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あったはずの日本語ラップの可能性(ギドラメソッドで失われたもの)

kenzee「最近読んだ本」

Eureka1    Twigy1



司会者「日本語ラップ関係ね」

kenzee「ユリイカ6月号は「日本語ラップ特集」テレ朝「フリースタイルダンジョン」以降のラップブーム再燃が背景と思われる特集。とはいえ、KOHHのような新世代のアーティストやSEALDsのメンバーとKダブシャインの「ラップと社会運動」の対談もある。ラップの今のジャーナルだ。もうひとつはツイギーの自伝「十六小節」(ele-king books)マイクロフォン・ペイジャー、カミナリといった日本語ラップの黎明期からシーンを支える重要人物の半生の語りおろし。どちらも一気に読んでしまった。とくにツイギーのほうは上質な青春小説のような一冊。ラップに興味ない人でも充分に楽しめるハズだ。多数の若かりし日の秘蔵写真が掲載されているが、20歳ぐらいですでに超然としたオーラが漂っている。特別、ギャングスタ的にキメまくっているワケでもないのに、ていうか若い頃の写真はさすがに服装も安っぽいのに雰囲気があるという。はじめからアーティストというタイプだったのだ。この本で心に刺さるのは「証言」や「さんぴんCAMP」(結局出演しなかった理由も語られる)前後の日本語ラップブームのさなか、この世界の重鎮と目されていた彼が、

 そうは言っても日本のヒップホップバブルとは裏腹に、俺はマネージャーもいなければ金もなかった。どん底の状態だった。(前掲書)

といった、「とはいえ俺は金はなかった」話が何度も登場するところだ。エ? ツイギークラスが? ダメなラッパーなのに食えてる人、当時いっぱいいたと思うけど? と考えてしまう。音楽ビジネスの難しさも描かれている」

司会者「結構、ラップの技術的な話もたくさんでてきますね」

kenzee「この時代のラッパー、つまりムロやツイギーやユウザロックなどの世代のラッパーは日本語のラップの手法を独自に編み出していった世代なんだよね。なのでペイジャーやカミナリの音源を聴くとホントにバラバラなのだ。「証言」を聴けば7人のラッパーがみんな独自手法なのがわかるだろう。ジブラ以外、現在のようなガチガチの韻ではない。むしろフロウやイントネーションで勝負するスタイルなのだ。まさにツイギーがそのタイプだ。ユウザロックなどはラップというより演説に近い。ムロにしてもペイジャー時代のラップはこの時代にしかない独特のスタイルがある。「Don't Turn Off Your Light(89Tec9 Mix)」などだ。ところがラップバブル時代に突入するとこのような独自スタイルはどんどん影を潜めるようになる。1998年ごろになると日本語ラップの多くは音節単位の韻を強く意識したキングギドラタイプのラップが大勢を占めるようになる。現在のフリースタイルダンジョンに見られるようなラップのスタイルも基本、強いて言えば「ギドラ以降」と呼んでよいものだ。なにしろツイギーのようなタイプのラッパーがフリースタイルバトルに登場することはありえない。で、この記事のテーマはコレです」

・ナゼ、ある時期(たぶん1996年ごろを境に)まで自由だった日本語ラップは「ギドラメソッド」に縛られるようになったのか?

司会者「質問。ギドラメソッドってなんですか?」

Kg1


kenzee「Zeebra、Kダブシャインの在籍したグループ、キングギドラが95年に発表した日本語ラップの歴史的重要作「空からの力」で提示された日本語ラップの手法。それまでの日本語ラップがRUN DMCタイプの小節の最後だけ響きを合わせるスタイルのものがほとんどだったところにラキムやNasタイプの音節や単語単位での韻を「日本語で踏む」ということを示した。ギドラの「韻フェチ」思想はどのように培われたのだろうか。

 韻ってさ、ラップの楽しみ方の中で結構大きな部分なワケじゃん? (中略)韻を踏んで言いたいことを言うっていうのは「ルール」じゃん? で、それに縛られたくないって思う人の気持ちもよくわかるんだけど、ルールじゃなくて「遊び」なんだよ、と。そういう考えも俺の中にはあったからね。(Zeebra)「ラップのことば」(P-Vine Books)

Zeebraによればギドラメソッドの到達点が1998年発表のファーストソロアルバム「Rhyme Animal」収録の「Original Rhyme Animal」ということだ。

