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最近読んだフォン(最後に告知アリ)

kenzee「最近読んだフォン」

その1「ストリートダンサー列伝黒く踊れ!」江守藹(銀河出版)

Emori1


60年代半ばから現在に至るまでのソウルダンスシーンを見つめ続けたイラストレーターの自伝。それがそのまま日本のブラックミュージック・ダンス史となっている。中古レコ好きなら一度はこの人のイラストを目にしたことがあるはずだ。こんなの。

Busstop1


小西康陽さんもこの特徴的な黒人のイラストのレコードジャケットについてコメントしている。

小西「ところでさ、このイラストレーターの方って江守藹さんという人?」

MURO「そうですよね。そうですね。すごくいろんなジャケでイラストを描いていますよね」

小西「昔はこのイラストが嫌いだったんだけどなあ(笑)今は全く違って見える」

MURO「その価値観の変化、わかります。カタカナにしてもそうだし」(「ドーナツ盤ジャケット美術館by MURO」リットーミュージック)

Donut1


物語は1966年、新宿3丁目のディスコ「ジ・アザー」から始まる。もっともまだこの時代、「ディスコ」という呼称はなく、踊り場、とかゴーゴー喫茶と呼ばれていたようだ。「ジ・アザー」の特徴は狭いながらもダンス・スペースがあり、それを取り囲むようにテーブル、椅子が配置されていたということ。そして従来のゴーゴークラブのように客がジュークボックスで選曲するのではなく、店側が選曲するシステムだったこと。そしてその選曲がリズム&ブルース主体であったことだ。驚いたことにレコードプレイヤーは1台で、曲が終わるごとに取り替えていたようだ。ノンキな話である。その後、同タイプの店舗が新宿に次々現れ、足しげく通ううちに美大受験はやめ、一人暮らしを始めるのである。そして新宿のジャズ喫茶、ゴーゴー喫茶漬けの日々を過ごすことになる。68年になるといよいよ新宿歌舞伎町に「サンダーバード」、赤坂に「ムゲン」「ビブロス」がオープンする。ようやく「ディスコティック」の登場である。彼の初仕事は新宿「サンダーバード」の開店に際して店内の壁画を描く、というものだった。このエピソードだけでも充分、ダンス史の生き証人である。この店で彼は日本ダンス史の重要人物、ドン勝本に出会う。新宿の不良少年だった勝本は店の用心棒だったのだ」

司会者「ハ! ドン勝本ってZeebraの「Last Song」の歌詞に登場する人だ!」

kenzee「イラストレーターとしても順調にキャリアをスタートさせた江守氏はやがて伝説の六本木のディスコ「アフロレイキ」の経営に関わるようになる。この本で一番ワクワクするのがこのあたりのエピソードである。ダンスシーンに詳しいとすでに有名だった彼は友人に店舗出店にあたって力を貸して欲しいと頼まれる。引き受けてから彼は驚く。「アフロレイキ」はこれまでのディスコやゴーゴー喫茶とはケタの違う規模の事業であった。この事業にには数名の出資者がいた。名家の子息、代議士の息子、大企業の役員、歯科医などなど。場所は六本木ロアビル。

 六本木交差点近くの一等地のそれ相当の規模の店舗。どれだけの金がかかるなって考えてもみなかった。ましてや億の単位が動くなって思いもしない。無知な素人ぶりを見透かされないように振る舞いつつ、発想・感性で向かった。(中略)「アフロレイキ」との関わりはボクの生活も一変させる。新宿・新田裏の風呂のないアパート住まいから、設備の整った西麻布のアパートに移っていた。それは、六本木の店まで歩いても行ける距離を毎日タクシーで通勤するような生活に変えていた。(黒く踊れ!)

