎さんだ。あれほど「シティポップ」「元祖渋谷系」といわれる作家がドップリCGP歌手なのだ。それも自身で詞作をはじめた初期の「甘く危険な香り」あたりから連綿と達郎CGPは現在まで続いているのだ。「エンドレス・ゲーム」「世界の果てまで」「忘れないで」「コンポジション」「愛を教えて」まだあったかもしれない。あれほど「洋楽育ち」を自認するアーティストが当然のようにCGP表現を続けてきたのはどういうことか?」

司会者「2000部ぐらいは売れそうかなア」

kenzee「ここ最近、長渕さんの去年の富士山麓ライヴの5枚組CDばっかり聴いてるんだけど、モノスゴイ緊張感のあるパフォーマンスでスゴイんだけど、ふと、「これは中山晋平と野口雨情コンビの想像力を現代に翻訳すると長渕さんになるのではないか」と思ったのよ。そしたらCGPの正体がなんとなくわかってきたの。ここが20万部のキモの部分なんだな。そんなワケで近々、企画書を書くよ」

司会者「握手カフェのためにネ」

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