「空からの力」で俺はスキルを証明するみたいなところを試みてたわけで、れのある種の到達点が「Original Rhyme Animal」なんだ。(中略)今思い浮かべても、韻のパターンとかもかなり非の打ちどころがないな。「韻を踏む」っていうことに対して一番本気になった曲だよね。ライムがどうのって話を訊かれると、大体この曲を挙げてるね。(前掲書)

面白いことに「フリースタイルダンジョン」のモンスターで、これまでかなりの戦績をあげてきたR指定もフェイバリットにこのCDを挙げている。やはり「空からの力」~「Rhyme Animal」が現在のフリースタイルバトルのシーンを用意したと言ってもよさそうだ。無論、例の自伝でツイギーは「ギドラメソッド」にラップの趨勢が傾いていくことに嫌悪感を抱いていた。

 俺がラップを始めた87年ごろはお手本は外国人だけだし、英語もわからなかったから韻については正直あまり深く考えていなかった。それが90年代半ばから、ここで脚韻を踏んでいるから次は何小節目で踏むだとか、韻を踏まなきゃラップじゃないといった理論的なことが言われはじめた。俺も言わんとするところはわかるけど、どこか心から賛成できないというところもあった。そこに囚われた時点で、それはそれになってしまう。創作に関しては形式に固執した時点で、もっと大事な自由度が損なわれてしまうし、別に韻を踏まなくても関係ないんだ。と思っているところはあった。(中略)韻を踏む意味? それは・・・俺は答えに近づくために韻を踏んでいるんだと思うよ。他の人が韻をどう使っているかは知らないけどね。韻を踏みたくない時もあるけど、踏めるんだったら踏んだほうが気持ちいいというか、韻を踏むことで答え・・・本質に近づくみたいな感覚はあるよね。(十六小節)

ボクは「ギドラメソッド」は「ラップの教則本」の役割を果たしたのではないかと思うのだ。フォークギターにおけるコードフォームのような。こうすれば一応人様にお聞かせできる演奏が可能ですよというメソッド。実際は「日本語ラップは韻を踏まなくてはならない」というようなルールなどない。実際、いとうせいこう& TINY PUNX「東京ブロンクス」(1986年)は、ほとんど韻を踏んでいない。だが未だ日本語ラップの重要作であるのは間違いない。近田春夫の「NASU-KYURI」や「MASSCOMMUNICATION BREAKDOWN」でもいわゆる日本語ラップらしい韻は踏まれていない。だがフリースタイルバトルにおいて「東京ブロンクス」や「NASU-KYURI」タイプのラップで戦ったなら「ライムが甘い」と罵倒され、高確率で敗北を喫するはずだ。フリースタイルダンジョンにおいても観客の歓声が起こるのは長い音節の韻を踏んだ時だ。(「フリースタイルダンジョン そこのギャルも 振り向かす ちゃんと」(T-PABLOW))のような。韻を巡る解釈はプロのラッパー間でもさまざまだ。なんとなく「ギドラメソッド」派のイメージのあるライムスターのMummy-Dも実は韻に懐疑的な一人である。

 これはねえ、ラッパーすら誤解していることで・・・大事なことは、いかに前の音節から長く韻を踏んだかではなくてリズムを作るために韻を踏むのであってさ、ラップというのはメロディの要素が弱くてリズムの要素が強い音楽で、結局リズムがでればいいワケで韻を踏むのはリズムを作るのに有効な手段だから韻を踏んでいるだけで・・・別に韻なんか踏まなくてもいいんだよ。(Mummy-D)(2012年3月22日TBSラジオTOP5「ラッパーにまつわる誤解TOP5」)

司会者「単にいろんな意見があるってだけジャン」

kenzee「ボクが不思議なのは「ギドラメソッド」の伝播力なのだよ。「俺はギドラメソッドなんか使わねえ。俺流でいくぜ」で別にいいわけだ。ところが98年ごろを境にそれまで俺流タイプだったMUROやGAKU-MCやワーナー移籍後のスチャダラパーまでギドラ的な「音節単位韻」、伴って頻出する「体言どめ」を多用するようになる。とくにスチャダラなどはコントのような演芸的な要素も大きな魅力だったはずだが、

 開けるドアは今日も手動 刻々と変わる気候 移動 移動また移動 South West East North 左脳 右脳 フル稼働 そして時に呼び起こすフォース 二の腕見えない季節だろうと 飄々とOn And On And On (スチャダラパー「Where ya ot(TYO)」)('00)

毎度愉快なる理想 HIPHOP工場から一身上の都合 FUN-KEY FLOW 黙々と吐き出すB O 見もフタニュースを一掃 一部上々目指し一部再利用 ビートとライムがキモ ヒント多めにTo The Beat YO(スチャダラパー「more fun-key word」)('98)