肩書は彼が企画課長、友人が営業部長。こんなマンガみたいなことが70年代には実際に起こったのである。その後、ディスコ協会の発足、ダンス・コンテスト主宰、などダンス文化に尽力していく。また、金もうけ主義のアフロレイキを突然辞める、といった名場面もある。その後、九州・熊本や博多などを拠点に活動し、変化の激しいダンスシーンをヒップホップの登場まで伴走し続ける。この本にはダンスに関わった多くの人名が登場するが、シレーっとSAMやエツ(TRFの人たち)や、渋谷「HIP HOP」のDJ YUTAKAといった名前が登場するとアガるのだった」

司会者「とにかく「オモシロ人生本、ていうカテゴリーだけでも充分モトとれる本ですね」

kenzee「80年代にはすでに「店舗プロデューサー」としての地位を築いていた人なので、原宿ホコ天に代表されるストリートダンス文化についてはほとんど記述はない。それでこの厚みである。なにより考えこんでしまうのは、ダンスという文化には文章やレコードと言う形であとから追認できる資料がほとんど残らないため、歴史化されにくいという事実である。ロックや歌謡曲のような、あるいは渋谷系や日本語ラップのような言語化を得意とする人種の集まりやすいジャンルは自然と歴史化が進んでいくが、もし江守さんがいなかったらここまで豊かなダンス史は記録されずに埋もれていったかもしれないのだ」

司会者「ヒップホップの4大要素のうち、日本語ラップと日本のDJイングについてはかなり歴史化が進んでいるといえるが、日本のブレイクダンスとグラフィティについては未だにわからないことばかりだ。言語化を苦手とする人々の多いジャンルだからだろう」

kenzee「とにかくオモシロエピードばかり。「神戸ディスコフェスティバル」にゲストで呼ばれた江守氏のグループ。主催者の田岡由伎氏にふたつ返事で快諾し、旅行気分で新幹線に乗っているとドン勝本氏から「田岡由伎って山口組3代目の娘だヨ」という話をシレっと聞かされ、神戸に着くと全員固まっていた、という話とか。「そういえば田岡さんの背後にはいっつもカイジにでてくるみたいな男たちがついてきたナー」みたいなオモシロ話満載なのだ」

Ponta1


その2「ポンタ、70年代名盤を語る・俺が叩いた」(村上”ポンタ”秀一)リットーミュージック

kenzee「日本のロック、ジャズ、歌謡曲、数え切れないほど多くのレコーディングに参加したドラマー。その数ゆうに14000曲を超えると言われている。65歳の現在も現役ドラマーである。元々中学、高校の吹奏楽部の強豪校出身だった。ティンパニ担当で打楽器のセンスは10代のうちに鍛えられた。しかし将来音楽の道に進むつもりはなく、大阪教育大学に進学する。

「大学紛争の真っ最中で、教師になろうって連中が授業をボイコットしてるのを目の当たりにして、それはおかしいって3日でトンズラよ」(俺が叩いた)