なにかスチャダラらしくない窮屈な印象のワーナー時代である。また、ギドラメソッドのわりにギドラほど徹底していないところもツライ。

ペイジャー時代のMUROももっとコミカルで自由なスタイルだったものが

PAN RHYTHM 準備万端 PAN RHYTHM 向かうリズム探検 PAN RHYTHM さらにスリル満点 完全なる~?を上空から観戦 断然 弾道弾丸のごとく 翼拡げて旅立つ母国 覗く窓から見える世界の楽譜 与えられた十六小節を歌に託す (MURO「PAN RHYTHM」)('00)

大ヒット曲「DA・YO・NE」とは、初期のスチャダラとも通じる「コントラップ」としての面白さがあったはずなのだがこの頃のGAKU-MCもやはりギドラメソッドを意識する。

思い描く理想像 あの頃見てた夢と希望を 本日は思い出してみようよ ということでこの記憶をリロード その場所は頂点を 目指すヤツなら知ってて当然の 言ってみりゃ聖地 アンドザモーメント 望遠鏡じゃ見えない桃源郷(EAST END「チョコレートシティfeaturingライムスター」)('03)

気持ちはわかるがイーストエンドやスチャダラが本来もっていた良さが損なわれているのは確かだ。かつて確かにあったはずのコント的なラップはギドラ以降見かけなくなる。そして日本語ラップギドラ化のこの傾向はSALUのようなフロウで聞かせるタイプの潮流が生まれるまで続いたように思う。あるいはKOHHのような「奇声とワンフレーズイシュー」のような新しいタイプのラップの登場まで。そしてギドラメソッドの流れは完全にフリースタイルバトルのルールに組み込まれたように見える。「フリースタイルダンジョン」が元々ギドラ曲で、R指定が「Rhyme Animal」でラップに目覚めたということからZeebraという人物がいかに良くも悪くもラップの美意識に影響を与えてきたかわかる。それはたとえばダウンタウンがいなかったら現在のお笑いシーンはまったく違ったものだっただろうというような意味合いでZeebraがいなかったらもっと日本語ラップはファンキーグラマー、LB寄りだっただろうと想像できる」

司会者「年上のプロのラッパーにも伝播してしまう「ギドラメソッド」ってなんなんでしょう?」

kenzee「かくいうボクもギドラメソッドにはやられたクチだ。ギドラメソッドのウイルス性とは「マネしたくなる」ということだ。ボクは今でも「未確認飛行物体接近中」や「大掃除」「Original Rhyme Animal」をソラで歌うことができる。若い頃に覚えたのでそう簡単に忘れないのだ。そしてスチャダラや初期のライムスターを「1曲丸ごと覚えよう」とはまったく思わなかった。やはり徹底的に韻を踏んでいこうとするギドラ期のZeebraのリリックはなにかマネしたくなるマジックがあるのだ」

司会者「こういうことではないでしょうか。「ギドラメソッド」って「アレ?コレ俺でもできるんじゃないか?」って勘違いさせる力がスゴイ強いんだと思うんですよ。ツイギーの個性的なラップをマネしようとは誰も思わない。また、ユウザロックも技術的というより属人的、あの人柄に強く依存したラップなのでマネのしようがない。「ギドラメソッド」は技術なので「技術を盗めばオイラもラッパー?」という人を動かす力があったのだと思う。無論、簡単にZeebraやKダブになれるワケはないのだが、勘違いを引き起こさせる力が異常あったのだろう。これはダウンタウンのフリートークにも言えることだが」

kenzee「それにしてもボクは毎週「フリースタイルダンジョン」を観ているけど、どうしてあんなことが即興でできるのかまったくわからない。たとえば倍速の早口フロウでディスられた人がその早口フロウでやり返す場面とかあるじゃないですか。メソッドを作ったZeebraにもあそこまではできないと思うんだ」

司会者「じゃあ、これからバトルがもっともっと盛り上がって、普通の格闘技みたいになったら面白いですね!」

kenzee「イヤ、たぶんそうはならない。これは誰かがちゃんと統計をとると面白いと思うんだけど、特に音楽とかサブカルチャーに興味のない40代以上の男女は「ギドラメソッド」が理解できないんですよ。30歳以下のヤツは普通のコンサバ人間でもメソッドは理解できている」

司会者「なんでそんなことが言えるんですか! なにを根拠に!」

kenzee「去年、会社に石橋という名の新入社員が入ってきた。典型的なイマドキの若者風だったので「コレは鍛えないとな」とオイラは思った。と、思ったら「コレはラップで教育すればいいのかナ?」と思った。そこで

Hey Yo イシバシ オマエを鍛える ビシバシ 文句あんならブッ飛ばす イキナシ ツベコベ言ったって イミナシ キチガイ じゃないこれは説教 つまり耳に痛い 

って教育することにしよう、と40代の同僚に言ったところ、ホントにキョトンとされたのだ。結構固い韻なのに。でも20代の若手社員は「アー、ナルホド」みたいなリアクションなのだ。これはナカナカ難しい問題ですよ! 40代以上は「よくなくなくな~い」とかじゃないとわからないのだ。これを文化的断絶といわずなんというのか。文化的断絶。 韻ならば完全。Bじゃなきゃ全然。理解されず残念」

司会者「ギドラメソッドっていうか・・・FGっぽいなア、キミ」

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コメント

大江千里と槇原敬之の対談を検索していたら、たどり着きました。
面白いので引き込まれるように読みました。

BTW
日本語ラップを語る上で外せないのは、佐野元春の「Complication Shakedown」ではないでしょうか。
ベストアルバム「No damage」を置き土産に1年間ニューヨークに行き、満を持して発表した「Visitors」(1984)。
リアルタイムで購入しましたが、正直当時は理解できなかったのです。
音楽が・・・ではなく・・・。

なぜ、ニューヨークに行って来たはずの佐野元春が、明らかにイギリスのThe Style Councilの影響を受けて帰って来たのか?!

Complication Shakedownは、明らかに1983年発売のTSCのミニアルバムIntroducing The Style Councilに収録の「Money Go Round」に酷似しているのです。

そして、その疑念はすぐに確信に変わります。
問題作(?)「Cafe Bohemia」で露骨にTSCをパクっているではないですか・・・。
アルバムタイトルからして、TSCの「Cafe Bleu」のパクリだし、「Individualists」は、「Internationalist」をそのまま日本語にしたものだし、「Young Bloods」のイントロは「Shout To The Top」からいただいてますし・・・。

Londonに行ってきたならわかるのですが、NYに行ってきてそれ??!!

長年の疑問なのです。


日本語ラップは佐野元春のアルバム「Visitors」は売れたものの、1984年の時点では一般に受け入れられたとは言いがたく、1986年久保田利伸の出現(「Time Showerに射たれて」)でようやくポピュラリティを得たと考えられます。

日本語ラッパーやバラードなのにR&Bと称するチンピラ風集団は、すべて久保田利伸のフォロワーではないかと思うのですが・・・。


音楽に造詣の深いKenzeeさんの見解をお伺いいたしたく存じます。

投稿: おおさかさん | 2016年8月31日 (水) 22時33分

おおさかさん。リアルタイムで「Visitors」を買ったということは結構な年上の人に違いない!
日本語ラップ史を語る際にいとうせいこうタイニーパンクス近田春夫、スネークマンショー、YMOの「ラップ現象」ぐらいまでは振り返られるのにほとんど参照されない佐野さんラップなのだった。そういえば久保田利伸のラップも参照されないですな。そんな佐野さんラップだが、NYに住んでたのにスタカン経由のUK的な解釈のラップミュージックだったのはドウシテ?という問題。2006年にでた「Cafe Bohemia20周年Edition」のなかに当時を振り返るインタビューが載っている。まとめるとこんな感じ。

投稿: kenzee | 2016年9月 4日 (日) 22時58分

80年代なかば、ロンドン滞在中にラジオでスタカンを聴いた。(ロンドンにも住んでたんだネ)カーティスメイフィールドなどのソウルミュージックに傾倒していることがすぐに分かった。指向ががすごく似ていて戸惑った。(別にイ、パクってないよ的な)「ヤングブラッズ」の編曲はプロデュースとミックスを担当したクライブ・ランガーとアラン・ウィンスタンレーからのアイデアは大きかった。「このサウンドが今、UKでハプニングを起こしてるんだ」と。(スタカンで行こうってオイラが言ったんじゃないヨ的な)「インディヴィジュアリスト」にも同様の指摘があった。「完全にスタカンじゃないですか」といった当時の批判をどう受け止めていたのか?
佐野「知っている。ニアミス。僕の操縦ミスがあった。このことで僕の音楽に失望を感じたファンがいたとしたら謝りたい。当時のUKでは同じ時期に同じ世代が同じようなことを感じていた。自分と同世代のウェラーの「インターナショナリスツ」を聴いた時もそうだった。(中略)同時代を生きていて、国内でシンパシーを持てるアーティストは一人もいなかったがなぜかUKのウェラーの姿勢には共感できるものがあった。アルバム全体が「スタイル評議会」に感化されたのは偶然じゃない」
当時、ポール・ウェラーに強く影響を受けていたのは事実だろう。で、偶然ソックリな曲がいっぱいできた。小沢健二さんは大槻ケンヂさんとの対談で「替え歌」「ポールウェラーと佐野さんは同一人物だから」と昔、評していた
ように。