そしてホテルのバンド・ボーイとなる。下積み時代を経て、赤い鳥のオーディションを受け、セッションドラマーに。目的はギタリスト大村憲司と演奏するためだった。赤い鳥でLAレコーディングに参加し、向こうのリズム・セクション、たとえばハル・ブレイン、ジョー・オズボーンコンビなどに衝撃を受ける。その後、この時代の最先端、ニューヨークのクロスオーヴァー、つまりスタッフのリズムにも影響を受ける。やがてポンタ特有の「呼吸をするような、歌うような16ビート世界」が完成する。ボク的にポンタというドラマーのドラム史的な位置づけは当時の歌謡曲とか日本のロックのドラムといえばGS出身者かジャズ出身かで圧倒的にロックの8ビートかジャズの4ビートの世界であった。ポンタの登場はそこにクロスオーヴァー、フュージョン的な16ビートの感覚を持ち込んだところがウリとなった。日本人のドラマーの中でもポンタはどうも「ヒップホップの耳」を惹きつけるところがある。たとえばMUROはDJの際、必ず吉田美奈子「恋は流星Part.2」の7インチを持ち込むと証言しているし、山下達郎「DANCER」のイントロはそのままNicole Wray feat. Beanie Sigel「Can't Get Out The Game」で使用されている。この時代のドラマー、たとえば林立夫や高橋幸宏の名がヒップホップ界隈では重要視されていないことを考えるとポンタの特徴が理解できる。ボクはポンタのドラムとは「隙間」と「揺れ」に集約できると考えている。実に70年代的なドラムなのだ。80年代に入ると「まるで機械ソックリなドラムが新しい」というニューウェーブの時代が訪れる。「軽さ」が命のポストパンクの80年代、ポンタの「生き物のような、人間的な」ドラムは敬遠されるフシもあった。しかしヒップホップを通過した耳にはスティーブ・ガットやポンタのドラムは馴染みやすい。ヒップホップ業界でも人気の高い山下達郎だが、特に人気があるのはRCA~Air時代。なかでもセカンド「SPACY」であるのもうなづける。つまり、ポンタのドラムに反応しているわけだ。この本では70年代に残した12枚の参加アルバムについてポンタ自身が解説しているが、ボク的には「SPACY」の話が最重要なのでこの盤に特化したいと思う。

Spacy1

「SPACY」のなかでも重要曲は「Love Space」「素敵な午後は」「DANCER」の3曲である。である。この3曲はすべてドラム・ポンタ、ベース・細野晴臣コンビである。この時代を代表するスタジオミュージシャン両巨頭だが、両者がセッションしたのはこのアルバムのみである。まず、「Love Space」、典型的なポンタ流16ビートでこの時代の他のセッションのようにほとんどでしゃばることがない。とくに歌の間は堅実にパターンを刻んでいく。ブレイクする箇所のフィルで「ア、ポンタだ」とハッキリわかるが、それ以外では岡崎資夫アルトサックスソロで多少饒舌になるくらいでスタジオミュージシャン然としたドラムである。これは現行のCDではボートラにカラオケが収録されているのでのメリハリがハッキリ聴き取れる。これはやはり細野さんのベースから触発されたものだという。空間を生かした口数の少ないベース。この曲は基本のパターンとコード進行を繰り返すだけなのだが、細野さんは同じフレーズを二度と弾かないのだった。毎回どこかが違う。パターンを繰り返すたびに少しずつ、崩れていく、後半にいくと少しだけ饒舌になってくる。エンディングになると高いところへも行く。木の音がする。

「細野さんはチャック・レイニーが昔使っていたジャズベのショート・スケールタイプだったって記憶してるけど、音色もフレーズもチャック・レイニーそのもので俺にとっては余計に新鮮だったんだ」(前掲書)

そんな細野さんの呼吸にあわせるようなドラム。とにかく緊張感のあるセッションである。「素敵な午後は」「DANCER」いずれもキックが前小節にクッて入る。「素敵な午後は」のようなミディアムテンポの曲ではより、ポンタらしさがでる。いずれも内省的な暗い音色。これがポンタのニューヨークっぽさでもあった。(つまりヒップホップ成分)この秘訣についても語られている。「シンバルを割る」とか。その割り方にも秘密があるのだった。ところで達郎さんのポンタの評価はこのようなものである。

「ポンタはジャズ・テイストを持ったロックンロール系ドラマーの中で、表現力という点では、おそらく日本で最高だと思う。ドラマーとしての基礎的な体力と言う点ではもっと上手い人がいるかもしれないけど、表現力や曲の解釈力という点ではポンタを超える人は未だにいないと思うよ。(中略)ポンタというのは不思議なドラマーで得手不得手がはっきりしている。だからまずポンタにはどういう曲がいいだろうということを考えた」(TATSURO MANIA No.3 1995SPRING)

kenzee「ボクもポンタが不思議なのはクロスオーヴァー~AOR、つまりポリリズムと16ビートの世界でしか本領を発揮できないのかといえばそうでもなくて泉谷しげるのバックで単純な8ビートのロックを叩いていても彼らしいということだ。彼らしいというのは「どこか暗い」ということなんだけど、今の若いドラマーで「暗いドラム」を叩く人っているのかな?