投稿: kenzee | 2016年9月 4日 (日) 23時27分

とにかくウェラーのわりと左翼っぽい政治的姿勢とか当時のUKロックの流行であった同時代のレゲエ、スカ、ヒップホップ、第三世界の音楽まで取り入れてオシャレにまとめる感覚に共鳴していたのだろう。つまり、佐野さんの当時のブラック解釈とかラップ表現というのはNYの黒人にヤラれた、というようなことではなくてUK目線であったのだろうということが窺われる。ちょうど、映画「ワイルドスタイル」における新聞記者の女性、パティ・ファスター演じるバージニアのような目線であったのだろう。それでも佐野ラップとは果敢な取り組みであったと思う。今でこそコンシャスラップというジャンルは確立しているが、84年の段階ではラキムもナズもコモンもいなかったのだ。つまり、本国でも「ラップで賢そうなことを言う」という表現形式がなかったわけだから「コンプリケーションブレイクダウン」は早かったと思いますね。で、Bボーイ的に参照されないのはラップではあるけどヒップホップではない問題にひっかかるからだろう。これは現在でも根の深い問題なのだ。ところで「Cafe Bohemia」に限って言うと、和製ネオアコアルバムという側面もある。しかし日本のネオアコ史ではフリッパーズファーストから正史がスタートするのだった。詩人の血とかくじらとかなかったことになるという。コレ、歴史観ってなんだろう話だったんだネ!

投稿: kenzee | 2016年9月 4日 (日) 23時55分

『Visitors』をリアルタイムで買ったといっても、高校1年のときにLPレコード(!)で買った世代なので、そんなに年配ではないかと自分では思っていますが(汗)・・・。
あのアルバム、同級生にはとかく評判が悪くて、『No Damage』の「アンジェリーナ」や「彼女はデリケート」のノリを期待していた僕より古株の元春ファンからは総スカンを喰らってました。

元春氏はLondonにも行ってはったんですね。
「カーティス・メイフィールドに傾倒していることがすぐに分かった」
ウンウン、ウェラーさんはThe Jamで、カーティス・メイフィールドの「Move on Up」をカヴァーしているので、周知の事実だったんですけどね(苦笑)。

ウェラーの左的思想は、TSCの「The Lodger's」や「Walls come tumbling down」に端的に見られますね。
(歌詞一部抜粋)
Oh an equal chance and an equal say
But equally there's no equal pay
(The Lodger's)

Governments crack and systems fall
'cause Unity is powerful
(Walls come tumbling down)

ウェラーがイングランド郊外のサリー州Working出身の労働者階級であったところが、”お金持ちの子”ピート・タウンゼントとの大きな違いでしょう。

(昨年夏に参戦したHyde Parkのフェスで、The Whoがトリで、Paul Wellerがその前座だったのですが、The Whoのステージは「おじいさんたち」が熱狂していましたが、僕には(曲はもちろん知っていますが)なんの魅力もないつまらないステージでした。

パーフリの、「海へ行くつもりじゃなかった」もリアルタイムで(今度はCDで)買いました。聴きまくり、必死でギターコピーをしましたねえ・・・。

ネオアコといえば、和製ラップの久保田利伸と同様に、再評価されていないのが、高野寛ですねえ。音楽性もパーフリ(特にオザケン氏)に近い傾倒なのに、なぜかパっとしなかったし、再評価もされていない(Pupaに参加したことで「あ、まだやってたんだ」と知ったのです・・・^^;)


投稿: おおさかさん | 2016年9月 8日 (木) 05時51分

それこそギドラメソッドが理解できないオジサンが佐野だ久保田だ騒いでるじゃないですか笑 音楽バーでダサいロックオヤジから聞き飽きたような話ですね。
ギドラメソッドは言語感覚ってだけでなく、ヒップホップ感覚がわかるかわからないかの分水嶺ですよ。

投稿: 通りすがりですが | 2016年12月21日 (水) 12時22分

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