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kenzee「神野龍一さんとオノマトペ大臣のお二人でやっている同人「カンサイソーカル」のVol.3が完成したとのこと。

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今回もボクが寄稿していて村上春樹と田中康夫の話しているよ。ナゼかカンサイソーカルに書くときはボクは村上春樹の話するのだった。新書版 124P 1000円とリッパなものです。今、予約すると電子版が配布されるそうです。ヨロシクネ!」

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コメント

Kenzeeさん はじめまして。

Unison検索からの、こちらにたどり着きkenzeeさんのブログにはまってしまい、まさかの連休を閲覧で終えるとは思いもせず結局kenzeeさんが何者かもわからず今、焦りと複雑な気持ちで...せめてkenzeeさんがUnisonの斎藤さんのような風貌だと信じて

明日からまた頑張ります。

ブログページの関係ないコメント失礼致しました。

投稿: 東三国駅 | 2016年9月19日 (月) 22時30分

東三国さん。
「unisonの斉藤さんのような風貌」→真逆です。せっかくの連休を。。。どうも。アレでしたら単著トカありますッス。。

投稿: kenzee | 2016年9月19日 (月) 23時46分

Kenzeeさん おはようございます。

真逆...ま..まさかを昨日今日と、
2回くらうとは。。。

現実、頑張ります。

こちらに、おびき寄せられたのも何かのご縁だと思うので、
今日帰りに本屋に寄って、ネオ漂白買って帰ります!

投稿: 東三国駅 | 2016年9月20日 (火) 07時40分

ご無沙汰致しております、以前お邪魔していた774です
ダメもとでお願いします
aikoの曲批評、続きをやっていただけませんか!?
あれから3年あまり経ちましたので、ある程度曲はたまりましたよ
その後は、タナソウさんなどのaiko評を読んだりしていましたが、天の邪鬼なのか、賛辞の言葉が並んだ文を見ても、どうも…
ファンではない方の批評批判が恋しくなって当時のブログを久し振りに拝読していたら、希望は渇望に変わってきました
いかがでしょうか…ドラムといえば、佐野さんはどんな立ち位置の方なんでしょう

最後に…取って付けたようで恐縮ですが、買いましたよAmazonで、大分前に
ただし、まだ読んでません…すんません
今年中には読もうと思いますが

無視でも結構です、ではまた
二時頃に失礼します

投稿: 774 | 2016年10月 6日 (木) 02時04分

774さん。
お買い上げいただきおありがとうございマース。ソーネー、もうあれから3年も経つんですナ! だって本書く前だからネ~。あれからaikoさんも2枚もアルバムだして! アレンジャー変えてみたりデビュー以来の大きな変革期にいるような感じですナ! 一応、その後もでてるものは全部聴いてるんですよ。まさかサウンド面で変化するとは思ってなかったからねー。当時は「コレでオワリ!」と思ったんだけど。走る価値はある。でも今新書の企画を考えててねー(普通の話か!)ひとことで言うと「音楽のドメスティック(日本的)ってどういうことだろう」ていうテーマなんですけど。まあaiko関係ないんだけど。もうちょっと先カナー。走るとしたら。

投稿: kenzee | 2016年10月 6日 (木) 23時34分

早速の反応、ありがとうございます
よかった…全くの脈無しではないのですね

いつの日か…願わくば東京オリンピックよりは前に
それまでゆっくりとお待ち致します
新書が出たら印税に貢献しますよ、一冊だけですが

では、一旦失礼します

投稿: 774 | 2016年10月 7日 (金) 00時16分

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